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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
眩暈編

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22/42

支援者

 翌朝、俺は鐘捲雛子に起こされた。

 理由は分かっている。餅が俺の布団に入り込んでいたからだ。夜中に一度目を覚ましたときはギョッとしたが、俺はあえて追い出さずそのまま寝たのだ。それでいま鐘捲雛子から不審の目で見られている。

「ほら、ちょっと。起きて。二宮さん。ダメでしょ、それは、さすがに」

 なんでもいいが、木刀を持ったままなのはご勘弁いただきたい。

 俺は目をこすりながら、なんとか返事をした。

「ムリに追い出したら可哀相じゃないか」

「そうじゃないでしょ。間違いが起きたらどうするの?」

「起きないよ」

 俺は餅をペットだと思っているし、たぶん餅も俺をペットだと思っている。見た目はともかく、本能が種の違いを認識しているのだ。猫が布団に入ってくるのと大差ない。もちろん限度はあるけれど。

 隣にいる餅は目を覚ましていると思われるが、面白がって狸寝入りしている。

 俺は毛布をどけて身を起こした。

「君こそ、木刀なんて物騒なものまで持ち出して」

「ち、違う。朝の稽古するから、そのためのもので……」

「いま何時?」

「五時半」

 早すぎるんだよ、いつも。

 鐘捲雛子は咳払いをした。

「とにかく、もうしないで。いろいろ問題だから」

「気を付けるよ」

 そして稽古のために、彼女は部屋を出た。


 餅がくすくす笑い出した。

「怒られちゃったね」

「次は鐘捲さんのところに入ってやりなよ。きっと喜ぶから」

「迷惑だった?」

「そんなことはないけど。鐘捲さん、君のこと妹みたいに思ってるからさ」

「うん。でも二宮さん、すごく寂しそうだったし……」

 気遣ってくれたのか。

 俺は立ち上がり、餅の頭をわしわしなでた。

 シスターズにまで心配をかけてちゃいけない。もっとしっかりしなければ。


 顔を洗い、俺は一階エントランスで茶をいれた。

 朝のニュースは特にナシ。いや、あるといえばあるのだが、俺たちに関係しそうなニュースはなかった。佐竹久造が大臣を辞めるとかいうのであれば、まだ見る価値もあるのだが。


 外を見ると、鐘捲雛子がきびきび木刀を振り回していた。

 彼女は強い。信じられないほど度胸がある。そして躊躇はない。本来ならうちの主力になりうる。

 しかし現場では銃弾が飛び交っているし、サイキック・ウェーブも重要性を増している。現状、彼女のスタイルでは活躍が限定されてしまう。

 主任が頭につけていたパーソナル・メッセージ・キャンセラーとやらを入手できれば、もしかすると問題を克服できるのかもしれないが。どうせ開発は赤羽だろうし、うちのチームに回ってくるはずがない。


 その後、俺は地下で射撃訓練をしたが、いまいちしっくりこなくてすぐにやめてしまった。昨日の疲労とアルコールがまだ抜け切っていなかったのかもしれない。

 まずは基礎体力をつけたほうがよさそうだ。


 生活スペースに戻り、体育座りしている機械の姉妹に声をかけた。

「少し相談があるんだが……」

「はい?」

 表情はほぼない。が、邪魔そうではなかった。

 彼女が黙っているときは、だいたい無線LANでネットをしている。この時間はまだ各務珠璃も来ていないから、チャット中ではなかったのだろう。

「もし札束で赤羽をぶん殴ろうと思ったら、だいたいどのくらい必要だと思う?」

「なにも考えず企業ごと買収するのでしたら、五千億は必要かと思います」

「ご、五千億……」

「株主総会に出席したいだけでしたら、もっと手ごろな値段になるかと思われますが……。しかしこの方法では、たいした影響力は持てないでしょう」

「仮に一億だとしたら?」

「配当金が得られますよ」

 門前払いに等しい。

 やはり金でどうにかなる相手ではなさそうだ。

 俺は思わず溜め息をついた。

「アイシャさんが、金持ちの知り合いがいるって言うんだ。もしその人の金をぶっこんだら、赤羽をどうにかできるかなって考えたんだけど」

「風間菖蒲さんですか。資産家の令嬢ですね。すでに赤羽の株をいくらか持っていたと思いますよ」

「ずいぶん詳しいな」

「調査しましたので」

 かすかに笑みを浮かべた。

 きっと本人から聞いたとかではなく、勝手に調べたんだろう。いつものことだ。

「その人に協力を要請したら、赤羽をどうにかできそうかな」

「単独では難しいと思いますね。赤羽メディカル工業は、企業規模が大きすぎますから。ただし、もし協力を得られるのであれば、別の用途には使えるかもしれません」

「それは?」

「一族の中に、国会議員や厚労省の官僚がいます。そのツテを利用すれば、なんらかの牽制に使えるかと」

「応じてくれるかな?」

「さあ、どうでしょうね。ひとつ言えるのは、先方にそれをするメリットがない、ということです」

 ムリだな。

 ただでさえ俺たちは現職の大臣を敵に回している。風間家とて、そんな連中に手を貸したくはなかろう。リスクが大きすぎる。

 さらに言えば、こちらからは差し出せるものがなにもない。一方的に助けてもらう格好になる。そんな虫のいい話もあるまい。

 つまり俺たちは、今後も地道に破壊活動を繰り返すしかない、というわけだ。


 *


 午後、俺は例の廃工場に呼び出された。

 いまやサイキストと惑星プラネットの関係を隠す必要もないのだから、こんな人気のない場所で密談することもないのだが……。


 現地では、タンクトップ姿の男がうつろな目で草刈機を動かしていた。惑星プラネットの一人、強欲のマーキュリーだ。元自衛隊員でもある。まともに会話をしたことがないので、どんな人物かは分からない。


 工場にはソファやテーブルが持ち込まれていた。のみならず、発電機まで稼働している。惑星プラネットはここを秘密基地にでもする気だろうか。

 ウラヌスはアロハシャツを着て、ビーチチェアに寝そべっている。

「夏というのはどうも好きになれないね。すぐにワインがぬるくなってしまう」

 サイドテーブルのバケツには氷が満たされ、そこへワインボトルが突っ込まれている。

「ご用というのは?」

 俺はジョン・グッドマンが留守なのをいいことに、バンを借りてひとりでここまで来た。まあセンターの車だから、誰が使ってもいいのだが。

「まあ掛けたまえよ。一杯どうだ?」

「車」

 ドライバーに酒なんて進めたら、そいつも幇助の罪に問われるぞ。

 仮にどんな悪事に手を染めていようと、最低限、守るべきルールがある。

 彼は肩をすくめた。

「これは失敬。もうひとり客人を招待している。それまでくつろぎたまえ」

「……」

 こんなクーラーのない場所で待つくらいなら、バンの中にいたいくらいだが……。

 しかしこいつもこいつだ。蚊取り線香の煙にまかれながら、よくワインなんか飲める。どうせ味なんて分かってないんだろう。まあ俺も分からないが。


 ともあれ、じっと立っているのもシャクなので、俺はどっとソファへ身を預けた。

 白いワンピースを着たネプチューンが、鼻歌を歌いながらうろうろしている。そこへ草刈機のやかましい駆動音が混じり、気が散って思索を巡らせることさえできなかった。

 隣ではウラヌスのポエムも始まった。

「神よ、教えてくれ。あなたはいったい、なんの目的で夏を作ったのか。いや、きっと人類には理解できない深遠な理由があるのだろう。そう。それはとてつもなく深遠な……。む? やはり冷蔵庫も置くべきか。あのスペースが気になる。あそこ。あそこに置きたい……」

 客人とやらが誰なのか分からないが、できれば一秒でも早く到着して欲しい。頭がどうにかなりそうだ。


 やがてバイクの音が近づいてきた。

 一人という話だったのに、なぜか二人来た。といっても一人はバイトのドライバーで、本命はもう一人のほうなんだと思うが。

「あっつ! なんで外なの? 意味分かんないんだけど……」

 ヘルメットを取ったのは化粧っ気のないセミロングの女。円陣薫子だ。

 ドライバーは青村放哉。

 戦友会にしては中途半端なメンバーだ。

 ウラヌスが颯爽と立ち上がった。

「ご足労いただき感謝しますよ、円陣さん。我らの偉大なる支援者」

 支援者?

 円陣薫子は渋い表情だ。

「あー、お気遣いなく。ただの代理人ですから。あ、二宮さんお久しぶり」

「お久しぶり……。けど、いったいなぜ……」

 俺は思わず口ごもってしまった。まったく話が読めない。

「アイシャから話が来てさ。力貸して欲しいって。そしたら風間さんもやる気になっちゃって……。あーでも、あいつ単独ね。一族が協力するわけじゃないから」

「単独?」

「風間菖蒲だけが手を貸すってこと。まあ金だけはあるから。あと意味不明な人脈も。知り合いに頭のアレな発明家がいて、設計図くれればなんでも作るって」

 なんでも?

 パーソナル・メッセージ・キャンセラーもいけるってことか。肝心の設計図がないけど。

「こちらとしてはありがたいけど、先方になんのメリットが?」

 俺の疑問に、円陣薫子はさらに表情を渋くした。

「さあね。あいつ、頭おかしいのよ。面白そうだと思ったらすぐ乗っかるんだから。こないだも、私が務めてたスーパーいきなり買収して……なんか急に品揃えが豪華になったし。しかもオーナーの権限とか言って、人のこといきなりこっちに飛ばしてさ。せっかくレジ打ちマスターしたのにだよ? なんなのよあの女はホントに」

 金持ちの考えることは分からんな。

「アイシャさんの借金は……」

「減ってない。返してないんだから当然だけど。まあとにかく、今後は私が風間さんの窓口ってことになったから。依頼があったらいつでも連絡して」

 そういうことか。

 まあ、それはそれでいいんだが、業務連絡が終わった途端、なにもすることがなくなってしまった。わざわざこんな辺鄙へんぴな場所に来たのに。


 するとマーキュリーが七輪を持って現れ、ウラヌスも得意顔になった。

「さて、それでは親睦会もかねて、バーベキューでもしようじゃないか。人類は火を囲むと仲良くなるようだからな」

 ふざけんなよ、こいつ。こっちは酒も飲めないのにバーベキューだと……。

 するとネプチューンが、紐のついたカゴを重たそうに引きずってきた。トウモロコシやジャガイモなどが山盛りになっている。

「親戚からもらったの……でも一人じゃ食べきれないから……」

 なんなんだよ、この集まりは。


 とっとと帰りたかったが、マーキュリーの火おこしがあまりに手際よくおこなわれたので、ついつい見入ってしまった。しかもパチパチと軽快な音がするに従い、だんだんメシの気分になってきた。

 このクソ暑いさなか、火を囲むなど正気の沙汰ではないのだが……。


 ともあれ、メシが出てくるのは少し先になる。

 俺は呆然と突っ立っている青村放哉へ近づいた。

「青村さん、ちょっと話が」

「あ? なんだよ」

 同じくドライバーで酒が飲めないせいか、彼は少々不機嫌そうだった。

「今後の話だけどさ、俺らももっと協力したほうがいいと思うんだ」

「協力? してるだろ」

「そうじゃなくて。青村さんもさ、うち戻ってこない? いつまでも島田さんに使われる義理もないでしょ?」

「うるせーよ。俺は俺のやりたいようにやる。オメーもそうだろ? 互いに言いっこなしだぜ」

 分かってはいたが、やはり人の話を素直に聞くような男ではなかったな。

 こちらにも考えがある。

「じつは大統領にお願いされたんだ。青村さんを止めてくれって」

「ンだと……」

 もともと鋭かった目つきが、ぐっと鋭くなった。

 殴られるかもしれない。

「あの人は、復活することを望んでない」

「さっきから勝手なことを……」

「本人から聞いたんだ」

 すると彼は不快そうに歯噛みした。敵に飛びかかる直前の狂犬のようだ。

「だからオメーはよ……」

「それでもヤるっていうならもう止めないよ。少なくともこの場では。ただ、本人の気持ちも考えてやって欲しい」

「そうじゃねぇよ。そうじゃねぇだろ……。だったらよ……だったら大統領は、なんで俺に直接言ってこねーんだよ……」

 少しうなだれてしまった。

 堪えていたのは怒りではなく、哀しみのほうだったか。

「大統領の気持ちは俺にも分からないよ。ただ、会ったら気持ちが揺らぐ可能性もあるから……。きっとそれで俺に託したんだ」

「クソ……」

 青村放哉は歩を進め、ワインの瓶をつかんでラッパ飲みし始めた。

 ウラヌスが「えー」と立ち上がりかけたが、もう遅い。

「おい、二宮。オメーは飲むなよ。ドライバーなんだからな」

「……」

 いいご身分だな。

 自慢のバイクはどうする気なんだ。


 しかしアルコールのおかげか、青村放哉はおとなしくなった。ワインは独占されてしまったから、他の面々はボトルの水を飲むほかなくなってしまったが。


 やがて、ネプチューンが、紙皿に乗ったホイル焼きのジャガイモをくれた。

 ホクホクに焼けた皮つきのジャガイモに、たっぷりのマヨネーズを吸わせたものだ。ジャガイモは皮にも毒があるが、緑色でなければだいたい食える。

 トウモロコシをかじりながら円陣薫子が近づいてきた。

「大丈夫? なんかケンカしてたっぽかったけど」

「方針のことでちょっとね」

「私に言えないこと?」

「ややこしいんだ。あとで話すよ」

 青村放哉がチラとこちらを見た。ウラヌスの演説がうるさいから、会話は聞かれてはいないと思うが。いまは大統領の話をする気分になれなかった。

 すると彼女は、やや消沈した表情を見せた。

「アイシャ、途中で抜けたんだって? ごめんね。あいつ、お爺ちゃん子だったらしくてさ」

「聞いたよ」

「ま、今後は代わりに風間さんがお金出すからさ。それで勘弁してよ」

 いまだギリギリの綱渡りをしている状態だ。クライアントの気が変われば、俺たちなどいつでも捨てられる。バックアップは多ければ多いほどいい。


 それにしても……せっかくのバーベキューだというのに、酒も飲めぬとはな……。

 いや、なんならセンターで主催してもいい。屋上でやれば車の運転もいらない。ビールも飲み放題だ。シスターズだって喜ぶだろう。

 必ずリベンジさせてもらう。

 いまはひたすら耐えるのみ……。


(つづく)

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