第2話「巨塔の崩壊と、突然の訪問者」
翌日、王都は大混乱に陥っていた。
アルドの予想通り、ソラリス錬金ギルドの工場で大規模な魔力炉の暴走事故が発生したのだ。
新聞の一面には『ソラリス、機能停止』『魔力汚染により生産ライン全滅』という衝撃的な見出しが躍っている。
記事によれば、生産効率を上げるために魔力炉の出力を限界まで上げた結果、制御システムが耐えきれずに破綻したらしい。幸いにも死者は出なかったようだが、工場内の在庫はすべて汚染され、廃棄処分となった。
「すごい騒ぎね……。街中の薬屋から、ポーションが消えたって噂よ」
ミナが外の様子を見て戻ってきた。彼女の表情には、不安と興奮が入り混じっている。
ソラリスは王都の需要の六割を支えていた。それが一瞬にしてゼロになったのだ。影響が出ないはずがない。
「サンクタム商会はどうなんだ? あそこなら、在庫を持ってるんじゃないか?」
「それがね、もっと悪いニュースが入ってるの。サンクタムが輸入していた『蒼月のしずく』っていう素材、あれが禁輸品に指定されたらしくて」
ミナの話によると、サンクタム商会が独占契約を結んでいた東方の帝国との間で、権利関係のトラブルが起きたらしい。帝国の許可なく商標登録を行おうとしたことが発覚し、激怒した帝国側がすべての取引を停止したのだ。
素材が入ってこなければ、サンクタムもポーションを作れない。
「ソラリスは事故で生産停止。サンクタムは素材不足で出荷停止……。おいおい、冗談だろ」
アルドは呆然と天井を見上げた。
王都の二大供給源が、同時に潰れたことになる。
冒険者は毎日のように迷宮へ潜るし、騎士団の訓練でも怪我人は出る。ポーションは水や食料と同じくらいの必需品だ。それが手に入らないとなれば、王都の機能は麻痺してしまう。
「どうしよう、アルド。うちにも問い合わせが来るかもしれないわ」
「来るかもしれない、どころじゃないさ。もう時間の問題だ」
アルドの言葉が終わるか終わらないかのうちに、工房の扉が乱暴に叩かれた。
ドンドンドン! と板戸が悲鳴を上げるような音だ。
ミナがびくりと肩を震わせる。
「頼む! 誰かいないか! 店を開けてくれ!」
切羽詰まった男の声だ。
アルドが慌てて鍵を開けると、そこには鎧を着た騎士が立っていた。王都警備隊の紋章が入ったマントを羽織っているが、その顔色は真っ青だ。
「お前が店主か!? ポーションはあるか! あるだけ全部売ってくれ!」
「お、落ち着いてください。うちは小さな店ですから、在庫と言っても三十本くらいしか……」
「三十本でもいい! 部下が訓練中の事故で大怪我をしたんだ。いつも使っているソラリスの納品が止まって、手持ちがなくて……このままじゃ命に関わる!」
騎士は必死だった。その額には脂汗が滲み、目の焦点が定まっていない。
アルドは瞬時に職人の顔になった。
「ミナ、在庫の棚から『上級治癒薬』を持ってきてくれ。あと、今朝作ったばかりの通常品もだ」
「わ、わかったわ!」
ミナが小走りで奥へ向かう。
アルドは騎士を椅子に座らせ、水を一杯差し出した。
「すぐに用意します。代金は後でいい。まずは部下の方のところへ急いでください」
「すまない、恩に着る……!」
ミナが抱えてきた木箱には、琥珀色に輝く小瓶が整然と並んでいた。
騎士はその中の一本を手に取り、震える手で栓を抜く。中身を確認するように匂いを嗅ぎ、驚いたように目を見開いた。
「……なんだ、この澄んだ香りは。いつも使っている薬のような、鼻を刺す刺激臭がない」
「うちの薬は、不純物を完全に取り除いていますから。効果も早いはずです」
「これが、無名の工房の仕事か……?」
騎士は呆然とつぶやいたが、すぐに我に返って木箱を抱え上げた。
「金貨一枚だ。釣りはいらん!」
カウンターに硬貨を叩きつけるように置き、騎士は風のように去っていった。
残されたのは、鈍く光る金貨と、静まり返った工房だけ。
一本銀貨八枚のポーションに対して、あまりにも過分な対価だった。
「……行っちゃったわね」
「ああ。でも、これで終わりじゃないぞ」
アルドは確信していた。
あの騎士が持ち帰ったポーションの効果が出れば、必ず噂になる。
ソラリスやサンクタムの代替品としてではなく、それ以上の価値あるものとして。
予感はすぐに現実となった。
昼過ぎには、冒険者のパーティーが三組。
夕方には、近所の診療所の医師が顔色を変えて飛び込んできた。
誰も彼もが「ポーションがない」「どこに行っても売り切れだ」と叫んでいる。
「アルド、在庫がもうないわ! どうするの!?」
「作るしかないだろ! 徹夜だ、ミナ! 釜の火を絶やすな!」
静かだった工房は、一転して戦場のような忙しさに包まれた。
アルドは休むことなく手を動かし続ける。素材を刻み、煮出し、濾過し、魔力を込める。
いつもの何倍もの速度で、しかし丁寧さは決して失わずに。
外では、王都の夜空に星が瞬いていたが、工房の明かりが消えることはなかった。
時代が、アルドの技術を求め始めていた。




