第百十話 樹海の岩屋
あっという間に忙しい日々が過ぎていき――迎えた今年最後の日。
真っ白な雪が降りしきり、さらには赤い霧に包まれる『鮮血の霧』が同時に亡都ヤマトニアを染め上げていた。
『――――――――――、』
そんな街で相変わらずの魔力と瘴気をまき散らし、不気味な鼓動を響かせている阿修羅地蔵。
召喚されてから亡都には一度も晴れ間は差しておらず、その存在が天候にまで影響している。
この規格外な怪物を倒すべく、大規模発生を計画している『人間・南瓜同盟』、改め『人間・アンデッド同盟』。
だが、まだ肝心の百年前の魔法陣は見つけられていない状況である。
……当然、焦りはある。ただ幸いにして阿修羅地蔵は街に囚われたままだ。
手助けをするプリバトヤはもういないため、そこまですぐには縛り(?)を破れないと思われる。
「皆、こっちですハイ!」
「もうすぐ着くのであるな!」
――そして現在、テンドウたちに『怪し気な場所を見つけた』という報告が入ったのはつい昨日のことだ。
南瓜頭族ファミリーの二人組、じつはしれっと頭のドンチンに続いて南瓜頭王族に種族進化していたピンとコロ。
彼らが朝のお散歩中に偶然、発見した場所へ、仲間を連れて調査に来ていた。
「当たりか外れか……。できれば今年中に捜索を終えたいところだぞ」
「だな。今年の捜索は今年の内に、だぜ」
「やるじゃねえか、ピンとコロ。オイラも頭として鼻が高えぞ。……南瓜ですが」
同行するのはテンドウ、ムウマ、ドンチン、クロちゃんに加えて、専門家の確認も必要なためゲッコウもいる。
これまでは一切の手掛かりすら掴めなかったので、皆で期待しながら進む一行。
拠点の小屋がある南を出発し、亡都の外側をぐるっと周るようにいくと――思いのほか時間はかからなかった。
亡都を囲う外壁から目と鼻の先。おそらく樹海を形成する木々が最も街に近い北東の方角に、ピンとコロが見つけたという怪し気な場所が目に入ってくる。
樹海の浅い位置にあったのは岩屋だ。
だいぶ巨大で全貌が見えない一枚岩。そこに人工的な岩戸が取り付けられており、草木が茂る樹海の中で異質な存在として浮かび上がっている。
「……ここか。とくにカギらしきものは……されていないみたいだな」
「たしかに雰囲気はあるぜ。……どうだゲッコウ? パッと見た感じではよ」
「……ふむ、可能性としては充分、あり得るな。街との距離も三十メートル程度と近く、岩自体を見ても中は相当、広そうだからな」
大規模発生を起こす魔法陣は確実に大きなものだと予測されている。
それこそカンナギ城にあった転移陣とは比べものにならないサイズのはずだ。
どれだけ低く見積もっても、あの神業技術が詰め込まれた転移陣の四、五倍はあると思われる。
つまり平坦かつ、ある程度の広さがある場所でないと設置できない――というのがゲッコウの推測だった。
それに目の前の巨大な一枚岩は該当している。
外観から判断すれば高さも幅も奥行きも充分ありそうで、何かを隠すのにも最適な感じだ。
「……んじゃ、可能性があるならシラミ潰しに要確認しますか」
というわけで、いざ調査開始である。
重たい岩の扉の前に全員が立ち、皆で協力してズズズ――と地面を擦りながら開けていく。
すると内部に見えたものは――何もない。
地下都市のように灯りの類は一つもなく、ただ真っ暗闇があるだけだ。
……が、重要なのはそこではない。
外よりも空気は冷たくないが、岩屋の中は妙な生温かさがあって……少し不気味さを感じてしまう。
「うおお、こりゃまた……。ドンチン、念のためにやっておくぞ」
「おう、任せとけ。……ではサクッと変身します!」
早々に嫌な空気を感じ取ったテンドウが兜化を促し、すぐに南瓜頭だけの姿となったドンチンを被る。
さらにほかの皆を下げさせてから、鞘から炎太刀を引き抜いて黄金の炎を噴き上がらせた。
それを松明代わりに激しく照らしながら奥へと進むと――すぐに行く手を阻むものが。
「「!?」」
岩屋の中に潜伏していた魔物、ではなくツタだ。
成人男性の前腕ほどの太さがあるそれが密集し、蟻一匹も通さないと言わんばかりに、一切の隙間なく完全に道を塞いでしまっている。
「む、これはまた何か臭うのですハイ!」
「明らかに魔法……それも珍しい緑属性の魔法であるな!」
炎太刀で照らすテンドウ(と兜化ドンチン)の後ろから、ピンとコロが興奮気味に叫ぶ。
たしかに二人の言う通りだ。どう考えてもこの大量かつやたら太いツタは魔法で生み出されたものである。
それが壁のごとく存在するということは……何かを隠しているのと同義だろう。必ず奥にはその何かがあるはずだ。
ただ当然、このままでは進むことができないので、さらに奥へと進みたいのならば――。
「【大文字斬り】」
松明から本来の武器としての使い方へ。
岩戸の方は普通に開けたが、こっちのツタは一筋縄ではいかなそうだったので。
皆での地道な手作業ではなく、テンドウが黄金の大の字の炎を放って焼却を試みる。
「「「「おおおっ!」」」」
――結果、ただでさえ高火力なうえに、炎と緑という相性の良さもあったのだろう。
気持ちのいいくらいに一気に燃やし尽くして、たった一発で十メートル近く道が開けた。
……だが、まだ先は見えていない。
思った以上に岩屋の中は長く大きいようで、通路とそれを埋め尽くすツタの壁は終わっていなかった。
「【大文字斬り】――【大文字斬り】――ああもう、【米文字斬り】ィ!」
「いけいけ、燃やせやっちまえ! ……です!」
若干、鬱陶しそうに技を連発し始めるテンドウ。
ついには『魔道無心流』も使った遠距離最強技も放ち、邪魔すぎるツタを片っ端から燃やしていく。
「ちょ、少し落ちつけテンドウ! あとドンチンも無駄に乗せるんじゃねえ! 狭い空間で火の上位魔法級を連発したら灼熱地獄に――って、ちょっと待て?」
そこまで言って、後ろで離れて見ていたムウマが気づく。
圧倒的な黄金火力による高温の影響が襲ってくるはずなのに、火傷どころか大した汗すら噴き出していないことに。
「? これだけ炎の大技を連発してんのに……さほど熱くなってねえな?」
「どうやら余計な熱は吸収されているようだな。……ますます怪しくなってきたぞ」
ムウマとゲッコウが状況を確認し、揃って眉を顰める。
……やはり普通の場所ではないようだ。
またテンドウとドンチンがツタの壁を燃やして前進するたび、ついに奥の方から別の魔力が感じ取れ始めていた。
「オイオイ、こりゃもしかしてよ……?」
ただ未だにムウマの【種族感知】には反応はなし。
反応はあっても情報ゼロだった阿修羅地蔵ともまた違う。
奥にあるとすれば生物ではなくお目当ての魔法陣か、あるいは魔道具の類である可能性が高いと思われる。
「【大文字斬り】」
――そうして、計十発近くの大技が黄金の炎太刀から放たれた直後。
派手に燃え散った大量のツタの壁が消えて――ついに岩屋の中の道が完全に開けた。
「「「「!?」」」」
それとほぼ同時、視線の先に照らされたモノを見て一同が驚愕する。
通路の先には開けた空間がある、というのは予想通りだった。
天井も横幅も十メートル近くあり、こちらも想定の範囲内だったのだが……。
その広い空間の中央に存在していたモノは……誰もが予想だにしないものだった。
――石像である。
空間にも残っているツタが絡まり、まるで捕らわれたような印象を受けるそれが――不気味に静かに鎮座していた。
◆
「何だ、これは……? 」
岩屋の奥の空間にあった一体の石像。
三メートルほどの大きさのあまりに謎すぎるそれは、微量ではあるがこれまた謎に魔力を宿している。
ゆえにテンドウたちはただただ困惑してしまう。
黄金の炎太刀で照らされている石像は、何とも言い難い底知れぬ不気味さがあった。
(とりあえず断言できるのは……ここはハズレだったってことか。……はあ、)
心の中で呟き、ため息をつくテンドウ。
大規模発生に必要な魔法陣は空間のどこを見渡しても存在していない。
黄金の炎がなければたどり着くことすら困難だっただろう岩屋の奥には、その労力に反して謎の石像だけしかない状況だ。
そんな目の前のツタが絡まった石像は……おそらく天狗か何かだろう。
鋭い目つきや太い眉毛、人型の背中に生えた翼に加えて、特徴的な長い鼻はほかの生物にはないものだ。
加えて、普通の石像とは少し違う感じがするのはその体勢だ。
まるで動いている途中で固まったかのように、手足が何とも中途半端な位置になっている。
「くっそう。全然、魔法陣じゃなかったですハイ!」
「皆、すまないのであるな……」
と、発見者であるピンとコロから悔しさや謝罪の声が上がる。
その二人にテンドウは「気にするな」と視線を送ってから、改めて石像の方に向き直った。
……いったいなぜ、街の近くの岩屋にこんな石像があるのか?
テンドウたちは興味こそあれど、今回の目的の魔法陣ではないがために、
さらには聖遺物などとは違い、どこか不気味な感じさえあるので――すぐさま引き返して戻ろうとした。
――だがその寸前、ここで想定外な事態が起きてしまう。
「あ、やっべ……!?」
……それは火だ。
散々、撃ちまくった黄金の炎の一部がツタに延焼し、空間に残っている部分が激しく燃えていたのだ。
……そして残念ながら、テンドウたち一行に水魔法の使い手はいない。
つまり、勢いよく延焼する黄金の炎を消す手段はないということだ。
ただ燃えていくのを見届けるだけ。
元々の凄まじい火力もあって、あっという間に黄金の炎はツタを焼き尽くし――石像に絡まったすべてのツタを灰に還してしまう。
「「「「!?」」」」
直後、またテンドウたちが驚愕した。
ツタがただ燃え尽きただけなら何の驚きもないが……ことはそれだけでは終わらなかったからだ。
まるで邪魔なツタ、緑属性の魔法から解き放たれるかのように。
微量な魔力を持っていた石像から突然、比べものにならない大量の魔力が溢れ出てきたのだ。
また量だけではない。魔力の濃さまでもが急上昇している。
近くでは黄金の炎太刀が燃えているというのに、謎の魔力の存在感は負けじと右肩上がりになっていく。
「おい、ちょっと待っ――」
――さらに、変化が起きたのは石像だけではなかった。
石像の周囲の空気も変わり始め、阿修羅地蔵の瘴気ほどではないにしろ、空気が悪化の一途を辿っていく。
続けて、ピシピシィ……! と。
石像の表面に亀裂が入り、至るところから石片が剥がれ落ちていき――。
「――我ノ封印を解ク者がいたとはナ。……同類への復讐カ? トんだ変わり者ガいたものダ」
突然の事態に固まるテンドウたちに語りかけるように。
聞く者の腹の底に響くような狂喜の声が――岩屋の中で静かに響いた。




