パーリーピーポー
九月になったというのに、気温も湿度もふざけた数値を叩き出したままだった。
何食わぬ顔で夏が続いている。残暑でさえない。俺に言わせれば、北極の氷もとっくに溶けていなければおかしいくらいだ。いや、地球が第二の太陽になっていなければおかしい。
ジョン・グッドマンの運転するバンには、俺と鐘捲雛子のほか、ガタイいい男たちが同乗していた。金で雇ったアルバイトの面々だ。いちおう米軍ではないということになっている。
彼らはあくまで後方支援。サイキック・ウェーブの飛び交う現場には踏み込まない契約になっている。
もしビーストを発見したら、表へ引きずり出して、彼らに蜂の巣にしてもらうとしよう。
本日の現場は、山梨にある赤羽の研究所。
目的はターゲットの破壊。島田高志がこっそり漏らした情報によれば、それはキノコのサンプルだという。
俺たちは対策本部にキノコを渡した。が、赤羽の手には渡っていないはずだ。金に目がくらんだボンクラが悪さしていない限りは。
工場へ到着すると、クソ暑い中、出迎えがあった。
スーツを着た小太りの中年男性だ。あふれる汗をひたすらハンカチでふきとっている。
「対策本部の皆さま、ようこそお越しくださいました。あ、わたくし、当研究所の責任者でございます。現場までご案内しますのでどうぞこちらへ」
抵抗して余計なモノを壊されるよりは、案内してピンポイントで壊してもらったほうがマシ、という考えだろうか。
俺は銃を抜き、見せつけるように安全装置を外した。
「お気づかいなく。もう職員の退避は済んでますよね? あなた以外は」
「は、はい。そうなんですがね。いえ、どうしてもね、中が入り組んでるものですから。わたくしが案内したほうがいい、と、こう思う次第でありまして」
「いえ、結構。地図は頭に入ってますんで」
「や、それでも万が一ってことがありますから」
すると後ろから降りた鐘捲雛子がスッと刀を抜いた。
「邪魔するなら斬るけど」
頭にパーソナル・メッセージ・キャンセラーを装着している。髪型がポニーテールだから、忍者の鉢金のようにも見える。
男は黙り込んでしまった。
気の毒だが、俺たちがやっているのはあまり紳士的な交流じゃない。シンプルに言えば犯罪だ。たとえ善意であろうと、敵の誘導には乗らない。
ぞろぞろ降りてきたバイトの面々に、俺はこう告げた。
「先行して俺たちが突入します。皆さんは施設の外から援護してください」
すると「イエー」だの「アーライ」だの汚い四文字の言葉だのが返ってきた。まあこいつらのことだ。俺がいちいち命令しなくとも撃つだろう。いちおうプロのはずだからな。バカンスに来ただけのトーシロが混じっている可能性はあるが。
*
ともあれ、強烈なサイキック・ウェーブは感じられなかったから、施設内でビーストが暴れていることはなさそうだ。
サンプルを破壊すればすぐにでも終わるだろう。
などと、気を抜いていたわけではないが。
俺は手で顔を仰ぎながら建物へ近づいて行った。とにかく暑い。冬将軍とやらがいるんだから、夏将軍もどこかにいるんだろう。
駐車場には車が何台か停まっているのが見えた。職員たちは退避したはずなのに。しかもデザインがゴツい。研究者だからって優等生みたいな車に乗れとは言わないが……。
いざ建物に入ろうという瞬間、俺は足を止めた。
ガラスドアだからエントランスの様子は目視で見通せる。が、奥の通路に気配があった。それもうっすらと全体的に。数人がスペースを空けて並んでいるような。
俺はヘッドセットへ小声で告げた。
「グッドマンさん、まだそこに職員の人います? そいつ締め上げて、中になにがいるのか聞き出してもらえませんか? かなりの気配があるんで」
『承知でござる』
壁越しにサイキック・ブラスターを撃ち込んでもいいが、もし相手が逃げ遅れた職員だったら可哀相だ。あるいは職員でなくとも、サンプルに命中して変異でもされたら困る。眠ったままのビーストのマテリアルも置いてあるだろうし。
しばらくすると、ジョン・グッドマンから返事が来た。
『例の浪人たちがいるようでござる』
「やっぱりね。了解。ありがとう。もう結構です」
あのクソ野郎、案内するとか調子のいいこと言っておいて、俺たちをハメようとたワケだ。
しかし前もって浪人どもを潜伏させてるってことは、今回の作戦は敵側にバレバレだったということになる。すでにサンプルはないかもしれない。それでも中に入って確認くらいはしないとならないが。
鐘捲雛子が目を細めた。
「私が先に行く」
「用心して」
「大丈夫。撃たれるのは慣れてるから」
アーマーで保護されていたとはいえ、彼女はあと少しで腹を突き破られそうな銃撃を二発も食らっている。説得力が違う。
そしてガラスドアを開きエントランスへ踏み込んだ。
まったく警戒していない。
「そっち、気配あるぜ」
「うん」
もしかして分かっているのだろうか?
サイキック・ウェーブで? それとも第六感ってやつか?
鐘捲雛子は抜き身の刀を手に、スタスタと歩いていた。まったく躊躇がない。
あまりに堂々としていたせいか、奥で身を潜めていたチンピラの一人が情けない声を出した。
「いや、ちょっと待てって! あのオヤジどうしたんだよ!」
せっかく曲がり角に隠れていたのに、自分から姿を現してしまった。後ろから「おいバカ」だの「マズいって」だの声がするから、三名以上いるはずだ。
鐘捲雛子はかすかに息を吐いた。
「外にいる」
「外? なんでだよ。アイツいねーとドア開かねーだろーがッ!」
「ドアって?」
「えっ? いや、だから……えーと、俺ら、もう帰るからさ、見逃してもらえない? ねっ? そっち銃とかあるんでしょ?」
クロスボウやらバールやら持っているのに、ずいぶん弱気だ。
俺は脅してやることにした。
「逃げる前に、知ってること全部教えていただけませんかね」
「はぁ?」
「喋ったほうがいい。外を米軍が包囲してる」
「米軍? マジで? なんで?」
「セカンドパレスよりグッドボーイ、威嚇射撃を許可する」
ヘッドセットへ告げると、廊下の窓ガラスが木っ端微塵に砕け散り、銃弾が雨あられのごとく撃ち込まれた。
俺たちの位置情報は共有されているのだから、もう少し遠くを撃っていただきたいものだ。変な声が出そうになった。
「オーケー、もういい。十分だ。プリーズ、ストップ、ファイヤリング」
すると射撃がやんだ。
あの連中、節約するってことを知らないようだな。地球の資源は限られてるってのに。
浪人たちは腰を抜かしている。
「見ての通り、ウソはついてない。教えてくれないとミンチになるぞ」
「いや、だ、だからドアってのは……地下のサンプルの……」
「そこに俺たちを誘い込んで、ぶっ殺す予定だったのか?」
すると彼はこくこくうなずいてから、すぐさまぶんぶんと首を横に振った。
「違うんだって! あのオッサン騙して、俺らでサンプルぶんどる計画だったんだ! ホントだって!」
「君たちが? 持ち帰ってどうするの?」
「知らねぇよ! 佐竹さんがそうしろって言うから……」
「佐竹さんって大臣の? 赤羽さんとは仲良しなんでしょ? なんで騙してぶんどるの?」
「俺に聞かれても困るって。こっちは言われたことやってるだけなんだから……」
それもそうだな。
赤羽の作ったサンプルなんだから、お願いして譲ってもらえばいいと思うのだが。まさか内部でモメてるのか? 金の支払いをケチったとか。
俺は手で追い払った。
「撤収を許可する。トイレに隠れてるお仲間も一緒にね。ひとりでも残ってたら蜂の巣にするから。もしお行儀よくできるなら、外の諸君には撃たないよう命じておく」
「わ、分かった! みんな、帰るぞ! な? いいよな?」
さっきの銃撃は効果的だったらしく、彼の呼びかけに仲間たちもぞろぞろ姿を現した。
俺はヘッドセットへ告げた。
「こちらセカンドパレス。これから浪人が撤収するので、決して撃たないこと。それとグッドマンさん、申し訳ないんですが、例のおじさん連れてきてもらえます?」
*
浪人が去ると、代わりにジョン・グッドマンに腕関節を極められた中年男性が現れた。
「ま、待ってください! 私だって脅されてたんです!」
素直に聞き入れる気になれないな。
俺は風通しのよくなった廊下へ寄りかかり、靴底でガラス片を踏み潰した。
「脅された? 詳しくお聞かせ願えませんか? どんなプランだったのか」
「で、ですから……皆さんを中へ案内して、地下の研究室で……」
「研究室で?」
「いえ、あの……」
「思い出せない? あ、そう。じゃ、ちょっと現場を見てみましょうか。アクセスキー貸していただけます?」
「はい……」
彼の許可を得たので、俺は首に下げられたキーをケースから抜き取った。
ビーストがいるとは思えない。サイキック・ウェーブもほとんど感じない。仮にいるとしても小動物だろう。しかし犬や猫だってもっとハッキリした気配を持っているはずだ。
*
植物のサンプルを見た研究所と同じような造りだった。廊下には緊急用のレバーがあり、その中に研究室がある。
結論から言えば、サンプルはそこに存在した。
それも部屋中に。
見覚えのあるカラフルなキノコが繁殖していたのだ。研究員のものと思しき白衣が落ちているところを見ると、餌にでもされたらしい。事故か事件かは分からないが。
「なるほど。ここに追い込んで、俺たちをキノコの養分にする予定だったと」
発生しているサイキック・ウェーブは微量。
ほとんど意志がないのだ。
「た、高く売れるって言うから……」
「売れる? 誰に?」
「それは……」
「佐竹久造?」
俺がその名を出すと、男は泣き出しそな顔になってしまった。
幸福な夢を見られるキノコを、政治家相手にサバいてやがったってワケだ。そして購入した政治家たちは、秘密パーティーで使っていたのかもしれない。あくまで俺の勝手な想像だが。
「知ってました? あのチンピラども、あんたを殺してこのキノコ持って帰る予定だったそうですよ」
「ええっ?」
「俺たちとの戦闘に巻き込まれたことにして、亡き者にするつもりだったんですよ。あんた、人を騙したつもりが、騙されてたってわけだ」
「こ、殺す? 私を? そりゃ値段交渉で揉めたことは認めますけど……」
「その金額が気に食わなかったんでしょう」
「そんな……」
ショックを受けているところ悪いが、こちらとしてもくだらない仕事だった。どこかのバカが横流ししたキノコが高い金で売買されていて、しかもそれを巡って内部抗争まで起きているとは。
ま、どんな事情があるにせよ、俺たちのやるべき仕事は決まっているが。
「フェイルセーフ使いますけど、構いませんね?」
「えっ?」
「苦情があるなら、あなたも一緒に入ってもらうことになりますが」
「え、いや、あの……これ、ホントに殺すんですか? ぜんぶ? なんで?」
「雇用主に聞いてくださいよ。べつに俺の個人的な趣味じゃありませんし」
「バカじゃないのあんた! 売れば億単位の金になるんですよ? あ、いや、バカなのは私のほうですけど……」
なるべく本音は出さないようにしていただきたい。
まあいまのは聞かなかったことにしておくが。
俺はカバーを開き、中のレバーを躊躇なく引き下げた。前回同様、赤色ランプとブザーが起動し、ドアが上下から現れた。
「ああっ! 私のお金……」
男は密閉された二重扉にすがりついた。
そんなに好きなら、一緒に中に入れてやったほうがよかったかな。
ともあれ、ミッション・コンプリートだ。
帰ったらビールでも飲もう。バーベキューの残りがまだ倉庫にあったはずだ。
(つづく)




