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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
眩暈編

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21/42

消耗

 クソ疲れているのに、センターには赤羽誠子が待ち構えていた。

 おかげで俺はシャワーを浴びる暇さえなく、執務室へ呼び出されてしまった。どうも各務珠璃は自分ひとりで応対したくなかったようだ。

「二〇〇一年にインドで発生した『ケーララの赤い雨』をご存じでしょうか? 細胞が、雨に混じって降ってきたのです。パンスペルミア説を援用して、生命が宇宙から飛来したと説く人もいますね。私としては、それがどこから来たものであれ構いませんが。大事なのは、いままさに、この星に生命が存在するということです。調査のし甲斐があるとは思いませんか?」

 議論なら、ご自分の研究所で専門家と好きなだけやって欲しいところだが。

 俺は各務珠璃の茶を勝手にすすり、喉をうるおした。なにせ俺のぶんがなかった。

 ギロリと眼球を動かしたのは赤羽誠子だ。

「それで、あなたはいつまでぼうっと座っているつもりです? 報告に来たのではなかったのですか?」

「俺の上司はあんたじゃない。命令するのはよしてもらおう」

 すると各務珠璃が弱ったような顔でこちらを見つめてきた。

「あの、せっかくですので報告をお願いします」

「現地で暴れてたゴリラ野郎、よりによって植物のサンプルを取り込んでやがった。おかげでずいぶん手こずったよ」

 これに赤羽誠子が乗ってきた。

「取り込んだ? それは興味深い現象ですね。どうなりました?」

「どうもこうも、合体だよ、合体。どうせ監視カメラの映像残ってんでしょ? あとで好きなだけ鑑賞してくださいよ」

「私は現場の感想も大事にしたいのです。それに、サイキック・ウェーブで発生する映像ヴィジョンはあまり鮮明に記録できませんから」

 逆を言えば、不鮮明ならある程度は記録できるってことか。ずいぶん技術が進んでいる。

 俺はテーブル上のまんじゅうを開封しながら応じた。

惑星プラネットの二人が、サイキック・ウェーブで赤いスープに変えたんだ。たぶんだけど、ガイアの力を使ってた。けど殺せなくて、今度は俺とアッシュで仕掛けた。それでようやく倒せたんだ。というより、最終的にはフェイルセーフで駆除したわけだけど」

 敵の幹部に情報を開示するのもおかしな話だが、この女には話しても構わないような気がした。策略よりも研究に興味があるように思えたからだ。とはいえ、その研究が現場に投入されて、結局は俺たちが苦労するハメになるのだが。

 彼女は「ふぅん」と値踏みするような目になった。

「やはりあなたの能力は、弊社で活用すべきかもしれませんね。もしご希望でしたら特別待遇をお約束しますよ」

「お断りだ。これは金の問題じゃない。気分の問題なんだ」

「少し想像してみてもらえませんか? こちらのセンターが解体され、弊社がオメガ種を保護した場合のことを。部外者のあなたは、彼女たちに面会することさえできないのですよ。しかし、もし弊社に就職し、しかるべき権限を有していれば、彼女たちの世話をすることもできるはず。いかがです?」

 大企業に就職できる上、シスターズの保護にも参加することができる、というわけか。悪い話じゃない。しかし最大のネックは、こいつの命令に従わねばならないということだ。

 俺はふっと笑った。

「ところで、お兄さんはご健在で?」

「兄? 研究者に参加していますよ。ほかに取り柄もありませんしね。彼がどうかしましたか?」

「シスターズに会いたがってるんじゃないかと思って」

 すると彼女は不快そうに眉をひそめた。

「どういう意味です? あの男に近づけるつもりはありません。オメガ種については、あくまで私のチームが対応します」

 まあそうすべきだな。ヘタに近づけると二秒でバブバブし始める。

 俺はまんじゅうをむさぼり、茶で流し込んだ。

「なるほど。じゃあ、あのサンプルを作ったのはお兄さんのチームか」

「……」

 すごい目で見られてしまった。

 心外だな。

 赤羽義晴はオメガ種の研究から外されている。赤羽誠子とは別チーム。しかし研究そのものは継続しているという。生物がダメなら植物。

 ただの消去法だ。

「俺はあんたらの研究に詳しいわけじゃない。ただ、いろいろ見てきた。正体不明のキノコも食ったし、花に襲われたこともあった。動物、植物、キノコ類、およそ生命に関連したものはなんでも変異した。それもサイキック・ウェーブ……とりわけメッセージと呼ばれる外部からの信号によって。今日、あのゴリラが細胞レベルにバラされたのを見て分かったよ。この地上の生命は、どれも、誰かのメッセージで姿を変えてきたんだ。それを神だと結論するつもりはないが……」

 二人が固まってしまったので、俺はそこで演説をやめた。

 少々スピリチュアルに過ぎたかもしれない。だが、いままで見てきた限り、そうとしか説明のしようがなかった。

 俺はまんじゅうを数個回収し、席を立った。

「ひとりで食うわけじゃない。シスターズにあげるんだ。構わないかな?」

「ど、どうぞ……」

 各務珠璃がコクコクとうなずいた。


 *


 生活スペースでは、アッシュが横になってぐったりしていた。消耗が激しかったらしい。

「大丈夫か? まんじゅうあるけど……」

 俺がテーブルへ置くと、アッシュは無言で首を横に振った。

 これは重症だな。

 餅がこちらを見つめてきた。

「大統領に会ったの?」

「ああ。けど、会話はしてない。俺たちを手伝ってくれただけだ」

 あの場にいた彼女は、生命を反転させた「死」そのものに見えた。プラスとマイナスが打ち消し合うように、怪物の生命を急速に消費させていた。


 シャワーを浴びると、虚脱感はさらに増した。まるで重力が倍になったようだ。ベンチに腰をおろすときも、ストンと落ちた。

 ところが佐々木双葉は、なぜかもう回復している。

「いやー、今日も活躍しちゃった。見た? あたしのグランドクロス!」

「見たよ。けど倒せなかったじゃないか」

「あー、分かってない。あたしがやってなかったら、もっと大変だったんだから。それより、いつ車出してくれるの? サイキウム取りに行くんでしょ?」

 イチゴ狩りみたいな気軽さだ。

「そのうちね」

「出た! そのうち! あたしの苦しみが分からないからそんなこと言えちゃうんだ。いっぺんキマってみなよ? 最高よ?」

「ビールのほうがマシだ」

「分かってないなぁ。てか、なんか元気なくない? 大丈夫?」

「大丈夫じゃない……」

 俺も少し休息をとる必要がありそうだ。

 体を休めるだけでなく、心も。


 *


 餅に起こされた。

 クッションを枕にしてシスターズを眺めているうち、眠りに落ちていたらしい。夢は見なかった。

「まだ眠い? みんなご飯食べるけど……」

「ああ、悪いな。食べるよ」

「うん」

 基本は米とレトルトだ。あとは鐘捲雛子が気分で味噌汁を作ったり作らなかったりする。今日はない。

 いつも出しっぱなしのシスターズ用のテーブルの隣に、大人用のテーブルが出ている。

「さめるから早く食べて」

 姿勢よく正座している鐘捲雛子が、横目でそんなことを言った。

 片づけをするのも彼女だ。あまり待たせてはいけない。まあ俺が自分で片づけをしてもいいのだが、彼女は誰にも手伝わせない。餅が申し出ても拒否するくらいだから、なにがなんでも一人でやりたいのだろう。

 アッシュも回復したらしく、おとなしくシチューをすすっている。

 食事中はみんな静かだ。大家族の食事のようにワイワイしない。なにせメニューに制限があるから、「ソース取って」とか「醤油取って」とかいう会話も生じないのだ。うるさいのはホットケーキのときだけ。


 *


 食事を終えても、まだ疲労感が残った。

 なにもしたくない。

 言い知れぬ虚脱に浸っていると、気分までネガティヴになってきた。

 誰かを追い回して殺す。それだけの日々を繰り返している。

 青村放哉はまだ合流してくれない。プルートは幽閉されたまま。ガイアはいつ復活するのか分からない。赤羽はなにかを企んでいる。議員や官僚は利権の確保に忙しい。末端の俺は、言われたことを言われた通りにやるだけ。


 ぼうっとベンチに腰をおろしていると、餅が隣に腰をおろした。

「どうしたの? 寂しそうな顔」

「なんだか疲れちゃってな……」

「そうなの? じゃあ、あんまり話しかけないほうがいい?」

「いや、そんなことないよ。君と話してると気がまぎれる」

 声を聞いているだけでも安心感があった。

 一人でいると、余計なことを考えてしまう。

 以前もそうだった。あの研究所の地下深くで、俺はどうしようもなく行き詰っていた。すると餅は近くに来てくれた。なにをするでもなく、ただ隣にいた。

 ふと横を見ると、餅のつむじが見えた。俺はその頭をなでた。

「えへへ」

 目を細めて猫みたいだ。

 本当なら、今日頑張ったアッシュもなでてやるべきなのかもしれない。

 シスターズはみんなかわいい。守ってやりたいと思う。できれば現場に出したくない。特にアッシュみたいなブレーキの効かない子は。見ていて不安になる。

 もっとも、今日はそんな彼女に命を救われたわけだけど。


 手に負えない事態に遭遇すると、つい、ありもしないことを考えてしまう。

 ヒーローみたいなヤツが颯爽と現れて、悪いヤツを退治し、すべてを丸く収めてくれないだろうか、と。

 もちろん分かってる。そんなことは起きない。ぜんぶ自分たちでやらなきゃいけないのだ。少なくとも、できる範囲のことは。

 いまは赤羽を攻撃し続けるしかない。そうすれば人間同士の抗争はいったん終わる。細かいことを考えるのはそのあとでいい。


 *


 翌日、久々に街へ出た。

 鬼塚明菜とアイシャの飲み会に、オマケで参加させてもらえることになったのだ。この二人は何度か一緒に飲んでいるらしい。

「各務さんも誘ったんだけど、忙しいって言われちゃってさー」

 誰かの代わりに呼ばれたのだとしても、それでもよかった。

 もう夏だから、みんな薄着だった。特にアイシャは惜しげもなく長い足をさらしているから、通行人がみんな二度か三度は見た。

 彼女はしかし気にしたふうもなく、涼しげなまなざしだ。

「今日もおでんだよ」

 例の店か。ずいぶん昔のことのように感じる。


 店は混んでいなかった。夏におでんを食いたがる人間はあまり多くないのだろう。

 ビールで乾杯し、俺は一杯目をすぐに飲み干した。

「なになに? 二宮さん、そんなに喉渇いてたの?」

 鬼塚明菜のからかうような言葉に、俺は苦笑いで応じるのがやっとだった。酒で気分を紛らわせるのはよくないと思いつつ、それでも飲みたかった。


 しばらく飲んでいると、鬼塚明菜が「あっ」と声をあげた。

「そういえば、聞いたよ! 二宮さん、いまこっちに住んでるんだって? 言ってよ!」

 するとアイシャも「ごめん、言っちゃった」と悪戯っぽい笑みだ。

 そういえば埼玉在住ということになっていた気がする。

 俺は苦し紛れにビールを一口やった。

「あー、ごめん。流れでそうなってて。いまは第三セクターで働いてて……」

「それも聞いた」

「じつはIT系じゃないんだ」

「身寄りのない子供たちを支援してるんでしょ? 知ってる。偉いよね」

「まあ仕事だから」

 ボランティアでやってるなら偉いかもしれないが、対価としてカネを受け取っているのだ。他の仕事と変わらない。

 しかし仮に対価がないとしたらどうだろう。

 それでも今回の件は引き受けていたと思う。あのセンターだけは絶対に守らないといけない。特に、赤羽からは絶対に守らなければ。研究所は彼女たちを「失敗作」として放置したのだ。それがいまごろになって必要などと。誰かの命を、自分の都合で捨てたり拾ったりするようなヤツらだ。隙を見せるわけにはいかない。

 ふと、鬼塚明菜が人差指で俺の額を押してきた。

「おーい、眉間にしわが寄ってるぞー。なに? そんなにハードなの?」

「ああ、いや、ちょっとね。ごめんごめん」

「もっと気晴らしが必要? なら、このあともう一軒行く? あ、でも明日の仕込みが……」

「ありがとう。大丈夫だよ。もう少しおでん食おうかな」

「食べな食べな。大変なときはパワーつけないとね」

 この無暗な勢いは見習うべきだろう。いちいち細かいことを考えてドツボにハマるのは俺の悪癖だ。メシこそパワー。それでいいじゃないか。

「ちょっとトイレ」

 鬼塚明菜は席を立った。彼女も少し酔っているようだ。

 俺はおでんを頼むべくメニューを開いた。するとアイシャも顔を近づけてきて、声をひそめてこう切り出した。

「もしかして、かなりピンチだったりする?」

「えっ? いや、どうだろうな……。精神的な消耗はあるかもしれないけど」

「そう……」

 もしかしてチームを抜けたことを気にしているのだろうか。

 いや、人にはそれぞれ事情があるのだ。強制させるつもりはない。もともと彼女は、銃の扱いがうまい助っ人みたいな立場だった。参加するもしないも自由だ。

 彼女はかすかに溜め息をつき、ぽろっとこうこぼした。

「お金の問題なら解決できるんだけどなぁ……」

「お金? でも君、借金あるよね?」

「私はね。でも私にお金貸してる子、びっくりするくらいお金持ちだから。言ったら助けてくれると思う」

「借りても返すアテがない」

「大丈夫、大丈夫。返さなくても怒らないから」

 怒る怒らないの問題じゃない。

 彼女は余裕の笑みでこう続けた。

「私がちょっとアレしたらすぐ貸してくれるから。そっちの用事があったらいつでも言って?」

「うん……」

 アレとはいったい……。

 ともあれ、幸いカネには困ってない。いざとなれば機械の姉妹の謎の資金もある。さらに言えば、もし赤羽に対抗しようと思ったら、数千万程度ではどうにもならない。

 ポンと十億くれるってなら、少しは作戦の立てようもあるかもしれないが……。それでも俺は、札束を使った戦術を知らない。トーシロが手を出すべき分野ではなかろう。

 いまの俺には、メニューの中からおでんを選ぶことさえできないのだ。

 また玉子でも食うか……。そういえば卵黄って、一個の細胞でできてるんだっけ。調理前ならサイキック・ウェーブで変異するんだろうか。


(続く)

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