第二十一話 おっさんと緊急事態
なるべく早く亡都ヤマトニアを脱出したい。……だが焦ってはならない。
テンドウが約四カ月、最古参のムウマ、ヨシくん、スズラン、ネゾウらで半年。
生活環境も整っている中でここまで過ごしてきたのだから、もう数カ月くらいどうということはない。
じっくりと力をつけて徐々に街を南下し、軍宿舎に次ぐ前線拠点を確保。
そして最後はアンデッドたちの動きが鈍るという、年明けにある亡都ヤマトニアの命日に脱出する――という計画だ。
「【迅雷矢】!」
その運命の日に向けて、城の前に広がる庭園で汗を流しているのは、ハンチング帽を被ったおっさんことヨシくんである。
ついに習得した新たな雷魔法の【迅雷矢】。
螺旋状の鏃の高速の電撃矢は、下位魔法の中では屈指の威力を誇り――塀を挟んだ庭園外にいる標的の頭を正確に射抜いた。
その標的については腐船族だ。
絶命時に破裂して毒ガスをバラ撒くという厄介な種族で、近接型のテンドウには当てたくない相手である。
――とにもかくにも、これでヨシくんの日々の努力も実を結んだのだ。
最も初歩的な【雷ノ矢】に痺れ専用の【電電矢】、さらに覚えたはいいが使い道がとくにない【偽装雷矢】に続き、四つ目となる雷魔法である。
「――よし、これで二十発連続だ!」
「スゲーな。こうも簡単に当たるもんなのか」
そんなヨシくんの魔法射撃を見て、パチパチと拍手するのは人間……ではなくアンデッドだ。
黒字に白い縦縞のスーツを着た吸血鬼族――『一匹吸血鬼』ならぬプータローことロッポウである。
あのテンドウとの戦いから二週間ほど。
話し相手ができて嬉しいのか、たまにこうしてフラッと遊びに来ているのだ。
「ところでよー、ヨシくん。どのくれーの距離までなら百発百中なんだよ?」
「五十メートルだな。それより少しでも遠いと著しく命中率が落ちるぞ」
「へえ、そーいうもんなのか」
興味深げなロッポウの問いにヨシくんは胸を張って答える。
……今の元猟師のおっさんはまさに自信の塊だ。標的が五十メートル圏内にさえいれば、放った雷の矢はいとも簡単に当たるのだから。
そんなヨシくんはさらに詳しく聞かれたため、引き続き胸を張って新たな友達(?)の問いに答えていくのだが――。
現在の自身の実力を伝えるにつれて、なぜか反比例するようにロッポウの顔に疑問の色が濃くなっていく。
「……あん? 五十メートル以内が百発百中で……それを数センチでも越えると三割以下まで落ち込むだと?」
「うむ」
「……んで、とくに風を読んでるわけでもねーのに……当たる距離なら適当に撃っても絶対に当たると?」
「おうとも」
「……しかもそれがある日突然、覚醒したように腕が上がったと?」
「その通り」
自信満々なヨシくんに困惑し始めるロッポウ。
いつもの青白い顔で考え込むように顎に手を当てると、そのまま十数秒ほど黙り込んでから、
「……おいそれ、本当に実力か? 俺様は弓の素人だが……スゲーおかしな話だろ」
「え?」
ロッポウの冷静な指摘に、予想外だったのかヨシくんは戸惑う。
その反応にはとくに返さず、ロッポウは一人、さらに深い思考に沈んでいく。
(距離の違いによる命中率の誤差も普通じゃねーし、そもそもある日突然、百発百中になるのも普通じゃねーぜ。使った魔法にも俺様の【蝙蝠固縛】のような追尾性能はねーし、すべてが普通じゃねーとすれば……)
たとえ姿形が変わろうとも、脳みその中だけは人間時代とまったく同じ。
またテンドウたちと喋って多くの情報を共有しているため、それらを脳内で照らし合わせていけば――自ずと答えは導き出された。
「いや待て。どー考えてもそりゃ『特異体質』じゃねーか!」
「……へ?」
確信めいた声でロッポウが言う。
対するヨシくんはこれまた予想外だったらしく、目を点にしたまま固まっている。
……冷静に考えればしごく当然の答えだ。
ヨシくんのそれは、明らかに通常の射撃の達人とは異なっている。
『特異体質』が千人に一人という極めて珍しい現象だとしても、すでに八人中四人が『特異体質』持ち。
元から発現していたテンドウを除いても、ほか三人がこの亡都で開花している状況でもあるのだ。
「じゃなきゃ説明できねーしな。……オメーらマジでどーなってんだ? いやそれともムウマが言ってた通り……何かがこの地にあるのか?」
ヨシくんの言葉が真実なら間違いないはずだ。
ロッポウも当事者のヨシくんも、正確な魔法射撃の『特異体質』など聞いたことはないが……。
名づけるならば【必中射撃】と言ったところか。ただし五十メートルという距離制限はあるが。
「お、おっさん……な俺まで『特異体質』とな……?」
ここでようやくヨシくんの思考が再開される。
たしかに状況的には自分も発現してもおかしくはなさそうだ。
よくよく思い返してもみれば、感覚的にも魔法の発動時にサポートされている感じはあった。
……逆に否定できる材料はとくになし。
ゆえにロッポウの言う通り、五人目となる『特異体質』で確定と思われる……のだが、
「いや地味だなオイ! できれば矢の数が増えるとか威力の底上げとかの方がよかったぞ……!」
「まーそれは仕方ねーだろ。引いた手札で頑張るしかねーぜ。……いやはやマジで、オメーらは揃いも揃って面白えーな!」
なぜか悔しがるヨシくんの肩をポンポンと叩き、ロッポウは二本の牙を剥き出しに笑う。
そして満足そうに頷くと、ひらひらと手を振って亡都の街へと消えていった。
「…………、」
その背中をずっと見つめていたヨシくん。
驚きと喜びと少しの残念さと、様々な感情が入り乱れる中でボーッとしていると――しばらくして庭園の向こうから人影が見えてきた。
小さな赤毛の男児――ガガクだ。
こちらはこちらで日課の訓練を終えたのだろう。
とても九歳児とは思えない頼もしい仲間は、しっかりと『黒曜銅具足』を纏った姿で一人、全速力で走って帰ってきている。
「おお、ガガクか。ちょいと聞いてくれ。じつはおっさんも特異体――」
「大変だよぉおおおお――っ!」
ヨシくんの声はガガクの叫びでかき消された。
さらに全速力を止めないガガクはヨシくんのもとまで到達するや否や、それ以上の叫びを庭園内に響かせる。
「カグラが……! カグラが攫われたっ!」
◆
カグラが攫われた。
その凶報を持って城に飛び込んできたガガクを中心に、すぐに皆が一階の応接間に集まり、緊急会議が開かれた。
「庭園内だからって油断してた……本当にごめん」
双子の妹を攫われたガガクはうな垂れている。
ソファに座って頭を抱えているその小さな体を、両隣にいるセイカとスズランが優しく擦る。
「……いや謝るなら俺だ。いつも通り同行して索敵してりゃ防げたはずだぜ」
続いて謝罪したのはムウマだ。
『不死族喰らい』で成長した現在の双子兄妹の実力と、制圧によってほぼ安全になった庭園の状況――。
これらの理由から危機感が薄れていたのは紛れもない事実であった。
が、それは非戦闘組も含めて全員同じだ。
庭園内なら大丈夫。アンデッドが激減してもなお空気が淀んでいるだけで、貴族街やその外側と違って不測の事態は起きない。
そう潜在的に思っていたからこそ、ガガクやムウマを責める者は一人もいない。
応接間の中に流れる空気は、テンドウの刀が折れた時の比ではないほど暗く沈んだものとなっていた。
「……とにかく、起こってしまったのは仕方ない。……それでガガク、犯人はヤツらで間違いないんだな?」
「う、うん。たしかにこの目で見たし、何より名乗ったから間違いないぞっ!」
テンドウの問いにガガクが首を縦に振る。
すでにカグラを攫った犯人の情報については、人間ファミリーの皆に話して共有されていた。
――ほかでもないベニムラサキである。
『三大ファミリー』の一つ、北の亡霊族ファミリーの幹部にして『狂花』の異名を持つ恐ろしい女アンデッドだ。
正確には実行犯はベニムラサキの直属の配下である。
訓練で息が上がっていた中で突然、庭園内の枯れ木の影から現れてカグラを捕縛。
再び影の中に引きずり込んで消えたという能力も、把握している情報と一致していた。
そして、カグラを攫った理由は間違いなく花畑の一件だろう。
執念深い性格で、機嫌を損ねた相手は絶対に許さない。
『三大ファミリー』の中でもとくに厄介な女というロッポウの言葉通り、恨みを晴らすべくカグラを攫ったのだ。
「相当、お冠ってわけか。……それでガガク、ヤツらからの伝言とは?」
「うん、お前たちの頭の『炎の剣士』に伝えろって。『仲間を返してほしくばベニムラサキ様の城に来い。今日中に来なければ人質の命はない』――と」
「……なるほどな。まあそりゃそうなるか」
ガガク伝てに敵の言葉を聞き、テンドウは顔を顰める。
敵のナワバリに入っていかなければならないのは正直、かなり厳しい状況だ。
それが天下の『三大ファミリー』相手なら尚更である。
謝罪の言葉などで許されるはずもなく、危険な戦闘に発展することは避けられないだろう。
ただ少なくとも最悪な状況ではない。
指定したのはファミリーの、ではなくベニムラサキの城という幹部の個人拠点だからだ。
つまり、亡霊族ファミリーとの全面対決ではないと思われる。
そして何より、まだカグラが生かされているというのは不幸中の幸いだった。
……もちろんアンデッド、例外な存在を除けば血も涙もない魔物のことだ。
ウソをついてすでにカグラを殺している可能性は否定できないが……。
「……行くぞ。一刻も早く、絶対に助け出す」
「当たり前だぜ。見捨てるなんざありえねえ」
「お、おっさんだって同じ気持ちだ!」
「本当か!? ありがとう皆……っ!」
テンドウ、ムウマ、ヨシくんの力強い言葉にガガクが何度も頭を下げて感謝する。
そんな九歳児に似合わないことを手で制してから、テンドウはネゾウの方に視線を向けた。
「ところでネゾウ。解毒の薬ってもうできていたよな?」
「もちろんじゃ。ヤツらが相手なら持っていくがよいのう」
「助かる。じゃあそっちの準備は任せていいか?」
「うむ。それくらいお安い御用じゃ」
ネゾウはすぐに作業に取り掛かるべく応接間の外へ。
次にテンドウは同じ非戦闘組のセイカとスズランに視線を向けると、何も言わずに力強く頷いた。
――必ず助けて帰ってくる。誰一人として欠けさせはしない――目にそんな思いを込めて。
(……亡都生活で一番の山場だな。これまでの比じゃないほどの、だいぶ厳しい戦いになりそうだぞ)
正直、自信よりも不安の方が大きいことは否定できない。
だがそれを不安がっている仲間たちに察させはしない。
テンドウは最後に腰に提げた大太刀に視線を向ける。
現在の付与回数は六十八回。本音を言えばもっと積み重ねたかったが、時が来てしまったのだから仕方ない。
絶対に避けたかった『三大ファミリー』との戦いは――何があろうともう避けられない。




