第百七話 『黄金弓』ジンロウタ
『黄金弓』の異名に相応しい一射が屋根上から放たれた。
すでに全快状態となっているジンロウタの矢は、すべてが魔力で形作られているとは思えないほど速く、鋭かった。
百メートル先の距離があっても瞬きする間に標的へと到達。
ローブの上から心臓を正確に射ぬこうとするも――その一射で風穴が開くことはなかった。
バチィン! と電撃の音とはまた違う音が発生。
見えない何かによって阻まれた矢は先端から霧散していき、プリバトヤには傷一つついていない。
「魔法……いや魔道具の類か。初撃の方は避けていたということは、急襲を受けて慌てて展開したようだな」
そう冷静に呟いたジンロウタはすでに駆けていた。
花畑に立つ今回の大事件の首謀者に向けて、自ら得意な距離を捨てて接近していく。
「だが所詮は数回程度だろう? ――ならば蜂の巣にするまでだ」
「チィ……ッ!」
そして器用にも走りながら放たれた一射。
するとまた見えざる何かの力に阻まれ、黄金に染まる矢は対象の数センチ前で霧散してしまう。
その原因はただ一つ。纏う魔力遮断のローブのせいで視覚的および魔力的にも見えないが……プリバトヤの首に掛けられた、魔力の宿った数珠のようなものだ。
装備しているその魔道具によって、二度目の被弾を防ぐことに成功している。
「――【金色五月雨】」
そこへ本命の攻撃が二十メートルの距離から放たれた。
ジンロウタ特有の『吐息』の音を伴う黄金の魔力の矢。それが軽く百本以上。
頭上から降り注ぐその雨あられの攻撃は『八本指』ヨギの大技にも似ているが、数も一発一発の威力もそれを上回っている。
「【轟輪ノ天笠】」
対するプリバトヤは魔道具ではなく、自身の雷魔法を発動した。
雷鳴轟き車輪のごとく回転する雷――。その防御系の上位魔法で、頭上からの暴力的な範囲攻撃に対処する。
展開された笠は直径四十メートルもの大きさだ。
本来であれば半分程度のサイズの魔法となるが、プリバトヤの技量によって倍にまで広がっている。
――つまり、自ら接近してきたジンロウタまで笠の下に入っている。
プリバトヤはニヤリと笑い、自身も一直線に距離を詰めていくが――。
「浅はかだな。近づけば勝てるとでも思ったか?」
「ッ!?」
至近距離まで接近したプリバトヤに対し、ジンロウタが弓自体を振るう。
矢と同じく黄金の魔力に染まったそれはいつの間にか変形しており――柄にも刃がついた両刃薙刀となっている。
そこから生まれる怒涛の剣撃。
両刃の武器の強みを活かした振り回しの薙ぎ払いが、プリバトヤの喉を切り裂かんと襲いかかる。
その太刀筋や踏み込みにも一切のブレはない。
中・遠距離型のアンデッドであるはずなのに、接近戦での戦いも普通に強い。
それがあまり知られていないのは、ほとんどの敵が近づく前に射殺されてしまうからだ。
「くッ! やはりあの奇形の骸骨――『蛮獣使い』トノグロだったか? その比ではない強さだな!」
だが、プリバトヤも負けてはいなかった。
格落ちとはいえ同じ『三大ファミリー』の幹部を葬った実力は伊達ではない。
両腕に雷を纏った近接用の魔法を展開し、薙刀と真正面から打ち合っている。
動きのキレや反応速度も上々――。弓使いと魔道士とは思えないレベルの肉弾戦だ。
さすがに本職のテンドウとニゴマルの決闘と比べれば劣るとはいえ、その凄まじさは迸る魔力を見ても明らかである。
「――ほう、ここまで動けるとは驚きだな!」
「ナメるなよアンデッド? 文武において私にできぬものなどないのでな……!」
足元の花畑がどれだけ荒らされようとも関係なし。
むしろ気に喰わないニオイなのか、両者とも花弁がどれだけ舞い散ろうとも意に介さない。
――そうやって何度もぶつかり合う黄金の魔力と電撃。
似て非なるその二つの衝突により、互いが互いを弾き飛ばし、また距離が開いたのなら――両者ともに最も得意な形へと移行する。
「【閃律強射】」
始まった中距離での撃ち合いにて、連射する通常の射撃の中に混ぜられた大技。
ジンロウタお得意の基本戦術であり、並の相手なら反撃の魔法を発動することすら困難であるが――。
「【鉄槌黄雷】!」
ほぼノータイムで発動された雷の上位魔法。
質量を持つ特殊な雷撃を放ったプリバトヤの十八番は、誰も真似できない早撃ちのような形で放たれた。
それも左右の手から同時に、だ。
もはや神業のようなそれによって、強力な上位魔法が二発同時に飛んでいく。
「――【連】」
対するジンロウタの動きも素早かった。
プリバトヤの魔力操作を発動時点で察知していたことで、こちらも二本目となる大技の矢が間髪入れずに放たれたのだ。
直後、宙でせめぎ合った黄金の矢と雷撃の鉄槌。
『吐息』の音と電撃音が交ざり合い、一瞬にして目も耳も悲鳴を上げるような戦場と化す。
さらには花畑の土も派手に舞い上がったことで、雷撃の閃光に続いて視界が大きく遮られた。
――――……。
その土煙が冬の冷たい風に流されて、徐々に晴れてきた中で。
土汚れだけで無傷のままのプリバトヤは、やれやれと困ったように首を横に振るった。
「私も腕には相当、自信があるが……。ふむ、さすがにお前相手では少し分が悪いか」
一見、互角の戦いではある。
だがすでに激しい攻防の中で、攻撃を無効化できる魔道具の効果は切れている。
そんな両者ともに本気も本気の、全力の魔法を繰り出してきたここまでの戦いを見て。
息つくヒマなく魔力を練りながらも、冷静に俯瞰していたプリバトヤは早々と決断を下す。
「血沸き肉踊る戦いであっても……ここで倒れるわけにはいかんのでな」
十歳未満で中位魔法を習得し、十一の歳に上位魔法まで習得して神童と評された実力者であったとしても。
一対一ではここから厳しくなると判断すると、即座に次の行動に移った。
足元から全身を照らす淡い青い光――転移陣だ。
一人専用の小さなその転移陣が、プリバトヤをほかの場所へと飛ばすべく発動される。
「! また魔道具か。最初の防御といいその義眼といい……どれだけ頼れば気が済むんだ?」
「フハハッ、まあそう言ってくれるなよ。お前らと違って私はか弱い人間なのでな」
そう言葉を交わすも、両者どちらも手は止まらない。
転移が完了するまでの数秒間、降り注ぐ黄金の矢を荒れ狂う雷撃が迎え撃つ。
そして、最後に生まれるこの戦闘で最も激しい攻防。
たった数秒で百本近く飛んでくる矢を、かすり傷一つで耐え切ったプリバトヤの全身が――大きな光に包まれていく。
「さらばだ。これがお前との永遠の別れとなることを祈っているぞ」
――こうして、これまで同様に転移の魔道具によって。
すべての黒幕であるプリバトヤは――ジンロウタからの逃走に成功したのだった。
◆
「「――【鎌鼬】!」」
……が、あくまで逃げ切ったのはジンロウタから、である。
転移陣がプリバトヤを転移先へと飛ばし、その足が宙から地面に触れたとほぼ同時。
さっきまでの『吐息』を伴う黄金の魔力とは異なる魔力があることに、プリバトヤはすぐに気づいた。
(何ッ!?)
そして、待ち構えるように襲いかかってきたのは――二つの風の刃だ。
威力も速度も黄金の矢に比べれば劣るとはいえ、充分に速いその二つの攻撃が――転移直後という隙を晒したプリバトヤを切り裂く。
「ぐ、ぬゥ――!」
――ザン! と肉を斬る音と血飛沫が宙に舞う。
だが寸前、悪寒を感じたプリバトヤは何とか体を捻っていた。
斬られたのは左肩から背中にかけてだ。急所の首に出血はない。
苦し紛れではあるもその咄嗟の回避がなければ……今ので殺られていただろう。
「ふん、こっちに来たか! 悪いけどここが年貢の納め時だぞっ!」
「あなたがあの怪物を生み出さなければ……! ネゾウの仇は取らせてもらうから!」
転移先は『赫の大樹海』のど真ん中。
そこにいた先客は凶暴な魔物ではなく、同じ赤毛で似た顔を持つ、まだ子供の人間の双子兄妹だ。
――ガガクとカグラ。人間ファミリーでテンドウに次ぐ戦力の二人が、揃ってプリバトヤを待ち受けていたのだ。
「……これは驚いた。まさか転移先を読んで待ち伏せていたとはな……!」
一方、プリバトヤは青い瞳の右目も、さらには左目の『天通眼』も大きく見開いて驚く。
さすがに予想外の出来事だったようで、肩や背中に受けた傷を気にする素振りもなく、二人に視線が止まっている。
「まあ、別に読んでたわけじゃないけどなっ。なあ、カグラ?」
「うん。ちょっとした賭けではあったけどね」
すでに風属性を纏わせた片手剣を構えつつ、ガガクとカグラは不敵に笑う。
阿修羅地蔵討伐のために絶対に必要な一手。
亡都ヤマトニアおよびその周辺という広範囲からそれを探すため、この二日間、樹海の中を捜索していたところ……たまたま転移陣を見つけたのだ。
地面に刻まれたそれは一応、落ち葉や枝で隠されてはいたが、発見できたのはただ運がよかっただけ。
さらに豪運(?)から同じ樹海の中にもう一カ所を発見し、人間ファミリーは計二つの転移陣を確認していた。
それらの使用者がプリバトヤであることは自明の理だ。
一応、専門家のゲッコウにも調べてもらったところ、短期間で使われた形跡もあったことで確定となっていた。
「ちなみに、もう一つの方はロッポウとヒュウガがいるからなっ!」
「どっちに飛んでいたとしても、あなたに安全はないってことだよ」
――もちろん、まだほかに転移陣があればプリバトヤを逃していた可能性は大いにあった。
だからこそガガクとカグラは賭けに勝った、というわけである。
……ただ当然、転移陣の把握だけでは足りない。
肝心のプリバトヤがどこにいるのか、いつ転移を使うのか。
それが分からない状態でただ待っているなど、例の一手の捜索もあるためできないのだ。
『――ならここは自分の出番っスね。大船に乗ったつもりでいていいっスよ!』
その問題を解決したのが――亡都新聞の記者ミナクモの存在である。
彼の情報網となる街中に生息する屍鼠族たち。
そのすべての個体と視界を共有することで、プリバトヤの位置を把握したのだ。
そしてジンロウタを差し向けて交戦状態へ。
彼が仕留めれば最善ではあるが、もし転移で逃げられた場合はプランBへと移行。
待ち伏せするガガク・カグラ組か、ロッポウ・ヒュウガ組のどちらかが対処する、という作戦だった。
「んで魔道具による簡易的なものでもっ! 転移魔法は連続で使用はできないからなっ!」
「ってゲッコウが言ってたからね! もう逃がさないよ!」
現れた標的に向けて、ガガクとカグラの敵意が乗った言葉が刺さる。
最低でも数十分のクールタイムが必要なため、もうプリバトヤに戦闘から逃げる手段はないはずだ。
「フハハハ! 何やらそっちも……色々と仕組んでいたようだな!」
転移陣の周囲だけはウソのように草木や根や石が存在していない。
動き回っても足を取られないように事前に戦場を整えたことは、誰の目にも明らかだ。
その状況を理解したプリバトヤは笑う。
相変わらず肩や背中の傷を気にしていないのは、残念ながら致命傷には至っていないからだろう。
「……運はまだ私にあるようだ。『炎の剣士』や『黄金弓』ならいざ知らず……子供二人の相手など何の問題もないな」
「ふん、その余裕がいつまで続くかな? 僕たちの大将は今、すっごく忙しいんだ。お前なんか僕とカグラで充分だっ!」
「そういうこと。それじゃ覚悟してもらうからね!」
別に今さらプリバトヤを倒したところで阿修羅地蔵は止まらない。
本体そのものを倒さない限り、あの巨大な怪物はいずれ野に解き放たれてしまうだろう。
……だとしても、目の前の男を放置することはできなかった。
人間ファミリーもジンロウタもニゴマルも、今回の件の首謀者を倒すことは皆の総意だ。
異形騒動だけならまだしも、どの陣営にも犠牲者が出たのだから……決して許せる相手ではない。
道を大きく外れ、自身の歪んだ願望のために散々、好き勝手してきた人間に天誅を。
かつて神童と呼ばれた『穢れ魔道士』に――次世代の神童、赤毛の双子兄妹が挑む。




