第百九話 仇討ちとテンドウの策
最後は呆気ない幕引きとなった。
かつて西の皇国に『神童』あり、と謳われた才能の塊。
それがいつしか道を外れて『穢れ魔道士』と呼ばれ、長きに渡ってその力と頭脳で何度も窮地を潜り抜けてきた――国を追われし稀代の大悪党。
そんな男は己の好奇心のままに暴れ回った末に――『赫の大樹海』にて、ついに倒れた。
「が……フ……ッ!」
口からは血を吐き出し、内臓まで達した胸や腹の傷からも血が流れ出る。
致命傷を二つも負ったその体は起き上がることなく、地面に横たわったまま纏うローブを赤く染め上げていた。
『車椅子の老婆』による弱体化も含めて……もはや首謀者としての見る影もない。
そんな状態のプリバトヤに近づくのは、見事に策にハメて討ち取った、赤毛の九歳児の双子兄妹だ。
「もう終わりだ。あの世で猛省するんだなっ!」
「さんざん悪事を働いたんだもの。ようやく悪運尽きたようだね」
相手は同じ人間であっても、同情の気持ちはこれっぽっちもない。
もしネゾウが死んでいなければ、また違った感情だったのかもしれないが……。
大切な仲間を失う原因を作った人間を、目の前で倒れた男を許すつもりなど毛頭なかった。
「フ……子供は容赦ない、な。瀕死の男を前に、説教とは、な」
ガガクとカグラからの冷たい視線にプリバトヤが苦笑する。
すでに体を動かすことはできないのか、倒れたまま視線だけを向けてきた。
「……見事だ。あの婆さんも使って、この私を討ち取るとは……。どの国の警備隊も、できなかったことだ。……それに子供ながら、人を殺す、覚悟もあったか」
「……当然だ。こんな地獄で生き抜いてりゃ嫌でも色々、強くなるぞっ」
「決して気分のいいものじゃないけど……あなたはやりすぎたのよ」
死の間際にいるプリバトヤの声に、ガガクとカグラが力強い言葉で返す。
二人は揃って刀身に付着した敗者の血を振るい落すと、カチン、と静かに納刀した。
……もう勝負はついた。プリバトヤに回復手段となる新たな魔道具を使う様子もない。
もしあったとしても手遅れなため、もはやこの男が助かることはないだろう。
だからもう用はない。ネゾウの仇もしっかり取れたのだ。
ここが人の街なら犯した罪を暴き、裁かれることもあるのだろうが……亡都にあるのは直接的な命のやりとりのみ。
ガガクとカグラは最後に一瞥すると、合流したヨシくんとともにその場を離れようとして――。
「お前たちも、何か、企んでいるのだろう? 触れてはならんものには……決して、触れぬように、な」
背中にかけられた弱弱しいその声に、三人が振り返る。
おそらくは自分たち以上にこの地に長く滞在し、様々な面において詳しいであろうプリバトヤ。
そんな変わり者は仰向けに倒れた状態で、ぶ厚い雲に覆われた曇天の空を見上げたまま、
「――忘れるな。ここは亡都、ヤマトニア。世界で最も、恐ろしい、土地だ」
そう言って、またも青白くなった顔で笑う。
だが左目に埋め込んだ『天通眼』とは違い、右の青い瞳の輝きはどんどんと曇っていく。
「ん? それはどういう意味で――」
プリバトヤの言葉にヨシくんが聞き返すも……答えが帰ってくることはなかった。
息を引き取った男の体に残っていた魔力はプツリ、と切れている。
残っているのは装備しているいくつかの魔道具の独立した魔力だけだ。
「「「…………、」」」
その最期を黙って見届ける三人。
最期に残した言葉は少し気にはなるが……注意や警戒が必要なのはこれまでも同じだ。
――とにかくこれで、アンデッドの異形化に始まり亡都を散々、かき回した者はいなくなった。
あと残されているのは、最大にして最悪の置き土産とも呼べる存在だ。
「っと、そうだ。忘れてたぞ。……せっかくだし戦利品をもらっとこうかっ」
「だね。この人は貴重なものばかり持っているみたいだし」
「……悪く思うなよ。盗んだものは一つ残らず、おっさんたちが活用させてもらうぞ」
亡都から届いてくる禍々しい魔力を感じながら、三人はプリバトヤの持つ魔道具をちゃっかりと回収する。
そうして大仕事を終えた三人は、報告のため帰路につくのだった。
◆
仲間たちがプリバトヤとの戦いを制した頃。
最大標高五千メートル超、東西約七百キロメートル。
『赫の大樹海』ではないそのもう一つの大自然――亡都の北にそびえるダイセツ山脈に足を踏み入れる者たちがいた。
ともに『聖者の外套』を纏った若い二人の男、テンドウとムウマだ。
さらにはクロちゃんに乗ったドンチンも含めて、人間二人とアンデッド二体で山を登っている。
「さすがに寒いな……。炎太刀を抜いて少し温まりながらいくか?」
「いや、それは勘弁だぜ。この距離で抜かれたら俺ら全員、大火傷しちまうだろ」
「そうだぞ、テンドウ。オイラも兜化してる時は大丈夫だけど、普通に隣に並んでたら焼き南瓜になって笑えねえぞ。……なので抜刀は禁止です」
白い吐息を吐きながら、寒さに耐えて登山をする一行。
あと数日で年が明けるという時期もあり、ダイセツ山脈はもう完全に雪化粧されている状況だ。
場所によっては膝上まで雪が積もっており、亡都の街を進むのとはまた違う大変さである。
そんな厳しい寒さの環境下であっても、ダイセツ山脈に生息する強力な魔物たちに冬眠などない。
……ただ今後のことを考えて、一行は可能な限り戦闘をせずに進んでいた。
「……それでムウマ、目当てのヤツらはちゃんといそうか?」
「もしいなかったら……割と詰むんだよな? だからしっかり探せよ、ムウマ! ……よろしくお願いします」
テンドウとドンチンが頼みのムウマに問いかける。
対して【種族感知】を使用中のムウマは、山の上の方を見ながら小さく頷いた。
「ああ、問題ねえ。ついさっきから反応があるからな。……あと三百メートルも上がりゃ姿が見えてくるはずだぜ」
街の外でも抜群の索敵能力は健在のため、テンドウたちはムウマの後についていく。
――今回、テンドウたちが探しているのは、対阿修羅地蔵のための例の策に関係があるが……じつは本体の方ではない。
皆で協力しながら広範囲を捜索する中で、一旦、テンドウは別の確認作業をしに来ていたのだ。
「「「…………、」」」
そうして皆で積もった雪を踏みしめながら、魔物を避けられる傾斜のキツイ道を登っていくと。
事前に確認しておきたかったものが――ムウマの言葉通り、肉眼で確認できる距離に現れた。
場所は気温や土壌の関係から、早くも森林限界を迎えた山の中腹辺り。
心臓破りなキツイ傾斜から一転して存在する平坦な場所に、目当てのヤツらの姿があった。
――火竜族だ。
小さい個体でも五メートルを越える巨体を誇り、その全身は硬い鱗に覆われて、恐ろしい牙や爪を持っている。
また代名詞とも言える強烈な炎の吐息は、ほとんどのものを灰に帰すほどの火力を有している。
(さすがは空の王者だな。強力なアンデッドとはまた違って……迫力がスゴイぞ)
そう心の中で呟き、テンドウはどこか満足気な様子で頷く。
彼ら火竜族という種族は、ここダイセツ山脈でも例外なく頂点捕食者だ。
ヤマトニアを襲った百年前の惨劇でも、とくに多くの被害をもたらした強力な魔物の筆頭である。
当然、出会ってしまえば死を覚悟するほどの存在だ。
村や小さな町程度なら、一体だけで簡単に焼き払われてしまうだろう。
それが目に見える範囲で四体。
お得意の吐息で溶かしたのか火竜族の周囲だけは雪が積もっておらず、この時期でも山の岩肌が露出している。
「「「「…………、」」」」
見れば見るほどに、そこらの魔物とは違う威厳すら感じる姿だ。
それを見て普通であれば引きつった顔をするのだろうが……今は違う。
今や間違いなく人類最強で、彼らを単独でも倒せるテンドウだけではない。
捕って喰われるだろうムウマやドンチンまでもが、安心したような顔で見ている。
……なぜなら、この火竜族は必須とも呼べる種族だからだ。
当時のことは直接、見てはいなくとも、きっと先陣を切って猛威を振るったことだろう。
「目には目を、歯には歯をってワケじゃないけど……。使えるもんはすべて使わないと厳しいからな」
テンドウは遠くから見つからないように、岩陰に隠れながらじっと観察する。
そして誰に言うでもなく、寒さに震えつつ小さな声で呟いたのは、
「やるしかない。百年ぶり二度目となる――――大規模発生を起こすんだ」
それは聞く者の目が飛び出るような台詞だ。
我ながらバカだとは思うも、テンドウはそれ以外の方法を思いつかなかった。
魔物が関係するものでは最も恐ろしいとされる大災害。
それをわざと引き起こそうというのだから、気が狂っていると思われても仕方ないが……。
何せ状況が状況である。だから仲間たちもそれを聞かされた時は驚いていたが、意外にもすぐに納得していた。
百年前に滅亡したあの日のように、再び大規模発生を起こす。
これこそがテンドウが考えていた策である。
ダイセツ山脈の王者とも呼べる火竜族を筆頭に、山脈および樹海の魔物たちを再びヤマトニアに集結させるのだ。
「……もちろん、攻撃対象は規格外な阿修羅地蔵だからな。魔物たちが興奮状態となっても本当に挑んでくれるかは分からないけど……」
「ま、やるしかねえわな。上手くいきゃ数の暴力であのバケモノを削ってくれるはずだぜ」
テンドウとムウマが視線を合わせ、小さく頷く。
『不死の三傑』すら可愛く思えるレベルのあの強大な存在を倒すためには、そして街を解放するには――自分たちの力だけではとても足りないのだ。
だからこその大規模発生。
剣の師匠である亡きオオダケいわく、ヤマトニアの第二王子が引き起こしたとされる大災害をまた意図的に起こすのだ。
「今回は憂慮すべき人間の存在もテンドウたちしかいねえからな。……被害の心配はなしです」
「その通りだ、ドンチン。俺自身も元住人と知って思うところは少しあるけど……。今度は復讐なんかじゃなくて、対抗するための手段にさせてもらうぞ」
テンドウは大真面目に言い、火竜族改め貴重な戦力たちを見る。
百年前の個体は探せばまだいるかもしれないが、今を生きる新たな世代たちに亡都で暴れてもらう算段だ。
ゆえにテンドウたちが探しているものの正体は――ただ一つ。
大規模発生に必要となる魔法陣にほかならない。
第二王子が百年前に使ったであろうそれを再利用するのだ。
元魔法陣の設計士であるゲッコウに話を聞いたところ、絶対とは言い切れないものの、残っている可能性は高いとのことだった。
……ただ当然、どこにあるかまでは一切不明である。
地上のヤマトニアか地下都市の方か、あるいは可能性は少し低くはなるが、樹海の浅い場所か山脈の麓か。
現時点でもまだ完全には絞り切れないほどの場所が候補に挙がっているのだ。
目標は阿修羅地蔵が亡都の外に出られるようになる前に発見し、大災害を引き起こすこと――。
それが間に合わなければ作戦失敗である。
あの悪しき強大な存在が樹海を越えて、外の人類が脅威に晒されることは避けられない。
「ヤマトニアを解放するってだけなら、ヤツが出てくのを見届けるだけで構わねえんだろうが……」
「だな、ムウマ。さすがにあんな怪物を放ってはおけねえぞ。……人類大惨事です」
「……ったく、元のアンデッドのファミリーだけなら現地で完結したのに……。だいぶ話のスケールが大きくなってしまったぞ」
ついため息をつきそうになるも、テンドウの目はやる気に満ち満ちている。
自分たちの前世を知った今、テンドウだけでなく人間ファミリーを突き動かすのは、時を越えた使命感だ。
そんな人類にも関わる重大な作戦を成功させるべく――こっちに飛ばされて以降、最も忙しい日々が始まっていた。




