第二十三話 亡霊族との戦い
亡都ヤマトニアの北エリアにて、抗争という名の戦いが始まった。
人間四人と、青みがかった黒色の亡霊族三十体が争う中で――我関せずとまったく動かない存在もいる。
ベニムラサキと主要配下の二体だ。
その三体だけはまずは高みの見物を決め込むらしい。捕まっているカグラがいる舞台上からは一歩たりとも動いていない。
「余裕な態度は気に喰わないけど……。ぶっちゃけそっちの方が助かるぞ!」
青い炎太刀の刺突から放たれた炎の直線が亡霊族を貫いて燃やす。
一発で霊体を構成する靄の形を崩し、二発目でトドメを刺した結果を見れば――火力は充分だ。
「【鎌鼬】! からの【鎌鼬】っ!」
一方のガガクは二発目でトドメを刺すこともあるが、それは二発とも急所の首から上に当てた場合のみ。
テンドウ以外では胴体部分には大したダメージが通らないのだ。
亡霊族は基本的に服や装備を纏える半霊体の方が強い。
物理攻撃が多少、効くようになってしまうかわりに、魔力量やほかの能力が高いからだ。
かたや三十体の下っ端たちは完全なる霊体である。
半霊体の個体よりも弱いとはいえ、唯一、有効な魔法攻撃であったとしても、
そこは通常よりも硬い亡都仕様のアンデッド。彼ら相手では、少し威力に欠ける下位魔法では正確に急所を狙い撃たなければならないのだ。
「【迅雷矢】!」
――ただし、ヨシくんの方は事情が少し違う。
『特異体質』の【必中射撃】。
発現したばかりのこの能力の影響により、五十メートル以内であれば確実に急所を射抜き――テンドウと同じく二発確定となっていた。
「ハハッ、こりゃ俺も頑張らねえとだぜ!」
残るムウマはというと、ひたすら動いての『かく乱作戦』である。
有効な攻撃技は持っていないため、できるだけ多くの個体を引きつける役割だ。
そんなテンドウたちが注意すべきは、まず接近を許さないことだ。
数では圧倒的に負けている相手に、乱戦に持ち込まれてしまっては厳しい。
幸い傾斜のある地形で位置的には有利を取れているため、上段と距離を維持して戦いたいところだ。
「「「フォオオオオ――ッ!」」」
対する亡霊族たちが放つのは、体色と同じ青みがかった黒い靄のような腕――【霊手】である。
接近からの直接攻撃が届かないとみるや、同種族の基本技とも言える遠距離技を使ってきた。
その効果は『魔力酔い』だ。
微かにカビ臭いだけで、当たっても肉体的には何のダメージもない反面、
対象の体内に自身の魔力を流し込み、その魔力で酔わせて動きを鈍らせる、という効果を持つ。
一種の毒とも呼べる非常に厭らしい技である。
だからこそ今回は、ネゾウに作ってもらった解毒薬を携帯してきたというわけだ。
各自が小瓶に入ったそれを腰にくくりつけて、被弾した場合は即、飲み干すことになっている。
「――けど遅い。一本も使わずに終わらせてもらうぞ!」
テンドウは余裕を持って【霊手】を回避。
伸びる亡霊の手はあまり速度はなく――テンドウたちに当たる気配はない。
「……情けない。これだけの物量差があって押しきれないとはね。――バテツ! ルイゴ!」
「「はッ!」」
と、戦いが始まってから一分と経たず。
早くも機嫌を損ねたベニムラサキが指示を出すと、主要配下二体が舞台を降りて階段を駆け上る。
「! もう来るか。できれば殲滅するまで大人しくしてほしかったけど……!」
半霊体かつ素早い動きからしても、やはり普通の亡霊族とは違う。
防具面も胸当てだけでなく、兜を含めた全身鎧でガチガチに固めている。
加えて、カグラを攫った時やほかの下っ端を出現させたのを見ても、影に関係する能力まで持っているのだ。
この二体の亜人亡霊族は、言わばベニムラサキにとっての幹部的存在なのは間違いない。
そのうちの一体がテンドウへ、残るもう一体はガガクの方へ。
冷静に戦力を分析された結果、この二人に差し向けられたというわけだ。
「まあ、これも想定の範囲内だけどな!」
「返り討ちにしてやるぞっ!」
――そして、それぞれに打ち合う二人と二体。
あっさりと接近してきた時点で分かっていたが、繰り出す攻撃も威力はかなり高い。
振り上げた金棒からの一撃はテンドウこそ余裕で受けられる一方、ガガクには厳しく真正面からでは力負けしてしまう。
「――【影踏み槍】!」
「ッと!?」
さらに相手の足元から伸びた影による魔法攻撃も。
発動は手ではなく足らしく、足裏で地面をダン! と強く踏むと同時、影の槍が地面から突き出てくる。
(上は金棒で下からは影か! ちぐはぐな組み合わせだけど厄介だな……!)
その攻撃を体を反らすようにして寸でで避ける。
また間髪入れずに近くの敵から飛んできた【霊手】も避けて、テンドウは一度、体勢を整えるべく後ろに下がった。
「【舞闘花球】」
――そこへ最も警戒すべきベニムラサキからの攻撃が。
舞台上で凄まじい魔力が生まれたと思った直後。ベニムラサキから放たれた紅蓮の花弁からなる球体が、テンドウがいた階段席付近を跡形もなく破壊した。
(ぐっ! いくら何でも忙しすぎるだろ……!)
その凄まじい衝撃波の塊をギリギリでの回避に成功したテンドウ。
だがわずかでも反応が遅れていれば、直撃を受けて早々に大ダメージを負っていただろう。
意識外からの攻撃としては恐ろしすぎる一撃にテンドウの背筋が凍る。
亜人亡霊族との戦いで下っ端からの邪魔は鬱陶しい程度でも、ベニムラサキとなればまったく話は違う。
青い炎太刀の斬撃にまったく見劣りしない攻撃力――。やはり『三大ファミリー』の幹部というのは伊達ではないようだ。
それを立て続けに二発、三発と舞台上から好き放題に撃たれてしまえば――テンドウはまったく目の前の戦いに集中できない。
「――テンドウ、この亜人族みたいな亡霊は任せろ! お前はベニムラサキの方を頼む!」
と、一気に激しさを増した戦場の中で仲間の声が。
状況を確認したヨシくんが駆けつけ、舞台上にいるベニムラサキの方を指差した。
「いいのか? コイツはコイツでしんどい敵で――」
「大丈夫、おっさんに任せろ! アレをやれるのはテンドウだけ、さっさと一番ヤバイのを倒してこい!」
ヨシくんはなかば強引にテンドウと入れ替わる。
そんな仲間の気持ちと行動を受けて、躊躇していたテンドウは腹を括った。
「……分かった、コイツは任せたぞ。けど絶対に無理はするなよ、ヨシくん!」
「おう!」
ここで仲間と選手交代を。
実際問題、相手陣営で別格の存在であるベニムラサキにはテンドウが当たるしかないのだ。
敵の大将を討ち取ることを任されて、テンドウは青い炎太刀片手に一気に階段を駆け下りていく。
そして、烈火のごとく舞台上に飛び上がると――。
「……カグラ、ちょっと待っていろ。コイツを倒して解放してやるからな」
「フン、できるものなら試してみるがいい。その身に種族としての差を教えてあげるわ」
この戦場において最も強烈な魔力を放つ二人が対峙する。
青い炎太刀の燃えたぎる火の魔力と、ベニムラサキの湿気を帯びた冷たい魔力。
相反するその二つの魔力が、これから始まる激闘を予感させるかのように――舞台上の中間点でせめぎ合う。
◆
「――いくぞ」
それ以上の無駄なやりとりは必要ない。
慎重に間合いを計ることはせず、テンドウはベニムラサキを斬り伏せるべく一気に接近を試みる。
……おそらく時間的な猶予はあまりない。最初に落とされるのは間違いなくヨシくんだろう。
そもそも援護射撃タイプで接近戦は得意ではなく、ガガクやムウマよりも機動力は低い。
一応、ムウマに【追い風】を掛けてもらって速度は普段よりも上がってはいる。
また痺れによる足止めを主体に戦ったとしても、いつまでも亜人亡霊族の攻撃を回避し続けるのは厳しいはずだ。
「フゥ――ッ!」
だからこそ絶対に、先にベニムラサキを討ち取らなければならない。
ただでさえ切迫した状況で一人でも減ってしまえば、そのまま一気に押し切られるのは目に見えている。
「【舞闘花球】!」
「くッ!?」
だが相手は『三大ファミリー』の幹部、そう簡単にいくはずもなく。
ベニムラサキの指先から放たれた無数に荒れ狂う深紅の花弁。
それらは美しい球体状に纏まり、一つの大きな砲弾となってテンドウの接近を許さない。
また細く優雅な見た目通り、ベニムラサキ自体の動きも速かった。
何とか回避して再び接近を試みようとした時には、亡霊族特有の滑るような動きで元の立ち位置から大きく移動している。
(強引に距離を詰めるのは簡単じゃない。……だとしても、だ!)
対して、テンドウはまたも直線的に距離を詰めにいく。
だが今回は回避をしない。文字通りの一直線な突撃だ。
再び放たれた花弁の砲弾を【火線突き】で迎撃。
わずかに威力で劣ってはいるも、ギリギリで相殺することには成功した。
(まず一発!)
目の前で二つの魔力が爆散しようとも、臆することなくそのまま突っ込む。
そして晴れた視界の中、低く鋭く駆けるテンドウが見たものは――。
「接近すれば何とかなるとでも? 人間だろうとアンデッドだろうと強引な男は嫌われるわよ」
白銀のドレスを纏ったベニムラサキの姿ではない。
目の前にいたのは深紅の花弁の鎧を纏い、同じく深紅の花弁の刀身という特殊な刀を持ったベニムラサキの姿だった。
「なっ!?」
それはどう見ても接近戦用の魔法だ。
紙耐久のドレスとは違う、武器防具ともに万全とも言える状態を見て、思わずテンドウの足が止まってしまう。
「【花弁満鎧】に【剛花の湾刀】――。見惚れるほどに美しいでしょう?」
自分自身に酔っているのか、ベニムラサキは恍惚とした表情で言う。
一時的に殺気こそ収まった一方で、纏った魔法の装備からは凶悪な魔力がだだ漏れている。
(……くそっ。見た目からてっきり接近戦は回避一辺倒だと思っていたぞ……!)
まだ打ち合ってはいなくても分かる。
剣の腕については不明でも、装備面から見ればそう簡単には攻略できない、と。
今回の件の発端となった花畑の守護者である人獣骨人族、硬かったあの個体よりも耐久力はさらに上だろう。
「……ッ……!」
改めて構え直したテンドウの焦りは増していく。
視界の隅では階段席の中段あたりで、敵に追い込まれ始めているヨシくんの姿が見えている。
また戦闘音からも、ガガクの方はまだもう一体の亜人亡霊族を倒せていない。
階段席という段差がある影響か、風を纏った自慢のスピードを完全には活かしきれていないようだ。
逆に上手くいっているのはムウマくらいか。……ただし、こちらも決して余裕があるわけではない。
必死に逃げ回って多くの個体を引きつけているが……ムウマもいつまで持ち堪えられるかは分からない状況だ。
そんなテンドウの内心を見透かしたように、ベニムラサキは凶悪な笑みを浮かべた。
「策もなく、バカ正直に、真正面からたった四人で飛び込んだ時点で――終わっていたのよ貴様らは!」
叫び、今度はベニムラサキから仕掛けてくる。
決して素人とは言えない刀捌きで、柄と鍔以外は紅蓮の花弁で形づくられた湾刀を振るう。
そして爆ぜる青い炎と紅蓮の花弁。
正反対な色と魔力がぶつかり合い、舞台上に収まらないそれが階段席まで上がっていく。
その主役二人を中心に、空の下の外会場全体で抗争という名の盛り上がりが昂っていく中――。
突然、何の前触れもなくその変化は起きた。
「「「「!?」」」」
打ち合い始めたテンドウもベニムラサキも、この場にいるすべての人間と亡霊族も。
突然の大きな変化に気づき、激しさを増していた戦いの手が一時的に止まる。
――なぜか? 理由は単純明快、戦場に乱入者が現れたからだ。
しかも一人二人の話ではない。
扇状になっている階段席の最上段から、多くの存在が一斉になだれ込んできたのだ。
そんな予想外の事態に両陣営ともに混乱してしまう。
どちらも身に覚えがないため、混乱に乗じたほかのファミリーによる三つ巴の戦いになったと覚悟した瞬間。
乱入者たちの中心人物らしき者が――小さな体で会場全体に届く声で叫ぶ。
「まったく情けねえ! 困ってるなら手を貸してやってもいいぞ! ……微力ながらよろしくお願いします!」
その名はドンチン。南瓜頭族ファミリーの頭である。




