第十六話 花畑争奪戦
中立域パンドラで買い物を行った二日後。
五十二回目の付与を済ませたテンドウは、仲間たちとともに目的の場所へと向かっていた。
方角は東、直線距離で約六百メートル。
いつものように無駄な戦闘を避けるルートを選択して、警戒しながら進むという形だ。
「……なるほど。アイツらか」
「どうだイケそうか?」
「おそらく問題ない。まあ、頼りになる仲間もいるしな」
「もっちろん! 任せてくれっ!」
「成長した九歳児の恐ろしさを見せつけるんだから!」
「おっさんだって頑張るぞ!」
行動メンバーはテンドウ、ムウマ、ガガク、カグラ、ヨシくんの五人だ。
戦闘班の全戦力が集結した、やる気満々な人間ファミリーによる進軍(?)――。
そうして大した消耗もなく到着したのは、亡都には似合わない美しい花畑だ。
ここは以前、ムウマたちが発見した場所である。
その時は早々と諦めたが、予定通りに戦力アップを待ってから再訪したというわけだ。
目的は当然、咲き乱れている花以外にない。
香水に解毒に食用に、なぜかこの花畑には有用な使い道がある品種ばかりが咲いているのだ。
中でもテンドウたちがとくに欲しいのが――解毒に使える花である。
亡都には毒を持つアンデッドも多くいるため、絶対に所持しておきたいところだ。
そんな貴重な花畑を守る二体の守護者の姿を確認して、テンドウは相手の魔力の強さも感じ取ってから、大きく頷いた。
「二体だけのファミリーか? いや『はぐれ』という線もあるけど……」
基本的に貴族街壁の内側には『三大ファミリー』の手の者はいない。
であれば弱小中堅ファミリーか『はぐれ』か。
詳細までは分からずとも、とりあえず邪魔になるほかのアンデッドの姿はなし。
絶対に出会いたくない『車椅子の老婆』も、今回はムウマの【種族感知】に引っかかっていない。
人と獣の骨が混ざり合った人獣骨人族二体のみが、花畑の中を巡回するように動いているだけだ。
「よし、やるか。……花摘みは終わった後にゆっくりとだな」
ここでテンドウは光沢ある紅蓮色の、先端にのみ梅菊花の蒔絵が入った鞘から刀身を引き抜く。
と同時、五十二回分の青い業火が噴き上がり、長い刀身を切っ先まで燃え上がらせた。
そして、満を持して先頭で花畑に入った途端――守護者である二体の人獣骨人族が存在に気づき、巨体を揺らして一直線に向かってくる。
舞台は貴族街の東にある謎の花畑。
花の匂いと街に漂う血や腐敗臭が混ざり合った、何とも言えない香りに包まれた中で。
一月以上の時を経て、美しい花々を巡る攻防が始まった。
◆
五人対二体の数的有利の戦い。
その組み合わせは事前の作戦通り、二つの班に分かれていた。
「よろしく、ヨシくん!」
「おう、任せときな!」
一つはテンドウとヨシくんの二人だ。
十八番の【電電矢】で痺れさせて隙を作り、テンドウの火力で一撃を叩き込む作戦である。
もう一方の班はガガクとカグラとムウマの三人だ。
三人全員が【追い風】で機動力を底上げし、回避しながら少しづつ削っていく戦いだ。
こちらは火力不足が否めないため、テンドウが加勢するまで粘る作戦である。
「――つっても、思ったよりは硬いなお前!」
骨の体でも効いている雷属性の痺れ。
それによる足止めからの一撃が背骨に決まるも、甲高い金属音と強烈な手応えにテンドウが叫ぶ。
動きの速さ自体は予想通りに大したことはない。
その反面、体長二メートル越えの巨体の耐久力は想定以上だった。
とくに頑丈なのが首や背骨などの獣の骨になっている部分だ。
見た目の太さからしても人骨の部分よりも硬く、通っている魔力の量も多い。
今のテンドウの青い炎太刀をもってしても……一刀両断とはいかないらしい。
「ガ、カカカカ――ッ!」
「っと、危ない危ない!」
加えて、攻撃力も非常に高い。
それは激突音や足元から伝う地面への衝撃を見れば明らかだ。
武器自体も戦闘用の重厚な斧で、おそらくパンドラ製だと思われる。
その斧を片手で軽々と振り回してくる一撃は、『魔砂護胴具足』を装備していても絶対に被弾したくない威力だ。
知能は低いのか喋ることはできず、動きも直線的で読みやすくはある。
とはいえ総合力では包帯人族ファミリーの頭よりも上だろう。
それでもテンドウの自信は揺らがない。
少し予想を上回っていたとしても、あくまで想定の範囲内だ。
――何よりも、
「フゥッ!」
鋭く振るわれた青い炎太刀が人獣骨人族に直撃する。
付与と同時進行で己に課していた厳しい稽古によって、すでに大太刀の扱いは体に染み込んでいる。
直後、ピシィ、という亀裂音が生まれた。
燃える一撃を受けた人骨部分の右腕に、決して浅くない亀裂が刻まれている。
「自分で言うのもなんだけど、魔法の才能がない分、剣術の才能はあるもんでな!」
続くテンドウの怒涛の連撃。連続で振るおうとも太刀筋に乱れはない。
人獣骨人族は必死に斧を振るって対抗するも、速度と技術の差ですべてを捌くことなどできない。
「――そこだ!」
再び骨の右腕に袈裟斬りが決まる。
と同時に切断された右腕がゴトン、と地面に落下し、咲いている花がその重量で押し潰された。
……やはり人骨部分は獣骨よりも脆いようだ。
二撃で焼き切れることが証明されたことで、テンドウの自信はさらに深まることに。
ならば狙うべきは人骨一択、硬度に勝る獣骨は完全に無視だ。
テンドウ自身は獣骨を断ち切る自信もあるが、優先すべきは意地ではなく迅速な勝利である。
「その頭蓋――カチ割らせてもらうぞ!」
右腕を斬り落とした次の狙いは頭蓋骨だ。
人間同様に破壊できれば即死となるその急所は、形が人の頭蓋骨ゆえに人骨でできている。
「ガカカカ……ッ!」
対して、人獣骨人族も殺られるつもりはないらしい。
片腕を失っても止まることはせず、残る左腕で斧を振り下ろしてくる。
そして花畑に響き渡る金属音。
体格や武器の重さに加えて、巨体からの振り下ろしという最も威力が乗る一撃を――下段から振り上げた青い炎太刀が押し返す。
不利な条件を丸ごと引っくり返す、圧倒的な火力の青き炎。
【属性付与】の域をとっくに超えた唯一無二の大太刀が、真っ向からの力勝負に打ち勝ったのだ。
結果、二メートルを超える人獣骨人族の巨体がグラついた。
仰け反るような格好となり、頑強な獣骨の背骨がわずかに反れる。
「【電電矢】!」
そこへヨシくんの追撃が鮮やかに決まった。
バランスが崩れた状態で電撃の痺れを受けたことで、短時間ながらもこれ以上ない隙が晒される。
「フゥッ――!」
その隙を逃すはずもなく、短く強く吐いた息とともに。
一気呵成に踏み込んで懐に入ると、今度はテンドウが上段からの攻撃を見舞う。
以前の刀ではギリギリ届かなかったかもしれない。
だが扱いづらさの代償に伸びた刀身は――確実にその頭部へと届いた。
青い業火に混じった派手な火花とともに、激しい衝突音がまた花畑に響き渡った。
「ガ、カ……ッ!」
手応え的にも完璧な一撃。踏み込みの勢いもあって最大火力の一振りだ。
とはいえ、さすがに頭蓋骨を一撃では壊せなかった。
一直線に深い亀裂が眉間に入るも、砕け散るまでには至っていない。
……あと一撃か二撃か。
よろめく人獣骨人族の懐に入るべく、再びテンドウが飛び込もうとした寸前、
「あ、」
突然、骨の巨体がビクン、と一瞬だけ痙攣した。
さらに間髪入れずに頭蓋骨に入った亀裂がまた動き出し――眉間から頭頂部および顎先までひび割れていく。
そして生まれた残響のない乾いた音。
受けたダメージに耐え切れなかった頭蓋骨が、ただ静かに砕けて落ちていき――。
魔力を失い支える力もなくなった骨の体も、頭蓋骨を追うように一気に足元に崩れ落ちた。
「――討伐、完りょ……うん?」
その光景を前に、構えを崩さず見ていたテンドウの口から疑問の声が漏れる。
なぜなら絶命した瞬間、崩れ落ちた骨の体から別のものが生まれたからだ。
魔力の残滓とも違う、やや黒ずんだ靄のようなもの。
得体の知れないその何かが抜け出たと思いきや、瞬く間に消え去ったのだ。
「……何だ今のは? まさか魂か? でも骨人族だし、獣骨混じり以外に特別なものは――って、それよりもまずは!」
見届けた死に違和感を覚えるも、テンドウはすぐさま回れ右をする。
数十メートル離れた視線の先では、残る一体と激しい攻防を繰り広げている仲間たちの姿があった。
戦局的には……とくに問題はなさそうだ。
【追い風】も受けた機動力に優れる三人とも被弾はしていない。
しっかりと距離を取りながら、花畑という戦場で焦りも強引さもなく順調に削っていた。
そのうちガガクとカグラの二人については、今は新たな防具を纏っている。
二日前に受け取ったばかりの『黒曜胴具足』だ。
テンドウの『魔砂護胴具足』よりは一等級落ちるものの、とても頑丈で優秀な防具である。
「やるな。さすがはこの街で生き抜いてきただけあるぞ」
仲間が命懸けの戦いをする中で、不謹慎と思いつつもテンドウは堪え切れずに笑ってしまう。
それほどに良い連携、非常に安定した戦いだった。
純粋な戦闘員ではないムウマは投げナイフを顔面に投げつけての妨害行為を。
ガガクとカグラは風属性の攻撃で敵の足を中心に狙い、動きを鈍らせる狙いも作戦通りである。
――ただし、相手の攻撃が一発でも当たれば致命傷どころか即死もあり得るのだ。
また魔力消費なしで中位魔法レベルの攻撃を連発できるテンドウとは違う。
魔力切れのリスクも少なからずあるため、急ぎ仲間たちの元へと向かっていく。
「おっさんも助太刀するぞ! 【電電矢】!」
と、最大戦力よりも先に援護射撃の足止め攻撃が炸裂した。
続けてガガクとカグラの【鎌鼬】も直撃し、右脚の人骨部分がわずかに削れる。
その間にできるだけ花を踏まないように気をつけながら、全力疾走で花畑を駆け抜ければ――。
「待たせたな。ちゃちゃっと倒すぞ、皆!」
「何だテンドウ、ずいぶん早えな。そんなに柔じゃねえだろコイツは?」
「想定外な会心の一撃が出た。以上!」
「……なるほど。なら納得だぜ」
もう一つの戦場にテンドウが到着。
そのテンドウ本人、というよりも燃える青い炎太刀が接近したことで、残る人獣骨人族の意識がそちらに向く。
――これで五対一。この状況で負けるなどあり得ない。
それら全員の刃と魔力が向けられてなお、たった一体で逃げずに立ち向かってくる気概は立派なものではあるが……。
「ガ――ッカ……!」
花畑の守護者と略奪者の戦いは、一切の油断も見せない一方的な蹂躙によって。
最初の侵入から五分と経たず、社会的少数者な人間ファミリーの完勝で幕を閉じたのだった。




