第百三話 ニゴマルの条件
「ほ、本気で言ってるの!? 相手はあのニゴマルなのよ!?」
その日の夜。
相変わらず深くて静かな樹海の夜の中、セイカの声が響き渡った。
「……ああ、分かっているって。けどそれがヤツの条件なら……受けないわけにはいかないだろ?」
皆が帰ってきて全員が揃っている小屋の前にて、テンドウは腕組みをしたまま頷く。
ムウマとロッポウから伝えられた、ようやく見つけたニゴマルから出された条件。
一時的にでも超大物アンデッドと手を組むためには、ファミリーを代表してテンドウが決闘を行わなければならない。
「そりゃ本音を言えばやりたくないけど……。絶対にアイツは戦力として欲しいからな。やむを得ないぞ」
「で、でも……!」
すでに覚悟を決めたテンドウとは違ってセイカが難色を示す。
自身の『特異体質』によって限界突破した【属性付与】により、テンドウの炎太刀はさらに急成長していても……やはり相手が相手である。
『暗殺怪人』ニゴマル、しかも呪物で強化されて『不死の三傑』に並んだ個体だ。
仲間のために自分を犠牲にしようとしたあの時よりも、今のテンドウは遥かに強くなったとしても、だ。
力関係的にはおそらく五分五分。つまり刃と拳を交えてもどうなるかは分からない――絶対に勝てるとは保証できない強敵である。
「まあでも心配はいらないぞ、セイカ嬢! もしテンドウが死んでも俺が守り抜くでござるよ!」
「いやざけんなよゥ!? 俺だ! 俺こそがセイカ嬢を絶対に守るんでい!」
「うっさいアンタたち! 今は取り込み中だからちょっと引っ込んでなさいよ!」
「「……は、ハイ。すいません……」」
と、セイカの護衛を務めるゴザエモンとギュウベエの二体が、その愛する主人に怒られて即謝罪する。
どちらも悪気はないのだろうが……直接、命に関わる重要な話なのだ。
怒髪天族のごとく髪が逆立ったと錯覚するほどのセイカの怒り。
それを受けた二体はシュンとすると、筋骨隆々な大きな体を小さく丸めている。
……ともあれ、セイカは心配すると怒りっぽくなるのはいつものことだ。
彼女としてもテンドウが決闘の条件を飲むことは、仲間として認められないのだろう。
とくにスズランに続いてネゾウも失ったばかりなのだ。
セイカも皆と同じく街を解放したいという思いはあれど、また仲間を失うことは絶対に避けたいのである。
「まあまあセイカ、少し落ちつくんだべ。……けど正直、心配するのは当然だべな。あのレベルの強者同士が戦うとなると……」
「ああ、どっちが勝ってもタダでは済まないんじゃないか? 下手すりゃ命を落として本末転倒な結果になる可能性も……おっさんは猛烈に心配だぞ」
続いて発言したのはヒュウガとヨシくんだ。
二人も同じ戦闘班のテンドウには絶大な信頼を寄せてはいる。
それでもニゴマルの脅威も知っているため、揃って心配そうな表情をしていた。
「――ねえねえ。その点なら心配いらないよ? だって今は私がいるからね!」
そんな何とも言えない重たい空気が充満する中で。
それを吹き飛ばすように手を上げて元気に言ったのは――ジンロウタの配下であるサラサだ。
不死に似合わぬ珍しい桜色に染まった、半霊体の亡霊族の女の子。
彼女は早くも仲良くなった南瓜頭族たちの中に混じり、地面の上にちょこん、と座っている。
――ちなみに、そのサラサが仕える『黄金弓』ジンロウタに関しては……すでに体力は回復しきっていた。
皆の輪に入ることなく、小屋を囲む土壁の上に一人、ポツンと座っている。
今はテンドウが炎太刀を抜いていないため、この空間にある数ある魔力の中心は、間違いなくこの強者となっていた。
「……私がいるから心配いらねえ、だと? そりゃどういう意味だよ、チビッ子?」
と、サラサの意味深な言葉にムウマが聞き返す。
何やらサラサ本人は相当な自信、を越えて確信があるらしい。
とことことウッドデッキまで上がると、えっへん! と胸を張って腰に両手を当てた。
「だってだって、私には『よろしく魔法』があるからね。テンドウとニゴマル、二人が全力で戦っても大丈夫だよ。どっちかが重傷を負うこともないし、死んじゃう可能性もゼロだからね」
「……よ、『よろしく魔法』? そういや前にそんなことを言っていたような……?」
「うんうん。だからテンドウ、心配はいらないよ」
親指を立ててサラサがニカッ、と子供らしく笑う。
見た目の年齢的にはガガクやカグラよりも下である。
ゆえに外見だけで判断すれば信用できないのだろうが……何せ彼女には実績があるのだ。
『不死の三傑』さえも抗えなかった、生贄の運命からの生還――。
サラサは阿修羅地蔵を召喚するためのあの魔法陣から逃れたのだ。……だからこの点からもウソではないと思われる。
ジンロウタは全面抗争のため使用しなかったものの、本来、生き残るためだけなら使っておいて損はないらしい。
「私の『よろしく魔法』……使ってもいいよね? ジンロウタ様」
「……構わん。コイツらの好きにさせろ。『暗殺怪人』の方も納得するのなら使えばいい」
サラサの問いにジンロウタが土壁の上から答える。
とくに興味はないのか、あっさりと配下に特別な(?)魔法を使うことを許可した。
その反応からしても、おそらく使う際のリスクはないのだろう。
ウメの魂を繋げる道連れ能力などとは違い、少なくともサラサ本人に危険はないと思われる。
――とにもかくにも、ジンロウタからの許可が出たので。
またサラサは子供らしく笑って――テンドウに向かって元気いっぱいに言う。
「んじゃんじゃ、そういう方向で! 安心して思う存分、戦っちゃってね!」
◆
――深くて不気味な樹海の夜が明けた。
その数時間後、いまだ亡都の阿修羅地蔵に動きがない中――その外側では事が大きく動こうとしていた。
場所はヤマトニアの北北西。ダイセツ山脈の麓に位置する場所だ。
耳だけでもかなりの水量だと分かるほどの、『弁天の滝』という名の立派な滝がある広場のようなところにて、
そこには『人間・南瓜同盟』および、ロッポウやモモヒメなどほかのアンデッドたちが全員、揃っている。
「「「「…………、」」」」
そんな彼らの沈黙と視線を浴びているのは二つの存在だ。
テンドウとニゴマル。後ろ髪ちょんまげ風剣士の人間と、腰布一枚だけの青黒い巨漢腐肉族である。
圧倒的強者であるこの両者は、滝から流れる川を挟むように対峙していた。
「まさかお前からご指名があるとはな。……正直、驚いたぞ」
「……フン、タダアノ時ノ再戦ヲ行ウマデダ。モウ邪魔ハ入ラナイ――ハッキリト決着ヲツケント気色悪クテナ」
言葉を交わし、両者の視線がぶつかり合う。
それ自体はあの時と同じでも……どちらもその力は大きく増している。
とくにテンドウの方はもはや別人級だ。
今朝で百四十回となった付与回数(セイカの限界突破で実際はもっと上)や、太刀自体の『退魔の武器』化、さらにはイマタイから譲り受けた『聖者の外套』に加えて、
兜化した南瓜頭王族のドンチン――。
相棒をすっぽりと被っていることで、炎太刀の刀身は黄金の炎に染まり、全身にも状態異常を無効化するオーラを纏っている。
「悪いが今の俺の全力、ドンチンとの一体化でやらせてもらうぞ」
「そういうわけだ。ズルいとは言ってくれんなよ? ……いいですよね?」
「構ワン。俺モ呪物ヲ取リ込ンデ力ヲ増シタノダ。コチラ側ダケハ不公平ダカラナ」
今のテンドウの状態にニゴマルは不満はないようだ。
むしろ明らかに強化されているテンドウを前に、どこか嬉しそうな空気感さえ感じる。
口元こそ緩んではいなくとも、魔力の波動が通常時とは微妙に違っているのだ。
――ちなみに今回、クロちゃんに関しては騎乗していない。
機動力や回避を考えれば乗った方が上だが……あくまで自分の腕と脚だけで戦うことをテンドウは選択していた。
「うんうん、二人とも気合いが入ってるね。私の準備も整ったことだし、いよいよだね!」
と、そんな両者に声をかけたのはサラサである。
今回の決闘が何の心配もいらない状態で実現したのは、ほかならぬこの亡霊族の女の子のおかげだ。
そのサラサの前には二体の小さな藁人形が置いてある。
もちろんこれがただの人形でないことは……宿った魔力を見ればすぐに分かるだろう。
一体にはテンドウの魔力が。もう一体にはニゴマルの魔力が。
それぞれの魔力総量の半分にも及ぶほどの魔力が、この小さな藁人形に宿っているのだ。
「じゃあじゃあ、最後に改めて。すでに説明した通りだけど、全力で戦っても命の心配はないから安心してね。――全部、この藁人形が代わりに受け止めてくれるから」
まるでこの決闘の立会人のように、サラサは両者の顔を交互に見ながら言う。
「限界を迎えて先に自分の藁人形が壊れた方が負け――。そこから先は本体にダメージが入っちゃうから、絶対にストップだよ?」
その言葉にテンドウとニゴマルが頷く。
事前に一度、聞いていたことだが、大切なので決闘前に改めて聞かされることに。
――つまり、サラサの言う『よろしく魔法』とは『身代わり魔法』のことだ。
魔力の半分を支払うことで、藁人形の身代わりを生成。受けるはずのダメージやあらゆる状態変化を肩代わりしてくれるのだ。
肝心の藁人形の耐久力については、魔力と同じく本人の半分ほど。
数字には見えない本人の体力を半分、削るダメージが蓄積された時――藁人形が壊れる仕様となっている。
そして、この失った分の魔力については、通常とは違って魔力回復薬を飲んでも回復はしない。
時間経過による自然回復でのみしか回復せず、どうしても時間がかかってしまうようだ。
これがジンロウタが腐肉族ファミリーとの抗争の時に使わなかった理由である。
幹部の中でも別格といえども、安全のため自分だけ魔力が半減した状態では、逆に不利になるという判断からだ。
――ただ今回は一対一、両者とも同じ条件ゆえに有利不利はなし。
このサラサの『よろしく魔法』をニゴマルも受け入れたことで、命を落とす心配のない本気の殺し合いが実現可能となっていた。
「んじゃまあ……始めるとするか」
「だな、テンドウ。オイラたちの力を見せつけてやるぞ! ……一戦よろしくお願いします」
「アア、今度コソ決着ヲツケヨウカ」
おそらくは……いや間違いなく、魔力切れとなる前に勝敗は決するだろう。
今の両者が生み出す一撃の破壊力をもってすれば、早くに決着がついても何らおかしくはない。
『炎の剣士』テンドウと『暗殺怪人』ニゴマル。
いつもの亡都周辺の曇天の空の下、滝を背景に仲間たちに見守られる形で――二度目となる戦いが始まった。




