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品質バカと笑われた錬金術師の極上ポーションが、閑古鳥の工房から王都を救う  作者: 黒崎隼人


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第3話「本物の価値と、広がる波紋」

 翌朝、工房アロマドロップの前には、信じられない光景が広がっていた。

 開店前の時間だというのに、十人以上の行列ができているのだ。

 その中には、昨日ポーションを買っていった騎士の姿もあった。彼は同僚らしき数人の兵士を引き連れて並んでいた。


「おはようございます、店主! 昨日は本当に助かった!」


 アルドが店を開けると、騎士が大声で挨拶をしてきた。その顔は晴れやかだ。


「部下の傷ですが、あなたの薬を飲ませたら、みるみるうちに塞がっていきました。それどころか、古傷の痛みまで引いたと言って喜んでいます。ソラリスの薬では、あんなに綺麗には治りません」


 騎士の言葉に、周りの客たちがざわめいた。


「おい、やっぱり本当らしいぞ」


「ここの薬は本物だ。大手の粗悪品とは違う」


「なんでもっと早く気づかなかったんだ」


 客たちの視線には、期待と焦りが入り混じっていた。

 アルドは少し気恥ずかしさを感じながらも、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。数は多くありませんが、精一杯作りました。どうか順にお買い求めください」


 ミナが手際よく客を捌いていく。

 普段なら一週間かけて売る量が、わずか一時間で飛ぶように売れていった。

 空になった棚を見て、ミナは嬉しい悲鳴を上げている。


「アルド、信じられない! 今日の売り上げだけで、三ヶ月分の家賃が払えるわよ!」


「ああ、よかったな。でも、喜んでばかりもいられないぞ」


 アルドは疲労の滲む顔を洗面器の水に浸し、冷たさで無理やり目を覚ました。

 需要は尽きない。むしろ、これからもっと増えるだろう。

 ソラリスの工場が復旧するには数ヶ月かかるという噂だし、サンクタムの取引再開も見通しが立っていない。

 王都中の需要が、まともな製品を作れる数少ない工房に集中しているのだ。


「材料の仕入れも増やさないとな。薬草農家のトーマス爺さんに連絡を取ってくれ。いつもの三倍……いや、五倍の量を頼む」


「了解! それと、ガラス瓶も足りなくなりそうだから、職人通りまで走ってくるわ」


 ミナが元気よく飛び出していくのを見送り、アルドは再び作業台に向かった。

 忙しい。体はきつい。睡眠時間も削っている。

 けれど、不思議と辛くはなかった。


 自分の作った薬が、正当に評価され、必要とされている。その事実が、何よりも強力な回復薬となってアルドの心を支えていた。


 午後、一人の身なりの良い男が店を訪れた。

 仕立ての良いスーツを着て、鼻眼鏡をかけた初老の男だ。商人ギルドの幹部バッジを胸につけている。


「ごめんください。こちらが、今話題のアロマドロップさんですかな?」


「はい、そうですが……」


「私は商人ギルドの理事をしております、ベルンと申します。単刀直入に申し上げますが、あなたの工房と大口契約を結びたい」


 ベルンは恭しく名刺を差し出した。

 大手組織が機能不全に陥った今、商人ギルドとしても安定した供給源を確保したいのだろう。


「我がギルドの流通網を使えば、王都だけでなく地方にもあなたの薬を届けられます。資金援助も惜しみません。どうです、悪い話ではないでしょう?」


「……条件は?」


「簡単なことです。生産量を現在の十倍に増やしていただきたい。もちろん、そのためには製法の効率化が必要でしょうが、そこはソラリスから流れてきた技術者を派遣しますので」


 アルドの表情がすっと冷めた。

 生産量を十倍。それはつまり、あの大手と同じやり方をしろということだ。

 時間をかけた濾過をやめ、魔力で強制的に合成し、質よりも量を優先する。


「お断りします」


 アルドは即答した。

 ベルンは驚いたように目を見開いた。


「な、なぜです? 莫大な利益が約束されているのですよ?」


「利益のために品質を落とす気はありません。私の薬を待っている人たちは、ソラリスと同じ薬が欲しいわけじゃない。安全で、確実な効果がある薬を求めているんです」


 アルドは、作業台の上で静かに輝く琥珀色の液体を見つめた。


「私は錬金術師です。商人じゃありません。自分の納得できないものを売ってまで、お金を稼ぎたいとは思いません」


 ベルンはしばらくアルドを睨みつけていたが、やがて呆れたように肩をすくめた。


「……頑固な職人だ。だが、その頑固さが今の評判を生んだのでしょうな。わかりました、今回は引き下がります。しかし、気が変わったらいつでも連絡をください」


 ベルンが去った後、アルドはふうと息を吐いた。

 大きなチャンスを蹴ってしまったかもしれない。ミナが知ったら怒るだろうか。

 いいや、彼女ならきっと笑って「アルドらしいわね」と言うはずだ。


 その日の夕方、戻ってきたミナに事の顛末を話すと、案の定彼女は吹き出した。


「やっぱり断ったのね! もう、本当にもったいないんだから」


「悪かったな。でも、譲れないんだ」


「わかってるわよ。それが『工房アロマドロップ』の品質だものね。私も、変な混ぜ物をした薬なんて売りたくないわ」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 工房には、今日も心地よい薬草の香りが漂っている。

 大手不在の混乱はまだ続く。だが、アルドたちの小さな工房は、確かな光を放ち始めていた。その光は、やがて王都全体を照らす大きな輝きへと変わっていくことになる。

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