第百一話 すべての始まり
「……ここか。ことが起きた始まりの現場というのは」
亡都ヤマトニアの中央に位置する白亜の城――カンナギ城。
阿修羅地蔵によって城の上部を消し飛ばされてしまったものの、街のシンボルは完全には破壊されることなく立っていた。
そこへやってきたのは、白い首巻を巻いた木乃伊族ことゲッコウだ。
まだ阿修羅地蔵が眠っている間に、護衛も付けずに一人、外壁から街の中心にまで足を運んでいた。
……だが、ここは地下の聖遺物の十字架に守られたアンデッド不可侵の領域だ。
攻撃対象にすらできないそんな場所に、アンデッドである彼が侵入できたのは……本人の持つ能力以外にない。
「ふむ。……しっかりと効いてくれているな」
といっても、別に木乃伊族という種族の能力ではない。
人間時代に培った腕と知識――すなわち魔法陣の設計士としての能力である。
胸元に忍ばせた小さな石板に刻まれた魔法陣。一流と呼ばれた魔法陣の設計士であるゲッコウの最高傑作の一つだ。
その効果によって、一時的ではあるが不可侵領域へと入ることが可能に。
アンデッドの天敵とも言える聖遺物の効果を打ち消し、小一時間ほどなら影響を受けずに活動できるようになる、という寸法だ。
「…………、ふむ」
そして、大きな古時計がいまだ時を刻んでいる一階エントランスにて。
足を止めたゲッコウの目の前にあるものこそ、件の転移陣である。
テンドウたち人間ファミリーをこの死の街へと飛ばした元凶だ。
現代では技術的にほぼあり得ない転移事故。
その事象を続発させた、誰が見ても失敗作、設計もしくは設置した者が重い責任を問われる欠陥魔法陣である。
……が、今はすでに壊されている。
新たな被害者を出さないためにと、ヒュウガが転移事故に遭った直後、テンドウが炎太刀で破壊していた。
「パッと見た感じでは嫌に複雑だな? ……まあ、そう大したものではないだろうが……。一応、専門分野にはなるんでな」
ほかに誰もいない一階エントランスでゲッコウが一人呟く。
そして天井の崩落の危険がないことをしっかりと確認すると、壊れている床の欠片を集め始める。
粉々にされていてはどうしようもなかったが……事前にテンドウから聞いていた通りだ。
あくまで使用不能にするだけの破壊に留めていたため、状態的には数カ所に亀裂が入っているだけで済んでいる。
ゆえに形のみ復元しての調査は充分に可能というわけだ。
それこそが今回、ゲッコウがわざわざリスクを冒してカンナギ城を訪れた理由だった。
テンドウの考える対阿修羅地蔵の策の方については、すでに助言を行っている。
そちらは一旦、テンドウ本人に任せるとして、その前にゲッコウはこの転移陣をどうしても調べておきたかったのだ。
「――さて。どこの誰が作ったのかは知らないが……同業者として解析させてもらおうか」
好奇心から堪え切れない笑みを浮かべながら、ゲッコウは鼻息荒く転移陣を調べ始める。
その表情だけでなく、声色までもが少し前まで無気力だったとは考えられないほどだ。
今のゲッコウは人間時代の、魔法陣の設計士だった頃の熱を持っていた。
「……なるほど、そうきたか。予想に反してなかなかやるじゃないか」
ブツブツと言いながら、指でなぞりつつ転移陣を丁寧に読み解いていく。
どうやらゲッコウ時代のものよりも少し古い型のようだ。
ただそこまで大差はないため、解析を行う上ではとくに問題はない。
――――…………。
そうして、あっという間に十分近くが経ち――さらに深くて重要な部分、転移陣の心臓部とも言える箇所を調べ始めた時だった。
「ッ!?」
ゲッコウの木乃伊族の目が限界まで見開かれる。
と同時、床に刻まれた線をなぞっていた指がピタリ、と止まった。
「ば、バカな……! 何だというんだこれは……!?」
じっくりと正確に読み解いていたゲッコウが驚いた理由――。それは条件設定の部分だ。
転移陣は本来、一方通行のものなら行き先だけが設定されているだけのシンプルな設計である。
にもかかわらず、目の前の転移陣に関しては……まったく別の設定が複数、存在していたのだ。
……それも恐ろしく複雑なものが。
一流の魔法陣の設計士であるゲッコウでさえ、一瞬、何のことか分からなくなるほどに。
「テンドウたちの話は聞いていたからな。『特異体質』持ちやハレルヤの民の血を引く者――。そういった条件は組み込まれている可能性はあると思ったが……!」
困惑するも、木乃伊族の乾いた顔に笑みが張り付いたままのゲッコウ。
忘れていた設計士としての情熱は、目の前にある謎の転移陣によってもう完全に戻ってきている。
――自然とそうなってしまうほどの高度な魔法陣。欠陥魔法陣などカン違いも甚だしい。
もしこのレベルのものを設計段階から作れと言われたら?
そのあまりの難解さに、ゲッコウは考えただけで目眩がしそうな気分になる。
「……ははは。何が一流の設計士だ。上には上がいたんじゃないか……!」
微塵も予想していなかった衝撃の事実に、ゲッコウは違う意味で笑ってしまう。
当時の最先端の技術を学んだ自身に並ぶ設計士はいても、その遥か雲の上、比較することすらおこがましいほどの者がいるとは夢にも思わなかったからだ。
「……まるでパズルだな。時間までに読み解けるかどうか……こりゃ本気で取り掛からないとダメなようだ」
ゲッコウでさえ理解に苦しむ、カンナギ城に設置された謎の転移陣。
いつの時代のどこの設計士かは一切不明。だがその一方で、とてつもない知識と腕を持っている超一流の人物であることだけは分かった。
もし剣の道で例えるなら――まさにオオダケのような存在か。
今まで存在しなかったものを生み出し、誰も真似できない神業まで扱うようなものだ。
「――……、よし」
そんな顔も名前も知らない傑物が生み出した転移陣を前に、ゲッコウは常に巻いていた白い首巻を外す。
そして、眠りながらも凶悪な魔力を放つ怪物の存在すらも忘れて――魔法陣の設計士は時間が許す限り、全身全霊で向き合うのだった。




