第十九話 吸血鬼族
「オラオラ! どーした炎のちょんまげ剣士!」
襲撃を受ける形で始まってしまった吸血鬼族との戦い。
兵士歴二年のテンドウにとっては初めて対峙する種族だ。
その正体である『一匹吸血鬼』ロッポウはまるで戦いを楽しむかのように、息つくヒマない猛攻を仕掛けてきた。
「こ、の……ッ!」
蝙蝠の形をした漆黒の魔力が次から次へと容赦なく襲い来る。
青い炎と斬撃で迎撃はするも、どうしても撃ち漏らしが出て被弾してしまう。
一匹一匹の威力こそ大したことはない。
それでも纏めて喰らってしまえば、頑丈な防具の上からでもダメージが通ってしまうだろう。
テンドウはその猛攻を凌いでから反撃に出る。
攻撃と攻撃のわずかな合間に距離を詰めて、最速となる突きを放つも――余裕を持って回避されてしまう。
(速いなコイツ!? こりゃ当てるのに苦労するぞ……!)
見た目通りの素早くて軽やかな動き。
攻撃の速度もあって手数も多く、さらに遠距離攻撃もあるとなると……ハッキリ言って相性の悪い相手だ。
テンドウの攻撃が当たる気配もない一方で、ロッポウの攻撃は少しづつでも確実に削ってきている。
胴体部こそ守れているものの、腕や脚に小さな傷が増えていってしまう。
「「【鎌鼬】!」」
と、テンドウが押される中で頼もしい援護射撃が。
合流したガガクとカグラが疾風の斬撃を放ち、ロッポウの首へと一直線に飛んでいく。
「オイオイ勘弁してくれ。お楽しみの最中に水差すんじゃねーよチビッ子!」
それは死角からの一撃で確実に決まるはずだった。
なのになぜか後方宙返りで完璧に回避すると同時、ロッポウの眼光と放つ魔力が鋭さを増す。
続けて呟かれた「【蝙蝠固縛】」という言葉とともに、放たれた蝙蝠の群れが二人に向かって反撃する。
対するガガクとカグラは回避行動を取った。
【追い風】も展開中であるため、高い機動力で難なく避けた――はずだった。
「うぐっ!? な、何で……っ!」
「たしかに避けたはずなのに!?」
殺到した蝙蝠の群れが避けられた直後に方向転換。
ただの魔力であるはずなのに、意志を持った本物の蝙蝠のように背後から再び殺到したのだ。
その高い追尾性能を持つ魔法攻撃が二人の小さな体に絡みつく。
そして一瞬で硬質化した蝙蝠たちによって、腕から脚から完全に動きを止められてしまう。
「悪ぃーなチビッ子。まー決着まで大人しく観戦しといてくれ」
「ガガク! カグラ!」
いとも簡単に仲間の動きを封じられて、テンドウの焦りがさらに加速する。
幸いロッポウは二人に危害を加えるつもりはないらしく、トドメは刺さずに放置していたのは救いではあるが……。
――やはりこのアンデッドは普通とは違う。
たとえ人間性の部分が残っているとはいえ、その強さも含めて不気味な存在であることに変わりはない。
「【蝙蝠黒道】」
「な!?」
刹那、ロッポウの足元に漆黒の道が生まれた。
それは石畳の道路を塗り潰すように通り、テンドウの足元まで伸びてきている。
ロッポウ自身は一歩たりとも動いていない。
にもかかわらず、蠢く漆黒の道を滑るかのように――一瞬でテンドウのもとまで到達する。
「ッ!」
想定外の急接近を許してしまい、慌てて後方へ跳び退こうとするも間に合わない。
ズドン、という鈍い音の漆黒の正拳突きがみぞおち部分へ。
鎧のおかげでダメージこそ軽減されるも、衝撃で数メートルほど吹っ飛ばされてしまう。
「おっ、意外に硬えーな。『魔砂護胴具足』か。パンドラ製だろそれ!」
「くっ、ご名答だクソ吸血鬼族……!」
不意を突く初見の魔法から一発を貰ってしまったが……まだ問題はない。
すぐに立ち上がれる程度のダメージしか負っておらず、何よりまた同じ手を食らうほどアホではないのだ。
「何のこれしき! さっさと成仏しやが――!?」
やられたらやり返す。そんな気合いの入ったテンドウの反撃は空振りに終わる。
距離を詰めてフェイントを交えつつ、灼熱の青い炎がついに捉えたと思いきや、
スーツを纏った長身の体が――何十もの蝙蝠となって弾けたのだ。
「――残念だったな。そりゃー【蝙蝠人間】だ。つまり俺様の身代わりっつーわけさ」
そう告げたロッポウの本体はすでに別の場所にあった。
いつの間にかテンドウの背後に回り込み、わずか二メートルの距離まで詰めている。
「激しすぎる炎も考えものだな。時としてテメーの視界の邪魔になるっつーわけだ!」
そして右手から放たれた【群衆蝙蝠】。
反応が遅れたその背中に、ロッポウの漆黒の魔法がまともに直撃してしまう。
「ぐが!?」
何とか無防備な頭を守るだけが精一杯。背中にまともに喰らったことで、テンドウの体はさっきの比ではない距離を吹き飛ばされてしまう。
それでも追撃を防ぐべく即座に立ち上がるが……背中に走る激しい痛み。
ただそこは兵士である。表情から敵に悟られぬよう、涼しい顔は保ったままだ。
……骨は折れていない。力も入るからまだ全力で動き続けられる。
テンドウは心の中で頷くと、青い炎太刀を下段に構えたまま、開いてしまった距離を自ら詰めて――受けに回らず攻めに転じた。
「――フゥーーッ!」
包帯人族ファミリーの頭との戦いでも使った渾身の連続攻撃だ。
扱いづらい大太刀となってもその勢いは何ら変わっていない。
日々の稽古と本人の才能によって、余裕で実戦レベルにまで至っている。
そんな怒涛の連撃を使い、脚への疲労などお構いなしに勝負をかけるテンドウ。
だがやはり速度においては――ロッポウの方が一枚上手だった。
ひらりひらりと、まるで小動物に翻弄される大型の獣のごとく。
漆黒の魔力で形作られた蝙蝠の大群だけが、燃え落ちなかった分だけ確実にテンドウの身に浴びせられていく。
(くそっ! こっちはまだ一発も入れていないってのに……!)
誰がどう見ても一方的な展開だ。
戦っている本人だけでなく、ムウマやガガク、カグラたち三人の顔にも焦りが色濃く出ている。
そんな人間たちの反応などお構いなしに、戦場に似合わぬ楽しそうな声で――高揚気味なロッポウが叫ぶ。
「どーした炎のちょんまげ剣士! もっと血を騒がせていこーぜ!」
◆
戦況は非常によくない。
テンドウだけが削られるうえに攻撃はまるで当たらず、このままでは敗北を喫して命を落とすことになるだろう。
(まだだ。必ず勝機はあるはずだ……!)
焦りはあっても冷静に、敵の姿を捉えながら深呼吸をする。
亡都生活で己に課した厳しい基礎的な鍛錬もあって、まだ脚は限界を迎えてはいない。
また当然、魔法金属でできた大太刀が折れる気配などまったくない。
だからこそ、問題はこちらの攻撃をどう当てるかの一点だ。
動きも反応も速いうえに、ガガクとカグラの死角からの攻撃でさえ避けたのだから、ダメージを与えるのは至難の業である。
「――ん?」
と、相変わらずすべての軌道の斬撃が避けられてしまう中で。
一旦、攻撃の手を止めて呼吸を整えていた時――テンドウの視界の隅に気になるものが映った。
……蝙蝠だ。
ロッポウが使用する魔法と同じ漆黒の魔力の塊でできた蝙蝠が、戦闘には参加せずに建物の庇にブラ下がっている。
それがよく見渡せば五、六匹ほど。
蝙蝠たちはじっとしたまま、戦場をぐるっと囲むように存在していた。
「まさか……あれと視覚を共有しているのか!?」
「おーやるな。バレちまったか」
どうやらテンドウの考えは正解だったらしい。
ロッポウもまさか気づかれるとは思わなかったのか、青白い顔に驚きの表情を浮かべている。
……ただ、残念ながら分かったところでどうしようもない。
今のテンドウには遠距離攻撃の手段が何一つないのだ。
また仮に撃ち落とせたところで、そもそも素早いロッポウの死角に入ることすらできないだろう。
「……つくづく嫌になるな。これでもかなり強くなった気でいたけど……!」
「まーそう落ち込むなって。戦闘中に気づいたご褒美に……特別なモンを見せてやるよ」
言って、なぜか嬉しそうにロッポウが笑う。
大きく口角を上げたことで、吸血鬼族の代名詞でもある鋭い二本の牙が初めて露わになった。
そこでテンドウは気づいた。
ロッポウの全身から溢れ出る魔力が高まり、そのすべてが漆黒の蝙蝠たちとともに右腕一本に集束していることに。
「――派手にいこーぜ。今も昔も、命懸けの戦いってのはそーいうもんだろ?」
例えるなら、上位魔法を発動する直前のような感覚。
ロッポウは不敵な笑みを浮かべたまま、テンドウの青い炎太刀よりも長く大きく肥大化した黒い右腕を振るう。
「【大鎌蝙蝠】」
直後、凄まじい衝撃が亡都の中に生まれた。
数千もの漆黒の蝙蝠が集結して作られた、死神の鎌のようなその一撃によって。
「ぐおおおおッ!?」
テンドウは青い炎太刀で何とか受け流すも、踏ん張り切れなかったことでまたも大きく吹き飛ばされる。
辛うじて武器を手放すことはなかったが……あまりの威力に腕が痺れたまま石畳の上を転がっていく。
……まともに受けていたらテンドウは死んでいただろう。
二年の実戦経験でも体感したことのない一撃――。
本能からとっさに受け流したからこそ、胴体を真っ二つにされずにまだ生きていられていた。
(……負け、てたまるか。俺が死んだら皆が国に帰れないだろうが……!)
戦況は引っくり返るどころか悪くなる一方だ。
ダメージも疲労も明らかにテンドウの方が溜まっており、勝っているのは消費しない魔力量だけである。
それでも諦めない。諦めたらあとは死を待つしかないのだから。
テンドウは全身全霊を刀身に注ぎ込み、再び反撃を試みようとするが――。
ビュオッ! と。
いつの間にか背中に黒い翼を生やしたロッポウが、突風とともにテンドウの眼前に現れた。
「んなッ!?」
次から次へと披露される魔法。ロッポウは手札を隠すつもりなど毛頭ないようだ。
――もう回避は間に合わない。
青い炎太刀で防御態勢を取ったテンドウに、漆黒の魔力を纏った拳が飛んでくる。
それが何度も何度も。必死に頭だけは守ろうとも上半身は滅多打ちだ。
ロッポウの方もここで勝負をつけるつもりか、接近戦での火傷も厭わないようだ。
その武闘家顔負けの猛攻によって――姿勢を保てないテンドウの体がくの字に曲がってしまう。
「うおおああッ!」
倒れ込むように至近距離から放った苦し紛れの逆袈裟斬り。
だが、すでに背後に回っていたロッポウを捉えることはできず、業火の太刀筋は無情にも空を斬るだけだった。
(しまっ――)
まさに万事休す。
悲鳴にも似た仲間たちの絶叫が聞こえた中で、首筋に強い衝撃を受けると同時、テンドウの目の前は真っ暗になった。




