ザ・ビギニング 後編
しかし現実は、俺の想定を上回った。
赤羽と惑星が提携したという一報が飛び込んできたのだ。
昼過ぎの執務室。
島田高志が和菓子を土産に現れ、事情を説明してくれた。
「あくまで、まだ未確認の情報ですがね。しかし各所からの情報を総合すると、どうも事実としか判断できない状況です」
ガイアが復活すれば、教団派は惑星に追従するはずだった。ところが赤羽が絡んでくるとなると話は別だ。
彼らもどう動くべきか困っているのだろう。
こちらはその何倍も困っているが。
各務珠璃が笑顔のまま首をかしげた。
「あのぅ、それで私たちはどうすれば……」
「なんとも言えませんね。このままいけばガイアが復活するのは間違いありませんから。そうなると、今度は厚労省だけの問題じゃ済まなくなりますよ。なにせガイアはフェストの感染源なんです。もしこれを放置しておけば、フェスト撲滅を掲げる内閣の支持率に関わります」
数字の問題、か。
各務珠璃は面食らっている。
「内閣、ですか……。いったいどうなってしまうんでしょう?」
「警察や自衛隊が堂々と動き出しますよ。ターゲットにされた組織は、罪があろうとなかろうと、吊し上げられるんじゃないでしょうかね」
そうなる可能性はじゅうぶんある。
が、俺はこう捕捉した。
「公権力が出動する前に、まずは民間業者に業務委託するのでは?」
ガイアのいるビルに俺たちが派遣されたのは、政府から委託されたからだ。
島田高志は白髪をかいた。
「さすがに理解していますね。今回もきっとそうなりますよ。サイキストの皆さん、対策本部でも評価が高いですから」
「評価? 俺たちが?」
彼はふっと笑った。
「胸を張ってください。もっとも、比較対象となる業者は、例の反社会勢力だけですがね」
ライバル企業があいつらとは。
さすがに連中よりはマシだろう。こちらはサイキック・ウェーブも使えるし、火器だって揃えてる。
チーム名は「RONIN HOOD」といったか。このところ現場で見かけないが、まだ活動しているのだろうか。
俺がどら焼きを食い始めると、代わりに各務珠璃が疑問を口にした。
「島田さんはどうされるんです?」
「教団派は能天気にガイア復活を歓迎してますよ。ただねぇ、それでも赤羽側にはつけませんよ。そんなことして赤羽さんが勝っちゃったら、対策本部は利権を失っちゃいますから。ちっともうまくありません」
対策本部は、赤羽を支配下に置くために戦っている。なのにその赤羽が勝利したとあれば、今後はなにも吸い出せなくなってしまう。本末転倒だ。
会話が途切れてしまったが、俺はどら焼きに集中した。箱からして高そうなだけあって味がいい。味は濃厚なのに甘すぎない。渋い茶と衝突せずよく調和する。
結局、どら焼きを食い終えるまで両者無言だったので、俺が話を進めることにした。
「もし惑星と対立を避けたいと思ったら、どんなアイデアがあります?」
「アイデア? あればこちらが教えて欲しいくらいですね」
「例のディープスロートは使えませんか? 嘘でもいいから、赤羽と惑星を対立させるような情報を流すとか……」
これに島田高志は苦い笑みを浮かべた。
「すでに正体のバレたスパイを使うと? 騙される人がいるとは思えませんが」
「じゃあこれはどうです? 連中の目的はガイアの復活なんですから、対策本部がマテリアルを提供するんです。そうすれば考えを改める余地もあるのでは?」
「だから、ダメなんですよ、ガイアを復活させちゃ。国が怒りますから」
俺の思い付きが通じるレベルではなさそうだ。
すると用心棒のように立っていた鐘捲雛子が、ぼそりとつぶやいた。
「やっぱり大臣をなんとかしたほうがいいと思う」
怖いんだよなぁ。
俺はどら焼きの入った皿を、鐘捲雛子に差し出した。
「これさ、みんなに持ってってやってよ」
「なに? 私のこと追い出す気?」
「そうじゃないけど……」
「どら焼きは持っていくけど、すぐ戻ってくるから」
「うん」
これは絶対に数十秒で戻ってくるな。
彼女が部屋を出ると、島田高志も唖然とした表情を見せた。
「いまの、冗談ですよね? 現職の大臣ですよ?」
もちろん冗談だ。そうであって欲しいと俺は思っている。
*
結局、結論らしきものが出ないまま島田高志は帰っていった。
だからいま、俺は生活スペースでシスターズを眺めている。お行儀よくどら焼きを食べている最中だ。本当に、おやつで口がふさがってるときだけは仲良しだ。永遠に眺めていたい。
しかし参ったな。
想定がすべて崩れてしまった。
まあ惑星が赤羽とくっついたおかげで、教団派が敵に回ることはなくなったわけだけど。それでも俺は、惑星のみんなと戦いたくなかった。
ぼうっと考えごとをしていると、各務珠璃が凄まじい勢いで生活スペースに駆け込んできた。
「あ、ちょ、ちょっと、二宮さん! 鐘捲さん! 下来てください! 下!」
「内線で呼んでくれればいいのに」
「とにかく来てください!」
立て続けに来客とは。
また赤羽誠子でも来たのか?
*
執務室に入ると、行儀よくソファに腰をおろした和人形のような女性と出くわした。少女という歳ではないが、大人というにはずいぶん若い。しかも絵に描いたような黒服まで護衛につけている。
手土産にケーキを持ってきてくれたので、俺と鐘捲雛子でコーヒーをつけて配膳した。
「あらためまして、風間菖蒲と申します」
彼女はそう告げて深々と頭をさげた。
例のスポンサーさまが直々にご登場とは。
相手方の黒服が座らずに仁王立ちしていたので、各務珠璃だけソファに座らせ、俺たちも背後に立った。
「センター長をしております各務珠璃と申します。いろいろ支援をいただいていたのに、なかなかご挨拶もできず……」
「あら、お気にならないでください。好きでしていることですので。それより、こちらこそ急に押しかけてしまって申し訳ありません。ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いえいえ、そんな……」
二十代前半だろうか。若いのに、ずいぶん落ち着いている。
彼女は目を細めて微笑した。
「さっそくですが、本題に入らせていただきます。厚労省に勤務する叔父から、妙な噂を聞かされまして。なんでも、フェストという病気は、政府が研究のミスで流行らせてしまったものだとか」
感染源はガイアということになっている。
しかし仮にガイアがおらずとも、サイキック・ウェーブを浴び続ければ人体は少なからず影響を受ける。
彼女は柔和な表情のまま、淡々と言葉を続けた。
「もし事実であれば、看過できない事態であると考えます。しかもこの一件に民間企業が関与していたとなれば……。企業イメージの低下は必至。株価も下落をまぬがれないでしょう。せっかく赤羽さんもうまいこと商売していたところですのに」
回りくどい物言いだ。
各務珠璃が声をひそめた。
「ええと、つまり……」
「情報工作を提案いたします。赤羽メディカル工業が、フェストを蔓延させていると」
「で、できるんですか?」
「ええ。いくつかのメディアに知り合いがおりますので、そちらはわたくしが。インターネットでの工作は、貴センターのプロにお任せします」
メディア戦略というわけか。これは金がかかりそうだ。
しかしいくら金持ちの道楽とはいえ、そこまで入れ込む理由が分からない。ボランティアにしては行き過ぎている。装備まで提供してくれているし。
俺が疑問に思っていると、彼女はこう続けた。
「じつは、わたくしの所有する企業のひとつが赤羽さんを疎んじておりまして。いまここでつぶれてくださると、わたくしにとっても有益なのでございます」
ライバル企業のオーナーだったか。これは他人事ではないわけだ。
興が乗ってきたので、俺はソファに腰をおろした。
「二宮と申します。いいアイデアですよ。赤羽こそがフェストの原因ということになれば、政府も切り捨てやすくなる。連中はいま、誰に罪を押し付けるか、ロシアン・ルーレットを試してる最中ですから」
すると彼女は笑顔をキープしたまま、なぜかじっとこちらを見つめてきた。いきなり割り込んだことを不快に思ったか。
黒服が動き出し、風間菖蒲に拳銃のようなものを手渡した。
まさか、気に食わないヤツは無言でヤるタイプか? もっと上品な人間に見えたんだけどな。
「いや、ちょっと待った。ここで? いきなりはナシだぜ……」
「二宮渋壱さん。ご活躍はかねがねうかがっております。ぜひこれを」
彼女はブツをテーブル上に置き、こちらへ差し出してきた。
「え、なに?」
「サイキック・ブラスターです。サイキウムを内蔵しており、周囲を巻き込むことなく前方にのみサイキック・ウェーブを照射できます。誰かを変異させたいときにお使いください」
「あ、ありがとう」
ぶち殺されるのかと思って焦ってしまった。
周囲を巻き込まないというのはじつにいい。
とはいえ、取り扱いには細心の注意が必要となるだろう。もし誤射すればとんでもないことが起こる。
俺は銃を各務珠璃の前に置いた。
「センター長が管理してくれ」
「ええっ!?」
「危険な武器なんだ。俺が持ってたらおかしい。なんの権限もないのに」
「でも……二宮さんがロッカーにしまっておいてくださいよ」
「ご命令とあらば」
べつにカッコつけてるわけじゃない。こういうものは、個人の裁量で扱うべきではないのだ。
危険性を理解している人間が扱うならいい。が、そうでないものが手にすることは絶対に避けねばならない。扱いを誤れば守るべき人を失う可能性もある。なにせ壁ではサイキック・ウェーブを防げないのだ。
黒服がふたたび動き出し、風間菖蒲にカードを渡した。
「わたくしとしたことが、つい忘れていました。たいへん危険な銃ですので、こちらのキーカードをかざさないとロックが解除されない仕組みになっています。併せてお渡ししておきますね」
この女、俺たちが銃をどう扱うのか見てやがったな。
ともあれ、この安全性への配慮は、俺たちにとっても収穫だった。風間菖蒲という女が、サイキック・ウェーブについて学んだ上で作戦に協力していることが分かる。強い武器を作って喜んでいるだけなら、長くは手を組めない。
彼女はこう続けた。
「あくまで試作品ですので、改善点などありましたら遠慮なくお伝えください。今後の参考にさせていただきます」
前回のサイキック・グレネードもそうだが、装備が充実すればそれだけ戦術の幅も広がる。生存率も高まる。いいことづくめだ。
俺は頭をさげた。
「もろもろ感謝しますよ。白坂さんの件もね」
彼女は返事こそしなかったが、微笑で受け止めてくれた。やはり分かっていて白坂太一の工場に発注したのだろう。
あるいは人の上に立つものとしての、人心掌握の技術に過ぎないのかもしれない。
それでも感謝は感謝だ。こちらは仲間と戦っている気になれる。
彼女は静かにこう続けた。
「さて、資金提供の件ですが、近日中に一億ほど寄付させていただきます。それでも足りないとおっしゃるのであれば、貸し出しになりますが、さらに一億ご用意できます。無利子ですのでご安心を」
計二億か。
ライバル会社を潰すためとはいえ、ずいぶん景気よく出してきたな。
貯め込んでる機械の姉妹からも借りれば、かなり大規模な作戦を展開できそうだ。というか、逆に資金はそこまで要らない気もするが。
必要なのは装備と人数。それ以上は望まない。用意してくれれば、俺は俺の仕事をやるだけだ。
(つづく)




