第十七話 女の恨み
花を巡る攻防の決着はついた。
守護者という存在がいなくなった花畑には現在、攻め込んだ側のテンドウら五人だけが立っている。
「皆、ケガはないか?」
「問題ねえぜ。さすがに疲労はあるがな」
「右に同じくっ!」
「私も大丈夫だよ」
「うむ。おっさんの乾燥肌も無傷だぞ」
念のために状態を確認すると、誰一人としてケガ人はなし。
人獣骨人族が典型的なパワー型だったこともあり、上手く立ち回ってかすり傷一つないようだ。
その結果に安堵する一方で、テンドウは訝し気な目でまだ残っている骨の死体を見る。
(二体目も死んだ時に魂みたいなものが抜けたけど……。結局、ありゃ何だったんだ?)
少し気になる点は残ってしまうも、とりあえず勝ちは勝ちである。
また欲を言えば、トドメをガガクとカグラに刺させて【不死族喰らい】での成長も促したかったが……一発がある相手だったので危険は冒せなかった。
そうして安全確認を終えたテンドウたちは早速、足元に広がる花に目をやる。
目的の花々は大量に咲いているため、どこから手を付ければいいのか悩むほどだ。
「んじゃ、優雅に花摘みでもしますか。……まずはこの香水用のやつからいくか」
「セイカがあればあるだけ欲しい、って言ってたやつか。城中に置きてえみたいだぜ?」
「まあ香りが良ければ気分も上がるだろうしな」
テンドウ、ムウマ、ヨシくんが目当ての花の一つを摘み始める。
鮮やかな赤色の花はすでにいい匂いを放ち、少しばかり亡都独特の陰鬱な空気を紛らわせてくれていた。
「カグラ、こっちが解毒用のだっけ?」
「そうだよ。これも持てるだけ持って帰るからね」
一方、ガガクとカグラが摘み始めたのは、最も手に入れたかった解毒薬になる花だ。
こちらは目の覚めるような青色に染まり、珍しい螺旋配列の花弁が特徴的である。
最も簡素な作り方にはなるが、様々な知識と経験があるネゾウに解毒薬を作ってもらう予定だ。
それらを用意していた籠に次々と入れていく。
これは城の備品室に大量にあったものだ。おそらく国が滅亡する前は『赫の大樹海』で採集に使っていたのだろう。
一つだけでもかなりの容量が入るので、とくに食料には困っていないが一応、食べられる花も取っておくことに。
「んでこっちは……当然パスだ。ダメ、絶対ってやつだぞ」
また花畑には麻薬用の品種も存在している。
……ただこちらは手出し厳禁、使うわけがないので完全無視だ。
亡都の状況に絶望して薬物に走る者など、人間ファミリーには一人もいないのだから。
そんな様々な花が咲く亡都の花畑には――明らかに異質なものも咲いていた。
自然界には存在しないはずの真っ黒い花だ。
色鮮やかな花畑の中で数えるほどしかないその花は、異物が混入したかのように存在している。
……しかも、謎に微量な魔力を帯びている始末だ。
ほかの花とは見た目も性質も違うと素人目にもすぐに分かった。
「……これだけ嫌に不気味だぞ。用途も不明だしいらないな」
再び花摘み作業に戻り、テンドウたちは黙々と籠に入れていく。
死角のない開けた場所で危ないかと思いきや、ムウマの【種族感知】にも反応はなし。
そのため誰にも邪魔されることなく、テンドウたちは下を向いての作業を続ける。
「うっしっし! これでたんまり手に入ったなっ!」
「ちょっとガガク。その笑い方は本当に泥棒っぽいからやめてよ」
――結局、用意した籠三つにはこぼれ落ちそうなほどの山盛りの花が。
テンドウたちは亡都に似合わぬルンルン気分で、有用な花々を大量に持ち帰るのだった。
…………それが誰のものかも知らずに。
◆
城の人間たちによる花畑での略奪行為――。その報告はその日のうちに伝えられた。
亡都ヤマトニアの北エリア、その南端に位置する元王立劇場の中は現在、不穏な空気に包まれている。
「――ふざけた真似を! 殺風景なこの街で唯一の、美しい場所である私の庭をよくも……!」
百年前に大規模発生に襲われたとは思えないほど、壁も床も窓もキレイに修復された異様な一室にて。
大きな姿見鏡の前で金切り声を上げたその女は、煌びやかな白銀色のドレスを身に纏っていた。
格好だけを見れば貴族か有力者の娘――。だがドレスの下に美しい白い肌はない。
顔も含めた揺らめく霧のような深紅の体は、生身である人間のものとは明らかに違う。
『三大ファミリー』が一つ、北エリアを統べる亡霊族ファミリーの幹部――ベニムラサキだ。
『狂花』の異名で恐れられる彼女は、亡都ヤマトニアにおける大物アンデッドの一体である。
「落ちついてください、ベニムラサキ様!」
「せっかくのお美しいお顔が勿体なくございます!」
「黙れ! 今すぐヤツらの首を持ってこられぬのならその口を閉じていろ!」
直属の配下の亜人亡霊族二体が必死に宥めるも、ベニムラサキの怒りは微塵も収まらない。
近くにあった花瓶を配下に投げつけ、すり抜けた花瓶が壁に激突して派手に砕け散る。
さらには亡都新聞もビリビリに引き裂き、床には紙とガラスの残骸が散らばってしまう。
――この女、ベニムラサキについては亡都でも有名な話がある。
亡霊族ファミリーで毎年必ず行われる新年の挨拶。
その際、新入りが頭である亡霊騎王と幹部のジンロウタに挨拶するも、ベニムラサキにだけ忘れてしまったのだ。
それに激怒した彼女は日を跨ぐ前に新入りを抹殺。
癇癪持ちでわがままなお姫様という情報は、ファミリー内外にまで知れ渡っている。
「……やってくれたわね。黒髪ちょんまげモドキの男……たしか頭の名はテンドウだったか? たかが人間風情と眼中にすらなかったが……!」
「どういたしましょうか、ベニムラサキ様?」
「決まっている。誰にケンカを売ったのか、きっちりその身に教えてあげなければね」
怒りで目が釣り上がったベニムラサキの細身な体から魔力が迸る。
独特な湿気を帯びた冷たいそれは、直属の配下である亜人亡霊族たちさえも震え上がるほどだ。
そんなことなどお構いなしに、ベニムラサキは姿見鏡の前で自身の姿を確認する。
細く長い深紅色の指で自身の唇をねっとりと触りながら、目だけでなく口角まで釣り上げて笑う。
「ファミリーを支える者として、ヤツの首を亡霊騎王様への贈り物にでもしましょうか」
……それはもう絶対に覆ることのない決定事項。
この幹部、いや女の恨みを買った者で――生き延びた者はまだいない。




