第二十二話 ナワバリの中へ
カグラ奪還のために準備を急いで整えたテンドウたち。
カンナギ城を出て庭園を抜けた一行は、貴族街の北門を目指して走っていた。
ベニムラサキが指定したのは北エリアの南端にある個人の根城だ。
場所的には最も手前に位置するも、亡霊族ファミリーのナワバリ内であることに変わりはない。
そのため非常に危険であり、貴族街よりも死が近くなるのは確実である。
そもそも貴族街の外側はどこも危険度が上がるのだ。
東西南北どこであろうと地獄の様相は増すので、テンドウたちとしても外に出るのは初めてだった。
(本当にやれるのか? ……いや、やるしかないんだ。けど巨大な『三大ファミリー』の幹部相手に……犠牲を出さずに勝てるのか?)
ほかのアンデッドとの遭遇を避けつつ進みながら、テンドウは何度も自問自答してしまう。
カグラの安全が一番心配なのは言うまでもない。
ただやはり気になるのは、自分たち人間ファミリー側の戦力だ。
戦闘員はたった四人。うち一人のムウマは主に索敵担当である。
まさかのヨシくんも『特異体質』を発現し(出発前に聞かされた)、全員が成長しているとはいえ、幹部が相手となれば配下の数も多いはずだ。
「くっそ。ロッポウがいりゃ心強かったのに……。アイツ肝心な時に帰りやがって!」
「連絡手段もねえしな。ったく、プータローには困ったもんだぜ」
走りながらもつい愚痴を言ってしまうテンドウとムウマ。
そんな二人が今さらながら思い出すのは、以前、城を訪ねて来た南瓜頭族ファミリーだ。
アンデッドから提案された同盟の話。
あの時は断ってしまったが……こうなるのなら同盟を結んだ方がよかったかもしれない。
「けどアイツら弱いって聞いていたし……。組んでも戦力的にはあまり上積みが――って、待て! そうだ忘れていたぞ!」
と、ここで。
テンドウは視線の先に違う種族、別のファミリーの姿を確認して、青い炎太刀を鞘から抜いた。
前方の道ではなく、内と外を隔てている貴族街壁の上空。
そこを黒く蠢く塊で染め上げている存在がいたのだ。
――黒骨烏族である。
獲物を見つけ次第、急降下して頭上から襲い来る厄介な飛行型のファミリーだ。
一番の武器は言わずもがなその数で、常に漁夫の利を狙うような狡猾さも併せ持っている。
彼らの天敵である亡都ヤマトニアの空の王者、奇声を上げる怪鳥の姿は……残念ながら今は見えない。
となれば上空に留まる黒骨烏族の群れが追い払われることは期待できない、ということだ。
「まあ仕方ない。ほかに道もないしな。――突っ切るぞ、皆!」
「「「おう!」」」
叫び、ムウマと先頭を交代したテンドウが貴族街壁の方へ。
その後ろに三人が続き――十秒と経たないうちに、ガァアアアア! と。
地上の存在に気づいた無数の黒骨烏族が、まるで一つの巨大な生物のように固まって降りてくる。
見ての通り、テンドウたちが選択したのは強行突破だ。
少し位置をズラしたところで貴族街壁をよじ登ることなど不可能。そのため唯一、通れる北門目がけて突き進むしかない。
(本音を言えばベニムラサキの前に戦いは挟みたくないけど……! こんなところで消耗してたまるか!)
今度は心の中で叫び、先頭のテンドウはさらに貴族街壁に接近する。
そうすれば当然、いの一番に上空から襲撃を受けてしまう。……ただテンドウにも対抗策がないわけではなかった。
「――【火線突き】!」
走りながら上空に向かって青い炎太刀の突きを見舞う。
これまでならば空を突くだけの何の意味もない攻撃だが……今のテンドウは一味違った。
突きから放たれた糸を引くような青い業火。
切っ先から飛び出したその一撃は一直線に空を登り、黒骨烏族の群れに直撃するなり激しく爆ぜた。
テンドウが地道な訓練の成果として覚えた新技である。
一見すると魔法のようでも、常識外れな【属性付与】を利用した純粋な剣技だ。
その威力もまた火属性の中位魔法に匹敵している。
直接斬るよりは威力は落ちる一方で、燃える刀身から分離させても、本体の大太刀に宿った炎も魔力も一切減っていない。
「魔力消費なしの遠距離攻撃だ。そっちこそ数の暴力で来ているんだから――これくらいの理不尽は許してくれよ、カラスども!」
テンドウが咆えて、ガガクとヨシくんもまた続くように魔法を発動。
風の刃と雷の矢が黒骨烏族たちを襲い、撃ち落とされた個体以外は嫌がるように上空へと舞い戻る。
「「「「ガァアアアアア――!」」」」
それでも執拗に狙い、人間を諦める雰囲気はまったくない。
進路上の道と上空とには遮蔽物などないため、襲う側はいつでも仕掛けられる状況だ。
ゆえにテンドウたちは足を止めずに、一発撃っては追い払い、また一発撃っては追い払う。
「――行け行け進め! 一気に走り抜けるぞッ!」
北門を抜けて亡霊族ファミリーのナワバリに入るまでの勝負だ。
距離にしてあと百数十メートルほど。鋭い嘴で無防備な頭を貫かれるか、はたまた無事に通過できるか。
一種の根比べのような攻防が、北門付近で何度も繰り返されていく。
「(…………、)」
そんなテンドウたちの手に汗握る強行突破を――静かに見ている者たちがいた。
朽ちた建物の陰に隠れるように息を潜めて、後方から一部始終を観察している。
交戦中かつ前進するテンドウたちがもちろん気づくはずもない。
凄まじい烏の鳴き声が亡都の空に響く中で、彼らは黙ってそれを見届けるのだった。
◆
しばらくすると上空に響く烏の声が収まった。
亡都ヤマトニアの本来の姿、不気味な静寂に包まれた中で小さく響くのは――複数人の足音だけ。
「「「「――見えた!」」」」
そして響いたテンドウたちの声。
無事に北門を抜けて『三大ファミリー』のナワバリ内に侵入。それと同時に黒骨烏族たちの襲撃がピタリと止み、そのまま真っすぐ走り続けた結果。
支配によって争い自体は少ないからか、南と比べると死臭が薄い元魔法区の北エリアの先に――すぐに目的地の姿が視界に入ってきた。
大通り沿いに存在する、かつて賑わっていたであろう王立劇場。
入口には何十本もの柱が立ち並び、珍しいドーム状の造りが目を引くこの立派な建物こそ、『狂花』ベニムラサキ個人の根城である。
――だが、
「テンドウ、ちょっと待て。……どうやらそっちじゃねえらしいぜ?」
最も目立つ劇場の建物に皆の目が奪われるも……違う。
ムウマの【種族感知】に反応したのは、その隣だ。
こちらはこちらで何か催し物でも開催していたのだろう。
全部で数千人は座れそうな、座面が一体化した仕切りのない扇状の階段席と、一番下まで降りた先には舞台のようなものが存在している。
「……本当だ。まさかそっちにいるとはな、亡霊女……!」
そんな空の下にある開放的な舞台の上に。
白銀色のドレスを纏った女の亡霊族と、配下らしき亜人族に似た二体の亡霊族――そして捕らわれた仲間の姿があった。
「カグラっ!」
猿轡と手錠に加えて、足首と柱を鎖で繋げられた状態の双子の妹の姿を見て。
叫んだガガクが一人飛び出しそうになるのを、テンドウが冷静に肩を掴んで止める。
そしてちょうど扇状の階段席の最上段、舞台を見下ろす位置で敵陣営と睨み合う。
「――来たか。本当にノコノコやってくるとは……。そのくだらない人間の絆だけは褒めてあげるわ」
直線距離で百メートル近く離れているのに、嫌に通る女の亡霊族の声が響く。
わざわざ名乗らなくても分かる。
状況的にも放つ魔力の強さ的にも、この女こそが『狂花』ベニムラサキであると。
「……そりゃどうも。というわけでウチの子を返してもらおうか!」
明確な敵意には明確な敵意を。
テンドウは紅蓮の鞘から青い炎太刀を抜くと、燃え上がる刀身の切っ先をベニムラサキへと向ける。
続いてムウマ、ガガク、ヨシくんも構えを取り、四人全員が戦闘態勢に入った。
「くっく……アハハハハハ――ッ!」
と、それを見たベニムラサキがなぜか大笑いをし始めた。
纏う白銀のドレスとは正反対な深紅に染まる半霊体が、腹を抱えてくの字に曲がっている。
「本気で私とやり合うつもりなのね。いざ目の前にすると……滑稽すぎて涙が出るわ!」
再び声を上げて笑うベニムラサキ。……だがその笑いはすぐに収まった。
腰まである長い髪をかき上げると、一転して深紅の目つきが鋭くなる。
独特な湿り気を帯びた冷たい魔力が、迫力を増して扇状の席を駆け上がるようにテンドウたちの元まで届いてきた。
「取り戻したいのなら力づくで奪ってみろ。それがこの街のルール、美しき弱肉強食の論理よ人間!」
瞬間、ベニムラサキが両手を上げた。
それはどう見ても両隣りに控えている二体の配下への合図だ。
「! 来るぞ、テンドウ!」
真っ先に感知したムウマが叫ぶ。
と同時、眼下に広がる扇状の階段席、いや正確に言えば影の中から――音もなくそいつらは現れた。
薄暗い靄のような体の亡霊族が約三十体。
青みがかった黒色に染まった彼らは、完全なる霊体ゆえに衣服も防具も纏っていない。
数千人が座れる席の広さと比べれば少ないが……さすがは『三大ファミリー』の幹部といったところか。
幹部一人の直属の配下の数としては充分、脅威であることに変わりはない。
……やはり相当、厳しい戦いになるのは確実だ。とはいえ、あくまでもこれは想定内な状況である。
最悪なケースは頭の亡霊騎王やジンロウタの参戦――。
もしそうなっていた場合、万に一つも勝算はなく詰んでいただろう。
――ファミリーであっても幹部同士はとくに仲良くはない。
そこに積極的な協力関係はなく、頭の指示がない限り基本的には別行動。
その情報一つを信じた結果、テンドウたちは最初の賭けに勝っていた。
「さあやるぞ。カグラだけじゃない、誰一人死んでも許さないからな!」
「当たり前だ。絶対に皆で帰るぜ!」
「おっさんの意地を見せてやる!」
「必ず助けるっ! 待ってろカグラ!」
じりじりと階段を上がってくる亡霊の配下たちを見下ろしながら。
気合いを入れ直したテンドウたちは――迫りくる脅威を前に動き出す。
「【火線突き】!」
「【鎌鼬】!」
「【迅雷矢】!」
こうして、人質を巡った人間ファミリー対ベニムラサキ軍の抗争が始まった。




