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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
狂想編

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30/42

サマータイム

 対策本部から仕事が舞い込んできた。

 もちろん蹴ってもよかったはずだ。が、センター長はこの仕事を請け負った。大金でも積まれたのか、あるいは思うところでもあったのかは分からない。

 ターゲットは「悲嘆のネプチューン」。

 送迎はない。ジョン・グッドマンの運転するバンで、俺たちは現場へ向かった。メンバーは二名のみ。鐘捲雛子も出ると言い張っていたのだが、あえて留守番させた。


 俺は座席でCz75とサイキック・ブラスターのコンディションを確認した。できればどちらも使いたくない。人のまま殺すのも、変異させてから殺すのもイヤだった。かといって、ほかの誰かが彼女を手にかけるのも受け入れがたい。

 べつに特別な仲じゃない。

 何度か会話しただけの相手だ。

 敵意を向けられたこともない。


 バンが停車すると、俺はひとりで降りた。

 まだ昼前だが、空は濃い群青色。

 降るかもしれない。

 到着したのは例の廃工場。

 雑草の発する草いきれで、熱帯雨林を思わせるような蒸し暑さになっていた。この時期は、草刈りをしてもすぐ伸びる。

 発電機の音がしているから、無人ということはないはず。


 ネプチューンはソファを占領し、けだるげに寝そべっていた。いつも日傘をしているからか、肌は白い。

「失礼するよ」

 そう告げても、彼女はチラとこちらを見ただけでなにも言ってこない。

 俺は冷蔵庫から缶ビールをとり、適当な椅子へ腰をおろした。

「いつもここにいるの?」

「いいえ……」

 つまりなんらかの予定があってここへ来たわけか。あるいは気まぐれかもしれないが。

 彼女は武装していない。警戒もしていない。いつでも殺れる。なのだが、俺はそんな気分になれなかった。

 缶ビールを開け、何口か飲んだ。冷たい苦みが口の奥に残る。

「ここは暑いな」

「そうね……」

「今日は特に」

「ええ……」

 無視しないところをみると、会話に応じてくれるつもりはあるらしい。

 俺は缶から滴る水を手でぬぐい、コンクリートの床へ振り払った。

「よかったら君も飲まないか?」

「誘ってるの……?」

「そうじゃない。けど、まあ、そういうことになるかな……」

「じゃあ飲む……それでいいわ……あなたが飲んでるの……」

「これ?」

 俺の飲みかけだ。

 彼女が手を伸ばしてきたので、俺は飲み口を指で拭いてから差し出した。

 彼女も自分の指でぬぐってからゴクゴクと飲み干し、空き缶をポイと投げ捨てた。アルミ缶がコンクリートに跳ねて甲高い音を響かせる。

「マズいわね、ビールって……」

「ワインもある」

「それはウラヌスのだから……」

 所有者が決まってるのか。もしかするとこのビールも誰かのものかもしれない。これから殺人罪を犯そうという人間が、窃盗罪を警戒するというのも妙な話だが。

 思えば俺の手は血に汚れている。必要以上にやりすぎた。いずれ裁きを受けることになるのかもしれない。

 彼女は仰向けになり、かすかに息を吐いた。

「また殺したのね……」

「誰のことだ?」

「子供……あなたの……」

「プルートか……。そうだ。君の言う通り。俺が殺したみたいなものだ」

 あの子は世界に失望していた。現世になにも望んでいなかった。みずから命を絶っただけでなく、俺のことも死へ誘っていた。いや、俺だけじゃない。すべての人類が死ねば、もう争わずに済むのに、と、言っているようでさえあった。

 なにか希望を抱いたところで、ひたすら虚しいだけであると学習してしまった。


 プルートと出会ったのは、ガイアの支配するビルだった。

 あのとき俺の不注意で餅が罠にかかり、拷問のように体をいじくり回されていた。俺は餅を解放して欲しくて、その場にいたプルートの首を絞めた。力を込めたら、彼女は死んでしまった。

 なにが正解だったのかは、いまでも分からない。優しく接することもできたのかもしれない。しかしそんな余裕はなかった。とにかくなにかしなければと思い、とっさに行動を起こしてしまった。


 俺は立ち上がり、二本目のビールを拝借した。

「どこかへ逃げないか?」

 酔った勢いで言ったわけじゃない。

 逃避行の願望もない。

 殺す理由がなかったから、つい本音が漏れただけだ。

 彼女は目だけでこちらを見て、おかしそうに笑った。

「逃げる……? あなたと……?」

「いや、君だけでも」

「どこへ……?」

「どこでもいい。どこか遠くへ」

「遠く……」

 すると彼女は口を半開きにして虚空を見つめた。

 なにかを空想しているような顔だ。

 行きたいところでもあるのだろうか。

「金が必要なら、いくらか出せる」

「お金……? いらないわ……。見たいのは……世界の果て……。それだけ……」

「どこにあるんだ?」

「どこか……遠い場所……」

 もう生きるつもりがないことは分かった。

 俺はそれでも、どうしても受け入れられなかった。

「勝負しないか?」

「イヤよ……」

「君はこの銃を使ってくれ。俺はこっちを使う」

「イヤよ……」

 あくまで無抵抗のまま殺されるつもりか。

 俺は安全装置を外したCz75を、ソファの前に置いた。なのに彼女は興味も示さない。

「このアーマーも取る」

「暑そうね……」

「暑いよ。こんな夏なのにさ」

 遠方でかすかに空が鳴った。まだ雨も降っていないのに。

「そのビール……まだ入ってる……?」

「入ってるけど……。飲みたいなら新しいのあるぜ?」

「それでいいから……」

 俺が差し出すと、今度はぬぐいもせず彼女は口をつけた。

 きっと深い理由はないのだろう。

 飲みたかっただけだ。酒なんて、だいたいそんな理由で飲むものだ。

「君がやる気になってくれないと、俺は帰れない」

「だったら……いいじゃない……帰らなくても……」

「それもそうなんだけどさ」

 本気でそんな気がしてくる。

 金なんかのために彼女の命を奪いたくない。いや、実際は金だけが理由ではないのだが。許されるなら、可能な限り時間を引き伸ばしたかった。

「ガイアはもう復活させたのか?」

「まだ……」

「いつやるんだ? 予定は?」

「さあ……興味ないわ……。死んだ子を生き返らせるなんて……私の趣味じゃないもの……。だってね……二回も死ぬことになるのよ……」

 それが彼女の本音なのだろう。

 彼女は最初から無気力だった。ただ、仲間たちがひとつの目標を追っていたから、その手伝いをしていただけだ。それ以外に、生きる価値を見出せなかったのだろう。


 しばらく空を見つめていると、彼女は鼻歌を歌い始めた。

 サマータイム……。

 空が光り、そして音が響いた。

 まだ近くはない。

 雨が降り出して、廃工場の屋根をひっきりなしに打ち鳴らした。

 心地よいが、どこかアンバランスなリズム。

 歌が終わり、静寂が来た。

 パァンと音がした。

 俺のすぐ脇で。

 驚いて振り向くと、鮮血がソファに飛び散っていた。ネプチューンが、自分の頭を銃で撃ち抜いたのだ。しかし即死じゃない。まだサイキック・ウェーブがある。

 俺はぐったりした彼女の手から銃を回収し、頭部へ数発撃ち込んだ。


 人の命を奪うのは初めてじゃない。

 なのに、ブルブルと手が震えた。この感情はおそらく恐怖ではない。後悔でもない。怒りだ。しかも、個人へ向けての感情じゃない。全体だ。この社会だ。世界だ。


 俺は呼吸を繰り返し、ピクリともしなくなった彼女の亡骸を見つめた。

 数秒前まで会話していた相手が、ただのモノになっている。

 もう少し、彼女の歌を聞いていたかったのに。

 俺は冷蔵庫からビールを取り、ソファの脇へ添えた。

 雨がいつまでも鬱陶しい。


 *


 バンに乗り込むと、ジョン・グッドマンがラジオを聞いていた。

 赤羽メディカル工業がフェストを蔓延させたという噂が広がり、株価が急落していること。赤羽側は噂を否定していること。厚労大臣の佐竹久造が「必要であれば調査の用意がある」と当たり障りのないコメントを出したこと。そんなことをアナウンサーが淡々と伝えていた。


 ドアを閉めると、タイヤが砂利を掻き始め、ゆっくりと車が動き出した。

 流れ落ちる窓ガラスの水滴。ムキになって駆動するワイパーの音。低く唸る遠くの雷鳴。ドライバーの咳払い。自分の溜め息。

 大袈裟だ、すべてが。

 やや混濁した意識では、なにもかもがノイズに感じられた。

 酒なんか飲むんじゃなかった。

 最後に触れた彼女の手は、ひんやりとしていた。か細くて、戦いに向いた手じゃなかった。銃なんて握ったこともなかったのだろう。

 とはいえ、ほかにやりようもなかった。

 この結果は避けられなかったのだ。


 *


 センターにつくなり執務室へ報告に入った。

「終わったよ」

「お疲れさまでした」

 用件はそれで済む。

 しかし俺は、雨でずぶ濡れになり、腰に銃をぶらさげたままソファへ腰をおろした。

「ひとつ聞いていいかな? なんで今回の仕事を受けたのか」

「はい」

 各務珠璃も作業を切り上げ、俺の対面に腰をおろした。

 彼女の言い分はこうだ。

「じつはターゲットから指名が入ったんです」

「指名?」

「もしやるなら、ぜひうちで引き受けて欲しいと」

「それが彼女の希望だってのか?」

「もし断れば、例の浪人さんたちが出ますから……」

 あんなヤツらに触れさせるのは、俺としても絶対にゴメンだった。きっと余計なことまでする。

 だからうちで引き受けたことで、最低最悪の事態は回避できたのだろう。しかし、だからといって手放しで喜ぶつもりにはなれない。もっと賢いやりかたがあったはずだ。たとえばみんなを説得して、彼女を強制的に保護するとか……。

 各務珠璃は遠慮がちにこう続けた。

「本当でしたら、事前に皆さんと話し合うべきだったのですが、なにせ急なものでしたから……」

「いや、いいよ。分かってる。あいつらいつも急だから」

 というより、急にやらないと、情報が漏れてよそから横槍が入る可能性がある。だから仮に身内であっても、直前まで情報は通達されない。俺たちのような末端は特に。


 *


 シャワールームで汗を流しながら、俺は何度も昼間の光景を思い出していた。

 歌を歌って、そして彼女は死んだ。

 土砂降りの雨。雷鳴。血液。

 そして缶ビール。


 惑星プラネットの残りは、ウラヌスとマーキュリー、そしてヴィーナスだけとなった。

 まだヴィーナスの姿は見ていないが、死んだという話も聞かないから、どこかでなにかしているのだろう。サターンの佐々木双葉はいちおう含めないでおく。

 つまり、あと三人だ。

 たったの三人で、業界と戦っている。

 ガイアという怪物を使って。

 しかし結末は……。


 次は誰がターゲットになるのか、それは分からない。分からないが、依頼が来たらやるしかない。正義のためじゃない。エゴのためだ。俺はひとつも正しくない。すべてが終わったら裁きを受けるべきだ。

 他人の命を奪って生きている。

 なんだか、自分が醜い怪物のように思えてきた。


(つづく)

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