少女曰く
バーベキュー開催まであと数日というころ、俺はとある研究所に呼び出された。
まあ呼び出されたのは各務珠璃で、俺はその付き添いに過ぎなかったが。
校舎ほどの大きさの、コンクリ製の建物だった。
規模感としては、これまで訪れたどのセンターより大きい。赤羽の施設ではなく、対策本部の運営する施設だ。
「奥へ行く前に、これを装着してください。レベル10までのサイキック・ウェーブを打ち消すことができます。ま、そうは言っても、影響をゼロにできるかどうかは分かりませんが」
案内人は島田高志。
白髪頭にパーソナル・メッセージ・キャンセラーを装着している。そこへビジネススーツという組み合わせは、あまり格好のいいものではない。
しかし各務珠璃は言われた通り、器具を装着した。せっかくセットしたふわふわの髪が台無しだ。
まあこういうところでは、安全対策が第一だ。仮にここが工事現場なら、どんな人物であれヘルメットをかぶる。
俺は島田高志に尋ねた。
「俺のぶんは?」
「ありません」
「ない? いや、危ないでしょ? 変異するかもしれないし……」
「赤羽さんからの納入が滞っていて品薄状態なのです。それに、あなたなら自力でなんとかできるでしょう」
個人的には、だいたいレベル6以上あるとは思うが。
それ以上の波を浴びせられたら、どうなるか分かったものではない。まあそれでも行くけど。
*
エレベーターに乗り込むと、島田高志はIDカードをかざして「G」ボタンを押した。特殊な権限がなければ地下に入れないらしい。
到着したフロアは無人だった。
監視カメラが無言で白い通路を見つめている。
「こちらです」
島田高志が歩を進めると、通路をふさいでいた格子が自動的にオープンした。
物々しい雰囲気だ。
靴音がやけに響く。
少女の鼻歌が聞こえてきた。
なんの歌かは分からない。あるいはなんの歌でもなく、思うまま歌っているだけかもしれないが。
サイキック・ウェーブは感じられなかった。おそらく自制しているのだろう。なぜなのかは推察したくもないが。
「プルートです」
島田高志が手のひらで指し示した。
言われなくても分かっている。
彼女は檻の中で、手入れもしない髪をばさと伸ばし、冥い目で床のキノコを愛でていた。こちらを見向きもせずに。
白い肉の房のようなキノコだ。壁、床、天井、そこら中に生えている。
「先日送られてきたキノコは、うちの調査班へ回しておきました。全容の解明はまだできていませんが、こちらのキノコと一部の成分が一致しましてね」
「成分って?」
「E細胞です。現代の人類には存在せず、変異した個体にのみ見られるもの。精神の結晶とも呼ばれるサイキウムは、このE細胞が変化したものと推測されています」
「つまり、フェスト患者にも見られると?」
俺の問いに、彼は肩をすくめた。
「ええ、あなたを解剖したら見つかると思いますよ」
ぜひそうならないことを願いたい。
しかしこのキノコだらけの部屋はなんなのであろうか。最初からこうだったとは思えない。
「かおす……いろんなしんか……いろんなすがた……こすもすはきらい……」
プルートが、こちらも見ずに、独り言のようにつぶやいた。なにかを訴えているつもりだろうか。あるいは意図もない思い付きの発言か。
俺も彼女へは返事せず、代わりに島田高志に尋ねた。
「このキノコは?」
「動物の死骸ですね」
「動物? まさか人間は含まれてませんよね?」
「数名程度は。しかしほとんどはペット用の小動物ですよ。彼女が寂しがっていたので、職員が差し入れたのです。そしたらこのようなことに……」
命を奪ってキノコに変異させたってワケか。
するとプルートがこちらを見た。
「みんな……さいしょにもどる……うまれるまえの……もとのすがた……」
こちら、というか、俺を見ている。
そして四つん這いのまま近づいてきて、か細い指を格子にかけた。
「しぬわけじゃないの……ひとつになるの……そうしたら……こうふくになるの……」
サイキック・ウェーブが駆動し、プルートの身体が弾け飛ぶまでは、ほんの一瞬だった。
前触れもなく、阻止する手段もなく、それはいきなり始まり、そして終わってしまった。
肉片と血液が飛散し、各務珠璃が悲鳴をあげ、赤色灯が点灯し、サイレンがやかましく鳴り始めた。しかしもう、俺たちにできることはなにもなかった。
島田高志は顔面についた汚物を指で拭った。
「なんでこうなるんだか……」
さすがに苦々しい表情だ。
口には出さないが、きっと俺のせいだとでも思っているのだろう。いや、違うかもしれないが。俺は自分でもそう思っている。
死の直前に発せられたサイキック・ウェーブからは、ある種の恐怖のようなものが感じられた。かすかにビーストの映像も見えた。彼女は怪物から逃れるために、ガイアのもとへ避難したのだ。
プルートは、しかし必ずしも俺を嫌っているわけではなく、死んでひとつになれば、いずれ互いに理解し合えると考えているようだった。
そして分かったことがもう一点。
先日のデカブツが、俺のことを傷つけずに、餅だけ殺害しようとした理由も理解できた。あれは偶然ではなく、ガイアからの干渉だったのだ。
かつてのガイアは、俺に対しては愛憎を、餅に対して憎しみのみを抱いていた。その感情の残像が、餅を攻撃させた。
ともあれ、プルートは死亡した。惑星はもはやガイアの復活を躊躇しないだろう。ブレーキは壊れた。抽出器が手に入り次第、それは始まる。
*
自慢のスーツをオシャカにされた各務珠璃は、帰りの車内でもふさぎ込んでいた。あるいはスーツよりも、目の前で少女が四散したことのほうがショックだったのかもしれないが。
俺だって動揺していないわけじゃない。あの光景は、何度見ても見慣れない。自分が原因の場合には特に。
*
センターの屋上でバーベキューが催された。
ベンチやテーブル、グリルを置き、みんなで集まってわいわいやるのだ。
天気は良好。というか良好すぎる気もするが。夏の日差しは、テーブルにつけたパラソルで凌いでもらうしかない。
佐々木双葉を除く惑星のメンバーは参加を辞退した。理由は不明、ということになっている。本音としては、親睦会などしている気分ではないのだろう。
じつは俺がプルートを殺したという噂まで流れているらしい。どうせ赤羽の工作だろうとは思うが。
人が集まるにつれ、自然と賑わいだした。
「あ、白坂さん! おぼえてます? あのとき助けてもらった佐々木双葉です!」
その浦島太郎みたいな自己紹介に、白坂太一はメガネの奥で目をパチクリさせた。
「えーと、あ、あのビルの! お久しぶりです」
「あたしのことは双葉ちゃんでいいよ! 白坂さんがいなかったら、いまここでバーベキューなんてできなかったと思うし」
「大袈裟ですよ」
「ね、お酒あるよ。飲む?」
「いえ、僕は大丈夫です……」
彼は助けて欲しそうにこちらを見ていたが、俺は応じなかった。
俺にはシスターズの暴走を監視するという重大な任務がある。なにせ火を扱うのだ。火傷しないように注意深く見守らねば。
しかし酒も入っていないのに、さっそくヒートアップしている連中もいる。
「またその話するの? 薫子、性格悪い!」
「せめて稼いだ分は返しなよ。返さないと、いつまでもあいつの所有物だよ?」
「ガミガミお説教ばっかり」
「あんたのためを思って言ってんでしょ」
円陣薫子とアイシャがケンカしている。いや、イチャついているのかもしれないが。距離が近すぎる。
なんであれ、借金は返したほうがいいと思うぞ。
「おい、なにしかめっ面してんだテメー。ビールがマズくなんだろ」
後ろから青村放哉が絡んできた。
今日はセンターに泊まる気らしく、缶ビールを飲んでいる。
「俺がどんな顔しようと、ビールはマズくならないよ」
「それもそうだな。な、それより惑星のネプチューンって女、ちょっといいよな? あいつ、うちのヴォーカルになってくんねーかな」
「無理だと思うよ」
前に鼻歌を歌ってはいたが。しかしジャニス・ジョプリンってよりはビリー・ホリデイって感じだったし、ロックにはならないのでは。
すると青村放哉は、缶ビールをぐびりとやった。
「なんで否定から入るんだよテメーは。じゃあテメーがヴォーカルやれや」
「その前にさ、青村さん、ギターできるようになったの?」
「言うな」
すると紙皿に串焼き肉を乗せた小田桐花子が近づいてきた。
「青村さん、またそうやって人に絡んでんの? 嫌われるよ」
「うるせーな。人に嫌われてるからなんだっつーんだよ。俺は俺だ。自由に生きるんだよ」
「バカは死んでも治らないっていうよね」
「分かってんじゃねーか」
満面の笑みを浮かべ、皿から串焼きを一本とった。
大人たちは好き放題やっているが、シスターズはじつにお行儀よくしていた。まあ鐘捲雛子という引率の先生がついているから、俺の監視などいらないくらいなのだが。
焼けた肉や野菜を皿に乗せては、姉妹で仲良く分け合っている。本当に仲がいい。できるなら、ずっとこうして仲良くしていて欲しい。
「なんと。出席日数が危ないと……」
「うん。なんかサボってたらギリギリになっちゃって」
「卒業しないともったいないでござるよ」
「そう? 俺も早くみんなと同じ仕事したいんだけど」
ジョン・グッドマンと南正太は隅のテーブルでそんな会話をしていた。
当初は大学に行くという話だったのに、高校卒業すら怪しいとは。ちゃんと学校いかないと、自称忍者みたいな人生を送るハメになるぞ。
「ね、二宮さんも食べなよ? さっきから焼いてばっかりじゃない?」
餅が近づいてきた。
すでに体は完治している。服も涼しげなワンピースだ。各務珠璃が選んだだけあって、よく似あっている。
彼女はその場でくるりとターンした。
「ね?」
「うむ……」
すると餅は、ふたたびターンした。目が回ったのか、少しフラついたが。
「ね?」
「分かった分かった」
「そうじゃない! かわいい服を着たかわいい私を褒めて! 義務でしょ!」
「かわいいよ」
「そうよ。最高にかわいいわ」
口の脇にソースがついてる。
俺がキッチンペーパーで拭いてやると、餅は不満そうに頬を膨らませた。
「子供扱いしないで!」
「かわいい顔が台無しだったから」
「待って。私の顔はその程度じゃ台無しにならないわ! 撤回して!」
かわいいけど、めんどくせーな。
「撤回するよ。君はかわいい」
「そうよ。世界が滅ぶほどかわいいわ。ところでスイカ割りはいつなの? 早くお姉ちゃんの剣技が見たいわ」
「いやー、でもあの人、二秒で終わらせそうだからな」
「じゃあ二宮さんがやってよ。目隠しして鉄砲でバーンってやるの」
「事件になるぞ……」
もちろんバーベキューどころではなくなる。警察がすっ飛んできて、俺はムショにぶち込まれるだろう。
五代まゆもやってきた。
「ちょっと、駄肉。二宮さんに馴れ馴れしくしないで。もう少し遠慮しなさいよ」
「なに? 嫉妬かしら? 気分がいいわね!」
「ムカつく。あなたいますぐバーベキューになりなさいよ。お餅なんだから」
「うんうん。分かるわ。新しいお洋服買ってもらえなくて泣きそうなのね? 可哀相」
「この駄肉は……」
たしかに、元の服がボロボロになったとはいえ、一人だけ服を買い与えたのはよくなかったかもしれない。
俺はトングを置き、五代まゆの頭をなでた。
「みんなにも買うべきだったな。あとで各務さんと相談しよう」
その各務珠璃は、かなり集中して焼きそばを焼いている。なにかこだわりでもあるのかもしれない。
*
バーベキューは特に問題もなく終わった。
俺は後片付けのため、駐車場の水道でグリルを洗うことにした。箱へ収納する前に、網などについた汚れを落とすのだ。
時刻は午後三時半。
まだ日は高い。
少し酔っているせいか、太陽の光がひときわ眩しく見えた。
心を無にして網をゴシゴシやっていると、今日の楽しい思い出が何度も頭を巡った。ちょっとくらいケンカしたっていい。意見なんか違ってもいい。集まって遠慮なくワーワーやるのが大事なのだ。
「手伝いますよ」
白坂太一が来た。飲んでないからシラフだ。
「いいって。休んでて。客にやらせるわけにはいかない」
「やりたいんです」
そしてタワシで鉄板を磨き始めた。
なんだか急に懐かしい気持ちになった。いまでこそ別行動しているが、白坂太一には当時ずいぶん助けられた。あまり戦いを好むほうではないが、冷静で、常識人で、機械工作も得意だった。
「白坂さんさ、いまなにやってんの?」
「父の会社を手伝ってます。小さな町工場なんですが、やりがいのある仕事で」
知らなかった。
工作が得意なのは、家庭の影響ってわけか。
彼はすると手を止め、こちらを見た。
「そういえば最近、ちょっと気になる依頼主が現れて……。たぶんですけど、キャンセラーの部品作ってくれっていうんです」
「キャンセラーの部品?」
「風間さんって言ったかな。若い女性が一人で現れて、設計図持ってきたんです。見たら、サイキウムを取り付ける部分があって。うちが受注したのはフレームだけなんですけど。でもあんな小さなサイキウム、どう使うんだろう」
もしかして、パーソナル・メッセージ・キャンセラーなのか?
それが事実なら、いずれ俺たちのチームにも納品されるかもしれないな。
装着すればキャンセラーの範囲を空間全体ではなく個人に限定できるし、俺たちも遠慮なくサイキック・ウェーブを放つことができる。戦術の幅がかなり広がるはず。
俺は少し笑った。
「それはいいニュースだよ」
「えっ?」
彼にもあとでスポンサーを紹介してやったほうがよさそうだ。円陣薫子もいることだし。
きっと偶然ではない。
風間菖蒲が、気を利かせてくれたんだろう。
いつか礼を言えればいいんだが。
(つづく)




