第百十一話 封じられた何か
――やってしまった。
目の前で動き出した存在を見て、テンドウたち全員がそう思った。
それと同時に……理解もしている。
本人の口から直接、言われずとも、この存在がどういった類のものであるのかを。
「ッ……!」
そもそもこんな場所にずっと放置されていたのだ。
その異様な状況だけを見ても、自ずと答えは導き出せてしまう。
そんな石像から生身の体に変わった――否、戻った存在は、自身の両手を何度も開いたり閉じたりして動きを確かめている。
「……一応、礼ヲ言っておこうカ。名モ知らぬ人間ヨ」
そして動きを確かめ終えると、視線をテンドウに合わせてそう言ってきた。
鋭い視線も特徴的な長い鼻も、さらには取り戻した肉体から発される魔力も。
それらすべてを先頭にいるテンドウ(と兜化ドンチン)に向けてきている。
「あノ忌々しいツタをいとモ簡単に焼却するとはナ。防護ノ魔法も重ね掛けられテいたはずだガ……見事な火力ダ。讃えてやろウ」
「……そりゃどうも。ってことは完全に、お前が例の都市伝説の……『封じられた何か』ってわけか」
対して、黄金の炎太刀を構えながらテンドウが答えた。
……もう幾度となく魔物と対峙してきたのだ。
だからこそ手に取るように分かる。目の前の石像改め、封じられていた魔物が友好的なのか敵対的なのかを。
「その通りダ。我ガ名は殺魔天狗。……遥か昔、人間どモに封じられタ――ダイセツ山脈ノ頂点に君臨する者ダ」
そう名乗り、殺魔天狗はニタァ、と凶悪に笑う。
と同時、大型の猛禽類よりも立派な背中の翼を広げると、空間の天井ギリギリまで一気に飛び上がった。
そして、片方の手に魔力を集束させながら、
「礼は言ったガ……気に入らんナ、その炎の剣ハ。……二百年、いや三百年カ? そんナ色ではなかったガ、我ヲ封印した者の中にモ似たような者がいたナ!」
叫び、右手に集束した魔力が放たれた。
それは風魔法の暴風となって上から襲来し、瞬く間にテンドウのもとへと到達する。
「――フゥッ!」
テンドウはその一撃を冷静に迎撃して相殺した。
シンプルに黄金の炎太刀を振るっただけで、風の暴力を完全にかき消すことに成功する。
(まあ分かっちゃいたけど……やはり敵対的なヤツだったか!)
その殺魔天狗の体長はおよそ三メートルほど。
直近で巨漢のニゴマルと戦ったからか、今さらビビるような見た目とサイズでこそないが……。
封印されていた強個体だけあってか、明らかに『不死の三傑』クラスだ。
しかも長い年月から目覚めた直後で、おそらく完全には力を取り戻していない状態で、である。
魔力にこそ特徴的な『声』は伴っていなくとも、その圧力を感じ取れば間違いない。
もし炎太刀を鞘に戻せば……この場は一瞬にして殺魔天狗の魔力で支配されるだろう。
「最初からドンチンを被っていてよかったぞ。こいつはだいぶアレだからな……!」
「だな! つうか俺たちのミスからだけどよ……! まさか今になって都市伝説方が見つかるとはな!? ……ツイてないです!」
完全に戦闘態勢に入ったテンドウとドンチン。
装備する者とされる者、二人の重なった視線が殺魔天狗の姿を睨む。
目の前の強敵は本気で戦わないと勝てないレベルの相手だ。
現在の炎太刀の付与回数はさらに積み重なって百四十八回――。
セイカの限界突破で実際の回数以上の火種を宿していても、ドンチンを装備しての黄金の炎太刀状態とならなければ……まず勝利はないだろう。
(本気でやるぞ、相棒!)
(おう! ……です!)
ゆえにメビナ戦やニゴマル戦の時と同様、二人揃って気合いを入れ直す。
一心同体、心の中で互いの呼吸を合わせて、じりりと慎重に間合いをはかる。
すでにムウマら仲間たちは岩屋の外まで避難しているため、もう本気で暴れても問題はない。
広いといえど閉ざされた場所にいれば余波で焼け死んでしまうので、迅速な判断で現場から離れていた。
「――【風来坊】!」
と、またも先に仕掛けてきたのは殺魔天狗の方だ。
掌を団扇のように扇ぎ、殺人的な風魔法を放ってくる。
――その強烈な風は人の形をしていた。
まるで半透明な人間が突撃してくるかのごとく、テンドウ目がけて一直線に当たってくる。
「【大文字斬り】!」
対してテンドウは大技をぶつけて対抗する。
威力はわずかに黄金の炎が勝るも、勢いを削がれた大の字の炎を殺魔天狗は翼でヒラリと回避した。
結果はどちらも傷はつかず。
ただ遠距離技同士のぶつかり合いではあるが――衝突した魔力や炎の弾け方から、今の一合でハッキリと分かったことがある。
(最初の一発もそうだったけど……だいぶ重いな。普通の風魔法は切断力が高いはずだけど、コイツのは『打撃系の風』って感じだぞ!)
風というよりも土属性の魔法とぶつけ合ったような感覚だ。
切断力はなさそうなので、首や四肢を切り落とされる心配はないだろう。
その反面、直撃すれば頭や心臓を潰される危険のある特殊な風魔法である。
「フゥ――ッ!」
――さらにそこから二、三回、炎と風の攻防が発生。
真正面からのぶつかり合いを行ったところ――やはり打撃系の風の固有魔法で確定だろう。
「ほウ、思いのほかやるナ。……だが残念ながラ結果は見えていル。あの時は数十人ヲ一度に相手したガ……今回ハおかしな兜を被った男ガ一人だけだからナ!」
冷静な口調かと思いきや、徐々にヒートアップして最後は叫ぶように言う殺魔天狗。
長い年月、封印されていた怒りだろうか?
二、三百年前なら大規模発生よりも遥か昔のため、封印の際にいた同じ炎の剣の使い手はテンドウの前世とは別人ではあるが……。
溜まりに溜まった鬱憤をぶつけるかのように、両手を振るって暴風を生み出してくる。
最も目を引く翼の方については、同じ風属性でも女翼族とは違い、どうやら飛行するためだけのようだ。
繰り出してくる攻撃はすべて両手からのみ。
団扇のように扇ぐことで、超重量の風魔法を発動しているらしい。
「――ったく、八つ当たりみたいに俺にぶつけやがって……! そもそもお前から見りゃ起こしてやった恩人だろが!」
大岩が飛んでくるような打撃の風を炎の斬撃で叩き斬る。
威力にも速度にも優れる敵の攻撃は、余計な『声』や呪いなど乗っていなくても余裕で上位魔法の威力だ。
やはり疑う余地なく、殺魔天狗は『不死の三傑』クラスである。
一発たりとも掠ることすらできない緊張状態の中、テンドウは一つ一つを確実に処理していく。
「本当ならお前が最後の敵だったのかもしれないけど……! 今はそれどころじゃないっての!」
「テンドウの言う通りだ! お前はお呼びじゃねえんだよ! ……だからまた眠ってほしいです!」
今の最大の標的は混沌の世界の王たる阿修羅地蔵なのだ。
だから相手が実際に存在した、都市伝説の『封印されし何か』だとしても――正直、今の状況ではただの邪魔で余計な障害物でしかない。
「【米文字斬り】!」
「【万力風砲】!」
黄金の炎と打撃の風が、さらなる大技となってまたぶつかり合う。
凄まじい焼却力と切断力を誇る一撃と、異常なほど重く突進力のある一撃はまったくの五分だ。
その戦闘の余波で普通の岩屋ならとうに壁や天井が崩れているはずだが……いまだ耐えて崩れる気配はない。
「周囲にも防護系の魔法が掛かってやがるな! これなら思いきり暴れられるぞ、テンドウ! ……サポート頑張ります!」
「おう、頼む!」
テンドウとドンチン、人間とアンデッドが力を合わせて封印された悪しき存在に対抗する。
もはや同盟というよりも友情に近いそれによって、ほかの味方の援護はなくとも心細さは微塵もない。
互いを信じて、力を合わせて強敵を迎え撃つ。
出力のリミットが外れた黄金の炎は、相手の目にも驚異の存在として映っているはずだ。
「やりおル……やりおるナ人間! その南瓜ノ頭も飾りではないようダ!」
何度も何度も、真正面から自身の風魔法を防がれた殺魔天狗が興奮気味に叫ぶ。
そこに苛立ちの感情こそ感じないものの、明らかに驚いている様子は伝わってくる。
――今さらながら、殺魔天狗は魔物ではあってもアンデッドではない。
喋る魔物など亡都ヤマトニアのアンデッド以外では見たことがないが、間違いなく不死の存在とは別の種族だ。
(っとに、この土地は……! こんな当り前に未知の種族は出てこないからな普通!?)
言うなれば不死以外では初となる不明種か。
ゆえにアンデッド特攻で『退魔の武器』化した部分こそ効果はない。
その一方で聖属性を纏う『聖者の外套』はしっかりと機能してくれている。
黄金の炎の外側に纏わりつくように、威力を少しばかり底上げしてくれているのは分かった。
「【鈍風】!」
「甘い! 鬼上官の心得その四十七――牽制程度の技など寝起きであっても軽くあしらえ、だ!」
大技には大技を、それ以外には純粋な炎太刀での斬撃を。
戦闘開始以降、ずっと天井付近を飛び回っている殺魔天狗からの風魔法を、テンドウは一度の回避行動も取らずにすべて焼き斬る。
そうやって攻撃を防がれてなお、殺魔天狗は決して距離は詰めてはこない。
攻撃の威力も動きの速度も非常に高い一方、おそらく耐久面はそうでもないのだろう。
ただ遥か昔に倒されずに封印されていたことを考えれば……そう簡単にトドメは刺せないはずだ。
……とはいえ、である。
当時の討伐隊(?)にはなかっただろう非常識な火力、黄金の炎をもってすれば――決して不可能ではないだろう。
(一発でも入れば主導権は完全に握れるはずだ。……けど、それは向こうも同じだからな。何せ相手は『不死の三傑』と同格だからな……!)
決着を急げば待っているのは死だ。ここまで生き抜いてきてそれは絶対に許されない。
強敵との戦い自体はメビナやニゴマルで経験していても、小物アンデッド以外では厄介な飛行能力を有する敵は今回が初めてなのだ。
一応、逃げるという選択肢も残されてはいるが……まずあり得ない。
殺魔天狗が本来の目的とは違う存在とはいえ、だ。
封印されていたこのレベルの魔物を外に出すのはあまりに危険すぎる。
(そもそも、逃げたところで執拗に追ってきて岩屋の外、つまり樹海での戦闘継続の可能性が高いからな……!)
もしそうなれば大空を舞い、翼を持つ相手側に有利となってしまうのは明らかだ。
――だからこの場で決着を。
岩屋内での持久戦を覚悟しつつ、テンドウは慎重に立ち回ってどう距離を詰めるか模索する。
黄金の業火で風を断ち切り焼き払い、隙を生み出すべく攻めと守りを繰り返す。
その時だった。
「は!?」
突然、鳴り響いた炎と風以外の轟音。
さらには激しい震動も生まれ、岩屋の天井が崩れ落ちたのだと理解した矢先。
防護系の魔法に守られたぶ厚い岩を突き破って――漆黒に染まる触手のような腕が降ってきた。




