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品質バカと笑われた錬金術師の極上ポーションが、閑古鳥の工房から王都を救う  作者: 黒崎隼人


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第4話「小さな工房の、大きな決断」

 朝の光が工房のショーウィンドウに差し込み、琥珀色の小瓶たちを宝石のように輝かせている。

 だが、店内の空気は切迫していた。


 開店前の静けさなど、ここ数日の「工房アロマドロップ」には存在しない。外からはすでに、ざわざわとした人々の話し声と、石畳を踏みしめる靴音が響いている。


「……アルド、正直に言うわ。もう限界よ」


 ミナが作業台に突っ伏して言った。その声は枯れ、いつも綺麗に整えられている茶色の髪も、少し乱れている。

 彼女の指先には、いくつもの真新しい絆創膏が巻かれている。

 洗浄液で荒れた肌、インクの染みがついた袖口。

 瓶の洗浄から梱包、終わりのない接客に帳簿付けと、彼女は休む間もなく一人で工房を回し続けていたのだ。


 アルドは手を止め、痛ましげに幼馴染を見つめた。

 自分もまた、ここ三日間で合計五時間ほどしか眠っていない。目の下にはくっきりとしたクマができ、指先は薬草の汁で緑色に染まり、洗っても落ちなくなっていた。


「すまない、ミナ。僕がもっと効率よく作れればいいんだけど……」


「違うの。アルドのやり方が間違ってるなんて言ってない。ただ、今のままじゃ体が持たないって話」


 ミナは顔を上げ、真剣な眼差しを向けた。

 彼女の瞳には、諦めではなく、次の一歩を踏み出す決意が宿っていた。


「人を雇いましょう、アルド」


「人を? でも、錬金術師なんてそう簡単には見つからないぞ。それに、僕の製法を教えるには時間がかかる」


「錬金術師じゃなくていいの。薬草を洗ったり、瓶を乾かしたり、お店の掃除をしてくれる人がいれば、アルドは調合だけに集中できるでしょ? 私だって、接客と経理に専念できるわ」


 アルドはハッとした。

 職人気質の彼は、すべての工程を自分の手で行うことにこだわりすぎていたのかもしれない。

 だが、品質を守るためには、下準備こそが重要だ。雑な洗いや乾燥は、薬の劣化に直結する。


「……誰でもいいわけじゃないぞ。真面目で、根気があって、丁寧な仕事ができる人じゃないと」


「わかってる。心当たりがあるの」


 ミナはにっこりと笑い、エプロンのポケットから一枚のメモを取り出した。


 その日の午後、工房の裏口に三人の男女が集まっていた。

 近所に住む引退したガラス職人の老人と、その妻。そして、ソラリスの工場停止のあおりを受けて職を失ったという、若い青年だ。

 ミナが集めてきたのは、派手な経歴を持つ技術者ではなく、生活のために堅実に働きたいと願う地元の人々だった。


「仕事は単純です。でも、決して手は抜けません」


 アルドは三人の前に立ち、いつになく厳しい顔つきで説明を始めた。

 手には、泥のついた薬草の束が握られている。


「この薬草の根元、わずか数ミリの部分には毒素が含まれています。これをナイフで丁寧に取り除き、三回水洗いしてください。少しでも残っていれば、薬は濁り、効果は半減します」


 アルドが実演して見せる。

 流れるような手つきで不要な部分を切り落とし、清らかな水で洗い上げる。その所作は、ただの単純作業ではなく、一種の儀式のように美しかった。

 三人は息を呑んで見入っている。


「ソラリスの工場では、これを機械で一気に粉砕していました。だから毒素が混ざり、それを中和するために別の薬品を足していたんです。うちはそれをしません。手間はかかりますが、これだけは譲れないんです」


 アルドの言葉に、元ガラス職人の老人が深く頷いた。


「わかったよ、若いの。いいものを作るには、見えないところの手間が一番大事だ。そういう仕事なら、わしたちも誇りを持ってやれる」


「お願いします。給料は弾みますから」


 その日から、工房の風景は一変した。

 裏の作業場では、老人夫婦と青年が黙々と、しかし丁寧に下準備を進めてくれる。

 アルドの作業台には、完璧に処理された素材が次々と運ばれてくるようになった。

 もはや、泥を落とす時間も、瓶を拭く時間も必要ない。

 アルドは純粋に、魔力と素材の対話だけに没頭できる。


「すごい……。これなら、今までの三倍は作れる」


 釜の中で輝く液体の量が増えていく。

 品質は落ちるどころか、より安定していた。疲労が抜けたアルドの集中力が増し、魔力の込め方がより繊細になったからだ。


 夕暮れ時、店仕舞いをした工房で、アルドはミナに温かいコーヒーを淹れた。

 久しぶりに、ゆったりとした時間が流れている。


「ありがとう、ミナ。君のおかげで助かったよ」


「ふふ、どういたしまして。これで少しは楽になったでしょ?」


 ミナはカップを両手で包み込み、湯気に顔をほころばせた。その指先からは、痛々しい絆創膏がいくつか消えている。

 アルドはその笑顔を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 守りたいのは、この店の暖簾だけではない。彼女のこの笑顔もまた、自分にとって何より大切な宝物なのだと、改めて気づかされた瞬間だった。


「さあ、明日はもっと忙しくなるわよ。噂を聞きつけて、隣町からもお客さんが来るみたいだから」


「ああ、望むところだ。最高のものを用意して待とう」


 二人の笑い声が、夜の工房に優しく響いた。

 チームとしての「工房アロマドロップ」が、ここに誕生したのだ。

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