第百二話 巨人捜索
地上に顕現した阿修羅地蔵が休眠状態となって――四日目の朝。
標的が停止している好ましい状況である一方、なかなか厳しい状況に置かれている者がいた。
「もう亡都にはいねえのか? ……それともやはり、阿修羅地蔵に殺られちまった可能性も……」
人間ファミリーの索敵担当のムウマである。
アンデッドが激減した亡都内を東西南北、すべてのエリアに入って捜索しているのだが……。
この丸二日間、いくら探してもニゴマルの姿どころか、痕跡すら見つけることができていない。
あの青黒い巨体を完全に隠せる場所などそう多くはないのだ。
西エリアにある個人拠点の牢獄塔をはじめ、目ぼしい場所にはすべて足を運んで捜索済み。
それだけの労力を割いてなお、どこにもニゴマルの姿は見当たらなかった。
「……となればもう外しかねえか。樹海の方か山の方か……いずれにしてもヤマトニア以上に探すのは厳しそうだぜ」
「まー仕方ねーわな。手掛かりがない以上、しらみ潰しにやるしかねーだろ」
眉間にシワを寄せるムウマの隣で、そう言ったのは護衛を務めるロッポウだ。
ガガクとカグラの木乃伊族狩りの方は呪物による再出現期間になっているため、今はムウマと一緒に行動していた。
その二人は街中の捜索を切り上げて外壁の外を目指すことに。
現在地は北エリア、もう亡霊族ファミリーのナワバリではなくなった元魔法区だ。
阿修羅地蔵による破壊の痕が残るエリアを進み――とくに何の障害もなく北門へと到達する。
「んじゃームウマ、ちょっと離れてろ。――【大鎌蝙蝠】!」
背後にそびえるダイセツ山脈から魔物が侵入しないように閉じられた北門。
そのぶ厚く高い門に向かって、魔力を高めたロッポウが大技を放つ。
右腕に集束させた闇属性の魔力、漆黒の蝙蝠をすべて纏った右腕が振るわれ――数十年間、固く閉じたままの門とぶつかり合う。
直後、高い切断力を誇るその一撃によって、斜めに斬られた門が外側へとゆっくり倒れていく。
「助かるぜ。いちいち南から迂回するのは面倒だしな。……ただその一撃、間近で見ると恐ろしくて敵わねえぞ」
「ハハハ! これくれーで何言ってんだ。今のテンドウの炎太刀に比べりゃー可愛いもんだろ?」
たったの一撃で門を突破し、難なく街の北側へと出る二人。
南の方と比べるとさらに樹海との距離は近く、境界線となる平地部分は二十メートルくらいしかない。
……とにもかくにも、大変なのはここから先である。
ダイセツ山脈と『赫の大樹海』。
亡都ヤマトニアのすぐそばにある広大な大自然の中から、お目当てのニゴマルを探さなければならないのだ。
(――ん!?)
――そうムウマが覚悟した矢先。
完全なる隠密で魔力がないニゴマルではなく、ひとまず周囲の魔物を警戒すべく【種族感知】を使ったところ……早くも不自然な反応があった。
「……オイオイ、まさか? いやだが可能性としては……」
「ん? どーしたムウマ。何かあったのか?」
「……ああ、もしかしたら、な。本人の反応は相変わらずねえが……ちょっと気になるもんがあるぜ」
ロッポウの問いに頷き、ムウマは早速、不自然な反応があった方角へ。
位置的には北門から北西あたりで、まずはそこを目指して一直線に進んでいく。
そうしてたどり着いたのは――ダイセツ山脈の麓だ。
樹海の木々も少しばかり生えている場所に、気になる反応があった魔物の姿が見えてきた。
「!? ありゃーまさか死体か? またデケー魔物がゾロゾロと……いったいどーなってんだ?」
二人が向かった先にいたのは、ダイセツ山脈に生息する白魔熊族だ。
非常に好戦的な大型の魔物であり、生態ピラミッドでも上位に位置する存在である。
四メートル近い巨体から繰り出す爪や牙での攻撃は、生半可な防具であればその上から人間を引き裂いてしまうほどだ。
「このレベルの魔物が人里近くに存在している……か。辺境の地だけあって、やはり環境としては過酷だな。ヤマトニアが高くぶ厚い壁に囲まれた造りなのも納得だぜ」
言って、ムウマの視線がさらに先へと向けられる。
そんな恐ろしい白魔熊族が八体――すでに息絶えた状態でいた。
よく見れば一体残らず胸が大きく陥没しており、ほかに余計な傷らしい傷は一つも確認できない。
「……なるほどなー。こんなことをするヤツがいるとすりゃー、ニゴマルの可能性が高いっつーわけか」
「そうだ。肝心の本人の反応はなくとも……大型の強え種族が一カ所で纏まって死んでりゃ、な」
「……けどよムウマ、ちょーっと待て。ってことはオメー……死んだ魔物まで感知できんのかよ?」
死体を確認したロッポウが驚いた目で隣のムウマを見る。
するとムウマはニヤリと笑って、大きく縦に首を振った。
「どうやら俺の『特異体質』も少しは成長するみてえでな。今じゃ生死を問わず分かるのさ。――あとはどちらか一方に絞るとか、目的の種族だけに反応させるとかの細かい調整も可能だぜ」
「……マジかよ。いつの間にかスゲー便利になってんじゃねーか」
まさかの進化を果たしていたムウマの能力に驚くロッポウ。
対象の感知が自由自在となれば、もはや一人で調査隊が務まるほどの索敵能力だ。
そんな頼れる世界一の索敵担当に導かれて、その後もポツポツと残っていた死体を辿っていく。
確信とまではいかずとも、ムウマが自信を持って険しい山の方へと入っていけば――。
(! ようやくビンゴ……だぜ)
――――いた。
途中から段々と聞こえてきていた水が流れ落ちる音。
それが大きくハッキリと聞こえたと同時、拓けた場所に一体だけで存在していた。
まるで修行僧のごとく滝に打たれる超大物アンデッド――『暗殺怪人』ニゴマルである。
◆
ダイセツ山脈の麓にあった滝の広場。
ニゴマルの十メートル級の巨体よりも高い位置から流れ落ちるそれは、冬の時期で一部、凍っていてもかなりの水量を誇っている。
その大迫力の二つの存在に、ムウマとロッポウは慎重に近づいていく。
「貴様ラハ……『一匹吸血鬼』ト下等生物ノ斥候ノ男カ」
と、ここで滝に打たれていたニゴマルの両目が開いた。
二人の存在に気づくや否や、呪物を取り込んでドクロの紋様が浮かぶ青黒い巨体を動かし、滝つぼから出てくる。
もちろん一切の足音も魔力もなく……あるのは滝が流れ落ちる音だけだ。
「――おっと。俺様たちはオメーと戦う気はサラサラねーよ。これでも一応、無謀な戦いはしねー主義でな」
対して、ニゴマルが戦闘態勢に入る前にロッポウが先手を打つ。
こちらに交戦する意志はないと、隣のムウマとともに両手を上げた。
……ただ一応、逃げる準備だけは整えておいてある。
とくに義足のムウマは新たに習得した風魔法をすでに展開しており、あの時とは違って逃げ切る自信ならあった。
「……デハ俺ニ何ノ用ダ? アノ下等生物ニ利用サレタ、哀レナ俺ヲ笑イニデモ来タカ」
「いやーまさか。そんなつもりも一切ねーよ。……つーかオメーも街の外には出れたんだな。てっきり幹部クラス以上は全員、街に囚われてると思ってたぜ」
圧倒的強者の前でもロッポウはいつもの感じのままだ。
戦えば絶対に勝てないとはいえ、自身も強者ゆえにニゴマルの存在感に気圧されてはいない。
一方のムウマは冷や汗をかきながらも、一歩も後ずさりはしない。
しっかりと気持ちを強く保ち、右脚を失うハメになった因縁の相手に向けて口を開く。
「――単刀直入に言う。お前が俺たち人間を嫌ってるのは知ってるが……阿修羅地蔵の討伐のために力を貸してくれ」
今回の目的をニゴマルに伝える。
その予想外であろうムウマからの言葉を受けて、ニゴマルは大きく目を見開いた。
「何? 力ヲ貸セ、ダト? アノ男ニ裏切ラレテ仲間ヲ失ッタ俺ガ――マタ下等生物ト手ヲ組メト言ウノカ」
「……そうだ。お前も思うところしかねえだろうが……頼む。ぶっちゃけ戦力はあればあるだけ助かるからな」
ただただ正直に、何も隠すことなくムウマが続ける。
そして相手が因縁の相手だろうと関係なく、こちらが頼む立場ゆえに躊躇することなく頭を下げた。
「己ノ脚ヲ奪ッタ相手ニ頭ヲ下ゲルトハ……。貴様ニハ自尊心ガ無イノカ?」
「……ああ、別に。それよりもお前を戦力に加えることの方が重要なんでな」
チクリと言ってきたニゴマルにムウマが即座に返す。
リスク承知で頭は下げたまま、アンデッド相手に伝わるかは怪しいが……こちらの誠意をできる限り見せておく。
……そもそも勝算自体はゼロではないのだ。
ベニムラサキ戦後に遭遇したあの時、ニゴマルはなぜかテンドウとの一騎打ちを受け入れ、ムウマたちを見逃したことがあった。
ゆえに自分たちの態度や覚悟によっては……承諾してもらえる可能性は少なからずあるはずだ。
「オメーもアレのせいで仲間を失ったんだ。なら弔い合戦とでもいかねーか? ……それにこれ以上、プリバトヤの野郎に好き勝手やらせていーのかよ?」
さらにここでロッポウの助けが入った。
間違いなく今のニゴマルにとって最も憎い相手はプリバトヤにほかならない。
百年争ったほかの『三大ファミリー』を潰した感謝よりも、勝手に仲間を犠牲にされた怒りの方が遥かに強いはずだ。
「…………、」
そんなロッポウの問いかけに、ニゴマルは反応を示さない。
丸太以上に太い腕で腕組みをしたまま、無言でじっと二人の方を見ているだけ。
その表情やおどろおどろしいドクロの紋様からすれば、とても首を縦に振りそうな感じはしない。
(……クソッ、やはり厳しいか? つっても力ずくで引き入れるなんざできねえし……)
交渉決裂で戦闘となってしまうのか――。ムウマとロッポウに緊張が走る。
ファミリーこそ壊滅したものの、相手は下っ端ではなく『三大ファミリー』の頭だった男だ。
そもそも友好的ではない敵対的なアンデッドなのだから……やはり最初から無理な話だったのかもしれない。
――そう半ば諦めていたところで。
「……イイダロウ。ダガ一ツダケ、条件ガアル」
「「!?」」
返ってきたのはまさかの了承の返事だった。
条件付きというものではあるが、一時的にでも手を組むという要求を飲んだのだ。
「……そりゃ助かるぜ。んで、その条件ってのは何だ?」
「ナニ、簡単ナコトダ。貴様ラ人間ファミリーノ頭――『炎ノ剣士』ト戦ワセロ」
「!? なッ――」
「オイオイ! 冗談だろオメー?」
まさかの了承に続いて口にしたのは、これまた予想外な条件だった。
それを聞いたムウマとロッポウは驚き、ニゴマルの顔を見上げながら凝視する。
「モウ一度言ウ。『炎ノ剣士』ト本気ノ勝負ヲサセロ」
「「…………、」」
またもニゴマルが繰り返しに言う。
その視線や雰囲気からしても、とても冗談には聞こえない。
……発言だけを見ればロッポウのような戦闘狂染みたものだ。
ただニゴマルにそういった印象はなく、またテンドウとの間にも因縁めいたものはとくにないはずだ。
両者は以前、想定外の遭遇から戦闘となっただけ。
その際は『集合の鐘』で戦いが中断したことで、テンドウが命拾いしたわけだが……。
――――…………。
そして流れる滝の音だけが響いた沈黙。
ニゴマルはそれ以上は何も言わず、腰布だけを身につけた巨体を揺らして、再び滝行へと戻っていく。
対阿修羅地蔵のために手を組むのなら、テンドウとの決闘を――。
それが『暗殺怪人』ニゴマルの提示した唯一の条件だった。




