第二十話 和解?
テンドウが敗北した。
持ち主の手を離れた大太刀は纏う青い業火を一時的に収め、今はただの刀剣に戻っている。
転移事故の被害者たちの中で、亡都脱出の鍵を握るファミリーの最大戦力は失われて――。
「……う、ううん……?」
と思いきや、目覚めたのは黒髪短髪で後ろ髪ちょんまげ風の男。……ほかでもないテンドウである。
意識が戻ったその敗者は、全身に残る痛みと疲労に顔をしかめつつ……ただただ困惑していた。
なぜ自分は生きているのか? と。
たしかに戦いに負けて、人生が終わったと思ったのに何で……? と。
仰向けに寝た状態から見える青い空。嫌でも慣れてしまった亡都独特の空気。
また手を握ったり開いたりしてみても、いつも通りの感覚が返ってくる。
「おー目覚めたか。よかったよかった!」
「……へ?」
ここでさらにテンドウの困惑が上塗りされた。
なぜなら、横から声をかけてきたのは仲間たちではないからだ。
声の主は黒地に白い縦縞スーツの吸血鬼族――ついさっきまで殺し合いをしていたロッポウである。
……しかも、ムウマとガガクとカグラと一緒にベンチに座っている状況だ。
亡都では珍しい青空の下、すでに敵対している雰囲気もなくて……?
「ど、どういう状況だよ? おいムウマ!?」
「っと。ボコボコにされたんだからまだ寝てろって。……きちんと説明するからよ」
起き上がろうとしたテンドウをムウマが止める。
そしてロッポウの方に視線を向けながら、ため息混じりにゆっくりと説明し始めた。
――いわく、
吸血鬼族のロッポウはテンドウを殺すつもりは端からなかった。
その正体はただ純粋に強者と戦いたいだけの流浪人。
自ら明かした『一匹吸血鬼』という異名通り、百年前からずっとファミリーには属していないようだ。
加えて、人間を敵対視などしていない。
心まで魔物には落ちてはおらず、どちらかと言うと中立域パンドラの住人たちに近い立場だったのだ。
「そーいうわけだ。俺様は人間時代から生粋のプータローってやつさ。だから楽しけりゃーよし。マジで命まで取る気なんてねーんだよ」
「いやいや待て待て! 最初から思いきり殺気はあっただろお前!」
「そりゃだって見せかけでも少しは出さねーと……オメーが本気になんねーだろ?」
テンドウのツッコみにも悪びれた様子もなくロッポウが答える。
青白い顔に笑顔を浮かべて、あげく満足そうに親指を立てている始末だ。
「ぐっ、んじゃあの死神の鎌みたいな大技は!? アレだけ本気でヤバかっただろうが! 受け流しに失敗していたら真っ二つだったぞ!」
「ん? アレはまーその……つい楽しくなりすぎちまってなー。……すまんすまん」
「いやすまんで済むか! まったく反省していないだろお前コラ!」
割と本気で怒るテンドウに心のない謝罪をするロッポウ。
そんな両者のやりとりをムウマたちは冷静に見ているが……別に最初から冷静で怒らなかったわけではない。
むしろテンドウ以上のブチ切れである。
仲間が倒されたあの後、何とか拘束を抜けたガガクとカグラを中心に総攻撃を開始。
ロッポウは謝罪と説明をするも、決死の覚悟で本気で殺しにかかってくる三人に焦り、必死の土下座を繰り返して――現在に至っていた。
「でもまー、『三大ファミリー』の幹部クラスの力を体感できてよかったろ? 南に脱出するなら関係ねーかもだが、知っておいて損はねーぜ」
「それは……まあたしかに。……けど自分で言うなっての!」
相変わらずの軽い感じにテンドウはため息をつく。
そんな二人の小競り合い(?)が何度か繰り返されて……ようやく落ちついてきた頃に。
「――で、ロッポウ。テンドウが起きたら教えるって約束した有益な情報、そろそろ吐いてもらおうか?」
オホン! とせき払いをしたムウマが、鋭い言葉と視線をロッポウに投げかけた。
「ああ、もちろんだぜ。プータロー歴百年選手でもウソはつかねーからな」
と、一転して神妙な雰囲気になったロッポウが言う。
さらに北の方角を見ながら、湿り気のある黒髪をグシャグシャと掻きむしった。
「まずオメーら、噂で聞いたが貴族街にあった花畑を荒らしたろ? ありゃー亡霊族ファミリーのベニムラサキの所有物だ。……ヤツの性格を考えりゃー死ぬまで逃がしちゃくれねーぜ」
「……何? 亡霊族ファミリーって……あそこを守ってたのは二体の人獣骨人族だぜ? もし『三大ファミリー』の構成員だったとしても、ヤツらは東の骨人族ファミリーだろが」
「……まー普通はな。だが、あの女は死体に別のアンデッドの魂を入れる術があるからな。元の体は骨人族でも、立派な亡霊族の配下っつーわけだ」
まったく悪趣味だぜ、とロッポウは付け加える。
さらにベニムラサキという女幹部の執念深さを心底嫌そうな顔で語った。
――つまり、テンドウたちは気づかないうちに『三大ファミリー』の一つにケンカを売ってしまったのだ。
できれば近づくことなく過ごしたかったが、どうやら自分たちから接点を作ってしまったらしい。
「ま、マジかよ……」
……これについてはパンドラでしっかりと情報収集をしていれば防げたことだ。
だからこそ、そっち方面を担当しているムウマは申し訳なさそうな顔になる。
「――んで、もう一つ。まーこっちはポジティブな情報だから安心しろ。オメーらが亡都からの脱出を目指すなら……オススメの決行日があるぜ」
「ん? オススメの決行日とな?」
今度はテンドウが聞き返した。
どう考えても自分たちに必要な情報だと判断し、前のめりになって聞く態勢に入る。
「亡都ヤマトニアの命日だ。大規模発生が起きて滅亡した日、その日だけは喪にでも服してんのか……俺様も含めて全アンデッドの動きが鈍るんだよ」
顔色と同じ青白い指を立てて、ロッポウはさらに続ける。
「まー『鮮血の霧』と似たようなもんだな。ほら、月に二、三日くれーの頻度で街を包む霧が赤くなる日があるだろ? アレをさらにスケールアップさせて、効果も逆にした年一の特別な日、って感じだぜ」
「……へえ、そうなのか。凶暴化ならぬ鎮静化……理由は謎だけどいい情報を聞いたな」
「じゃあテンドウ、その命日に皆で脱出だなっ!」
「でも、そうなると決行日はだいぶ先だね。今は夏だけど大規模発生が起きたのは年明けだし」
ロッポウからの情報にテンドウたちは好反応を示した。
カグラの言う通りまだ全然、先の話ではある。
だが少しでもアンデッド地獄が和らぐのなら大歓迎だ。ただでさえ難易度が高い街からの脱出には活用すべきだろう。
――そんなこんなで、ロッポウからの情報提供(罪滅ぼし)も終わったところで。
テンドウはまだ痛む体を起こすと、脇に置いてあった大太刀を手に取って立ち上がった。
「……さてと。んじゃ、さっきは誰かさんの邪魔が入ったから……再開といきますか」
「再開? そーいやオメー、あの店で何してたんだ?」
「何って決まっているだろ。オシャレ探しだ、オシャレ探し!」
軽く体を伸ばしてから、テンドウはまた服飾店の方に歩き出す。
それを受けて「僕も!」「私も!」と、ガガクとカグラが後ろにくっついていく。
だいぶ大きな不測の事態に見舞われてしまったものの……またも何だかんだで切り抜けたテンドウたち。
まだ命が続いていることに安堵しながら、客のごとく店の扉を開けるであった。
◆
「……で、実際のところどうだったんだよ? ウチの大将の力は」
テンドウたちが店に入り、服選びをし始めたのを割れたショーウィンドウ越しに見ながら。
道を挟んだベンチに座ったムウマは、隣に座っているロッポウに問いかけた。
「おー何だ。アンデッドなんかの評価が気になるっつーわけか」
「そりゃそうだぜ。俺たち人間も亡都脱出に必死なんでな」
興味津津なムウマはさきほどの戦いを思い出す。
内容的にはロッポウの完勝だった。……結局、テンドウは一撃も入れることはできなかったのだ。
ゆえに厳しい評価が下される、と思いきや――勝者からの答えは意外なものだった。
「正直、危なかったぜ。吸血鬼族は耐久面じゃ大したことねーからな。……あんな滅茶苦茶な炎の斬撃、一発でも当たりゃーヤバかったぜ」
「いやでもお前、何だかんだで余裕だったろ? 色んな魔法も見せつけるように使ってやがったしよ」
「違えーよ、逆だぜ。余裕がねーから手札をフルに使わなきゃならなかったのさ」
ロッポウもまた戦いを思い出し、よほど楽しかったのか青白い顔に満面の笑みを浮かべている。
一発たりとも喰らわなかったとはいえ、テンドウの力は想定以上。
とくに青い炎太刀に関しては、一切の魔力消費もないという点から見ても、脅威以外の何ものでもなかったのだ。
「まだ上位魔法にゃ届いてねーが、威力は充分。基本の剣術もだいぶ腕がいいだろアイツ。……ただ注文があるとすりゃー遠距離技か。いくら刀身が長くても、相手によっちゃー接近戦だけだとキツイぜ」
「……やはりそうか。テンドウも一応、練習はしてるみたいだがな。……まあ何だ、とにかく高評価で安心したぜ」
種族を越えた、まるで人間同士のような会話。
そして流れる地獄の亡都とは思えないまったりとした時間。
ムウマの索敵にもアンデッドは引っかからず、完全にリラックスした状態となっている。
「――っと、そうだ。謝罪の印としてこいつをやるよ。どーせ情報だけじゃ足りねーだろ?」
「!? おま、これ……! 何かと思えば魔法袋じゃねえか!」
そんな中、ふと思い出したようにロッポウが渡してきたのは魔道具の一つだ。
一見ただのガマ口巾着袋だが、その正体は魔力を帯びた大容量の魔法袋である。
価値は最低でも二千万は下らない。
王族や貴族の上流階級か、豪商や高位の冒険者などの一部の成功者くらいしか持っていない代物だ。
それをアンデッドが所持していたうえに譲ると言われて……ムウマの口があんぐりと開いてしまう。
「やるよ。何十年か前にこの街でたまたま拾ったやつだ。俺様が持ってても使わねーしな」
「け、けどいいのか? あのクソ便利な魔法袋だぜ?」
「だからいーって。プータローは荷物なんて持たねーしな。……それにほら見ろ、どー考えても今すぐ必要だろーが」
「うん……?」
と、ロッポウが細長い指で指し示した先。
そこには大量の服を両脇に抱えた、ホクホク顔のテンドウたちの姿があった。
……まるでここがヒノモト王国の繁華街かのような行動だ。
明らかに帰りのことは考えておらず、この光景だけを切り取って見れば、ここが恐ろしき亡都ヤマトニアだとは誰も思わないだろう。
「おいおい、いくら何でも欲張りすぎだろ……もはや仕入れじゃねえか!」
戻ってくるテンドウたちを見てムウマがため息をつく。
かたや隣のロッポウは腹を抱えて笑い、よほどおかしかったのか涙を流しながら言う。
「まー貰えるもんは貰っとけって。もー俺様は遠い昔でおぼろげだが――それが人間っつーもんだろ?」
――こうして、再び合流を果たしたテンドウたち。
その後、手に入れた大量の衣服を魔法袋に収納して、謝罪も兼ねたロッポウの護衛で城まで帰っていくのだった。




