第十二話 また一から
食堂から一階エントランスを挟んだ位置にある応接間。
いつも夕食後に集まって過ごしている暖炉つきのその部屋は現在、どんよりとした重い空気に包まれていた。
「「「「…………、」」」」
八人全員が沈痛な面持ちで囲むのは……一枚板のテーブル上に置かれたテンドウの刀だ。
ついさっきまで青い炎刀だったそれは、刀身が真っ二つに折れたことで、今はただの鉄の塊となっている。
九歳児であるガガクとカグラも含めて、この場にいる全員が事態の重さを理解していた。
五十回の【属性付与】が積み重なった強力な武器の消失。
それすなわち大幅な戦力ダウンを意味し、亡都からの脱出が遠のいたのと同義である。
「痛すぎるな。まさかここで壊れるとは……」
「私たちの毎日の積み重ねが……」
折れた刀を見ていたテンドウとセイカが力ない声で言う。
セイカもまた付与で炎刀をともに育てていたので、かなりショックを受けていた。
……しかも残念ながら予備の炎刀は存在していない。
テンドウの『特異体質』である【永続重複付与】は一度に一本しか付与されないのだ。
また本人以外が持っても炎が一時的に消失するため、強力な炎刀の量産はできないうえに意味もない。
「んで、落ち込んでるところ悪いが――これを見ろ」
と、ここでムウマがテーブルの上に何かをパサッ、と置いた。
それは新聞だ。だが百年前の古びて破れたものではなく、明らかに新しい紙で作られたものだった。
「ムウマよ、この刷りたてのような新聞は何じゃ……?」
「包帯人族の軍宿舎にあったものだ。ミナクモっつう記者が書いたみてえだが……ほら、ここだここ」
ネゾウの疑問にムウマは答え、とあるページを開いて皆に見せる。
するとそこにはテンドウたち人間についての情報が書かれていた。
『白亜の城に住む人間たちの反撃』。
そんな見出しで書かれた記事は、キレイに印刷された字で詳細に書かれている。
いったいどうやって情報を得たのか? そもそもどうやって新聞を印刷したのか?
疑問は数あれど、とりあえず言えることは……書かれたテンドウたちの情報すべてが正しいということだ。
とくに戦闘および調査で外に出ている五人については丸裸である。
外見的特徴や装備はもちろん、使う魔法や戦闘スタイルにまで言及されていた。
「おお、スゴイ目立ってるぞ! これじゃ僕たち有名人みたいだなっ!」
「もう、ガガクのおバカ! 脱出するのに目立っちゃダメでしょ!」
「えっ、あ……そうなのか?」
カグラのそのツッコみは極めて正しい。
抗争で南エリアを統一するならまだしも、街を脱出するのに存在を知られて得になることは何もないのだ。
ほとんど誰にも知られることなく、目をつけられることもなくヌルッと脱出――。それこそが理想的な展開である。
「ほかのファミリーの、それこそ亡都中のファミリーの情報も書かれてやがるから助かる部分はあるが……。この記者もただ情報を伝えるだけで悪気はねえんだろうが……まったく余計なことをしてくれたぜ」
新聞を持ってきたムウマがやれやれ、といった顔で目頭を押さえる。
おそらくは中立域パンドラの住人だと思われるが、テンドウの防具や情報面でお世話になっているだけに文句も言いづらい。
――とにかく、自分たちの情報が出て広まってしまったのは仕方ない。
それよりもまずは、放置できない喫緊の問題を早く解決しなければならないのだ。
ずばり、次のテンドウの武器はどうするのか、である。
『特異体質』でガガクとカグラが絶賛成長中でも、テンドウという戦力が戻らなければお話にならない。
亡都ヤマトニアという地獄を生き抜き、脱出するのは簡単なことではないのだ。
そんな当り前のことはこの数カ月で全員が理解している。
「……ううむ。俺の新たな相棒と言ってもなあ……」
だから新たに付与する武器は必須だ。……ただ当然、同じ鉄製のものではダメである。
もっと頑丈な金属でなければまた同じことが起きるだけ。
もし不運の遭遇からニゴマルといった幹部クラスと打ち合ってしまえば、一発で壊れる可能性すらあるだろう。
「でもそんな上等な武器なんて……何かあったかねえ?」
「また成長させた後に折れては困るからのう。絶対に妥協はできんのじゃが……」
いつも城にいるスズランとネゾウからも心配の声が。
城の宝物庫はとっくに調べ終えているため、良さそうな候補がないのは分かっている。
……正直、最低でも魔法金属製のものが欲しいところだ。
だがそんな武器が都合よくあるのか? ムウマにパンドラで物々交換してもらわなければ手に入らないのでは?
皆が何かあるかと考え、黙り込んだ静寂の中――口を開いたのはセイカだった。
ふと思い出したかのように、勢いよく手をポン! と叩きながら、
「ねえそれなら……ちょうどいいのがあるじゃない!」
◆
それから数分後。
一人で応接間を出て行ったセイカを待っていると――しばらくして戻ってきたその手には一本の武器が握られていた。
テンドウが使っていた刀よりもさらに長い大太刀だ。
刀身だけで一メートル近くあるそれは、先端にのみ梅菊花模様の蒔絵が入った、光沢ある紅蓮色の鞘に納まっている。
「――ていやッ!」
その大太刀をセイカが危なっかしく鞘から抜いた。
現れた刀身は美しい波のような刃紋が鍔から切っ先まであり、また長い分だけ反りも大きくなっている。
「ちょいセイカ……。こんなのどこから持ってきたんだ?」
「二階の端にある倉庫よ。掃除担当の私くらいしか入らない部屋なんだけど、そこに置かれた箱の中にあったのよ」
城内については最も詳しいセイカから大太刀を渡されるテンドウ。
どうやら刀自体に魔力を帯びているらしく、一目で魔法金属製であることは分かった。
「材質は……真銀ではないのう。じゃが相当、等級の高い魔法金属なのは間違いなさそうじゃな」
「みたいだな。じゃあ、ちょっと失礼して……」
テンドウが皆から離れて大太刀を振るってみると、予想通りこれまでの刀よりも重さを感じる。
素材としては鉄よりも遥かに上。さらに一般的な魔法金属である魔鉄も上回る素晴らしいものだ。
また鍔や柄にも意匠が施されており、その部分だけを見ても上等な代物だと分かる。
ただ長さゆえに少々、扱いづらいのが難点か。
片手で振り回し続けるのは厳しく、必ずしも良い面だけではない。
「……やはり制御は難しくなるな。キレや技術的な部分ではどうしても落ちるか」
「でもテンドウの炎刀の特性上、当たれば大ダメージ必至だからな。掠っただけでもタダでは済まないだろうし。なら長ければそれだけ有利になるとも言えるぞ」
「……ふむ、言われてみればたしかに。相手との距離も遠くなる分、多少なりとも接近戦でのリスクは減るか」
ヨシくんの言葉にテンドウは納得する。
付与が積み重なれば積み重なるほど、当たるだけでも炎刀の威力は凄まじいものになるのだ。
もしこの大太刀の扱いに慣れていたら、ゴンサイとブンサイとの連戦はもっと楽になっただろう。
そのためには確実に日々の稽古は必要になるが……新たな武器としては申し分なさそうである。
「んじゃ、また一から始めるか。……セイカ、二作目の合作も頼んでいいか?」
「もちろん。お安い御用よ」
――というわけで、次の武器はこの大太刀に決定だ。
振り出しに戻って時間はかかるとしても、これしきのことで諦めるわけにはいかない。
テンドウもセイカもガガクもカグラも、ムウマもヨシくんもネゾウもスズランも。
ここにいる誰一人欠けることなく、必ず皆で国に帰らなければならないのだから。
「再び燃え上がりなさい! ――【属性付与】!」
そして新たな種火が大太刀の長い刀身へ。
たった一回分の炎ではまだ全然、弱弱しいが……いずれ青い業火に生まれ変わることを皆が知っている。
今日からまた再始動だ。テンドウとセイカは一日一回、未来を照らす炎を積み重ねていく。




