第百五話 決着と真相
少し長めです。
――勝者はテンドウ。
それがサラサの口から告げられ、さらに片方の藁人形の破壊が確認されて――圧倒的強者同士の決闘は終結した。
だが、大地や空気を揺らすほどの激しい戦いであっても……誰も傷一つ負っていない。
サラサの『よろしく魔法』(身代わり魔法)によって、勝者も敗者も決闘前と同じ状態のままだ。
「……俺ノ負ケダ。コノ短期間デココマデ成長スルトハ……。約束通リ、アノ怪物ノ討伐ニ手ヲ貸スト誓オウ」
青黒い巨体を揺らしてニゴマルが近づいてくる。
相変わらずの威圧感たっぷりな姿ではあるが、すでに交戦の意志はないようだ。
恐ろしい青黒い『怨嗟』の声を伴う魔力は、もう完全に体の中へと引っ込めていた。
「……ああ、よろしく頼む。いやでもしかし……命の危険がないとはいえ、お前とやり合うのは冷や汗ダラダラだったぞ」
苦笑しながら本音を言って、握手こそないもののしっかりと視線を合わせる。
すでにドンチンの兜化も解かれているため、ニゴマルの方もテンドウおよびドンチンの両方へと視線を合わせてきた。
そんな三者の間に流れる空気は……後腐れのない清々しいものだ。
ニゴマルが素直に敗北を認めたこともあり、驚くほどに嫌な感じはまるでない。
抗争でもケンカでもない正々堂々の試合――。まさにその表現がぴったりだ。
「俺ハ大体、コノ辺リニイルカラ必要ニナッタラ声ヲ掛ケロ。……一応、索敵デキルヨウニ隠密状態モ解イテオコウ」
そう言って、ニゴマルは巨体をくるりと回してテンドウたちに背中を向ける。
……どうやら手を貸すとはいえ、必要以上に慣れ合うつもりはないらしい。
もう用事は済んだと言わんばかりに、青黒い巨体はズシンズシン、と初めて聞く大きな足音とともに離れていく。
そしてそのまま弁天の滝を越えて、雪化粧をしたダイセツ山脈の方へと消えていった。
「「…………、」」
その背中を見届けながら、テンドウとドンチンはふぅ、と改めて息を吐く。
今や『不死の三傑』に並んだ『暗殺怪人』ニゴマルとの決闘。
サラサの魔法で命の保証があったといえど、やはり精神がすり減ることは避けられなかった。
ごうごうと燃える黄金の炎の中でもずっと届いていた、青黒い魔力とその『怨嗟』の声。
目でも耳でも肌でも感じる脅威は、身代わりがあっても生きた心地はしなかった。
「――で、どうだったよ、テンドウ? オイラは兜化してるだけだからよく分からねえけど、二度目のニゴマルとの戦いの感想は。……ぜひ聞きたいです」
「……うーん正直、余裕はなかったぞ。最後の攻防で体力の半分まで一気に削れたのはたしかだけど……」
相方からの問いに、勝者であるはずのテンドウの口は若干、重かった。
もし体力の半分という特殊な条件ではなかったらどうなっていたか?
相手は巨体通りの莫大な体力を持つニゴマルだ。
そのすべて削りきる前に、決死のカウンターを一発、貰っていた可能性は普通にあったのだ。
――実際、ニゴマルはその一発を叩き込もうと動作に入っていた。
『魔道無心流』の奥義である【流舞散華】は圧倒的な手数からなる防御技だ。
それをメビナ戦の時と同じく、テンドウは攻撃に転用した。
その状況で押し込みきれずにカウンターを放たれていた場合――相手の一撃を防ぐ余裕はさすがにない。
「一発でも貰っていたら一気に形勢逆転、いやそのまま俺の方が倒されていたかもな」
「まあたしかにそれは……あり得るな。アイツの掌底も手刀もチビリそうな威力と迫力だったぞ。……再戦はもう勘弁です」
……ゆえに勝者とは思えないほどテンドウに笑顔はない。
まだまだ力が足りないと、喜ぶどころか少しばかり反省してしまう。
なぜならこの先、条件が揃えば戦うことになる阿修羅地蔵は……ニゴマルすら比にならない強敵なのだから。
「うんうん、お疲れさま! スゴイ勝負だったね、テンドウにドンチン!」
と、ここで決闘を終えた二人のもとに、サラサをはじめ見守っていた面々が集まってくる。
命を落とす心配がないのは分かっていた。
またテンドウが勝つことを信じて疑わなかったとはいえ、さすがに相手が相手だったので……皆、安堵の表情をしている。
「オホホホ! あの怪物腐肉族を相手にやるじゃない。そしてどうやら本当に回復は必要ないみたいね」
「ああ、そこは問題ない。今回はモモヒメの回復魔法の出番はなさそうだ。……本当にサラサの魔法に感謝だぞ」
肉体的および精神的な疲労はあれど、ダメージはなし。
テンドウは改めてサラサに感謝すると、極限の集中状態を保っていた体を大きく伸ばす。
とりあえずこれでニゴマルという大きな戦力を味方に引き入れることには成功だ。
達成感というよりも安堵感に包まれた一同は、滝から流れる川辺に一旦、腰を下ろした。
「お疲れさんだぜ。これでひとまず戦力的な面では揃ったな」
「だべな。まさに百人力、いや千人力な味方だべ。あとは例の策の方だけど……テンドウ、疲れているところ悪いけど、そっちはどんな感じだべか?」
ムウマに労われ、ヒュウガからはそんな質問が。
目的のニゴマルを陣営に加えられたはいいが……あくまでそれはメインではないのだ。
何から何まで規格外であり、この世の理を外れたような怪物。
そんな阿修羅地蔵という強大な存在を倒すために、絶対に必要となるもの――。
それを手にできるという大前提があって、今回の作戦は初めて実行に移せるのだ。
「……もちろん、探してはいるんだけどな。なかなか見つかっていないのが現状だ。でもゲッコウもあるはずだと言っているし……引き続きそっちは全力で探すつもりだ」
「なら全員で当たった方がいいわね。何せ捜索範囲は広大なんだから。ヤマトニアに『赫の大樹海』、ダイセツ山脈もあり得るし……地下都市の方も可能性はあるわ」
そのセイカの声にテンドウが頷き、ほかの面々もそれに続く。
作戦遂行のための本番はここからなのだ。
むしろ大変なのはそのメインの方であると、テンドウだけでなく皆が理解していると――。
「「「「――!?」」」」
瞬間、落ち着きを取り戻していた現場の空気が一変した。
凄まじい魔力と耳をつんざく異音が、弁天の滝があるダイセツ山脈の麓を大きく揺らしたからだ。
それは突然、ここから南の方角――つまり亡都ヤマトニアの方から届いてきた。
……その原因は一つしかない。周囲の木々で姿こそ見えずとも全員が理解している。
地上に顕現していた阿修羅地蔵が、数日の眠りからついに目覚めたのだと。
さらに続いて、ズズゥウン――と。
不気味な鼓動の音でも地面を削る足音でもなく、明確な破壊行為の轟音が聞こえてきた。
「っと、やたら暴れているみたいだな……。混沌の世界の王は寝起きが悪いってか?」
さすがに決闘で派手にやりすぎたのか、あるいは偶然か。
どちらにせよもう少し眠っていてほしかったが……残念ながらここで主役(?)がお目覚めのようだ。
ただこれは当然、想定内である。
わざわざ異世界から現れてそのまま眠りについて永遠に起きないなど、そんな都合の良い話はないだろう。
――とにもかくにも、ヤツとの最終決戦は今ではない。
すべてが揃ったその時に、すべてを賭けて戦うことになるだろう。
「……そこで大人しく待っていろよ。必ず倒して退いてもらうからな」
テンドウは呟き、滝があるダイセツ山脈の麓を出発。
危険度が増した世界最悪の街中には入らず、一行は外壁をぐるっと回って拠点の小屋へと帰るのだった。
◆
ニゴマルとの決闘が行われた日の夜。
阿修羅地蔵の目覚めにより樹海の生物たちのざわめきが再び起きた中――小屋に一人の訪問者が現れた。
「――夜分遅くにすまない。思ったよりも時間がかかってしまってな」
ゲッコウである。
白い首巻を巻いた元一流の魔法陣の設計士である木乃伊族は、地下のアンデッドたち(『魔道無心流』の門弟たち)数人の護衛とともに地上へとやってきた。
「おお、ゲッコウか。用があるなら俺の方から出向いたのに」
「ハハハ。まあ少しでも早く伝えておこうと思ってな。かなり手こずったが……ようやく分かったぞ」
「? ってことはもしかして……例のアレが見つかったのか!?」
「いや残念ながら違う。今回はそっちじゃなくて――カンナギ城の転移陣についてだ」
小屋を訪れたゲッコウを中に通して、テンドウが椅子を用意する。
そのテンドウはじめほかの面々も一カ所に集まり、椅子や床に座って訪れたゲッコウの方を向いた。
「……こうして人間ファミリーが全員、揃っているところに俺が行った方がいいと思ってな。……皆、聞く準備はできているか?」
何やら重要なことを言い出しそうな雰囲気のゲッコウ。
それを感じ取ったテンドウたちは、小屋の中でゴクリ、と唾を飲み込む音を響かせた。
「あの転移陣についてだが……ありゃ失敗作でも欠陥品でも何でもない。俺ですら解読に苦しむほどの、間違いなく世界に二つと存在しないレベルの――超高等技術が詰まった転移陣だ」
「「「「え!?」」」」
「――だからこそ、お前らは偶然の転移事故に巻き込まれたわけじゃない。条件設定によって必然的に、数多くの利用者の中から選別されて飛ばされたんだ」
「「「「!?」」」」
それらゲッコウの口から発された言葉に、人間たちは立て続けに度肝を抜かれてしまう。
……正直、何かがあるとは薄々、皆も分かってはいた。
それでも失敗作、即時使用中止にすべき欠陥品だという考えを完全には捨て切れていなかったのだ。
だからこそゲッコウからの真逆の発言は、衝撃の事実以外の何ものでもなかった。
「て、てことは僕らは……っ! 誰かが設定した条件に引っかかってヤマトニアに……?」
「そうなるとやっぱり『特異体質』は確定だろうけど……。もちろんそれだけじゃないんだよね?」
ガガクとカグラの双子兄妹が困惑の声で言い、ゲッコウは静かに頷く。
この転移陣を設計したのが、どこの超一流の天才的な魔法陣設計士かは……いまだに不明だ。
ただゲッコウは同業者の威信にかけて全力で挑んでいた。
聖遺物による時間制限もあったために一部を書き写して地下へと持ち帰り、苦労しながらも転移陣のすべてを読み解いている。
「皆が薄々感じていた通り、『特異体質』は条件設定の一つだった。というかそれが一番先に指定されていたからな。神からの贈り物を持つか持たないか――それが第一条件だったようだ」
ゲッコウは蝋燭の明かりに照らされた人間たち一人一人の顔を見る。
【永続重複付与】に【不死族喰らい】。
【種族感知】に【必中射撃】。
【重量無視】に【人間魔力炉】。
さらに、今は亡きスズランとネゾウの【料理回復】と【畑の達人】も。
異なる様々な『特異体質』持ちの彼らは、神からも転移陣からも選ばれた者たちだったのだ。
「……それは分かった。んでゲッコウ、もしかしてほかの条件っつうのは……ハレルヤの血か? テンドウにセイカ、ガガクとカグラは不明だったが、ほかの者は先祖にいたのは確定だったからな」
「いや違う、ムウマ。惜しいは惜しいがそうじゃなかった。……もっと複雑で直接的なものだ」
「は? もっと複雑で直接的……だと?」
ムウマの言葉には首を横に振り、ゲッコウはさらに続ける。
『特異体質』という表面的なものではなく――絶対に譲れなかったであろう核心の部分について。
「――魂だ。お前たち自身の魂に――それも今世ではなく、前世の方に干渉するというものだ」
「!? た、魂ですって? しかも前世のって……そんなことが可能なの!?」
「……まあ、普通は無理だな。もし俺が設計しろと言われても、一生涯かけてもできる気がしないぞ」
セイカの問いにも首を横に何度も振り、ゲッコウは悔しそうに笑う。
――まさに神業。一流と超一流を隔てる絶対に越えられない壁。
これほどの設計図を作るなど、しかもおそらくはアンデッドに支配された状況で完成させるなど……知識や技術だけでなく、その精神力も称賛に値する。
そうゲッコウはぽつりぽつりと言って、聞き入っている人間たちの方に再び視線を向けた。
そして一拍置いて告げたのは、その前代未聞な魂に関する条件の詳細についてだ。
「正確な時期までは分からないが、間違いない。お前らは当時、命を落としながらも街を解放したいと強く願った――元ヤマトニアの住人だ」
「「「「!?」」」」
ゲッコウの口から発されたその真相に、テンドウたちは絶句する。
……先祖にハレルヤ王国民がいたどころの話ではない。
元ハレルヤ王国民にして、王都ヤマトニアの住人。
つまり転移事故に遭ったテンドウたちは皆、この街に生きた当事者だったということだ。
「「「「…………、」」」」
それを知らされて皆が自然と黙ってしまう。
『特異体質』に続いて判明した条件は、まさかもまさか『転生した元ヤマトニアの住人』というものだったらしい。
しかも、街を解放したいという強い意志つき、だ。
ゲッコウいわく『死んで生まれ変わったとしても』という、想像以上に強い決意を持つ者が条件として設定されていたようだ。
「……なるほど、な。だから街から脱出できるとなった時、本当にこのままでいいのか? って皆一様に思ったってわけか……」
「忘れちまってる前世のことが心に引っかかっていた……か。本来なら信じがてえ話だが……実際に説明できねえ不思議な感覚だったしな」
ずっと気になっていたことの真相を知って、テンドウとムウマが唸る。
まったくの予想外な展開ではあったはずなのに、聞かされた今ではなぜか納得できてしまう。
「またここからは推測になるが……。おそらく、転移陣を設計した者と前世のテンドウたちは関係性があったんだろうな」
転移陣の写しが描かれた紙を見ながら、ゲッコウが言う。
……たしかに、その可能性は非常に高いと思われる。
実際に本人たちから頼まれでもしない限り、こんな途轍もない条件を付与した難解な転移陣を作ろうなどとは思わないはずだ。
そうなるとカンナギ城に生活できる環境が揃っていたのも頷ける。
食料庫や畑に掛けられていた保存および維持系統の魔法や、あれば役立つ様々な備品など。
これら入念かつ万全な準備は、もしかしたら前世の自分たちが用意した可能性すらあるだろう。
「「「「…………、」」」」
そして再び訪れた沈黙。
小屋の中は樹海の夜の静寂も相まって、時が止まったかのような錯覚に陥ってしまう。
……ゲッコウの調査で真実を知った今でも、前世の記憶が戻ってくる感じはない。
だが転移事故に遭った人間ファミリーは全員、心の霧が晴れてストン、と府に落ちた感覚となっていた。
「――やれやれ、生まれ変わってまでこの呪われた街を解放してーって……ハッハッハ! やっぱりマジで面白えーなオメーらは!」
「しかも同じ隣国のヒノモト王国から、たった数カ月の誤差でこれだけの面子が集まった――。転移自体は必然であったとしても、結局、そこは奇跡以外の何ものでもないわね」
と、代わりに口を開いたのは一緒に聞いていたロッポウとモモヒメだ。
スーツ姿の吸血鬼族の男と、看護婦姿の堕天使族の女。
その二人がどこか嬉しそうな表情と声色なのは……テンドウたちが同郷の者と知ったからだろう。
片や人間から人間へ。もう一方は人間からアンデッドへ。
生まれ変わった種族に違いはあれど、祖国が同じだったという共通点があったのだ。
そしてそのモモヒメの指摘通り、奇跡があったことに変わりはない。
一人一人の転移する時期が大きくズレていたり、また『特異体質』で非戦闘系がいなければ、いずれ食料は尽きていただろう。
「――そもそも、確率的にはオイラたちみてえに、アンデッドに生まれ変わる可能性の方がずっと高いはずだからな。……その点も奇跡のうちの一つです」
さらに南瓜頭王族のドンチンが続き、南瓜な頭でうんうん、と頷く。
前世のテンドウたちの出自や身分は一切不明。
さすがにイマタイたちのような王族ではなく、城に逃げ込んだ普通の一般人なのだろうが……。
城内に白骨化した死体もなかったことから、最期は城外に出て死んだと思われる。
(百年前の自分たちは国を想っての行動なんだろうけど……。精神的に追い込まれていたからか? かなり無謀な計画だな)
そうぽつりと心の中でテンドウが呟く。
ただそれはあくまで率直な感想であり、前世の自分たちに対して文句を言うつもりなど毛頭なかった。
故郷を想う強い気持ち――愛国心とも言うべきか。
しかも魔物に蹂躙されてアンデッドに支配されるのを直接、見ているのだから、心情面からすれば理解できなくもない。
「……てか、ちょっと待て。つうことは本当にセイカってよ、ゴザエモンとギュウベエが取り合ったっつうナツって女の生まれ変わりじゃねえのか? ……と推測してみます」
「たしかにそれは……見た目もほぼ同じならあり得る話ではあるわね。……でもドンチン、ちょっと嫌だからそれは言わない約束よ」
そんな人間たちの過去を知ったドンチンの指摘に、セイカが苦笑しながらため息をつく。
百年もの時を越えた色恋沙汰――の方はまあ、重要ではないのでスルーするとして、だ。
「何という不運だと思っていたけど……自ら望んだことだったのか。となれば余計に、何としてでも悲願を達成しないとだよな」
事実は小説よりも奇なり。テンドウは今の自分の両手をじっと見つめる。
とうに覚悟は決まっていたが……真相を知ったことでより一層、それは確かなものとなっていた。
――ならばもう迷うことは何一つない。皆で力を合わせてやるだけだ。
かつての故郷を解放すべく、テンドウたちは最後の戦いに向けて決意を新たにするのだった。




