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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
整然編

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36/42

予兆

 辞任したばかりの元大臣が変異し、駆除されたというニュースは、しかしほとんど報道されなかった。ガイアの復活もメディアには露出していない。

 人々はネットで自由に知識を得られるようになったはずだが、しかしネットに「それ以外」の情報があふれている場合、ほとんど発見できなくなるようだった。

 情報だけは巧妙にコントロールされていた。


 佐竹久造がこの世を去り、赤羽も買収されておとなしくなったことで、対策本部は我が世の春を謳歌し始めた。

 といっても苦しむのは赤羽だけで、俺たちのセンターには特に影響もなかったが。


 ある日、風間菖蒲がセンターを訪問した。

 前回同様、いかつい黒服を同伴させている。

「社名の変更まではいたしませんが、赤羽一族には経営から退いていただくこととなりました」

 彼女はにこやかな表情でそんなことを告げた。

 サイキック・ウェーブを発見し、その技術を研究、開発することで政府と協調して成長してきた企業であった。が、その成功も永遠ではなかったというわけだ。

 風間菖蒲は心底嬉しそうに息を吸い込んだ。

「皆さまには深く感謝しております。今回のプランが成功したのも、皆さまのご活躍あってのこと。わたくしだけの力では成し得なかったことでしょう。誰かと力を合わせて目的を達成するというのは、じつに喜ばしい経験です。わたくしの胸も熱くなってしまいます」

「え、ええ……」

 あまりの興奮に、各務珠璃もやや引いている。

 俺はその脇からつっこみを入れた。

「ただ、これで終わりじゃありませんよね? 少なくともガイアがいる」

 すると風間菖蒲は笑顔のまま、こう応じた。

「はい。いずれ皆さんに回収をお願いしようかと」

「回収? あのクソデカいのを?」

「そんなに大きいのですか?」

「いや、だって……この部屋よりデカいんですよ?」

 さすがに見たことはなかったか。

 彼女は「あらあら」と肩を落とした。

「傘下の研究所がぜひ調査したいと申しておりまして」

「なら現地に行くしかありませんよ。それも早めに。まだ本調子じゃないいまのうちにね」

 まあ調査中にいきなり本気になって、全員死亡という可能性もあるが。

 すると彼女は、今度は各務珠璃を見つめた。

「じつはお願いがあるのですが……。聞いていただけます?」

「内容によります……」

惑星プラネットのヴィーナスという女性が、対策本部の幹部を次々と食い物にしているらしく……。懐柔された幹部たちが、ビルへの立ち入りを厳しく制限してしまったのです。そこで、皆さまにはヴィーナスの排除をお願いいたします。といっても、わたくしの権限では依頼できませんから、いずれ対策本部を通じて、ということになるかと思いますが」

 すると各務珠璃が首をひねった。

「対策本部はヴィーナスさんに懐柔されてるんですよね? そんな依頼を出せるでしょうか?」

「叔父がなんとかしてくれるはずです。まだ懐柔されていないはずですので」

 そのうちヴィーナス派とアンチ・ヴィーナス派で分裂しそうだな。頼むからこれ以上ややこしくしないでくれよ……。


 *


 しかし内部で揉めているのか、ヴィーナスに関する依頼はなかなか回ってこなかった。よほど熱烈なファンがいるらしい。

 時間が経てば経つほどガイアの危険性は増すばかりだというのに。


 俺は餅を連れ、道の駅へきていた。

 姉妹全員のローテーションになるかと思ったが、機械の姉妹は特に興味を示さなかったし、赤ん坊もママも俺とのドライブを特に希望しなかったから、五代まゆ、餅、アッシュの三名だけ連れ出せばいいこととなった。

 餅はいま、ベンチでソフトクリームを舐めている。

 一口で全部食わないところは進歩といったところか。


 この数日は、蒸し暑い日と肌寒い日が交互に来ていた。

 秋と呼ぶにはまだ暑い。

 今日の天気は良好。そして涼しい。いちばん過ごしやすい気候だ。毎日がこうならいいのにと思う。


 餅がコーンをむさぼり、口の周りを粉だらけにした。

「おいしかった」

「ついてるぞ、口」

「かわいい?」

「かわいいから早く拭きなさい」

「はぁい」

 ハンカチは持たせているはずなのだが、彼女は幼い子供みたいに手で拭き取った。

 かと思うと、こちらへぐっと顔を近づけてきた。

「どう? とれた?」

「とれたよ」

「もっとちゃんと見て!」

「近い近い」

 しかも目が血走っている。

 まあこうしてふざけてくれると、俺の気分もいくらか紛れた。彼女の言動にはいつも救われている。

 俺が頭をなでると、彼女は猫のように目を細めた。

「いいわ。私がかわいいからなでたくなったのね! もっとなでて!」

「もうじゅうぶんだ」

「ケチね。あ、それとも照れてるのかしら? みんなに見せつけてやりましょうよ」

 みんなといっても、なんだか分からない野鳥くらいしかいない。あとは移動中の老夫婦のみ。誰も俺たちのことなど気にしちゃいない。


 俺たちはそれから、しばらく富士山を眺めた。

 いつもと同じ形でそこにある。

 ただ見ているだけで時間が過ぎる。遠くの雲が、ゆっくりと流れてゆく。

 餅がこてんと頭をあずけてきた。

「ね、二宮さん。ガイアのとこ行くの?」

「依頼が来たらね」

「私も行きたい」

「……」

 よくない思い出が脳裏をよぎった。

 前回、その選択をしたがために、とんでもなく後悔するハメになった。彼女だってこの上ない苦痛を味わったはずだ。なのにまた行きたいとは。人はトラウマを受けると、なぜかその行為を繰り返そうとするらしい。餅もそういう感情なのかもしれない。

「危ないからさ、留守番しててよ」

「留守番? ちゃんと帰ってくるの?」

「もちろん。俺はこれまで死んだことがないんだ。今後もそうだよ」

「嘘つき」

 たぶん冗談で言ったのだと思うが、その言葉は深く突き刺さった。

 嘘つき――。

 もし死んでしまったら、俺は彼女に対して嘘をつくことになる。しかもその可能性は皆無ではない。ガイアは俺の命だけは奪わない。その確証は、しかしあくまで俺の思い込みでしかなかった。いまのガイアは抜け殻だから、なにを考えているか分からない。なにも考えていないかもしれない。衝動に任せて俺を殺すかもしれない。

 この不安は、餅に悟られてしまった。

「やっぱり私も行く。二宮さんを守れるのは、私だけだもの」

「俺は君を守れる自信がない」

「いいよ。どんなに痛くされても、今度は我慢するもの。あなたのことも忘れない。私、もう負けないから」

「気持ちは嬉しいけど……」

 自分だけ助かっても、まったく嬉しくないのだ。仲間も救えなければ意味がない。

 いまはサイキック・ブラスターもあるし、なんならパーソナル・メッセージ・キャンセラーも機能する。それでも万全ではないのだ。

 俺が判断に窮していると、彼女はこう断言した。

「やだ。私の知らないところで、勝手に死んだりしたら絶対に許さないから。二宮さんだってそうでしょ? 私のことじゃなくてもいいよ。誰か大事な人を想像してみて? その人が、ひとりでどこかに行って、勝手に死んじゃったらって思ったら……」

「そうだな……」

 俺たちは傷を共有しているようなものだ。

 置いていくのはあまりに水臭い。最後になるかもしれないのだ。中途半端は判断は後悔を生む。


 *


 帰宅すると、五代まゆはクッションを抱えて体育座りしていた。猛ダッシュしてきたのはアッシュだけ。

「お帰り! チョコある?」

「あるよ。でもあとでな」

「うん!」

 もはや俺にチョコがあるかどうか確認するマシーンと化している。もちろん買ってこないわけがない。

 五代まゆは無言のままジト目。

 そんな目で見られてもな……。

「鐘捲さん、これお土産。あとで分けてあげて」

「うん」

 俺が勝手に配ると秩序が乱れる。というか怒られる。こうするのがいちばんいい。

 餅はまっすぐ五代まゆのところへ行った。

「なに? 元気ないじゃない」

「当然でしょ。あなたみたいな駄肉が、二宮さんとふたりきりなんて」

「しょうがないでしょ。私たち運命の糸で結ばれてるんだから」

「前回は私だった」

「過去のことなんて忘れなさい。私たちには未来しかないのよ」

「はぁ?」

 妙にいい話っぽくしやがる。


 ふと、機械の姉妹がやってきた。

「少しお話しできますか?」

「オーケー」

 いいニュースなのか悪いニュースなのか、表情からは読めない。


 *


 階段をあがり、屋上の手前のドアまで来た。

 また不審な点でも発見したのだろうか。

 彼女は階下を覗き込み、誰もついてきていないことを確認した。

「言いづらいのですが、変異がかなり進行しているようです」

「進行? 誰の?」

「あなたの」

 機械の姉妹はジョークを言っているふうではない。いつも通りの真顔だ。

 まあ薄々分かってはいた。キャンセラーなしでグランドクロスの直撃を受けたのだ。こうして二足歩行できているほうが奇跡だ。

「危険なのか?」

「正直分かりません。結果は個人によって異なりますから。ただし、なにが起きても不思議ではありません。もうこれ以上、現場に出ないほうがいいと思います」

 そこまでか?

 俺個人としては、特に変化を感じないのだが。

「教えてくれてありがとう。ただ、もう少しだけやるべきことがあるんだ。それが終わったら考えるよ」

「ヴィーナスを相手にするだけなら問題ないと思います。しかしガイアは……」

 彼女が覚醒したら、レベル15のサイキック・ウェーブを浴びることとなる。キャンセラーを使えば打ち消せるはずだが、身体が受ける影響に関してはまだ分からない点も多い。

 特に、いまの俺の体では、人の形を保てるという保証はない。

 だが、これも因果応報だ。

 怪物と戦うものは、自身も怪物とならぬよう注意せよ、と、古人も言った。

 俺は命を奪いすぎた。

 逆に奪われることだってある。

 プルートもそれを望んでいる。きっと惑星プラネットの連中も待っている。

 もちろんそんなことになるつもりはないが。俺がどんなつもりであろうが、現実は非情な決断をくだすものだ。


 ふと、階下から声がした。

「機械ちゃん、そこにいる? お菓子配るから来て」

 鐘捲雛子の声だ。

「いま行きます」

 あんまりコソコソしていても不審がられてしまう。

 俺は彼女の背を押し、下へ行くよう促した。

 するとどういうつもりか、鐘捲雛子が階段をあがってきた。

「下にお菓子あるから、みんなで分けて」

「はい……」

 そうして機械の姉妹を行かせると、彼女はまっすぐにこちらを見つめてきた。いつにも増して目つきが鋭い。

「体、どこか悪いの?」

「えっ? いや、まあ……でも大丈夫だよ。この通り」

 両手を広げて見せたが、その腕をはたき落とされた。

「ふざけないで。さっきのあの子の顔見た? あまり表に出さないタイプなのに……」

「かなわないな」

「あなたになにかあると、みんなが哀しむの。だから、なにかあるなら隠さず言って。汚れ仕事は私が引き受けるから。信用できないかもしれないけど」

「いや、信用してるよ。言う。じつはサイキック・ウェーブを浴び過ぎたみたいでさ……」


 事情を説明すると、彼女はかすかに溜め息をついた。

「みんなには黙っておく。でも、ホントに気を付けて。ヴィーナスの仕事は私が出るから」

「悪いね。でもガイアのときは俺が出るよ。あの子はきっと俺を待ってる」

 鐘捲雛子は呆れたような表情を見せた。

「またそんなこと言って……。どうせ止めても聞かないと思うけど」

「どうしても自分で決着をつけたいんだ」

「決着って? 調査に行くだけなんでしょ? その調査だって向こうのチームがやるんだろうし、こっちはただの護衛じゃないの」

「万が一の話さ。なにもないならそれでいい」

 まあ起こるけどな。なんとなく、そんな気がする。

 もうなにも言ってこなかったので、俺は階段をおりた。

 お菓子を選ぶ姉妹たちの楽しげな声がする。

 この幸福な空間を守るためなら、俺のすべてを賭けてもいい。


(つづく)

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