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不死ノ国XX記  作者: 三月坊主
第一章 暗澹の貴族街編
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第十五話 中立域パンドラ

 時は流れて季節が夏を迎える頃。

 休暇を過ごすはずだったテンドウが亡都ヤマトニアに飛ばされてから、三カ月と少しの時間が経過していた。


「ようやくだ。……さすがに二度目は長く感じたぞ」


 そのテンドウがしみじみと呟く。

 手には大太刀が握られており、紅蓮色の鞘から抜かれた一メートル近い刀身には――青い炎が纏い燃え盛っている。


 二度目となるセイカとの『火属性付与成長作戦(?)』の五十日目、ついに元に戻ったのだ。

 前の刀が折れた時と同じ回数に至り、炎の色も三十日目の時点で同じ青となっていたが――一つだけ以前と違う点があった。


「明らかに強化されてやがるよな、それ?」

「ああ、間違いなく素材の差でだろうな」


 隣にいるムウマからの問いに、テンドウが燃える刀身を眺めながら答える。


 以前との違いとはずばり、炎の激しさおよび宿す魔力の大きさだ。

 上等な魔法金属製ということもあり、付与された炎(魔力)との親和性の高さが影響しているのは間違いない。


 実際、アンデッドを斬った際の手応えや与えたダメージも明らかに増加していた。

 切断力も焼却力も上がり、より心強い武器となってくれている。


 そんな予想よりも強化された青い炎太刀を持つテンドウが今いるのは――安全地帯のカンナギ城の中ではない。


「……まあそれよりも、だ。実際に見ても信じられないぞ」

「だろ? 薄目で見りゃ完全に人の営みだぜ」


 貴族街の北西に位置し、貴族と庶民を隔てる街壁付近にあったその場所。


 中立域パンドラだ。

 変わったアンデッドたちが営むという一切の暴力が禁止された市場エリアには、いくつもの露店が存在していた。


 その景色を初めて自分の目で確認して、テンドウの口は半開きになったままだ。

 ムウマから事前に話は聞いていても……やはり度肝を抜かれてしまう。


 パンドラの店主たちはじめ、異なる種族のアンデッドたち、つまり敵対するファミリーの構成員たちも一堂に集まっている光景は……亡都生活に慣れた者からすれば衝撃である。


(あっちこっちで普通に商売もしているしな。しかも本当に安全とは……)


 互いの距離にして二メートルほど。

 パンドラ外でなら確実に戦闘状態となる至近距離でも、アンデッドたちは襲ってこない。


 ただ当然、視線から敵意はヒシヒシと感じてはいる。

 その一方で攻撃を仕掛けようとする素振りは一切、みせてこないのだ。


 拠点のカンナギ城とは違ってアンデッドの不可侵領域というわけではない。

 とはいえ戦いが起きないのであれば、同じ安全地帯と言えるだろう。


「――おや、来ていたのかムウマ。もしやそこの彼が噂の『炎の剣士』かい?」


 と、ここで後ろから声をかけてきた者が。

 振り返って見てみると、そこには足元まである唐草模様の外套を纏った骨人族(スケルトン)が立っていた。


「ああ、そうだ。ついでに紹介しようと思ってな」

「やはりそうか。私はパンドラの責任者であるイマタイという者だ。よろしく頼む」

「ど、どうも。テンドウだ」


 アンデッドへの挨拶に違和感を覚えながらも、テンドウもまた挨拶を返す。

 いきなりの責任者の登場などよりも正直、そっちの方が遥かに驚きだった。


 ……本当にムウマの言った通りに敵意はまるでなし。武器や防具の類も何一つ身につけていない。

 その感じに加えて、続けて人間たちについての話を興味津津な様子で聞かれるなど……むしろ好意的に感じるほどだ。


「それで今日は何を御所望だい? ここには色々と取り揃えてあるからね」

「とりあえず注文してた子供の防具の受け取りだ。あとはランタン用の火の魔石と、スズランに頼まれた植物油だな」


 テンドウとは違って慣れた様子でイマタイと喋るムウマ。

 ……ちなみに、話に出たガガクとカグラについては城でお留守番である。

 今では立派な戦力に成長しているため、本音を言えば連れてきたかったところ、


 つい先日、ガガクの方が調子に乗って前に出すぎて危険な目に遭ったのだ。

 幸いケガこそなかったものの、看過できない事案であるとテンドウが判断。

 王国軍と同じルールを適用し、連帯責任でカグラも一緒に謹慎中にしていた。


「ふむ、そうか。それはそうと……テンドウは良い太刀を持っているね」

「え、ああ。これか。ちょっと自分の刀が壊れてしまってな。城にあったものを勝手に拝借させてもらっているぞ」

「……そうだったのか。まあ良い太刀を使わずに置いておくのは勿体ないからね。これからも大切にしなさい」

「お、おう?」


 最後にそう言って、責任者であるイマタイはパンドラの外へ。

 テンドウとムウマは忙しそうな彼を見送ってから、買いものを始めるべく目的の店に行こうとすると――。


「――おお! 誰かと思えば話題の人物じゃないっスか!」


 またも声をかけてきた別のアンデッドが。

 ただイマタイとは違って甲高い声で、より一段とアンデッドっぽくない感じだ。


「ん? おめえは……誰だ? 初めて見る顔だぜ」

「そりゃそうっス。お初にお目にかかるっスからね」


 次に現れたのはチューリップハットに甚平姿の亡霊族(ゴースト)だ。

 喋り方といい軽い印象のそのアンデッドは、やたら速すぎて深すぎるお辞儀をしてきた。


「ミナクモって言っても分からないっスよね。亡都新聞の記者って言えばピンとくるっスか?」

「亡都新聞? ……ああ、アレか! たまに手に入った時は読んでるぜ」

「うお、ガチっスか! 読んだことあるのは嬉しいっスねえ! これでも自分、ヤマトニアじゃ有名人ならぬ有名アンデッドなんスよ!」


 ミナクモは嬉しそうにガッツポーズをする。

 ……もはやそこに外見以外のアンデッドらしさは微塵もない。この個体もまた敵意がなく、友好的だというのはすぐに伝わってきた。


「一人で全部やるのは大変なんスよ。皆、読むくせに労いの一言もないっスし……。それでも隔週発行で頑張っているっス!」


 よほど嬉しいのだろう。ミナクモは聞いてもいないのにペラペラと喋り出す。

 どうやら話を聞くに、新聞を作るための機材は百年経った今でも残っているらしい。

 ただ亡都中の情報をどう仕入れているのかだけは……企業秘密とのことだ。


 とにかく彼は彼で、情熱や使命感を持って現在の亡都について書いている、というのは伝わってきた。


「……なるほどな。まあ、これからもがんばってくれ」

「楽しみにしてるぜ。じゃあ俺たちは買いものがあるからいくぞ」


 一方的な話が数分ほど続いた頃、テンドウとムウマはようやく話を打ち切った。

 目的である買いものを始めたいというのが理由ではあるが……それ以上に重要な点が一つ。


 そもそもの人間への敵意に加えて、ミナクモのうるささが長かったために。

 小人サイズな個体も大型の個体も、一ツ目の個体も毛むくじゃらな個体も。

 四方八方から向けられるアンデッドたちの鋭い視線が明らかに増えてきていたのだ。


 ……言うなれば敵意と憎悪の集中砲火か。いくらここが安全地帯であっても、さすがに精神衛生上よろしくない状態である。

 なのでまだ話足りなさそうなミナクモとは強制的に別れて、二人は露店が集中している方へと向かう。


「――まずはこの店だ。テンドウの『魔砂護(まさご)銅具足』もここで仕入れたぜ」

「へえ。思ったよりも品揃えが立派だな。もう普通の人間の店にしか見えないぞ」


 活気あるパンドラ内で二人が最初に訪れたのは防具店だ。

 眼鏡をかけた腐肉族(グール)の店主がやっている店の前には、広げられた風呂敷の上にズラリと防具が並べられている。


「ようオヤジ。頼んでたものを取りに来たぜ」

「おウ。もちろん出来上っているゼ」


 ムウマと軽く挨拶をした店主は、奥に積まれた箱から防具を取り出し始める。

 すでに物々交換の前払いは済ませているため、そのまま注文の品を受け取ろうとした。


 その瞬間――。


「「ッ!?」」


 受けとろうとしたムウマの手が止まり、隣にいたテンドウの全身が硬直してしまう。

 ……別に店主が急に襲ってきたとかそういう話ではない。また商品に呪いがかけられていたわけでもない。


 ――突然、中立域パンドラの空気が変わったからだ。

 本来の亡都の嫌な空気とは別の、全身に重く圧し掛かるようなものが生まれたのだ。


「おうおウ……。『三大ファミリー』様のお出ましカ」


 眼鏡腐肉族(グール)の店主が嫌そうに呟く。

 テンドウたちも含め、ついさっきまでバラバラだったパンドラの住人や客たちの視線は――とある一体のアンデッドに集まっていた。


 細身で長身な灰色の半霊体に、羽織袴を纏った姿。

 細く釣り上がった目とオールバックの髪型が特徴的な、どこか品格を感じさせる亡霊族(ゴースト)の男だ。


 名は『黄金弓(おうごんきゅう)』ジンロウタ。

『三大ファミリー』が一つ、北エリアを統べる亡霊族(ゴースト)ファミリーの幹部の一体である。


(アイツが……! またヤバイのがいたもんだな)


 すでに情報は入っているテンドウの額から嫌な汗が噴き出す。

 そこに存在するだけで他を圧倒する――。ファミリーは違うが同じ幹部の『暗殺怪人』ニゴマルの時と同じだ。


 わざわざ交戦状態に入らずとも分かる。

 離れた距離から見ているだけで、存在としての規格外さを感じ取れてしまう。


 そのジンロウタは配下の者は連れていないようだ。

 幹部自らパンドラに一人で買いものに来たらしく、真っすぐに向かったのは香水を扱っている店だった。


(飲み食いできない亡霊族(ゴースト)だからか? 匂いを楽しむため……って、そんなことどうでもいいか)


 ジンロウタが自然にまき散らす重圧の中、テンドウは逸れた思考を戻す。

 そして強敵が商品を眺めている様子を見ながら、ひそひそ声で防具店の店主に聞く。


「なあ店主。ニゴマルといい……幹部って皆、あんなバケモノだらけなのか?」

「いやまさカ。ニゴマルとジンロウタが別格なだけだゼ。ほかの『三大ファミリー』の幹部よりも遥かに上、それこそ『不死の三傑』に近い強さダ」

「……そうか。ならちょっとだけホッとしたぞ」


 幹部全員がアレと同等のレベル、という最悪な答えではなかったことに安心するテンドウ。

 一方でまたも厳しい現実を、とてつもない力の差を見せつけられて、今日まで培ってきた自信が揺らいでしまう。


 南から脱出するだけなら戦闘になる可能性は低い。

 だが貴族街でニゴマルとまさかの遭遇を果たしたように、何が起こるか分からないのが亡都ヤマトニアだ。


「これが最初で最後の出会いだと願うぞ。……いや本当に」


 アンデッドだらけの中にいる同じアンデッドなのに、感じてしまうあまりの異質さ。

 もしこの場の全員で協力して戦ったとしても……勝てるイメージはまったく湧かない。


 そんな怪物相手に口喧嘩を売るバカは誰一人いない。

 いつまで経っても終わらない無言の重圧によって、ほかのアンデッドたちもずっと動きが止まったままだ。


「「「「…………、」」」」


 ――結局、ジンロウタが用事を終えてパンドラを出るまで五分ほど。

 暴力禁止の安全地帯と分かっているのに、ナワバリの北へと帰っていく姿をしっかりと確認してから。


 活動再開したテンドウおよびアンデッドたちは、伸び伸びと買いものをし始めるのだった。

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