ザ・ビギニング 前編
バーベキューが終わると、ほとんどのメンバーは一泊しただけで帰宅した。
だから翌日からは、センターはもういつもの調子だった。
餅と五代まゆが口論をし、アッシュがクッションでサッカーをし、他の面々は隅でじっとしている。一致団結するのはホットケーキが出てきたときだけ。
佐々木双葉は来たり来なかったり。ジョン・グッドマンも常時バンを整備している。
惑星が動き出したのは、それから間もなくのことだった。
こちらになんらの連絡もなく、赤羽の施設を襲撃したというのだ。真偽は定かではないが、抽出器を手に入れたという噂もある。とにかくいきなりのことで、対策本部も正確な情報を把握できていないらしかった。
死者を復活させるためには、抽出器だけでは足りない。
器たる「肉」も必要となる。
闇雲に殺して集めればいいというものではない。重要なのは、そいつがE細胞を有しているかどうか。それも、質を求めるのであれば、高度なサイキック・ウェーブを扱える肉でなければならない。
俺たちが過去に駆除した肉は、すでに回収され、マテリアルに加工され、しかるべき場所に保存されているという。
惑星はそいつを狙っている。
もし奪われでもすれば、その日のうちにガイアが復活するだろう。
*
俺は鐘捲雛子を連れ、各務珠璃の執務室へ入った。
「今後の方針について相談したい」
ソファに腰をおろすなり、俺はそう尋ねた。
各務珠璃はきょとんとしている。
「はい?」
「惑星の連中は、遠からずガイアを復活させる。そしたら対策本部か赤羽、どちらかが壊滅する可能性がある。いや、両方かな。赤羽が壊れるのは歓迎してもいい。けど対策本部が壊滅したら、俺たちは後ろ盾を失う。どこまでやって、どこで引くのか、そういったことを明確にしておきたい」
すると各務珠璃は、困惑した表情でこちらを見つめてきた。
「どこまでって……。私たちに選択肢があるんでしょうか?」
ごもっともだな。核心をついている。
俺の回答はこうだ。
「ない。不本意だけど、対策本部とは運命共同体のような関係だ。あいつらが勝利するまで付き合わないといけない」
勝利したら、今度こそ主流派、世界派、教団派に分裂して内部抗争を再開しそうな気もするが。そのときはそのときだ。
鐘捲雛子が溜め息をついた。
「じゃあやるしかないじゃない。ここで私たちが話し合う意味なんてあるの?」
「俺は覚悟を聞いてるんだ。今朝、スポンサーからパーソナル・メッセージ・キャンセラーが納品された。君にも現場に出てもらうことになる」
「当然でしょ」
彼女は断言した。
きちんと考えた上での回答だといいが。
「本当に? 君はまたラ・ピュセルに遭遇したとき、取り乱さずに戦えるのか?」
「必要ならやるから……」
やりたくない顔をしているな。
もっとも、ごねたらまた撃つだけだが。被害を最小限に抑えるためにはやむをえない。
俺は質問を変えた。
「じゃあ次。対策本部も赤羽も、このまま黙ってガイアの復活を待つとは思えない。先手を打って、俺たちに惑星の暗殺を依頼してくるかもしれない。それでもやれるか?」
「……」
返事がない。
以前から考えていてなお答えを出せないのか、そもそも想定さえしていなかったのか。しかしいまは問うまい。
俺は息を吸い込み、沈黙したままの二人にこう続けた。
「俺はね、やりたくないよ」
「……」
なんだこいつ、という目で見られた。
まあやむをえまい。
人に覚悟を尋ねておいて、自分がまっさきに「ノー」だったのだから。
「やらないとまでは断言しない。命令ならやる。ただし、俺だけ一人でやる気になっても仕方がないから、みんなの意見を聞いておきたいんだ」
偉そうに言っているが、つまりは一人で決定したくないから、みんなの意見を聞かせて欲しいということだ。あるいは対立せずに済むアイデアがあるのなら、ぜひ聞いてみたい。
無言で圧をかけていると、各務珠璃がおずおずと口を開いた。
「でも、選択肢ないですよね……」
「ない。たぶん」
すると鐘捲雛子が、とんでもないことを口走った。
「暗殺で思いついたんだけど、もし大臣が消えれば、赤羽は手を引くと思う?」
耳を疑った。
現職大臣の暗殺――。
並の女じゃないと思ってはいたが、ここまでとは。しかも彼女なら、いざゴーサインが出たら刺し違えてでも実行しそうだ。
俺も思わずツバを飲み込んだ。
「答えはおそらく『イエス』だと思う。ただし、目的を達成したあと、俺たちは逮捕される。センターもどうなるか分からない。いちばん守りたかったものが守れなくなるんだから、本末転倒だ。もし大臣を排除したいなら、生命線である赤羽に致命傷を与えて、その結果として失脚させるしかない」
鐘捲雛子はそれでも納得しなかった。
「なら、たとえば女性問題でスキャンダルを起こして失脚とかは?」
「なにかネタでもあれば」
「そこは各務さんが色仕掛けで……」
問題がないなら起こせばいい、というわけか。ハニートラップだ。
各務珠璃はさすがに引いている。
「そ、それはイヤです……」
以前ならともかく、いまの彼女はやらないだろう。見得や損得のために働いているのではない。シスターズと共生するためにここにいるのだ。
俺はひとつ呼吸をした。
「あー、大臣をどうするかは、ひとまず脇に置こう。いまハッキリさせておきたいのは、センターとしての方針なんだ。つまり最初に言った『覚悟』について。俺の都合で、みんなの望まない戦いを強制したくない。逆もまたしかり。その上で、決まったことにはみんなで従う。俺たちはチームなんだ。それも、命懸けのね」
もっともらしいことを言ったつもりだった。
が、これに眉をひそめたのは鐘捲雛子だ。
「ふぅん。人の望みを聞くつもりがあるんだ? だったら新しく見つかった姉妹も助けてあげてよ」
「またそれか。もし助けて、それで最終目標が達成できるならいいよ。けど、そうじゃないなら慎むべきだ」
「このセンターは、彼女たちを守るために存在してるんじゃないの?」
「理想としてはね。けど俺たちのリソースじゃ全員は救えない。誰かは助けて、誰かは切り捨てる。そういうことをせざるをえないんだ」
「なにリソースって? お金があれば解決する? だったら風間さんに言ってお金借りてきてよ。私は一人でも多くの子を助けたいの」
考えは立派だ。共感できる部分も多い。しかしそれは「できない」のだ。俺たちの手は小さく、すべてをつかまえることはできない。必ずこぼれ落ちるものがある。無理をすれば、すべてを失うことだってある。
俺が反論を口にしようとすると、各務珠璃がにわかに立ち上がった。
「わ、分かりました! お金は私がなんとかします! だから、一人でも多くの子を救う方向でお願いします!」
「……」
絶句だな。
いや、バカにしてるわけじゃない。感心したのだ。
ほわほわしているように見えて、こういう決断をする女なのだ。だからこそのセンター長でもある。
俺もうなずいた。
「そうかい。分かった。君の決断を最大限尊重する。今後、金についてはとやかく言わない。その代わり、できる限りの頭数を揃えて、俺たちの下につけてくれ。姉妹は一人でも多く救うことを約束する」
言ったからにはやってもらう。そして、やってもらったからには、俺も全力で応じる。
各務珠璃はすとんと腰をおろした。
「あ、あの、全力で頑張ります。でもすぐには……」
「可能な範囲で結構」
どちらにせよ人間は、可能な範囲でしか動けない。まあその「可能」をどこに設定するかは一考の余地があるにせよ。
俺は話を進めた。
「では次。惑星はどうする? 連中が攻撃を仕掛けてきたら戦わざるをえないが、いまはまだそうなっていない。依頼が来たらやるのか? やらないのか? 俺の意見はすでに述べた。二人の考えを聞かせてくれ」
即答したのは鐘捲雛子だ。
「私はセンター長の判断に従う」
結論を他人に委ねた、というわけだ。いや、いい。そういう考えもある。
ただし委ねた以上、あとで拒否することは許されない。拒否してもいいのだが、必要以上にモメるのは覚悟して欲しい。もちろんそんなことは彼女も承知の上だと思うが。
各務珠璃も判断に迷っている。
「二宮さんは、やりたくないんですよね?」
「そう。あくまで個人的な希望だけど。もちろん戦闘状態に入ったらヤらざるをえないし、俺らが断ったところで別の誰かがヤることは間違いないわけだけど」
「惑星が救援を求めてきたらどうします?」
「どうしようね。あいつら、バーベキューに参加しなかったからな……。というのはジョークだけど。きっと決別を表明したつもりなんじゃないかな。互いのためにね。だから救援は求めてこないと思うし、もし来ても断っていいと思う」
「そうします?」
最終的にどうするかはセンター長の裁量になるが。
こちらは情報を提供するだけだ。
「判断は任せる。ただ、未来がどうなるか、俺なりに想定してみたんで聞いてくれ。もしガイアが復活すれば、惑星は桁違いの影響力を持ち始める。対策本部や赤羽と並ぶ第三勢力になるだろう。すると、教団派の連中もガイア支持に寝返ることになる。これがなにを意味するか分かるかな?」
「た、大変なことになりますね……」
「そう。大変すぎる。教団派が動けば、島田さんもそっちに行くし、雇われてる青村さんもセットでついていくことになる。もし俺たちが惑星と敵対した場合、彼らも全員敵に回る。その覚悟が持てるかどうか」
「あっ……」
ガイアの復活というのは、そういうことなのだ。
惑星を攻撃するなら、絶対にガイアを復活させてはならない。あるいは復活を許容するならば、絶対に攻撃してはならない。
全員殺して構わないなら話は別だが。
とはいえ青村放哉は厄介な相手だ。
射撃の腕はなぜか一流。サイキック・ウェーブによる不意打ちもできない。もし戦闘になれば、喋りながら隙を作って殺害するしかない。そして俺は、できれば殺害したくないと思っている。
「あくまで可能性の話だけどね。敵対しなければいいだけだから、ムリに味方する必要もないし。それに、惑星が対策本部と敵対すると決まったわけでもない。結論はいますぐじゃなくていい。ただ、いつかは判断することになる」
そうはいっても、世の常として、力をつけた勢力は必ず既存の勢力と敵対してしまう。歴史家は「トゥキディデスの罠」と呼んでいたっけ。
対策本部と惑星は対立することになるだろう。
二人が黙り込んでしまったので、俺はさらに言葉を続けた。
「念のため言っておくけど、俺たちは『正義』について論じ合ってるんじゃない。終始『エゴと金の話』しかしていない。自分たちがどうしたいか。そしてなにができるのか。それらをハッキリさせておきたいだけだ。しかも変更不可能な『鉄の掟』ってわけでもない。もし軌道修正したくなったら、いつでも話し合える。俺たちは少数のチームなんだ。機動力を活かして戦おうぜ。勝者になる必要もない。大事なのは、みんなで生き延びること。それだけだ」
これまでだって、絶体絶命と思える状況を脱却してきた。すべてを手に入れるのは不可能としても、大切なものだけは守れるかもしれない。
小さなチームには、小さなチームなりの生存戦略がある。
とはいえ、敵があまりにマヌケなことをしてきたら、誤って完全勝利してしまう可能性も否定はできないが。
(つづく)




