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品質バカと笑われた錬金術師の極上ポーションが、閑古鳥の工房から王都を救う  作者: 黒崎隼人


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第1話「閑古鳥の鳴く工房と、真面目すぎる錬金術師」

登場人物紹介


◆アルド

王都の片隅にある「工房アロマドロップ」の店主兼錬金術師。19歳。亡き父の跡を継ぐ。「品質こそすべて」という職人気質で、効率よりも効果を重視するため、大量生産が主流の現代では時代遅れと笑われていた。真面目で温厚だが、薬作りに関しては頑固。


◆ミナ

アルドの幼馴染で、工房の経理と接客を担当する看板娘。18歳。明るく現実的な性格で、いつも赤字ギリギリの経営に頭を抱えているが、アルドの作る薬の凄さを誰よりも理解している一番の理解者。


◆ガストン

最大手「ソラリス錬金ギルド」の工場長。利益至上主義で、アルドの小さな工房を見下している。今回の騒動の発端となる人物。

 琥珀色の液体が、ガラスのフラスコの中でとろりと揺れている。


 アルドは額に浮いた汗を手の甲で拭い、真剣な眼差しで炎の調整を行った。部屋の中には、乾燥した薬草の香ばしい匂いと、果実を煮詰めたような甘い香りが満ちている。


 ここは王都ルクセリアの下町、大通りから三本も路地を入った場所にある小さな店、「工房アロマドロップ」だ。


 窓の外からは、活気に満ちた街の喧騒が遠く聞こえてくる。だが、この工房の中だけは、時間が止まったかのように静かだった。


「アルド、ちょっといい?」


 工房の扉が開き、明るい茶色の髪を短くまとめた少女が入ってくる。幼馴染であり、この店の唯一の従業員であるミナだ。彼女の手には、革表紙の帳簿が握られている。その表情は、お世辞にも明るいとは言えなかった。


「どうしたんだ、ミナ。そんなに眉間にしわを寄せて」


「どうしたんだ、じゃないわよ。今月の売り上げ、見た?」


 ミナは呆れたようにため息をつき、作業台の端に帳簿を広げた。赤いインクで書かれた数字が、痛々しく目に飛び込んでくる。


「……先月より、さらに落ち込んでるな」


「そうよ。このままだと、来月の家賃も危ういからね。原因はわかってるでしょ?」


 アルドは苦笑しながら、視線をフラスコに戻した。


 原因は明白だ。王都のポーション市場は今、二つの巨大組織によって支配されている。


 一つは、圧倒的な生産力と安さを誇る「ソラリス錬金ギルド」。

 もう一つは、珍しい海外の素材を使った高級路線を行く「サンクタム商会」。


 この二強がシェアの九割を握っており、アルドのような個人経営の小さな工房は、風前の灯火だった。


「ソラリスの『量産型ポーション』が、また値下げしたらしいわ。一本で銀貨三枚だって。うちの原価より安いじゃない」


「銀貨三枚か……。どうやったらそんな値段で作れるんだか」


 アルドが作るポーションは、一本あたり銀貨八枚。これでも利益を削っての価格だ。


 ソラリスの製品は、巨大な魔力炉を使って一気に素材を合成する。対してアルドは、手作業で丁寧に不純物を取り除き、素材本来の治癒力を引き出す伝統的な製法を守っていた。


「ねえ、アルド。私たちも少しは作り方を変えない? 品質が良いのはわかるけど、お客様は安さを求めてるのよ」


「それはできないよ、ミナ。不純物が残ったポーションは、確かに傷を治すけど、体に微量な毒素を溜め込むことになる。飲み続ければ、いつか体を壊すんだ」


 アルドは頑固に首を横に振った。


 亡き父からの教えだった。『薬は人を助けるためにある。利益のために質を落とすなら、錬金術師なんて辞めてしまえ』と。その言葉が、今もアルドの胸に深く刻まれている。


「わかってる、わかってるわよ。アルドのそういう真面目なところ、嫌いじゃないけどさ……。でも、お店が潰れたら元も子もないでしょ?」


 ミナは困ったように眉を下げ、カウンターの方へ戻っていった。


 アルドは小さく息を吐き、完成したポーションを小瓶に詰め始めた。

 透き通るような美しい琥珀色。不純物は一切なく、窓からの陽光を透かすと、瓶の中に小さな星屑が瞬いているかのように揺らめいた。


 ソラリスの製品は少し濁っているし、サンクタムの製品は香料がきつすぎる。アルドは自分の作る薬が一番だと信じていたが、現実は残酷だった。


 その時だった。

 ズウン、と地響きのような音が、足元から伝わってきた。

 棚に並んだ空き瓶がカタカタと震え、作業台の上の器具が触れ合って音を立てる。


「きゃっ! なに、地震?」


 ミナが短い悲鳴を上げてしゃがみ込む。

 揺れはすぐに収まったが、今の衝撃はただの地震ではなかった。魔力が爆発したような、独特の空気の歪みを肌で感じたのだ。


 アルドは急いで窓を開け、街の中心部を見やった。


「……おい、あれを見ろよ」


 王都の中心、貴族街や大手のギルドが立ち並ぶ区画から、どす黒い煙が立ち上っていた。

 その方角にあるのは、間違いなく「ソラリス錬金ギルド」の巨大工場だ。

 紫色の不気味な煙が、青い空をじわじわと侵食していく。


「あの方角……ソラリスの工場よね? 火事かしら」


「いや、ただの火事じゃない。あれは魔力暴走の色だ。大規模な事故が起きたのかもしれない」


 アルドは背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 錬金術における魔力暴走は、ただの爆発よりも厄介だ。周囲の魔素を汚染し、繊細な調合を不可能にしてしまう。もし本当に工場で事故が起きたなら、しばらくの間、彼らはポーションを作れなくなるだろう。


「大変なことになったな……」


 アルドがつぶやいた言葉は、街のざわめきにかき消された。

 遠くから、消防隊を呼ぶ鐘の音が激しく鳴り響き始めている。


 この時のアルドはまだ知らなかった。この事故が、王都のポーション事情を根底から覆し、自分の運命を大きく変える引き金になることを。


 閑古鳥が鳴いていた小さな工房に、嵐のような変化が訪れようとしていた。

 アルドは無意識のうちに、白衣の裾をぎゅっと握りしめていた。ただならぬ予感が、胸の中で警鐘を鳴らしているようだった。

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