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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
狂想編

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34/42

チェックメイト

 俺は窓から外を覗き込み、階下の変異体ミュータントを確認した。

 食事中だ。

 よく分からない肉が、よく分からない肉を食っている。ただし体のバランスがいびつで、動きがのたのたしている。鐘捲雛子とジョン・グッドマンだけで対処できそうだ。

「ちょっと上の様子見てくるわ。ふたりは下の殺っといて」

 これに眉をひそめたのは鐘捲雛子だ。

「なに言ってんの?」

「ご不満かな?」

「またひとりで勝手なこと……。自分のこと優秀だと思うのやめたら? さっきだって、私がいなかったら全滅してたでしょ?」

「まあそうなんだけど。でも上のは大丈夫だよ。経験上ね」

「アテにならない」

「かといってみんなで行くってのもな……。たぶん安全なのは俺だけだし」

 確証はあった。

 ウラヌスは「失敗作」などと言ったが、俺の予想では、そいつはガイアそのものだ。

 ジョン・グッドマンがうなずいた。

「なにか考えがあるのでござるな?」

「そう。ご協力いただけると嬉しいです」

「承知いたした。下の変異体ミュータントは、拙者と鐘捲どので対処しておくでござる。鐘捲どの、よろしいな?」

 鐘捲雛子は溜め息だ。

「どうせ私の意見なんて聞いてくれないんでしょ? 勝手にしたら? その代わり、死んでも知らないから」

 もちろんだ。

 あ、死ぬつもりもないが。


 *


 本当に静かだ。

 人もモノもないからガランガランで、熱を発しているのは俺の体しかない。

 床には、吹き込んできたらしい塵がうっすら堆積している。あるいは、血痕らしきものや、なんだか分からないシミがこびりついていた。

 壁には、拳銃弾がつくったと思しきくぼみもあった。

 思えば激しい戦闘をしたものだ。

 ヘッドセットはとっくにオフラインになっている。電波はコンクリートを突破しづらい。サイキック・ウェーブなら通信できるのだが……。


 俺はあるところで、上階へメッセージを送ってみた。

 が、返事はない。

 もしかするとガイアではないのだろうか。


 *


 四十五階――。

 ドス黒い肉がフロア全体を覆っていた。

 花は咲いていない。

 少女もいない。

 ただ床や壁を覆いつくしているだけの肉だ。サイキック・ウェーブも微弱。

 まだ生まれたばかりで、この世界に戸惑っているのかもしれない。あるいは巨大すぎる精神を受け止めきれず、肉体が疲弊しているか。昏睡状態ということも考えられる。


 下水から養分を取得しているらしく、かすかに腐臭があった。

 健康ではなさそうだ。

 強制的に蘇生させられて、肉の器に移し替えられて、彼女は苦しんでいる。なんとか栄養を吸収しようと思い、下水管に手を突っ込んだのだろう。

 いずれ十分な栄養を得られるかもしれない。

 しかしそのとき、彼女は自分の生を肯定できないかもしれない。

 こんな不遇な環境に産み落とされたのだ。誰もいない、食べ物もない、ただコンクリートに囲まれただけの場所。

 必ず巨大な災厄の種になる。


 俺は溜め息をついた。

 ウラヌスも、恩返しをしたいというのなら、しかるべき環境で彼女を育ててやるべきだった。これではあまりに不幸だ。

 国家権力が彼女の生存を否定しなくとも、彼女が彼女自身で否定することになる。

 いまのうちに殺害しておくべきか……。

 サイキック・ブラスターを使えば、なんらかの異常を引き起こせる。水道管に突っ込んだ腕が機能しなくなる可能性もあるし、膨張したみずからの身体で圧死することもある。

 必死で生きようとしている命ではあるが……。


 *


 エントランスへ戻ると、すでにカタがついていた。

 アルバイト連中は全滅。キャンセラーさえ装備していれば、ここまでの事態にはならなかったはずなのに。

 俺はバンに乗り込み、空いている座席に腰をおろした。

「なにか言ったら?」

 後ろの鐘捲雛子から声をかけられた。

「なにかって?」

「誰がいたの?」

「ガイアだよ」

「殺したの?」

「いや」

 俺は結局、撃てなかった。

 いろいろ理由はある。彼女が不憫だとか、面倒に関わりたくないとか、それは仕事に含まれていないとか。いや、結局のところ、俺はその件について「考えたくなかった」のだ。あまりに空疎な気持ちになった。

 今後、ガイアを巡って問題が起こるだろう。

 そのときどうするかを判断するのは俺じゃない。必要になったら依頼が来る。俺は言われた通りやるだけだ。今回はなにも言われていない。


 車が発進した。

 無人の街並みが流れてゆく。

 この周囲にはまだ人が戻っていない。戻りたがらないのだ。フェストはここを中心に蔓延した。忌むべき場所として人々に記憶されてしまっている。

 遠ざかるビルは、巨大な墓標のようにも見えた。


 *


 センターに戻ると、俺はまっさきにシャワーを浴びた。

 不浄なものを感じたせいだ。遭遇したガイアの肉が不衛生だったせいではなく。俺が洗い流したかったのは雑菌ではなく、雑念だった。気分をサッパリさせたかった。


 執務室へ入り、各務珠璃に報告した。

「分かってるとは思うけど、バイトは全滅した」

「はい……」

 このことは、センターにバンが到着した時点で彼女も気づいただろう。出かけたときと帰ってきたときでメンバーの数が違ったのだ。

 このあと米軍と折衝すると思うと気が重かろう。負傷ならまだしも、全滅だ。二度と人をよこしてくれないかもしれない。

 構わず俺は言葉を続けた。

「ターゲットのウラヌスとマーキュリーは片付けた」

「はい……」

「四十五階にはガイアもいた」

「はい……はい?」

 彼女は模範的な二度見を披露してくれた。

「ガイアだよ、ガイア。まだマテリアルが膨張した程度でしかなく、意思疎通もできないレベルだったけど」

「い、いたんですか? もう?」

「いたよ。対策本部に連絡したほうがいい。いま殺すならそんなに難しくない。ビルごと崩落させるスイッチもあるから」

 俺はウラヌスの死体から回収したスイッチをテーブルに置いた。

 いかにも市販品を改造したらしい急造のスイッチだ。漫画に出てくる自爆ボタンよりショボい。

「えっ、スイッチ? これ? 入れたら爆発するんですか?」

「ここからじゃ電波届かないと思うけど……。いや、電波なのかな。なんだか分からないけど。まあとっといてよ」

「え、はい……」

 イヤそうだ。

 持っていたくなかったら、対策本部に押し付ければいい話だ。

「ラストはヴィーナスかな。いつヤる予定?」

「それはなんとも。向こうの判断次第ですから」

 いったいどこに隠れていることやら。

 とはいえ、この作戦に参加しておらず、戦意さえないのなら、ターゲットにする必要はない。どこかで生を満喫してくれればいい。ガイアは復活してしまったのだ。いまやそちらのほうが問題だ。


 *


 数日後、ニュースに進展があった。

 下落しきった赤羽メディカル工業の株を、風間バザールなる企業が買い進め、ついに傘下におさめたのだという。研究が思うように進まず、関連施設の閉鎖が相次いでおり、そこへ風評被害がトドメを刺した、というのが専門家の見立てだった。関連施設の閉鎖といっても、俺たちが攻撃をしかけたせいだが。

 資金源を失った佐竹久造は発言力を失い、あっという間に失脚。表向きは、思うようにフェストを収束させられなかったせいとされたが。

 新たな厚労大臣には、与党の政治家が就任した。

 後ろ盾がなくなると、すぐに追い落とされる。じつに分かりやすい世界だ。


 *


 というわけで、ホテルのバーに来た。

 ちょっとした祝勝会というわけだ。

 主催は各務珠璃。対策本部の連中も招くとかで、奮発して高めのプランとなった。俺は居酒屋でもよかったのだが。


 立食パーティーだ。

 帰りはタクシーだから飲んだくれても構わない。

 俺は味のキツいブルーチーズを齧りながら、地ビールを煽っていた。

 各務珠璃は偉いさんがたに挨拶回りをしているが、俺は特に話す相手もいない。島田高志も来てはいるのだが、彼も対策本部を相手にするので忙しそうだった。

「たまにはビール以外も飲んだら?」

 鐘捲雛子がこちらへ来た。

 似合わないスーツ姿だ。就職活動中の学生にしか見えない。

 彼女も俺なんかには用もなかったと思うが、しかしほかに会話の相手もなく、やむをえずこちらへ来たのだろう。

「そういう君はなに飲んでるんだ?」

「これ? なんか、ノンアルコールのやつ……。もしかしてバカにしてる?」

「いや」

 他人に強要するつもりはない。好きなのを飲んだらいい。だいたい、ほかの誰かが飲んだら、俺の飲むビールが減ってしまうではないか。このシンプルな理屈を分からない酔っ払いもいる。まあ酔っ払いは基本的になにも分からなくなっているものだが。


 対策本部の連中は「これで安泰ですねぇ」だの、「新しい大臣は見込みがありますから」だの、もう都合のいい未来を思い描いている。いまこの瞬間もガイアは活動を続けているというのに。

 風間の人間も参加しているらしく、彼の周囲にはちょっとした人だかりができていた。赤羽を買収した風間一族と仲良くしておこうという魂胆であろう。


 肉を山盛り食っていたジョン・グッドマンが満足そうな顔でこちらへ来た。

「いやはや、贅沢な催しでござるな。こんなに食べ物があるのに、誰も手を付けぬとは。もったいないでござるよ」

 対策本部の連中は、どいつもこいつも五十代以上に見えた。俺の倍は人生を生きている。それが揃いも揃って金と利権のことばかり考えているのだからな。ついでにフェストのことも考えてはいるんだろうけれど。

 なんのために戦ってきたのか、分からなくなりそうだ。

「グッドマンさん、お酒は?」

「あいや、拙者は禁酒中なのでござる。ついつい飲み過ぎてしまうゆえ」

「立派ですね。尊敬しますよ」

 こんなにビールがあるのに、我慢できるなんて。

 地ビールというだけあって、うちの倉庫に残っている缶ビールとは比較にならないうまさだった。ちゃんと味がある。缶ビールも酔うだけなら悪くないのだが、クリアだドライだと無味を売りにしているから、アルコールしか摂取できない。ま、俺にはお似合いではあるのだが。クセがないぶん体調や気分にも左右されないし。

「ちょっと飲みすぎじゃない?」

 鐘捲雛子が眉をひそめたが、俺は気にしなかった。

「ぜんぜん足りない。それに、この世界のクソさにレベルを合わせようと思ったら、ちょっと酔ってるくらいがちょうどいいんだよ」

「クソとか言わないで」

「失礼」

 しかしこのブルーチーズはちょっと味がエグすぎるな。カビているとしか思えない。中和のために、もっとビールが必要だ。


 ただ、まだなにも終わっていないことだけは確かだった。

 赤羽は買収され、佐竹久造は失脚した。しかしガイアがいる。フェストも収束していない。対策本部だっていつ内部抗争を再開してもおかしくない。次は風間も参加してくる。誰がどう動くか読めない。

 青村放哉だって、大統領の復活を諦めたわけではないのだ。

 この祝勝会は、勝利を祝うためのものじゃない。勝利したつもりになりたいがための、虚飾の酒宴だ。


(つづく)

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