第十話 包帯人族ファミリー
異種族間同士の殺し合いが始まった。
貴族街の南端、軍宿舎の敷地内でそれぞれがぶつかり合い、激しい戦闘音が早くも生まれている。
「「…………、」」
だがその中で唯一、睨み合ったままの存在が。
テンドウと包帯人族の頭は互いに距離を詰めず、剥き出しの戦意とは裏腹に慎重に相手を見定めていた。
(明らかに強いのはコイツくらいだ。……きっと皆も大丈夫だろう)
自身の敵を正面に捉えつつ、テンドウは視界の隅でほかの戦いを確認する。
仲間たちの心配はしていない。そもそも心配であればこの戦いに挑んでいないのだ。
「くらえ包帯人間っ!」
「さっさと成仏しなさい!」
ガガクとカグラの双子兄妹は判明した【不死族喰らい】で予想通りに急成長している。
倒したアンデッドの魔力の残滓を片っ端から吸収したことで、身体能力と魔力の両面で強化されていた。
装備面こそ城に眠っていた古い鉄剣という心もとないものだとしても、だ。
この二人という戦力の上積みがあったからこそ、今回の作戦を実行するに至ったのだ。
「甘いぜ。その程度で俺を仕留められると思うなよ!」
「おっさんの力を見せつけてやろう!」
ムウマは持ち前の足の速さで戦場を駆けまわり、交戦せずとも上手く相手を引きつけている。
またヨシくんはただ一人、敷地内に下りずに壁の上から正確に狙い撃っている。
そんな頼れる四人対七体の戦いは、予想通りに助ける必要はなさそうだ。
時間とともに確実に敵を減らし、やがて全滅させてくれるだろう。
「……ずいぶんと余裕だな。気に喰わねえぜ。その面もちょんまげみてえな髪型も――暑苦しい炎刀も!」
「ッ!」
と、ここで先手を取ったのは包帯人族の頭だ。
たった一歩で距離を詰めてくると、包帯が巻かれた右の拳を振るってきた。
それを青い炎刀で正面から受ける。
ガキィン! という金属音と火花が散った最初の攻防は、どちらも押し負けないまったくの五分だ。
「……テメェが死ぬ前に教えといてやる。俺らは南エリアを統一し、いずれ『三大ファミリー』に並ぶ存在だ!」
「そうか。ならその夢は諦めてもらうぞ!」
さらに数度打ち合い、互いに下がったことで両者の距離があく。
そして再び睨み合うも、その表情には明確な違いがあった。
頭の方は想像以上の人間の力を見て、包帯の下に隠れた顔には驚きの色があった。
一方のテンドウはというと、驚きではなく自信を深めた顔だったのだ。
新たな装備である『魔砂護銅具足』の守りは心強い。
同じく五十回に到達した青い炎刀の存在も心強いことこのうえない。
――ならば負けるはずがない。隙も油断も見せなければ、必ず焼き切れるという確信があった。
「フゥッ!」
次に仕掛けたのはテンドウの方だ。
決して大振りにならずに小さく速く、中段の構えからの連撃を見舞う。
頭の能力は『硬化』で間違いない。
打ち合う度に響く金属音を聞いても分かる通り、二メートル近い全身を覆う包帯が異常に硬くなっているのだ。
包帯を伸縮させての拘束を狙う配下たちとは真逆。
ファミリーを率いるこの頭のみ、ガチガチの武闘派な戦闘スタイルである。
(ま、そっちの方が分かりやすくていいけどな!)
襲い来る拳を捌きながらテンドウは隙を窺う。
ほかの部位よりも多めに包帯が巻かれて肥大化している左右の拳。
まるで小さな鉄球のようなそれは、防具がない首から上に被弾すれば一巻の終わりだ。
「オラァアアア!」
「甘いッ!」
咆哮とともに強引に振るわれた右の振り下ろしを回避。
足元の地面が大きく陥没する中、戦闘開始から初めてガラ空きになった胴体に――青い炎刀が横一閃に振るわれる。
「ぐアッ!?」
硬化した包帯の上から脇腹を深く切り裂く一撃だ。
火力面ではまだ火属性の上位魔法には届かない。それでも中位魔法に匹敵する斬撃は、まともに直撃すればただでは済まない威力である。
――が、一発で決着とはなからなかった。
耐え切ってまたも強引に一歩前に出た頭は、間髪入れずに左の拳で青い炎刀ごとテンドウを大きく弾く。
(ッち! さすがにそう簡単にはいかないか……!)
数も少ない弱小とはいえ、そこはファミリーの頭か。
一発で倒れるほど脆くはなく、逆にテンドウの方が二メートルほど後ろに弾き飛ばされてしまう。
「オイ大丈夫か? お前が負けたら全員の未来が断たれるからな。気合い入れてけよ!」
「分かっているって。アイツは責任持って俺が倒すさ!」
すぐ後ろにいたムウマと背中合わせとなり、檄を飛ばされたテンドウは即座に前へ。
そう、こんなところで躓くわけにはいかないのだ。
別に亡都すべてのアンデッドを倒すつもりなど毛頭ないが、これから先にはもっと強力な敵が待ち構えているのは確実だ。
だから負けるわけにはいかない。死んでなどいられない。
まだ生きている存在として、そもそも不死の者に引導を渡されるなどお断りだ。
「……今の俺の全力だ。捌けるものなら捌いてみろ!」
瞬間、テンドウが低く鋭く敵の懐に飛び込んだ。
と同時に絶え間なく放たれる烈火のごとき連撃に、迎え撃つ頭の両拳が徐々に追いつかなくなっていく。
頑丈な体と秀でた格闘術があったとしても……押され、対応しきれない。
打ち合いを諦めて大きく飛び退いて間合いをあける動きも……一瞬さえも許さない。
「ッぐ……!」
小さな傷と火傷が両腕を中心に刻まれ、その度に頭の動きが鈍くなる。
一息の長い呼吸を吐きながらのテンドウの猛攻は、酸素が続く限り終わることはない。
軍の鬼上官に鍛えられた剣技。そこに加わる規格外な【属性付与】の炎。
たしかな下地に猛烈な火力が乗れば、防ぎきるのは至難の業だ。
燃え散る包帯がいくつも宙を舞う中、一気呵成の斬撃すべてが浴びせられていき――。
「く――ッそがァアアア!?」
そして、自分の運命を悟った頭の叫びが響いた直後。
苛烈に燃える青い炎刀が――その喉笛を切り裂いた。
◆
全身包帯の体が背中から崩れていく。
敗北を喫したファミリーの頭は、大の字になって地面の上に倒れ込んだ。
――勝敗は決した。頭同士の戦いはテンドウの勝ちである。
……とはいえ、まだ安心などできない。
自分の敵を仕留めたテンドウはすぐさま周囲の状況に視線を移す。
「おお、やるな皆も……!」
その目に映ったのは明確に傾いた戦況だ。
ガガク、カグラ、ムウマ、ヨシくんのそれぞれが躍動し、すでに四体の包帯人族が倒れて残り三体となっていた。
つまり数のうえでも逆転している。
軍宿舎前にある雑草だらけの広場には、敵対するファミリーの者たちしか倒れていない。
「がァッ!?」
さらにここでまた一体が倒れた。
威力は低めでもガガクとカグラの【鎌鼬】が襲い、正確かつ同時に首を切り裂いたのだ。
これなら決着は時間の問題だろう。
素人ならともかく、日々鍛えている仲間たちがここから盛り返されることはまずあり得ない。
テンドウは一瞬、加勢しようとするも、乱れたままだった息を整えることを優先する。
「――て、テンドウ! 後ろッ!」
「……へ?」
と、ここで。なぜかヨシくんが慌てた様子で叫んだ。
壁の上からの急な叫びにテンドウは戸惑うも、すぐにただ事ではないと後方を振り返る。
「……へ?」
そしてまた口から間抜けな声が出てしまう。
なぜなら視線の先、倒したばかりの頭の死体の下から――別の包帯人族が出てきたからだ。
その意味不明すぎる状況にテンドウは固まってしまう。
そいつはたしかに死体の下、正確には影の中から這い出てきたのだ。
「……そうか。ゴンサイのヤツは逝ったのか」
ただただ静かに、新たに現れた包帯人族が口を開いた。
ゆらりと立ち上がったその存在は、もう動かない死体を見つめている。
まさか死んでいなかった? いや違う。
たしかにトドメを刺したことで、肉体に宿っていた魔力も消失している。
何より、死体は消えずにきちんと残ったままなのだから――。
「もう一体いたのか!? ちょ、ムウマ! 話が違いますけど!?」
「バカな!? たしかに全部で九体だったはずだぜ!?」
衝撃の十体目の登場に、戦場を駆けまわっていたムウマも足を止めて驚いていた。
調査時にも突入時にも【魔力感知】ではたしかに九体だったはずだ。
にもかかわらずファミリーの十体目が現れたことで、戦場全体に再び緊張が走る。
「俺の名はブンサイ。……弟のゴンサイが世話になったようだな」
さっきの個体とまったく同じしゃがれた声で、自ら名乗る新たに出現した包帯人族。
その体から漏れ出る魔力からしても、明らかに倒した頭と同等レベルの個体だ。
「影に潜む能力か? そんなもん包帯人族にはないはずだが……!」
「そういう能力を持つアンデッドはたしかにいるが、俺らのはそれとは別だ。……おそらくは生前、俺らが結合双生児だったからだろう。死して蘇ってなお、アンデッドはよく分からないからな」
独り言だったテンドウの声に、まさかのブンサイが普通に答えた。
そして言い終ると同時。会話はもう終わりだと告げるかのように、汚れた包帯の全身から薄暗い魔力が解放されていく。
「誰も俺らの成り上がりの邪魔はさせない。――さあ、第二戦といこうか人間ども!」
貴族街の軍宿舎を巡る、人間対包帯人族ファミリーの戦いはまだ終わらない。




