崇高な任務
依頼が来た。
ターゲットは民間人の佐竹久造。
バンが停まったのは、郊外の豪邸だった。
ここへ来るのは初めてじゃない。
前回はブラック・ウィドウなる女を駆除した。
今回はその父親だ。
薄曇りではあるが、降り出しそうというほどではない。湿度は感じるがだいぶ涼しい。もう九月も下旬だ。あと少ししたら一気に肌寒さを感じる季節に入るだろう。
庭は荒れ果てている。
雑草も伸び放題。
こうしてみると白亜の豪邸もただの廃墟だ。ホラー映画で見たような外観になっている。
建物に近づくと、二階から声をかけられた。
「よう、やっと来たな。入れよ」
気さくに声をかけてきたのは青村放哉だ。
まさか一足先に死体にしたわけじゃないだろうな。
俺たちは言われるまま、玄関から土足のまま中へ入った。
玄関の壁に飾られていたのは、針の止まった古時計。が、ほかは特になにもない。階段から青村放哉が降りてきて「こっちだ」と誘導してくれた。
佐竹久造は、二階の一室で木製の椅子に身を預けていた。
死体じゃない。ふてぶてしい面構えでこちらを睨んでいる。
「こんな連中に殺されるのか」
サイキストから出向いたのは俺だけだ。連中というからには、青村放哉も含まれているのだろう。
命を奪い、サイキック・ブラスターで死体を変異させる。
それが本日の作戦だ。
俺は老人へ言葉をかけた。
「じつはこの家には、前も来たことがありましてね」
「知っている。依頼を出したのは私だ。アレはフェストにかかっていてな。赤羽の治療システムを使って療養している最中だった」
「なぜ娘さんを?」
この問いに、彼は寂しそうに笑った。
「治らなかったのだ。治るはずだったのだがな。理論の構築には私も参加していた。あとは実証するだけだった。だが、現実はそううまくいかなくてな。私は娘を化け物に変えてしまった」
赤羽のフェスト治療システムは人を変異させるためのものではなく、本当に治療目的で作られたもの、というわけか。
ところが真逆の効果を生み出してしまった。
結果、治療を受けていた人間の病状が悪化し、次々と駆除ターゲットにされてしまった。
「つまりあなたは、本気でフェストを撲滅するつもりだったと?」
「当然だろう。そうでなければ娘に使ったりはせん。だというのに対策本部の連中め、利権目当てにくだらぬ内輪揉めばかり繰り返しおって……」
この話だけ聞いていると、どうも自分たちのほうが悪人のように思えてくる。
青村放哉は壁に寄りかかり、どういうつもりか黙って話を聞いている。会話に参加するつもりはないようだ。
俺は構わず続けた。
「惑星と手を組んだのはなぜです? 彼らがガイアを復活させれば、国家権力を敵に回すのは目に見えていたはず」
「まさかとは思うが、なにも分からんで質問しているのか? 少しは業界のことを知ってると思って会話に応じているのだがな、二宮渋壱」
「お見知りおきいただき光栄ですよ、元大臣」
俺の皮肉に、彼はにこりともしなかった。
「私にも良心というものがあるのだ。惑星たちは、当人が望んでもおらんのにムリヤリ蘇生させられた。対策本部によってな。彼らには行き場がなかった。保護するのが人の道というものだろう。無論、打算はあった。ガイアが復活すれば、対策本部もそちらにかかりきりになる。その隙に赤羽が力を蓄えるという作戦だ。もっとも、その赤羽が買収されるとは思いもしなかったがね」
札束での殴り合いをしている限り、赤羽は誰にも負けないはずだった。もっと金をもったヤツが入ってこない限りは。しかし風間が来てしまった。バランスが崩れ、勢力図は塗り替えられた。
「ガイアは復活しましたよ」
「そうか」
嬉しそうでもなんでもない。他人事といった顔だ。今日ここで死ぬことを覚悟しているのだろう。未来のことなど知ったこっちゃないということだ。
もう少し会話してもよかった。
が、佐竹久造は窓の外へ目を向け、まっしろな空を見つめていた。どうしようもなく疲弊しているようだった。
彼はぼそりとつぶやいた。
「私はかつて大学で教授をしていてね。赤羽義晴は当時の教え子だった。変わり者だったよ。ある日、興奮して私のもとへやってきて。かつてこの地に、進化を自在に操る一族がいたなどと言い始めた。そのとき私は、内心バカにしていたよ。ちっとも科学的じゃないとね。しかし彼は若かった。少しくらい愚かでも仕方がない。だからこう言ったんだ。『もし実在すると思うなら、証明して見せなさい』とね。そしたらどうだ。本当に証明して見せた。愚かだったのは私のほうだったのだ。大人には経験がある。だから経験だけで判断してしまう。できるかどうか、試しもせずに」
赤羽義晴は例の「祝祭の島」で発掘調査を始めた。そして埋葬地でサイキウムを発見した。抽出したメッセージによって生命が変異することを突き止めた。仮説が実証されると、次々と金が投入された。プロジェクトは一気に拡大した。
政府が介入した。
取り返しのつかない事故が起きた。
俺たちが巻き込まれた。
そして変異体が街にあふれ、日本中が舞台となった。
すべてはひとりの若者の情熱から始まった。そこにあったのは悪意などではなく、知的な好奇心だけ。きっと当初は、純粋な喜びの連続だったことだろう。あれもできる。これもできる。
火を扱い始めた人間が、いつしか自分たちの家々を焼き払ってしまうように。
いや、俺はだからといってテクノロジーを忌避したいわけじゃない。時間が経てば、誰かはその「力」を発見してしまう。重要なのは「コントロール」。誰かがそれを制御しなければならなかった。なのに……。
老人はこちらを見た。
「ふん。殺し屋がターゲットに同情するのか……。三流だな」
「俺は殺し屋じゃありませんよ。やってる内容はともかくとして」
「お前のような内省的な若者は嫌いじゃない。ひとつ教えておいてやる。惑星にヴィーナスという女がいるだろう。アレには気を付けたほうがいい。対策本部の幹部連中は、ほとんどが落とされてるぞ」
「えっ?」
「しかも悪意がない。ただ存在するだけで組織を破壊する。さながら国傾の美女といったところだな」
この戦いの行方にはなんらの関心もないくせに、欲の求めるまま現場に混乱をもたらしているというわけか。
ただ、そのことを責めても仕方がないだろう。余計なことをするなという気持ちはあるが。
愚かなのは、彼女にひっかかって落とされている幹部連中のほうだ。みずからの本分を忘れているから利権や女に流される。
まあ俺も当事者だったら流されていると思うが。
当事者ではないので、厳しく当たらせていただく。
俺はサイキック・ブラスターを構えた。
「貴重なお話をありがとうございました」
「この三流め。殺してから変異させたほうが楽だということを知らんのか」
「ご心配なく」
俺はトリガーを引き、佐竹久造へサイキック・ウェーブを照射した。
小さなインジケーターが点灯したほかは、特に光などは出ない。音もない。ただメッセージが飛んだだけだ。しかも前にしか飛ばないという話だったのに、少しこちらへも飛散した。これは改善点だろう。
そして佐竹久造であった肉は、怪物へと変異した。
肉が盛り上がり、その体重を支え切れずに椅子が砕け散った。最終的に、タコだか蜘蛛だか分からないような形状になった。
「青村さん、いっぺん外出ませんか?」
「そ、そうだな……」
老体だし、もっとイージーな変異体になると予想していたのだが。
俺たちは部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
怪物も多数の足で、不格好だが全力で追いかけてくる。
「おい、ふざけんな! あいつ、はえーぞ!」
「外! 外!」
玄関から外へ飛び出し、左右に別れた。
怪物は閉まりかけたドアをぶち抜き、一気に爆走。俺たちが横に避けたことも気づかず、しばらくドタドタ駆けた。
おかげで距離が空いた。
前方にはバンがあるから、サイキック・ブラスターは撃てない。俺はCz75に持ち替え、遠距離からターゲットへ発砲した。
青村放哉と並んで撃っていると、いつかの記憶が蘇った。同じチームで一緒に戦っていた。感傷にひたっている場合ではないのだが。
怪物は銃弾をものともせずこちらへ引き返してきた。かと思うと、大地を蹴って跳躍した。ずいぶん距離があったから、俺は横っ飛びで回避した。
おかげでそいつは豪邸の壁に激突し、激痛でのたうっていた。
だが、チャンスだ。
Cz75を放り、俺はサイキック・ブラスターを抜いた。さらに変異させてやる。インジケーターが点灯。
怪物の肉が、さらにぼこっと盛り上がった。かと思うと、さらに、さらに盛り上がり、ブロッコリーのようにいくつもの山を築いた。
重たくなったらしく、足が持ち上がらなくなった。
しかし安心はできない。毒液を吐く可能性もある。俺はCz75を拾い、射撃を再開した。
かと思うと、二階に駆け上がった青村放哉が、そいつの上へ植木鉢を叩きつけた。山のいくつかが水風船のように破裂し、鮮血をまき散らす。
ビクン、ビクンと痙攣。
サイキック・ウェーブが急速に弱まっていることから、死亡したと思われる。
変異させてから駆除するのは、俺としては礼儀のつもりだった。が、あまりいい選択ではなかったかもしれない。余計に苦しませてしまった可能性がある。
ベランダに寄りかかった青村放哉が、力なく笑った。
「お人好しだな、オメーはよ」
「青村さんこそ。俺が到着するの待っててくれたんでしょ?」
「ま、お互いさまってワケだ」
そして俺たちは風の吹いてきたほうを見つめ、しばらく口を閉ざした。
人の気配もない、寂しい場所だ。荒れ果ててしまってからは特に。
俺は顔をあげた。
「青村さん、まだ俺らと組む気ないの?」
「いまさら?」
「いつでも平気だよ。みんな歓迎すると思う」
「そいつはありがてーけどよ……。でも迷惑かけたくねーしな」
「迷惑って?」
彼は顔をしかめた。
「オメーはいちいちうるせーんだよ。俺が俺の意志でやってんだ。ちっとは尊重してくれよ」
「いや、こういうときに駄々をこねておかないと、あとで大事なものを失うことがあるからさ」
「まったくだな」
行儀よく振る舞った結果、手からこぼれ落ちてしまったものがある。醜くても、笑われても、怒られても、食い下がるべきときはある。
青村放哉はベランダから飛び降りて、肉の脇に着地した。
「今日はもう撤収だ。お前も、ビールの在庫を処分するっていう崇高な任務が残ってんだろ?」
「なぜそれを」
「あんだけの量だ。そうそうなくなんねーだろ。ま、そのうち手を貸してやるよ。暇ができたらな」
「いつでもどうぞ」
言ったからには協力してくれないと困る。最低でも一本は。たとえ俺の飲む分が減ったとしても、だ。
ま、呼んでもいないのに来るような男だし、心配ないとは思うが。
(つづく)




