番外編「とある騎士の休日と、至福の一杯」
王都の近衛騎士団に所属するベルドは、休日の朝を迎えていた。
昨夜までの激務で、体は鉛のように重い。
魔獣の討伐遠征から帰還したばかりで、鎧の擦れによる肩こりと、長時間の緊張による頭痛が抜けきっていなかったのだ。
「……休みだっていうのに、体が動かねえ」
ベッドの上で大の字になりながら、ベルドは天井を見つめてぼやいた。
以前なら、ソラリスの強壮剤を飲んで無理やり体を動かしていただろう。だが、あの薬は飲んだ直後はいいが、後から強烈なダルさが襲ってくる。休日にあれを飲むのは自殺行為だ。
「そうだ、あそこに行こう」
ベルドは重い体を起こし、私服に着替えた。
目指すは、下町の路地裏にある「工房アロマドロップ」だ。
最近、騎士団の中で密かなブームになっているものがある。
それは、傷を治すポーションではなく、店主のアルドが開発した「リフレッシュ・ハーブティー」だ。
店に到着すると、相変わらずの行列ができていたが、テイクアウト専用の窓口は比較的空いていた。
ベルドは列に並び、顔なじみになった看板娘のミナに声をかけた。
「よう、ミナちゃん。いつもの頼むよ」
「あら、ベルドさん! お疲れ様です。今日はハーブティーですね? 特別に蜂蜜多めにしておきますね」
「助かるよ。体中がバキバキでさ」
渡されたのは、素焼きのカップに入った温かい飲み物だ。
ふわっと立ち上る香りを嗅ぐだけで、こわばっていた肩の力が抜けていくのがわかる。
ベルドは店の前のベンチに腰を下ろし、一口すすった。
「……ふぅ」
思わず、深く長い息が漏れた。
優しい甘さと、爽やかなミントの香り。そして、微量に含まれた魔力が、疲れた細胞の一つ一つに染み渡り、内側からほぐしていくような感覚。
劇的な回復ではない。けれど、確実に「生気」が戻ってくる。
「うめぇ……。生き返るわ」
隣を見ると、買い物かごを提げたお婆さんが、同じようにカップを持って微笑んでいた。
その向こうでは、冒険者のグループが次の遠征の話をしながら、楽しそうに笑っている。
この店の周りには、不思議な空気が流れている。
誰もが穏やかな顔をしていて、殺伐とした王都の喧騒が嘘のようだ。
「ここに来ると、本当に落ち着くのよね」
ふと、背後から上品な声が聞こえた。
振り返ると、フードを被った女性が立っていた。
どこかで見覚えがある。あの銀色の髪……。
ベルドはハッとして立ち上がりかけた。
まさか、エレナ王女ではないか?
彼女は人差し指を唇に当て、「シーッ」というジェスチャーをした。
「お忍びですから、どうかそのままで」
「は、はい……!」
ベルドは慌てて姿勢を正し、ベンチの端に寄った。
王女は小さく会釈をして、ミナからハーブティーを受け取り、楽しそうに路地を歩いていった。
王族さえも癒やしを求めてやってくる店。
改めて、アルドという錬金術師の凄さを実感する。
「さて、と」
カップの中身を飲み干したベルドは、軽く伸びをした。
体の重みは消え、頭もすっきりとしている。
これなら、午後から溜まっていた書類仕事も片付けられそうだ。いや、その前に久しぶりに剣の手入れでもしようか。
前向きな活力が湧いてくる。
「ありがとう、店主。また来るよ」
ベルドは工房に向かって心の中で礼を言い、軽やかな足取りで家路についた。
それは、王都の片隅で繰り返される、ささやかで、しかし確かな幸福な休日の一コマだった。




