第百十七話 亡都魔界決戦(2)
「――俺たちの腹は決まった。一度、消えたこの命――再びこの街のために捧げさせてもらおうか」
同盟側に援軍が現れた。
黒頭巾を被った腐肉族が十一体。戦場に加わった彼らはとくに何の説明もなく、腰の剣を抜いて阿修羅地蔵の背面から攻撃を仕掛ける。
「よっしゃーその意気だ! ハヤテ、オメーら! 相手はちげーがリベンジマッチといこーぜ!」
それを見てロッポウだけが喜んでいるのを見るに……どうやら色々と知っているらしい。
ただテンドウたちは一切、何も聞いていないので、揃ってポカンとした表情になっている。
――ともあれ、援軍であることに間違いはなかった。
いつものように顔を合わせるなり嫌味を言ってくることもない。
戦意や魔力を全面に出して、初めて見る戦闘態勢へと入っている。
そんな黒頭巾腐肉族たちは全員、近接タイプのようだ。
剣に各種属性の【属性付与】を付与し、斬りかかりながら接近戦用の魔法も織り交ぜて戦っている。
「た、助かるぞ君たち……! 何でかは知らないけど、とりあえずおっさんは感謝させてもらうぞ!」
「うん、でも、というか……っ!?」
「結構、強いねこの人たち!?」
思わぬ戦力増強となった背面組のヨシくん、ガガク、カグラが驚いた表情のまま言う。
これまでの嫌な関係を抜きにしても、失礼ながら参戦しても戦力としては頼りない――そう思っていたのだが、
日頃から鍛えている戦闘班だからこそ、すぐに分かった。
腐った肉体から放出する魔力も、繰り出す剣撃の威力や速度も、足捌きまでも。
荒れ狂う漆黒の触手モドキを捌く姿は、三人の予想をだいぶ上回っていたのだ。
それこそ彼らファミリーが本気になれば、群雄割拠の南エリアを統一できたのでは? と思うほどに。
さすがに北、東、西の『三大ファミリー』には遠く及ばずとも、少数精鋭の精強な集団という評価は揺るがないだろう。
ただ、その黒頭巾腐肉族たちに最も驚いていたのは……右側面にいるヒュウガだ。
角度的に彼らの戦いが見えるからこそ、数秒見ただけで気づいていた。
(な、あの剣術はまさか!? 僕と同じ『ヒノモト流』だべよな!?)
正面で戦うテンドウも、もし見えていたなら気づいただろう。
援軍として加わった『つっかかりファミリー』全員が、ヒノモト王国軍に関係する者たちであると。
――同じく、それに少し遅れて気づいたのがガガクとカグラだ。
二人はテンドウやヒュウガといった王国軍の兵士に剣の稽古をつけてもらっていたのだ。
その数カ月の経験から、彼らも自分たちと同じ『ヒノモト流』の剣であると理解した。
「何でお前たちがそれをっ!?」
「まさか私たちみたいに兵士から学んだとか!?」
「……違う。俺はハヤテ、元『青龍騎士団』の団員だ。つまりヒノモト王国軍……だった者だ」
「!? せ、『青龍騎士団』って……! おっさんでも知っているエリート部隊じゃないか!?」
ともに背面で戦いながらの自己紹介に三人がまた驚く。
ガガクとカグラは兜化したピンとコロを被っているため分かりづらいが、驚きすぎて目の玉が飛び出そうなほどだ。
……そりゃそうである。この街のアンデッドはすべて元ハレルヤ王国民だと思い込んでいたのだ。
事実、喋れる個体に関しては全員がそうだった。
王族や一般市民という身分の差こそあれど、今日まで出会ったアンデッドは漏れなくこの国出身の者だったのだ。
「まあ、騎士団なのは俺とほか数人だがな。半数以上がそれ以外の所属だ。二十五年前にこの街を解放すべく樹海を越えて――っと、悠長に喋っているのはここまでのようだ!」
と、ここで会話を切り上げた黒頭巾腐肉族の頭、改め元『青龍騎士団』のハヤテ。
彼は獄縄触手および触手モドキの攻撃の激化を受けて、一旦、捌くことだけに集中する。
『――、――!』
息遣いも発される声もないというのに、なぜか伝ってくる阿修羅地蔵の感情。
それは明らかな怒りだ。
援軍によって敵が増えたことに、さすがの混沌の世界の王も苛立ったのか?
一発一発の威力や速度は変わらずとも、六本の腕の振りの荒々しさが増している。
「ッ! また一段と強烈になったけど――やはり少し安定したな。……正直、まだ嫌いではあるけど感謝するぞ、つっかかりファミリー!」
叫び、正面に立つテンドウがまた馬上から黄金の炎を飛ばす。
単純に標的が増えて一人一人への攻撃回数が減ったことで、反撃の余裕は生まれている。
……だが、残念ながらいつまでも全員が耐え続けることなどできない。阿修羅地蔵はそんな甘い相手ではないのだ。
黒頭巾腐肉族たちが加わって一分が経過した頃、一体が受けきれずについに被弾してしまう。
漆黒の触手に弾き飛ばされ、数十メートル先の建物に激突してしまった。
「変に色気を出して攻めるなよ、お前ら! どうせ俺らの威力じゃ大して削れねえ! 攻撃はほかのバケモンどもに任せて、俺らは守りの型を徹底して凌ぐぞ!」
「「「「了解!」」」」
今の一撃で仲間が一体、命を落としたのは間違いない。
独眼巨人族が振るう棍棒に匹敵する一撃をまともに受ければ、大抵の生物は耐え切ることなど不可能だ。
――それでも、黒頭巾腐肉族たちに動揺はない。この戦いに全員が覚悟を決めて参戦しているのだから。
(こりゃ言いだしっぺの俺が……! 頑張らないワケにはいかないよな!)
そんな彼らの覚悟にも応えるべく、テンドウは黄金の炎太刀を振るう。
戦線は少し安定したとしても……変わらず戦いの主導権は握っていない。
この押され気味の状態から脱するには、高火力の一撃を何度も加え続けるしかないのだ。
「【米文字斬り】」
「【断罪罰刀】」
「【天墜柱矢】」
テンドウは『魔道無心流』を駆使した米の字の黄金の炎を。
ニゴマルは飛びかかりながら、青黒い魔力を纏った両腕を重ねた一振りを。
ジンロウタは最大限まで引き絞った、大型弩砲のごとき極太の黄金の矢を。
三者は決して狙ったわけではない。
ただ偶然、攻撃のタイミングが重なり――まったくの同時に着弾した。
『――、―、――』
瞬間、この戦いで初めて阿修羅地蔵の巨体が揺らいだ。
また激しい戦闘の音が響いていなければ、一瞬、不気味な鼓動の音のリズムが変わったことにも気づいただろう。
――つまりは効いている。
大規模発生による物量攻撃で始まった戦いは、確実に規格外なこの生物(?)にダメージを積み重ねられていたのだ。
「「「「ッ!?」」」」
だからこそ一気に畳みかけたい。
そう思って前後左右、守りに徹した黒頭巾腐肉族以外の者たちが、一斉に攻撃を仕掛けようとした――その前に。
わずかに怯んだはずの阿修羅地蔵に変化が起きたことで、思わず攻撃の手が止まってしまった。
二本の獄縄触手が――漆黒から白へ。
荒れ狂うように振るっていたそれが真逆の色となり、魔力の雰囲気もガラリと変わったのだ。
「「!!」」
と同時、正面にいたテンドウとニゴマルだけが気づいたのが……阿修羅地蔵の表情だ。
ずっと修羅の顔で、怒っている感情も伝ってきていたそれが『笑った』のだ。
ほんの一瞬の出来事ではあったが、正面担当の両者はたしかにその変化を確認していた。
(いったい、何を――)
その阿修羅地蔵、白く変色した獄縄触手二本の先端。
ただの塊のモドキとは違う、大きく開かれた掌から放たれたのは――見覚えのある攻撃だった。
一つは右手からの巨大な氷の槍。
突然、放たれた即死級の氷属性の魔法が、テンドウの体を貫くべく直進してくる。
もう一つは左手からの漆黒の巨大な斬撃だ。
よく見れば二重、三重となっている半月状のその斬撃が、ニゴマルの巨体を切断すべく飛んでくる。
「「!」」
それら想定外の攻撃をテンドウとニゴマル、どちらも難なく迎撃した。
咄嗟でも完璧に対応できたのは、タイミング的に問題がなかったからだけでなく……かつて経験した攻撃だったからだ。
「おい、今の! どう見ても【氷帝ノ逆鉾】じゃないか!?」
「亡霊騎王ノ【斬竜剣】ダト!?」
打ち消したその攻撃を受けて、テンドウとニゴマルが驚愕の声を上げた。
一方は姉のメビナと妹の死魔道姫の氷魔法で、もう一方は亡霊騎王の魔法剣技――。
どちらも阿修羅地蔵の生贄として捧げられた『不死の三傑』のものである。
「腕が変色したから何かくるとは思ったけど……! なるほど、そういう感じかお前!」
敵の状況を理解し、すぐに飲み込んだテンドウが反撃する。
その数秒後に再び同じ魔法が左右それぞれから展開、発動され、正面にいる二人に襲いかかった。
威力的には獄縄触手による鞭のような打撃よりも上だ。
また使用者が阿修羅地蔵、正確には獄縄触手の巨大な手だからか。
元の使用者のものよりも、攻撃範囲がだいぶ広くなっている。
ゆえに非常に危険な攻撃だ。
唯一、阿修羅地蔵を知っていたゲッコウの説明になかったことを考えれば、過去に召喚された不完全体にはなかった能力なのだろう。
最も警戒すべき大口から放たれる魔力砲に関しては、正面にいるテンドウとニゴマルだけが警戒すればいいが……。
この『不死の三傑』の攻撃は左右と背面、三百六十度すべてに撃てるはずだ。
「ッ! って思っていたら早速かよ……!」
放たれようとする三発目の【氷帝ノ逆鉾】と【斬竜剣】。
狙われたのは背面にいるガガク、カグラ、ヨシくん、ハヤテら黒頭巾腐肉族たちだ。
人数的には最も多い背面を鬱陶しく思ったのだろう。
阿修羅地蔵は白の獄縄触手を二本ともそちらに向けている。
そして発動された即死級の魔法――だったのだが。
テンドウとニゴマルに向けられた二発とは、明らかに異なる様相となっていた。
「「「「!?」」」」
……変に発動が遅かったのだ。
掌に魔力が集束して放たれるかと思いきや、二、三テンポほど遅れて攻撃が放たれたのである。
そのおかげもあって、背面にいる全員が狙いから外れることに成功している。
わざとズラした一人時間差攻撃とも違う、ただのシンプルな発動の遅延――。
それは戦闘に慣れている誰の目にも明らかだった。
でもなぜ? ――その理由はすぐに判明した。
「魔法攻撃なら任せてくれ! それくらいなら妨害してみせる!」
地鳴りのような破壊音と、阿修羅地蔵が発する不気味な鼓動の音に混じる形で。
北西の戦場から百メートル近く離れた場所から、微かに聞こえてきたその声。
それを聞いた同盟側が視線を向けると、魔物の屍の山に隠れた、とある集団の姿が見えた。
……その声も顔も格好も全員、見覚えがある。
なぜなら今日まで何度も取引をしたり、世間話もした間柄なのだから。
離れた位置にいたのは中立域パンドラの住人にして、ハレルヤ王国の元王族。
高い人間性を残した友好的な存在の――イマタイたちアンデッドの友人だった。
◆
「ちょ、何で戦場に!? 危ないから地下にいればいいのに……!」
黒頭巾腐肉族に続き、まさかの登場人物にテンドウは驚愕する。
……イマタイたちはテンドウたちとは別で地下に隠れていたはずだ。
決着がつくまでは待機している予定だったのだが……なぜかパンドラの住人全員が地上へと出てきている。
「じつはずっと待機していてね。何か少しでも役に立てればと思っていたが……!」
ニヤリと、唐草模様の外套を纏った骨人族こと、責任者のイマタイは笑う。
距離があるためテンドウたちには聞こえずとも、イマタイは呟くと再び骨の首で頷いた。
安全面を考えれば彼らの判断は危険すぎるものだ。
それでも、かつて自分たち一族が統べた国の行く末を今度こそ見届けるべく。
恐ろしい大規模発生が終わったのを確認してから、皆で揃って地上へと出てきていた。
……そしてもちろん、ただ見ているだけではない。
阿修羅地蔵の魔法の発動を遅らせたのは、ほかでもないイマタイたちだ。
「――『淀鏡』。何も魔道具を持っているのはプリバトヤだけではないからね」
二、三人でギリギリ持てるくらいの大きな楕円形の鏡。
イマタイたちはそれを抱えるように持ち、その鏡面に阿修羅地蔵の巨体が映るように向けている。
――改めて、『淀鏡』とは。
ハレルヤ王国の王室が保有していた魔道具の一つである。
ずっとカンナギ城の宝物庫に眠っていたが、ゲッコウが転移の魔法陣を調べに行った際、ついでに持ち帰るように頼んでパンドラの地下に移していたのだ。
その効果は鏡に映った者の魔法の発動を阻害するというもの。
発動自体をさせないほどの効力はない一方、人間だろうと魔物だろうと、確実に魔法の発動を遅延させる効果を持つ。
「魔力砲の方も試してみたがダメだった。……けれど魔法ならば問題ない。混沌の世界の王よ、我々もささやかながら抵抗させてもらうよ!」
鏡を向けたまま、イマタイはまたニヤリと笑う。
さらに周囲にいる仲間たちが親指を立て、離れて戦っているテンドウたちに『任せろ』という合図を送る。
「……ははっ、何か分からんけどあのデカイ鏡のおかげか! なら魔法攻撃の方は大丈夫そうだな!」
詳しい説明は聞こえずとも何となく理解し、テンドウたちはまた阿修羅地蔵だけに集中する。
白く変色した獄縄触手による、生贄に捧げたアンデッドたちの魔法攻撃。
その発動に影響があるだけでも非常に助かるというのが本音だ。
何も撃てるのは『不死の三傑』の魔法だけとは限らないからだ。
威力こそ落ちるとはいえ、同じく生贄にされた千を超える配下たち。
彼らの厄介な固有魔法が次々と発動されたら……戦いにくいことこの上ないのだ。
それらが阻害されるのなら、あまり気にしすぎる心配はない。
発動を確認してから回避行動を取る余裕があるとないとでは、回避の難易度的にも大違いである。
「んじゃ引き続き……お前は肉弾戦メインで頼むぞ、闇堕ち地蔵!」
叫び、テンドウやニゴマル、ジンロウタを中心にダメージを重ねていく。
相変わらず戦況は同盟側に傾いてはいない。
それでもイマタイたちによって阿修羅地蔵の変化に対応したことで、恐れていた戦況の悪化は起きていない。
となれば下手に攻め手を変える必要はない。……そもそも、最初から会心の一手などないのだ。
ひたすらに回避し、反撃し、地道に削っていく。
阿修羅地蔵の耐久面からも一発逆転などあり得ないため、根気強さを求められる持久戦だ。
幸いまだ骨は折れていない。内臓も潰されていない。四肢も千切れていない。
今のところ予定外なダメージがあるとすれば、戦場で断続的に響く轟音によって、鼓膜が少し悲鳴を上げ始めたくらいか。
「【米文字ぎ――ッぶねえ!?」
ただ当然、高い実力を持つ者たちでも油断をすれば……死あるのみ。数瞬後には血反吐を吐いて倒れているだろう。
今もクロちゃんが緊急回避せずに強引に技を放っていれば、触手モドキにまとめて吹き飛ばされていたはずだ。
そんな死と隣合わせの戦場にて、敵の膨大な体力を削り落としていく中――今度は少しの違和感が生まれる。
(……あれ?)
その違和感に真っ先に気づいたのは、背面担当の中で最も後方に位置するヨシくんだった。
効かずとも放たれる最速の【迅雷矢】。
竹弓を引き絞り、触手モドキの軌道を少しでもズラすべく連射していた中で、
(もう一本のモドキは……どこにいった!?)
違和感の正体は四本ある触手モドキのうちの一本だ。
鞭のようにしなって嵐のごとく襲い来る大質量のそれが、なぜか一本、少なくなっていたのだ。
阿修羅地蔵の攻撃自体はいまだ苛烈ではある。
が、わずかに感じていた落ち着いた印象――。それは白い獄縄触手からの魔法が阻害されているだけでなく、触手モドキの一本が動いていないからだ。
攻撃もせずにダラン、と垂れ下がっているだけ。
もしや再生力が尽きて活動が停止した? そうヨシくんが一瞬、期待するも――すぐに違うと気づく。
よく見れば足元の地面に埋まる形で、モゾモゾと動いていることに。
さらにそこから地面が少しだけ盛り上がり、背面で戦う者たちの方に伸びていることに。
(まさか地中から!?)
そう理解した時には、すでに事態が動こうとしていた。
地面の盛り上がりがさらに伸び、その先にいたのは――九歳の赤毛の男児である。
狙われたのは風とともに戦場を駆けるガガクだ。
兜化した相棒を被った姿で、ちょうど足を止めて阿修羅地蔵に攻撃を加えようとしている。
「ガガク! 右斜め後ろだ!」
「えっ!?」
慌ててヨシくんが叫ぶも、もう間に合わない。
潜っていた触手モドキはついに地表に飛び出し、完全なる意識の外からガガクの背中へと突っ込んでくる。
完全に直撃のタイミングだ。速度に優れるガガクでもさすがに避けきれない。
――だが直後、南瓜の兜を被ったガガクの小さな体が吹き飛ぶことはなかった。
「ぐ、おァ……!?」
代わりに吹き飛んだのは、間に入った別の人物。
援軍の中で最も強さを見せていた黒頭巾腐肉族の頭――ハヤテだ。
寸前で気づいてガガクを守った彼は、小石のごとく吹き飛ばされて宙高く舞う。
そして遠く離れた場所に頭から落下して……ピクリとも動かなくなった。




