第百十六話 亡都魔界決戦(1)
人知れず勃発した人類の未来がかかった戦い。
大規模発生との衝突という前代未聞の前半戦が終わり――ついに運命の後半戦が始まろうとしていた。
標的は混沌の世界の王たる阿修羅地蔵が一体。
それに挑むは勇敢か蛮勇か、覚悟を決めた『人間・アンデッド同盟』のメンバーたちだ。
「もう見慣れたつもりだったけど……! この距離まで近づくとさすがにヤバイな!」
先に交戦状態に入っていたニゴマルとジンロウタに続き、ついに本隊が阿修羅地蔵のもとまで到達する。
そしてすぐにテンドウが感じたのは息苦しさだ。
禍々しい魔力とも違う、言いようのない独特な圧力――。
それによって数々の死線をくぐり抜けてきたはずの体が、わずかに拒絶反応を示していたのだ。
……だからこそ再認識させられた。こんな存在がこの世界にいていいはずがない、と。
そんな阿修羅地蔵の周囲には屍の山が築かれて……はいない。
巨体が暴れに暴れて死体ごと吹き飛ばしていたため、十メートル圏内までならそこまで足場に困ることはない。
その状況を確認しつつ、テンドウが少しだけ気圧されていたと同時。
『赫の大樹海』とダイセツ山脈、その最後の一体が屠られたことで、大規模発生の方は完全に終結した。
「って、ひよっている場合じゃない――【米文字斬り】!」
自分自身に喝を入れるように、テンドウが放ったのは遠距離最強技だ。
ニゴマルやジンロウタによる戦闘音、さらに阿修羅地蔵の不気味な鼓動の音に混じる形で、
灼熱の黄金の炎は周囲を焼きながら飛んでいき――地蔵な巨体の顎下に直撃する。
今のテンドウはクロちゃんに乗った騎馬スタイルだ。もちろん兜化したドンチンも被っている。
機動力の面から見ても久しぶりの最大戦力状態となり、人間ファミリーの中では先陣を切って突っ込んでいた。
『――――、』
そのテンドウの渾身の一撃を受けても……阿修羅地蔵に大きな変化はない。
技が直撃した顎も砕けてはおらず、多少、直撃した瞬間に顔が動いたくらいだ。
まさに見た目や巨体通りの比類なき頑強さである。
完全体ゆえか派手な攻撃面だけでなく、耐久面でも持てる性能すべてを引き出しているのだろう。
……それでも、今のテンドウたちには分かっていることがあった。
ほかの生物と同じく、足元や胴体よりも頭の方が耐久力は低い、と。
それは空を飛んでいる魔物を優先的に倒していた点からも分かっていた。
「気にしていた素ぶりもあったし――何よりも!」
錆色の体表に浮かぶ血管のような白い筋、に混じって入っている亀裂。
接近したことで判明したのだが、魔物たちの総攻撃により生まれた亀裂は首から上に集中していた。
――とはいえ、弱点と言い切れるほどではないが。
頑丈さなら誰にも負けないと思っていたドンチンさえも、「こりゃオイラの頭よりも硬そうだ!」と驚いている。
「っと、危ない……! それに捕まるわけにはいかないんでな!」
「ブルルゥッ!」
頭上から襲い来る攻撃をクロちゃんが駆けて回避する。
漆黒に染まる獄縄触手は、魔物の大群との戦いに引き続いて大暴れだ。
背中から生えたこの二本の腕に捕まったら脱出は厳しい。それは殺魔天狗で理解している。
だからと言って、獄縄触手ばかりに気を取られて魔力砲を受けるなど論外だ。
カンナギ城の上部を消し飛ばし、ネゾウの命も奪った忌まわしい一撃――。
大口から放たれるその技の威力は、今のテンドウや『不死の三傑』の切り札よりも断然、上である。
「【断絶蛮刀】」
一方、すぐ近くにいるニゴマルは回避ではなく攻撃で腕を弾いていた。
敵だとあれほど恐ろしく、脅威でしかなかった存在は……その巨体もあってか、味方だと非常に頼もしい存在だ。
そのニゴマルとテンドウが阿修羅地蔵の正面に陣取っている。
最も危険な場所にはなるが、この両者以外に適任者はいない。
実際、強力な彼らが揃えば確実にヘイトが向く――という当初の目論見通りとなっていた。
『――――――、』
喰らえば終わりの魔力砲。
時折、放たれる単独では相殺することすら不可能な破滅の一撃は、すべて二人に向けて放たれている。
地蔵体型ゆえに首がガッチリと固定されているのも理由だろう。
自由自在な獄縄触手こそほかの皆にも向けられる一方、最も危険なそれはテンドウとニゴマルの正面のみ。
これで仲間たちが魔力砲の標的となるリスクは減り、多少は攻撃に集中できるはずだ。
「――ハッハァ! ヤベーな! 何つー暴力と威圧感だ……! 破壊の化身、ここに極まれりってか!?」
と、少し離れた場所からは戦って(楽しんで)いるロッポウの声が。
蝙蝠の形をした闇属性の魔力を何百匹も纏わせ、強者を求める戦闘狂はこれ以上ないほど活き活きとしている。
いつも着用している縦縞のスーツの上着だけを脱ぎ捨て、牙をむき出しに満面の笑みを浮かべていた。
「っぐ! さすがの一撃の重さだけども……! こっちだって負けてないべよ!」
そのロッポウと右側面を担当しているのが、重戦士のヒュウガだ。
そしてヒュウガに関しては、この最終決戦で新たな防具を身に纏っている。
パンドラの責任者イマタイからの贈り物である『深冥岩の鎧』。
『聖者の外套』と一緒に貰ったこの鎧は、世界でただ一人、ヒュウガにしか装備できない代物だ。
ほとんど凹凸のないのっぺりとした、赤みのある鈍い黒色のぶ厚い鎧。
これは魔力を込めれば込めるほどに硬度、耐久力、重さが増すという性能を有している。
そこに莫大な魔力量を誇るセイカが魔力を注入――。限界まで注ぎ込んだことで凄まじい強度の防具が完成し、防御力だけならニゴマルをも上回っていた。
「――【閃律強射】」
その反対側、左側面はジンロウタが中心だ。
二、三十メートルほど離れた屍の山の上から黄金の矢を放ち、ひたすら阿修羅地蔵の頭を狙い撃っている。
羽織袴姿で弓を射るその姿は、殺し合いの最中でなければ思わず見惚れてしまうだろう。
「セイカ嬢の敵は俺の敵! 必ずや討ち取ってみせるのでござる!」
「おいコラ、ゴザエモン! それは俺のセリフでい!」
そのジンロウタの前、前衛の立ち位置にいるのがゴザエモンとギュウベエだ。
新たに加わったセイカの用心棒こと、赤ら顔の怒髪天族二体。
彼らは言い争いながらも、百年争った戦友(?)だからか、息ぴったりな連携を披露している。
そんな三体の強力な前衛と後衛により、左側面は最もバランスのいい戦力と言っていいだろう。
「――おりゃおりゃっ! デカイ背中が隙だらけだぞ!?」
「――私たちも忘れてもらっちゃ困るから!」
「――【迅雷矢】! 非力ながらおっさんだってチクチク頑張るぞ!」
残る背面側はガガク、カグラ、ヨシくんが担当だ。
三人は安全に距離を取って、離れたところから激しい攻撃を行っていた。
とくにヨシくんは【必中射撃】圏内ギリギリとなる、五十メートルの位置から電撃の矢を射っている。
今回の戦いにおいて、おそらく同盟側で最も驚きなのが……ガガクとカグラの二人だろう。
その理由は彼らの首から上、赤毛の頭にすっぽりと被っているものが原因だ。
「攻撃速度はあるけど動きはノロいのですハイ!」
「まさに速さは捨てたガチガチの固定砲台であるな!」
南瓜頭族ファミリーの二人組、ピンとコロが叫ぶも……そこに半霊体な手足はない。
あるのは南瓜な頭だけ。それがガガクとカグラ、それぞれの頭に被られているのだ。
つまりは兜化。南瓜頭王族に種族進化し、人間に対して心から助けたい、守りたいと願わなければ到達できない――同種族の最終形態である。
「威力マシマシの攻撃を喰らえっ! 中位魔法だけどっ!」
「結局、私たちは上位魔法の習得は間に合わなかったから……! 本当に助かったよ、二人とも!」
腹から叫び、ガガク(とピン)、カグラ(とコロ)がそれぞれ風の魔法攻撃を叩き込む。
テンドウたちにとっては完全に想定外な嬉しい誤算だ。
頭であるドンチンに続き、ピンとコロはこの短期間でそれを完全に習得。
魔法攻撃の出力を大幅に引き上げることで、ガガクとカグラの新たな力となっていた。
――以上が今回の戦いの全メンバーである。
いつも敵の邪魔をしてくれるほかの南瓜頭族たちに関しては、一体も戦場には出ていない。
……さすがに相手が強大すぎるからだ。
同じ理由でムウマも出ておらず、カンナギ城に残ってセイカやゲッコウ、ミナクモと一緒に見守っている。
「どこまで無尽蔵な体力かは知らないけど! 必ず全部! 削りきってみせる……!」
気合いとともに叫び、またテンドウが【米文字斬り】を放つ。
それとほぼ同時、跳びかかったニゴマルが【断罪罰刀】を打ち込む。
偶然に狙いが重なった二人の連撃により、直撃した部分の皮膚が激しく砕け散った。
また削れているのは左右、背面も同じだ。
さすがにテンドウとニゴマルの正面組と比べれば落ちるも、三十メートルの巨体から皮膚がボロボロと落ちてきている。
……意外にも押している? 手応え的にも想定よりはある状況だ。
前半戦の魔物の大群、衝突させた大規模発生も効いているのだろう。
阿修羅地蔵の動きは少し鈍く、体表の亀裂もさらに多く深くなっている。
(頼むからこのまま沈んでくれよ? ……【米文字斬り】!)
叫びの次は心の中で願いながら、クロちゃんの馬上から黄金の炎太刀を振るう。
そのテンドウをリーダーとした、後半戦を担当する『人間・アンデッド同盟』。
個々の力を比べれば火竜族よりも上なので――この結果は何ら不思議ではない。
テンドウ、ニゴマル、ジンロウタは言わずもがな。
『三大ファミリー』の幹部クラスの実力を持つロッポウ、ゴザエモン、ギュウベエの三体も上だ。
ガガクとカグラも二人一組と考えれば幹部クラスに匹敵し、火竜族を下回るのはヒュウガ(あと当然ヨシくんも)くらいか。
――この戦力なら押しきれる。強大な存在だろうと倒しきれる。
それを同盟側全員が理解し、テンドウはじめ何人かの頬がわずかに緩んだ――その時。
『――、――!』
戦場に変化が起きた。
一対十という数的不利の状況で、阿修羅地蔵が何やら声を上げた直後。
一切、攻撃を加えていない脇腹から、なぜか錆色の皮膚が派手に砕け落ちていき――。
「「「「なッ!?」」」」
その傷口から現れたものを見て、同盟側に動揺が走る。
現れたのは獄縄触手……と思われる漆黒の腕が四本。
ただ先端は五本指ではなく、歪な形をした塊のようなものだ。
――不完全な獄縄触手モドキ。そう呼ぶのが最もしっくりくるかもしれない。
だが重要なのはそこではない。
指がないため掴まれる心配はない一方、鞭のごとく叩きつける攻撃は脅威以外の何ものでもないのだ。
どう低く見積もっても独眼巨人族の棍棒の一撃並の破壊力――。
まともに喰らっても立っていられるとしたら、味方陣営ではニゴマルとヒュウガくらいだろう。
「マサカ追イ込マレルホドニ強クナルノカ? ヤハリ普通ノ生物トハ違ウカ……!」
そして始まった苛烈な攻撃にニゴマルが後退する。
脇腹から現れた獄縄触手モドキ四本が加わったことで、邪魔な腕が計六本にまで増えてしまう。
「「【獅子王拳】!」」
その触手モドキを最初に迎撃したのは、左側面のゴザエモンとギュウベエの二体だ。
真っ赤に染まった揺らめく髪のような魔力を纏った、ちょっとした岩のごとき大きな拳。
その剛腕を振るって真正面から叩き――直撃を受けた触手モドキが千切れて宙を飛ぶ。
――これで一本減って邪魔な腕はあと五本。……とはいかないのが恐ろしいところか。
「くッ! やはりこっちの触手もでござるか!」
「むむゥ、本当に鬱陶しいでい!」
獄縄触手は切り落としても即座に再生してしまうのだ。
それは魔物の大群との戦いでも確認済みである。灼熱で焼かれようが打撃で破壊されようが、何度も何度も再生していた。
そして、残念ながら今回の触手モドキの方も同じだったらしい。
ほんの一、二秒で傷口から新たな触手が生えて完全再生。
何事もなかったかのように打撃の嵐の一部となって宙を走り――標的が避けた後の地面を木端微塵に粉砕する。
そこに見惚れるような戦闘技術など皆無。いわばただのゴリ押しだ。
並の相手であればむしろ好都合、余裕でカウンターを決めて沈められるが……目の前の強大な敵となると話は別である。
「「「「――ッ……!」」」」
大規模発生をも真正面から叩き潰して乗り越えた、圧倒的な耐久力を全面に出した強引な戦い。
威力も手数も射程にも優れ、かつ瞬時に再生するとなれば悪夢でしかない。
繰り出されるその嵐のような猛攻に、最も苛烈な正面だけでなく、全方位の同盟側が防戦気味になってしまう。
(こりゃまずい……! 数的有利で囲んでいるはずなのに――そのうちどこかが耐え切れずに決壊するぞ!?)
大量の汗をかきながら猛攻を捌くテンドウ。
相方を組むニゴマルの方もそこまで余裕はなさそうだ。『怨嗟』を伴う青黒い魔力を纏い、全力で弾いたり避けたりしている。
さらに正面担当の両者には一撃必殺の魔力砲の脅威もあるのだ。
地蔵な大口に集束して放たれるそれは、何があろうと掠ることすら許されない。
「ッく……!」
ギリギリで踏みとどまり、大きく傾いてはおらずとも……明らかな劣勢。
テンドウたちの見通しが甘かったのか? とはいえ大規模発生以上の対抗策などなかったのだ。
これだけの戦力を揃えてなお、まだ足りない。
このままでは阿修羅地蔵を削りきる前に、その強引な攻めに押し切られるのも時間の問題だ。
「「「「!?」」」」
――そんな時、戦場にまたも変化が起きた。
ただそれは小さなもので、よく周囲を観察しなければ気づけなかっただろう。
激しさを増した戦場に届いた新たな魔力。
阿修羅地蔵を中心とした歴戦の強者たちの凄まじい魔力に混じり、別の複数の魔力が感知されたのだ。
……このタイミングで新たな敵はほぼあり得ない。であれば同盟側の援軍の可能性が高い。
人類の未来を左右する地獄の戦場に、少し遅れる形で現れたのは――。
「あ、アイツらは!? 何で『つっかかりファミリー』のヤツらが!?」
その姿を見て驚いた、テンドウの視線の先。
大通りを南からやってきたのは、見覚えのある黒頭巾を被った十数人の集団だった。
「――ハッハ、来たか! 信じてたぜ、オメーら!」
かたやロッポウは驚きではなく喜びに笑う。
遅れて参戦した黒頭巾腐肉族たちの姿を確認して、今まで以上に自身の魔力の出力が上がる。
群雄割拠だった南エリアの中堅ファミリー。
テンドウたちは何も知らないため、数多くいる同じアンデッドの集まりの一つだと思っているが……。
彼らの真の呼称はファミリーではなく――『ヤマトニア解放戦線』。
かつてロッポウとともに亡都に挑んだ元ヒノモト王国の兵士たちは、二十五年の時を経て――再び街の解放を目指す。




