支援者
翌朝、俺は鐘捲雛子に起こされた。
理由は分かっている。餅が俺の布団に入り込んでいたからだ。夜中に一度目を覚ましたときはギョッとしたが、俺はあえて追い出さずそのまま寝たのだ。それでいま鐘捲雛子から不審の目で見られている。
「ほら、ちょっと。起きて。二宮さん。ダメでしょ、それは、さすがに」
なんでもいいが、木刀を持ったままなのはご勘弁いただきたい。
俺は目をこすりながら、なんとか返事をした。
「ムリに追い出したら可哀相じゃないか」
「そうじゃないでしょ。間違いが起きたらどうするの?」
「起きないよ」
俺は餅をペットだと思っているし、たぶん餅も俺をペットだと思っている。見た目はともかく、本能が種の違いを認識しているのだ。猫が布団に入ってくるのと大差ない。もちろん限度はあるけれど。
隣にいる餅は目を覚ましていると思われるが、面白がって狸寝入りしている。
俺は毛布をどけて身を起こした。
「君こそ、木刀なんて物騒なものまで持ち出して」
「ち、違う。朝の稽古するから、そのためのもので……」
「いま何時?」
「五時半」
早すぎるんだよ、いつも。
鐘捲雛子は咳払いをした。
「とにかく、もうしないで。いろいろ問題だから」
「気を付けるよ」
そして稽古のために、彼女は部屋を出た。
餅がくすくす笑い出した。
「怒られちゃったね」
「次は鐘捲さんのところに入ってやりなよ。きっと喜ぶから」
「迷惑だった?」
「そんなことはないけど。鐘捲さん、君のこと妹みたいに思ってるからさ」
「うん。でも二宮さん、すごく寂しそうだったし……」
気遣ってくれたのか。
俺は立ち上がり、餅の頭をわしわしなでた。
シスターズにまで心配をかけてちゃいけない。もっとしっかりしなければ。
顔を洗い、俺は一階エントランスで茶をいれた。
朝のニュースは特にナシ。いや、あるといえばあるのだが、俺たちに関係しそうなニュースはなかった。佐竹久造が大臣を辞めるとかいうのであれば、まだ見る価値もあるのだが。
外を見ると、鐘捲雛子がきびきび木刀を振り回していた。
彼女は強い。信じられないほど度胸がある。そして躊躇はない。本来ならうちの主力になりうる。
しかし現場では銃弾が飛び交っているし、サイキック・ウェーブも重要性を増している。現状、彼女のスタイルでは活躍が限定されてしまう。
主任が頭につけていたパーソナル・メッセージ・キャンセラーとやらを入手できれば、もしかすると問題を克服できるのかもしれないが。どうせ開発は赤羽だろうし、うちのチームに回ってくるはずがない。
その後、俺は地下で射撃訓練をしたが、いまいちしっくりこなくてすぐにやめてしまった。昨日の疲労とアルコールがまだ抜け切っていなかったのかもしれない。
まずは基礎体力をつけたほうがよさそうだ。
生活スペースに戻り、体育座りしている機械の姉妹に声をかけた。
「少し相談があるんだが……」
「はい?」
表情はほぼない。が、邪魔そうではなかった。
彼女が黙っているときは、だいたい無線LANでネットをしている。この時間はまだ各務珠璃も来ていないから、チャット中ではなかったのだろう。
「もし札束で赤羽をぶん殴ろうと思ったら、だいたいどのくらい必要だと思う?」
「なにも考えず企業ごと買収するのでしたら、五千億は必要かと思います」
「ご、五千億……」
「株主総会に出席したいだけでしたら、もっと手ごろな値段になるかと思われますが……。しかしこの方法では、たいした影響力は持てないでしょう」
「仮に一億だとしたら?」
「配当金が得られますよ」
門前払いに等しい。
やはり金でどうにかなる相手ではなさそうだ。
俺は思わず溜め息をついた。
「アイシャさんが、金持ちの知り合いがいるって言うんだ。もしその人の金をぶっこんだら、赤羽をどうにかできるかなって考えたんだけど」
「風間菖蒲さんですか。資産家の令嬢ですね。すでに赤羽の株をいくらか持っていたと思いますよ」
「ずいぶん詳しいな」
「調査しましたので」
かすかに笑みを浮かべた。
きっと本人から聞いたとかではなく、勝手に調べたんだろう。いつものことだ。
「その人に協力を要請したら、赤羽をどうにかできそうかな」
「単独では難しいと思いますね。赤羽メディカル工業は、企業規模が大きすぎますから。ただし、もし協力を得られるのであれば、別の用途には使えるかもしれません」
「それは?」
「一族の中に、国会議員や厚労省の官僚がいます。そのツテを利用すれば、なんらかの牽制に使えるかと」
「応じてくれるかな?」
「さあ、どうでしょうね。ひとつ言えるのは、先方にそれをするメリットがない、ということです」
ムリだな。
ただでさえ俺たちは現職の大臣を敵に回している。風間家とて、そんな連中に手を貸したくはなかろう。リスクが大きすぎる。
さらに言えば、こちらからは差し出せるものがなにもない。一方的に助けてもらう格好になる。そんな虫のいい話もあるまい。
つまり俺たちは、今後も地道に破壊活動を繰り返すしかない、というわけだ。
*
午後、俺は例の廃工場に呼び出された。
いまやサイキストと惑星の関係を隠す必要もないのだから、こんな人気のない場所で密談することもないのだが……。
現地では、タンクトップ姿の男がうつろな目で草刈機を動かしていた。惑星の一人、強欲のマーキュリーだ。元自衛隊員でもある。まともに会話をしたことがないので、どんな人物かは分からない。
工場にはソファやテーブルが持ち込まれていた。のみならず、発電機まで稼働している。惑星はここを秘密基地にでもする気だろうか。
ウラヌスはアロハシャツを着て、ビーチチェアに寝そべっている。
「夏というのはどうも好きになれないね。すぐにワインがぬるくなってしまう」
サイドテーブルのバケツには氷が満たされ、そこへワインボトルが突っ込まれている。
「ご用というのは?」
俺はジョン・グッドマンが留守なのをいいことに、バンを借りてひとりでここまで来た。まあセンターの車だから、誰が使ってもいいのだが。
「まあ掛けたまえよ。一杯どうだ?」
「車」
ドライバーに酒なんて進めたら、そいつも幇助の罪に問われるぞ。
仮にどんな悪事に手を染めていようと、最低限、守るべきルールがある。
彼は肩をすくめた。
「これは失敬。もうひとり客人を招待している。それまでくつろぎたまえ」
「……」
こんなクーラーのない場所で待つくらいなら、バンの中にいたいくらいだが……。
しかしこいつもこいつだ。蚊取り線香の煙にまかれながら、よくワインなんか飲める。どうせ味なんて分かってないんだろう。まあ俺も分からないが。
ともあれ、じっと立っているのもシャクなので、俺はどっとソファへ身を預けた。
白いワンピースを着たネプチューンが、鼻歌を歌いながらうろうろしている。そこへ草刈機のやかましい駆動音が混じり、気が散って思索を巡らせることさえできなかった。
隣ではウラヌスのポエムも始まった。
「神よ、教えてくれ。あなたはいったい、なんの目的で夏を作ったのか。いや、きっと人類には理解できない深遠な理由があるのだろう。そう。それはとてつもなく深遠な……。む? やはり冷蔵庫も置くべきか。あのスペースが気になる。あそこ。あそこに置きたい……」
客人とやらが誰なのか分からないが、できれば一秒でも早く到着して欲しい。頭がどうにかなりそうだ。
やがてバイクの音が近づいてきた。
一人という話だったのに、なぜか二人来た。といっても一人はバイトのドライバーで、本命はもう一人のほうなんだと思うが。
「あっつ! なんで外なの? 意味分かんないんだけど……」
ヘルメットを取ったのは化粧っ気のないセミロングの女。円陣薫子だ。
ドライバーは青村放哉。
戦友会にしては中途半端なメンバーだ。
ウラヌスが颯爽と立ち上がった。
「ご足労いただき感謝しますよ、円陣さん。我らの偉大なる支援者」
支援者?
円陣薫子は渋い表情だ。
「あー、お気遣いなく。ただの代理人ですから。あ、二宮さんお久しぶり」
「お久しぶり……。けど、いったいなぜ……」
俺は思わず口ごもってしまった。まったく話が読めない。
「アイシャから話が来てさ。力貸して欲しいって。そしたら風間さんもやる気になっちゃって……。あーでも、あいつ単独ね。一族が協力するわけじゃないから」
「単独?」
「風間菖蒲だけが手を貸すってこと。まあ金だけはあるから。あと意味不明な人脈も。知り合いに頭のアレな発明家がいて、設計図くれればなんでも作るって」
なんでも?
パーソナル・メッセージ・キャンセラーもいけるってことか。肝心の設計図がないけど。
「こちらとしてはありがたいけど、先方になんのメリットが?」
俺の疑問に、円陣薫子はさらに表情を渋くした。
「さあね。あいつ、頭おかしいのよ。面白そうだと思ったらすぐ乗っかるんだから。こないだも、私が務めてたスーパーいきなり買収して……なんか急に品揃えが豪華になったし。しかもオーナーの権限とか言って、人のこといきなりこっちに飛ばしてさ。せっかくレジ打ちマスターしたのにだよ? なんなのよあの女はホントに」
金持ちの考えることは分からんな。
「アイシャさんの借金は……」
「減ってない。返してないんだから当然だけど。まあとにかく、今後は私が風間さんの窓口ってことになったから。依頼があったらいつでも連絡して」
そういうことか。
まあ、それはそれでいいんだが、業務連絡が終わった途端、なにもすることがなくなってしまった。わざわざこんな辺鄙な場所に来たのに。
するとマーキュリーが七輪を持って現れ、ウラヌスも得意顔になった。
「さて、それでは親睦会もかねて、バーベキューでもしようじゃないか。人類は火を囲むと仲良くなるようだからな」
ふざけんなよ、こいつ。こっちは酒も飲めないのにバーベキューだと……。
するとネプチューンが、紐のついたカゴを重たそうに引きずってきた。トウモロコシやジャガイモなどが山盛りになっている。
「親戚からもらったの……でも一人じゃ食べきれないから……」
なんなんだよ、この集まりは。
とっとと帰りたかったが、マーキュリーの火おこしがあまりに手際よくおこなわれたので、ついつい見入ってしまった。しかもパチパチと軽快な音がするに従い、だんだんメシの気分になってきた。
このクソ暑いさなか、火を囲むなど正気の沙汰ではないのだが……。
ともあれ、メシが出てくるのは少し先になる。
俺は呆然と突っ立っている青村放哉へ近づいた。
「青村さん、ちょっと話が」
「あ? なんだよ」
同じくドライバーで酒が飲めないせいか、彼は少々不機嫌そうだった。
「今後の話だけどさ、俺らももっと協力したほうがいいと思うんだ」
「協力? してるだろ」
「そうじゃなくて。青村さんもさ、うち戻ってこない? いつまでも島田さんに使われる義理もないでしょ?」
「うるせーよ。俺は俺のやりたいようにやる。オメーもそうだろ? 互いに言いっこなしだぜ」
分かってはいたが、やはり人の話を素直に聞くような男ではなかったな。
こちらにも考えがある。
「じつは大統領にお願いされたんだ。青村さんを止めてくれって」
「ンだと……」
もともと鋭かった目つきが、ぐっと鋭くなった。
殴られるかもしれない。
「あの人は、復活することを望んでない」
「さっきから勝手なことを……」
「本人から聞いたんだ」
すると彼は不快そうに歯噛みした。敵に飛びかかる直前の狂犬のようだ。
「だからオメーはよ……」
「それでもヤるっていうならもう止めないよ。少なくともこの場では。ただ、本人の気持ちも考えてやって欲しい」
「そうじゃねぇよ。そうじゃねぇだろ……。だったらよ……だったら大統領は、なんで俺に直接言ってこねーんだよ……」
少しうなだれてしまった。
堪えていたのは怒りではなく、哀しみのほうだったか。
「大統領の気持ちは俺にも分からないよ。ただ、会ったら気持ちが揺らぐ可能性もあるから……。きっとそれで俺に託したんだ」
「クソ……」
青村放哉は歩を進め、ワインの瓶をつかんでラッパ飲みし始めた。
ウラヌスが「えー」と立ち上がりかけたが、もう遅い。
「おい、二宮。オメーは飲むなよ。ドライバーなんだからな」
「……」
いいご身分だな。
自慢のバイクはどうする気なんだ。
しかしアルコールのおかげか、青村放哉はおとなしくなった。ワインは独占されてしまったから、他の面々はボトルの水を飲むほかなくなってしまったが。
やがて、ネプチューンが、紙皿に乗ったホイル焼きのジャガイモをくれた。
ホクホクに焼けた皮つきのジャガイモに、たっぷりのマヨネーズを吸わせたものだ。ジャガイモは皮にも毒があるが、緑色でなければだいたい食える。
トウモロコシをかじりながら円陣薫子が近づいてきた。
「大丈夫? なんかケンカしてたっぽかったけど」
「方針のことでちょっとね」
「私に言えないこと?」
「ややこしいんだ。あとで話すよ」
青村放哉がチラとこちらを見た。ウラヌスの演説がうるさいから、会話は聞かれてはいないと思うが。いまは大統領の話をする気分になれなかった。
すると彼女は、やや消沈した表情を見せた。
「アイシャ、途中で抜けたんだって? ごめんね。あいつ、お爺ちゃん子だったらしくてさ」
「聞いたよ」
「ま、今後は代わりに風間さんがお金出すからさ。それで勘弁してよ」
いまだギリギリの綱渡りをしている状態だ。クライアントの気が変われば、俺たちなどいつでも捨てられる。バックアップは多ければ多いほどいい。
それにしても……せっかくのバーベキューだというのに、酒も飲めぬとはな……。
いや、なんならセンターで主催してもいい。屋上でやれば車の運転もいらない。ビールも飲み放題だ。シスターズだって喜ぶだろう。
必ずリベンジさせてもらう。
いまはひたすら耐えるのみ……。
(つづく)




