エピローグ「琥珀色の約束」
あれから、三年という月日が流れた。
王都ルクセリアの風景も少しずつ変わり、新しい建物が増え、人々の服装も洗練されてきた。
しかし、下町の路地裏にあるその場所だけは、変わらぬ温かさを保ち続けていた。
「工房アロマドロップ」。
かつては小さな木造の建物だったが、今では隣の土地まで拡張され、立派なレンガ造りの工房兼店舗になっている。
入り口には、王家から授与された「王室御用達」の盾が飾られているが、それはあくまで控えめな位置にあった。
店主のアルドが、「威張りたくないから」と言って目立たない場所に飾らせたのだ。
「先生、第3釜の温度が安定しました!」
「よし、じゃあ魔力充填を開始してくれ。ゆっくりだぞ、焦るなよ」
工房の中では、十名ほどの若いスタッフがきびきびと働いていた。
かつてソラリスで働いていた職人や、地方からアルドに憧れてやってきた弟子たちだ。
アルドは白衣の袖をまくり、彼らの作業を一人ひとり丁寧に見て回っている。
その顔つきは、三年前よりも精悍になり、指導者としての威厳が備わっていた。
「アルド、ちょっと休憩にしない?」
奥の居住スペースから、エプロン姿のミナが顔を出した。
彼女の左手の薬指には、銀色の指輪が光っている。
そして、その腕には、生後半年になる赤ん坊が抱かれていた。
「おお、ごめんごめん。もうそんな時間か」
アルドは相好を崩し、急いで手を洗ってミナの元へ駆け寄った。
赤ん坊――二人の息子であるノアが、アルドの顔を見てキャッキャと笑う。
「よしよし、いい子にしてたか? 父ちゃんは仕事頑張ったぞ」
「ふふ、ノアったら、アルドが釜を混ぜるマネをすると喜ぶのよ。将来はパパみたいな錬金術師になるかもね」
「それは頼もしいな。でも、もう少し大きくなったら、まずは薬草洗いからだぞ。基礎が大事だからな」
アルドが真面目な顔で言うと、ミナは可笑しそうに吹き出した。
「もう、気が早いわよ。……でも、嬉しいわ。この子が大きくなる頃には、もっといい世界になってるといいわね」
三年前、アルドが王女に願った「品質第一の業界」。
その願いは、着実に現実のものとなっていた。
帝国との技術交流も進み、今では王都のどの薬屋でも、安全で高品質なポーションが手に入るようになっている。
無理な価格競争はなくなり、職人たちは誇りを持って仕事をしている。
「なるさ。僕たちが作り続ける限り」
アルドはノアの小さな手をそっと握った。
温かくて、柔らかい手。
この手の中に、未来がある。
かつて父から受け継いだバトンを、今度は自分が次の世代へと渡していくのだ。
「ありがとう、ミナ。君がいてくれたから、ここまで来られた」
「何を今さら。これからもずーっと一緒よ、パートナーさん」
二人は微笑み合い、窓の外を見た。
夕日が街を黄金色に染めている。
ショーウィンドウに並んだポーションが、その光を受けてキラキラと輝いていた。
まるで、二人の未来を祝福するかのような、美しい琥珀色の光だった。
工房アロマドロップの物語は、ここで一区切りとなる。
だが、彼らの営みはこれからも続いていく。
誠実に、丁寧に、心を込めて。
その一滴が、誰かの明日を救うことを信じて。




