第百十五話 災厄vs大災害
――動き出した魔物たちがついに亡都に到達した。
『赫の大樹海』とダイセツ山脈、両方合わせて数万にも及ぶ大群が、百年前のあの時と同じように押し寄せたのだ。
地上を進むほとんどの個体は破壊された外壁跡から。
すでに半分以上が消失しているため、瓦礫を乗り越えて簡単に街の中へと入ってきている。
また唯一、残っている西門の方からも侵入は起きていた。
ここは腐肉族の影響で地面が汚染されており、本来なら通行できないが……さすがに大規模発生を止めることはできない。
体が汚染されることもお構いなしに、血眼になった魔物たちは西門をくぐり、広大な亡都の中へとなだれ込んでいる。
一方、空を飛ぶ個体の方は地形など何の関係もない。
亡都を囲う外壁があろうとなかろうと、上空から問題なく侵入してきている。
そんな魔物の大群が目指す先は――亡都の北西にいる阿修羅地蔵だ。
奇しくも召喚された位置とほぼ同じ場所で、混沌の世界の王にして現在の亡都の支配者は襲撃を受けることになった。
『――、――、――!』
大規模発生が発生しても、しばらくは反応を示していなかったが……今は違う。
外壁の破壊行動を一旦、止めて、すでに迎撃態勢に入っていた。
地蔵のような丸みを帯びた背中から生やした漆黒の獄縄触手二本と、大口を開けて放たれる破滅的な魔力砲。
前者が空中を飛ぶ魔物たちを叩き潰し、後者が地上を一気に消し飛ばすという形だ。
巨体に似合わず何とも器用ではあるが……手数自体はやはり少ない。
ゆえに大群すべての個体に対処はできず、早くも地蔵な体や足元に取りつかれている。
ただ血管のような白い筋が浮かぶ錆色の体は硬く、簡単に削られるほど柔なものではなさそうだ。
――それでも攻める。徹底的に数の力で。
標的が危険な瘴気もまき散らしていても、お構いなしに本体へと殺到している。
「「「グルォアアアアア――!」」」
その怒涛の攻撃において、空の中心にいるのは当然、火竜族だ。
それに続くのは下位互換の翼竜族や鳥獣系の魔物である。
獄縄触手に捕まらないように飛び回り、目の前にそびえ立つ巨体に向かって上空から襲いかかっている。
「「「ヌグォオオオオオ――ッ!」」」
かたや地上組の中心は、樹海の暴君こと独眼巨人族だ。
真正面からの肉弾戦では魔物界一の強さを誇り、その剛腕から巨大な棍棒を振るう。
次点で硬い外殻を誇る森王甲虫が攻め立てる、という構図になっている。
数や種族は空中組と比べれば遥かに多く、軍勢の大多数を占めている状況だ。
そこには当然、山脈の地上組も含まれているため、まさに森と山の連合軍が阿修羅地蔵の足元を攻撃していた。
「――こ、これは……。覚悟はしていたけど地獄絵図にもほどがあるな。……なるほどたしかに、大災害以外の何ものでもないぞ……!」
その光景を戦慄しながら見ていたのは、今回の首謀者(?)であるテンドウたちだ。
五感すべてから伝う圧倒的な恐怖――。
覚悟も想像もしていたとはいえ、だ。実際に大規模発生を目の当たりにしたら、ただただ恐ろしいというのが本音である。
……だからこそ、改めて思う。
ヤマトニアを追放されて地下に潜伏し、長い年月をかけて街を模倣したものまで造り上げた第二王子。
そして追放から数十年後にこんな大災害を起こしたなど……その執念たるや想像を絶するものだ。
「「「「…………、」」」」
そんな今は亡き第二王子と大災害に震えるテンドウたちがいるのは――カンナギ城の屋上だ。
正確に言えば、上部を破壊された城の二階と三階の間にある踊り場である。
壁や天井がなくなったことで開けた視界の中、壮絶すぎる亡都の状況を見守っていた。
魔法陣を起動させたあの後、テンドウたちはすぐに地下から上がって地上に出たわけだが……いつもの『第三地下街』にある出入口からではない。
ヨギから奪った魔法道具の小舟。今回はアレを使ったのだ。
地道に練習していたヨシくんの努力の成果もあり、ヨギのように瞬間移動こそまだできないものの、
単純な前後左右上下の移動だけなら、安定して動かせるようになっていた。
そのテンドウたちは北西に集う地獄絵図に恐怖する反面、安心もしていた。
なぜなら懸念していた二つの点が、どちらも上手くいってくれていたからだ。
「阿修羅地蔵にビビッて仕掛けねえ、って心配はあったが……。どうやら恐れていた事態にはなってねえようだな」
「だべな。そしてそもそも、阿修羅地蔵を標的として認識しない、っていう可能性もなくはなかったから安心したべよ」
「基本、大規模発生で魔物同士は争わないからな。おっさん的にも心配だったが……やはり阿修羅地蔵は普通の魔物とは違うってわけだ」
ムウマ、ヒュウガ、ヨシくんの三人が魔物に埋め尽くされた光景を見て呟く。
大規模発生を強制的に引き起こす魔法陣は、魔物たちの精神に干渉するものだ。
それによって興奮状態となった魔物の軍勢は、まさにテンドウたちが望む形で動いてくれている。
――ちなみに、味方陣営の魔物たちが本能を刺激され、興奮状態となっていないのは距離が理由だ。
今回、再利用させてもらった『輝き池広場』の魔法陣。
その影響範囲は半径三キロから十五キロの間、つまり亡都内が影響を受けない設定となっていた。
これは本来、街の中には魔物などいなかったからだ。
ゲッコウいわく、必要となる魔力を少しでも減らすため、設計者が樹海との境界線あたりから影響範囲に指定したとのことらしい。
「あんなのに飲み込まれたら……うん、考えたくもないぞっ」
「……目眩がしそうなほどだね。闘牛場の木乃伊族たちどころの騒ぎじゃないよこれ……」
子供組のガガクとカグラもドン引きするレベルの光景だ。
空も地上も埋め尽くさんばかりのそれは、もし仮に暴力がなかったとしても、存在だけで恐ろしいものだっただろう。
「いやはやマジでよー? こんな大災害を起こしてでもあのバケモンを倒して、前世の想いに応えて街を解放しよーって……。ハッハッハ! 諦め悪すぎてカッケーよ、オメーら!」
と、同じく状況を見ているロッポウが吠える。
少し戦闘狂な部分もあるからか高揚した感じで、今にも大群に混じって飛び出してしまいそうな勢いだ。
「ちょっとロッポウ、落ちつきなさい。まだあなたの出番じゃないのよ?」
それを注意したのはモモヒメだった。
彼女はロッポウとは正反対な反応で、かつて自分の命を奪った光景を見て、何とも複雑な顔で見届けている。
……とはいえ、そのモモヒメ含めて皆が理解していた。
阿修羅地蔵という強大な存在をこの街、いやこの世界から追い出すためには、絶対に必要なことであると。
「「「「…………、」」」」
そうやってまずは様子見に徹し、樹海と山脈の魔物たちに任せる『人間・アンデッド同盟』。
高所に隠れているから……というよりも、阿修羅地蔵の存在があまりに大きすぎるからだろう。
大群の中から一体たりとも、狙いを外れて自分たちの方に向かってくる気配はない。
つまりはここだけ安全圏内。……ただまったく安心などできないのが正直なところだ。
戦場である北西から伝ってくる空気を裂くような轟音や大地を揺らす震動、さらには魔力の波動。
それらを浴びている限り、どうしても寿命が縮むような錯覚を受けてしまう。
「……テンドウ、ちょっとだけいいっスか?」
「ん、どうしたミナクモ?」
手に汗握る大戦争の中、ここでテンドウに声をかけてきたのは、一緒に見ていた亡都新聞の記者ミナクモだ。
魔法陣やプリバトヤの捜索でも手を貸してくれたチューリップハットに甚平姿の亡霊族は、とある紙を一枚、テンドウに見せてきた。
「――題名はずばり、『ヤマトニアの民たちの大勝利』。もう内容もほとんど書いちゃってるっスからね。……絶対に勝って、これを誤報じゃなくて真実にしてほしいっス!」
「……ああ、もちろんだ。俺たちに任せてくれ」
言って、二人はがっちりと握手をする。
普段の軽い感じのミナクモとは違う明らかな本気を感じて、テンドウもまた大真面目に答えた。
――その間も決着に向けて進んでいく大規模すぎる戦闘。
亡都の空も地上も揺らし、阿修羅地蔵を中心に街は焼け野原のようになっていく。
また数えきれない断末魔が生まれては、それらすべてが破壊の音にかき消されていく。
――そうして、体感では小一時間ほどが経過したであろう頃――――。
もはや天変地異のごとき壮絶な戦いは――――ついに大勢が決した。
空中にいた大翼鳥族が獄縄触手で叩き落とされ、空から魔物の姿が消える。
魔物の大群側で残っているのはもう地上組だけだ。しかも失礼ながら搾りカスのような、低位の種族だけとなっていた。
火竜族に翼竜族、独眼巨人族に森王甲虫。
それら強力とされる種族たちも、戦いの中心にいたためすでに全滅している。
「「「「――グォオオオオオ――ッ!」」」」
その勝負が決した状態であっても、魔物たちは止まらない。
執念深く、あるいは狂ったように獲物を狙い続ける様を見ると……改めて大規模発生の恐ろしさを感じてしまう。
残る百数十体に敗走する気配など微塵もない。
命が尽きる最期の最期まで、阿修羅地蔵の息の根を止めようとしていた。
「さすがに派手にやられたな。……でも、だいぶ頑張ってくれたぞ」
「そうね。まさか魔物に感謝する日が来るなんて思わなかったわ」
テンドウの呟きに隣のセイカが反応する。
北西の戦場では阿修羅地蔵の周囲が死屍累々となっており、そこだけ切り取って見れば蹂躙されただけに思えるが……。
――たしかに、確実に阿修羅地蔵もまた削られていた。
混沌の世界の王といえども、万単位の魔物の軍勢相手には無傷ではいられなかったようだ。
三十メートル級の地蔵のような巨体に纏っていた毒々しい瘴気。
召喚時からずっと噴き出していたそれが、今は完全に止まってなくなっていたのだ。
厄介でしかないその瘴気が消えたことで、侵される心配なく接近戦を仕掛けることが可能な状況となっている。
そして肝心の蓄積したダメージについては……こちらは残念ながら判別不明だ。
数の暴力で削れているのは間違いない。ただ表情がずっと修羅の顔のままなので、どれほどのダメージを負っているのかを窺い知ることはできない。
「「「「あ!?」」」」
――と、ここで少し想定外なことが起きた。
戦場をずっと冷静に見ていたテンドウたちの目がギョッ、としてしまう。
……ただその原因は敵側ではない。まさかの味方陣営の方である。
『暗殺怪人』ニゴマルと『黄金弓』ジンロウタ。
別々の場所で待機していた強力な戦力である二体が、残っている魔物たちに混じろうと動き始めたのだ。
ジンロウタの方は弓使いゆえに、まだ距離を取っている一方で、
近接型のニゴマルに関しては、青黒い巨体を揺らして完全に突っ込もうとしている姿が見えた。
「ったくアイツら、ちょっと早いぞ!? ……ええい仕方ない! 皆、俺たちも出るぞ!」
「「「「おう!」」」」
タイミング的には想定よりも少し早いが、全員、とうに覚悟は決まっている。
戦闘班のリーダーであるテンドウの号令を受けて、『人間・アンデッド同盟』は階段を駆け下りて戦場への移動を開始した。
もう後戻りはできない。進むべき道も敵を討ち取る以外にはない。
それでも打てる手はすべて打ったテンドウたちは、亡都の街中を北西に向かって走っていく。
――こうして、後の世に語られる人智を超えた戦い――『亡都魔界決戦』が始まった。
一日一話ペースで、最終話まで投稿する予定でしたが……推敲が間に合いそうにないです。(汗)
最終決戦の前に一週間ほど更新が止まります。
そこからまた一日一話ペースで最後まで、という形になりそうです。




