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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
眩暈編

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20/42

バランス

 後日、また仕事が入った。今回はシスターズを同行させてくれとのオーダーだ。しかし五代まゆは危なすぎて出せないし、餅は鐘捲雛子がキープしているせいで連れ出せなかった。かといって赤ん坊を背負うのもイヤだ。それでアッシュが出た。

「ボク、お出かけできて嬉しい! できればみんなも一緒がよかったな」

 リムジンの中で、アッシュは足をバタつかせてはしゃいでいた。

 ウラヌスは困惑顔だ。

「ひとつのオリジナルからコピーされたのに、ここまで個性にバラつきが出るものか……」

「なに? おじさん、文句あるの?」

「おじ……」

 三十代か四十代か分からないが、アッシュから見ればウラヌスなどおじさん以外の何者でもなかろう。親ほどの歳だ。

 話がこじれる前に、俺はこう促した。

「で、本日のターゲットは?」

「ああ、そうだったな。赤羽の関連施設を攻撃する。今回は事前に通達しているから、一般職員は残っていないはずだ」

「そんな犯行予告みたいなマネして、警察に通報されないの?」

「警察を入れたくないのは向こうも一緒だ。違法な研究をしているのだからな。そもそも、その違法性に対処するのが、委託を受けた準公務員の我々だ。堂々とやればいい」

「権力の濫用じゃないのかな」

「本気で言ってるのか?」

「いや」

 濫用に加担してる俺たちが言ってもジョークにしかならないな。

 ふと、車内に無線が入った。

『本部より現場。本部より現場。すでにマテリアルが変異しているとの情報あり。現地到着後、即座に対応せよ』

 犯罪予告に焦った職員が、待ち切れずに起動したってことか。

 本日はただの駆除業務になりそうだ。

 ウラヌスは呆れた様子で目を細めた。

「少しは待てなかったのか? いや、待ったところで結果は同じだがね」


 *


「た、助けてっ! 助けてくれっ!」

 リムジンが到着するや、背広の中年男性が窓にすがりついてきた。まるでゾンビ映画だ。

 しかもよく見ると、そいつは例の所長だった。

「なにが起きたんです?」

 俺は銃を構えながらドアから出た。

「うわあああっ! こ、ここ、殺さないで!」

「そんな命令受けちゃいませんよ。詳しい状況を教えてください」

「こ、殺さない? ホントに?」

「いいから状況を」

 情けなくへたり込んでしまっている。よほど怖かったのであろう。

「き、君たちが襲撃予告なんてするから、部下に命じてガーディアンを起動させたんだ。そしたら怪物が現れて……」

「仕様通りの動作なのでは?」

「はっ? 仕様通り? じゃあ赤羽は、最初から私たちを……」

 用済みと考えたのかもしれないな。あるいはディープスロートを取引に使ったことへの制裁か。いや、特になんらの感傷もなく、他の施設と同じように運用されただけという可能性もある。

 彼はすると、目を見開いてこちらを指さした。

「や、約束はどうなった! 彼のことは釈放しただろう!」

「言ったでしょ、俺ら末端だって。苦情は上へどうぞ」

「お前たちには人の心ってものがないのか!」

 撃っていいのかな。

 佐々木双葉はニヤニヤ笑っている。

「あのおじさん、ギャン泣きじゃん。かわいそうに」

「あんまりいじめるんじゃないぞ」

「はぁーい」


 本日のメンバーは俺、アッシュ、佐々木双葉、そしてウラヌスの四名。戦力的にはまあまあ。ビーストにも対処できるだろう。例のグランドクロスとやらが炸裂すれば、ビーストは弱体化するそうだし。


 市役所のような建物の内部から、ガシャーンとガラスを割る音がした。ビーストが力任せに暴れているのだろう。

 俺たちがそちらへ向かおうとすると、所長が「あ、あ、ああーっ」と声をあげた。

「なんです?」

「な、中に……」

「誰かいるんですか? 職員の避難は済んでるんですよね?」

「貴重なサンプルが……」

「サンプル?」


 *


 この施設では、ちょっと違った角度から研究がおこなわれていたらしい。

 それは植物の進化。

 動物も植物も、おそらくは同じ先祖から誕生したのだ。植物だってサイキック・ウェーブで進化する可能性がある。

 かつてビルで遭遇したガイアは、植物のような特性を有していた。別の場所ではキノコ類も見かけた。

 ゆえに研究者たちは「サイキック・ウェーブの本質を解明するには、植物も研究対象に含めるべき」と結論したようだ。

 そのサンプルが、建物の中に保管されているという。


 俺はCz75を構え、先陣を切って内部へ踏み込んだ。

 ガラス片が散乱している。どこから飛ばされたのかも分からないデスクや椅子も転がっている。とんでもない馬鹿力なのだろう。コンクリートの壁も一部が欠けている。

 敵の位置は特定できる。強大なサイキック・ウェーブを隠しもしないからだ。

「例のグランドクロスってのは見られるのかな?」

 俺の問いに、P228を構えたウラヌスは皮肉めいた態度で肩をすくめた。

「お望みとあらば」

 まあ頼まなくてもピンチになったらやるだろう。


 さて、しかし問題は……。

 所長から聞き出したサンプルの保管場所と、ビーストの現在地が同じ、ということだろう。しかも、ついさっきまで大きな音を立てていたものが、いまはウソみたいに静まり返っている。

 じつに嫌な予感がする。


 アッシュが袖をひっぱってきた。

「行かないの? 下だよ」

「ああ、行こう。けど慎重にな」

「うん」

 彼女は猫みたいに好奇心が強い。待つのが苦手なのだろう。


 平時なら権限のない人間は入れない場所のようだが、肝心のドアがまるまるぶち抜かれていた。俺たちは階段をおり、気配のするほうへ向かった。

 獣のかすかなうめき声がする。

 ミシ、ミシ、と、なにかの軋む音も。


 ビーストはいた。ただし、身動きがとれなくなっている。

 毛むくじゃらの体から緑のツタが突き出し、それが方々へ伸びてコンクリート内部までめり込んでいたのだ。蜘蛛の巣につかまったゴリラみたいになっている。

 そいつは俺たちの姿を見るや、うーうーうなって体をゆすった。が、ミシミシ音を立てたほかは、まったくなにも起きなかった。ツタはおそらくコンクリートを突き破り、土にまで達しているのだろう。

 この怪物は、衝動に任せてサンプルを食ったと思われる。それで融合してこんなことになってしまったのだろう。


 ウラヌスが溜め息をついた。

「所見をうかがいたい」

 所見ねぇ……。

 ビーストがいくら暴れても、植物はそいつを殺そうとはしない。なぜなら植物にとって、ビーストは自分自身でもあるからだ。一体化している。

 しかしこちらが射撃を加えた場合、話は違ってくる。俺たちは明らかに外敵だ。暴れ狂ったツタがこちらを攻撃してくるだろう。経験上、この手の植物ほど怖いものはない。いまだってコンクリに穴を開けているのだ。俺たちなんて瞬殺でミンチにされる。

 よって俺の感想はこうだ。

「リムジンのガソリンが使えるなら、部屋ごと燃やしてしまいたいところだな。直接攻撃を加えるのは控えたい」

「却下だ」

「あんた、この手の植物と戦った経験は? ないだろう? この植物は危ないんだ。できるだけ遠回りな方法で攻撃したい」

 なんならグランドクロスを見せてくれてもいいぞ。

 前回はそれで勝てたらしいからな。


 佐々木双葉が勇ましい表情で前へ出た。

「ウラヌス、やるしかないよ」

「グランドクロスか……。しかしアレは……」

「ゴリラの中でなにかが育ってる。あれが爆発したら、きっと手に負えなくなるよ」

「やむをえん」

 するとふたりは目を細めた。

 ウラヌスは額に人差指をあて、佐々木双葉は合掌して集中を開始。おそらくポーズに意味はなく、とにかく集中できればなんでもいいのであろう。


 にわかにサイキック・ウェーブの増大を感じた。

 かと思うと、映像ヴィジョンが周囲を満たした。


 あくまでイメージに過ぎないとは思うが、透明な球体がビーストの身体を包み込んでいた。巨大なサイキウム……いや、ガイアだろうか。

 するとビーストの身体は赤黒く変色し、どこからともなくボロボロと崩壊していった。

 血液のように見えるが、たぶん違う。もっと透明感のある液体だ。いや、液体のように見えるが、もしかして細胞だろうか……。


 ふっと映像ヴィジョンが消失し、いきなり現実に引き戻された。

 佐々木双葉もウラヌスも力を使いすぎたらしく、ふらりと壁に寄りかかった。

 床には赤いスープがぶちまけられている。もはやゴリラも植物もない。破壊に成功したらしい。

 いや、まだサイキック・ウェーブの活動を感じる。バラけていた液体は徐々に集結し、ふたたび生き物の姿をとった。

 これはファージ……いや、骨の花だ。

 骨格の周囲をゼリーの赤い肉が包んでいる。それはグロテスクでもあり、美しくもあり……。花弁はとくに瑞々しく艶めいて見えた。

「危ないっ!」

 俺は予想外の方向から突き飛ばされ、体勢を崩した。そのまま立ち止まってもよかったが、わざと前に転がって距離をとり、あらためてなにが起きたのかを確認した。


 花から伸びた鋭い骨が、コンクリートの壁に突き刺さっていた。しかもずいぶん深く刺さったらしく、なかなか抜けずにいるようだ。

 アッシュが突き飛ばして助けてくれたらしい。

 状況を理解したウラヌスが、ひいひい言いながら這いつくばって部屋を出た。佐々木双葉も尻もちをついたままじりじりと後退。

 こんなの、どう戦えばいいんだ……。

 なにが起こるか分かったもんじゃない。怪物が行動不能のうちに引くべきか。

 するとアッシュが、わあと叫びながら伸びている骨にしがみついた。全体重をかけて折ろうとしている。

「待て! アッシュ! いったん引くぞ!」

「ダメだよ! こいつ、生かしておいたら危ない!」

「落ち着いてくれ。いちど戻って作戦を立て直す」

「ヤだ! 殺すんだ!」

 スイッチが入ってしまっている。

 覚悟を決めてヤるしかない、か。

 俺はやむをえず銃を構え、花の本体へ向けて発砲した。弾丸が肉を散らす。が、その部位はすぐさま修復されてしまった。一撃で致命傷を与えないと殺せないタイプかもしれない。心臓部は異様に膨らんだ花の内側か。拳銃ごときではダメージを通せない。

「折れろ! 折れろよ!」

 アッシュはムキになって骨にぶらさがっている。

 なにか手はないのか?

 いっそ花に消火器でも突っ込んで食わせるか。あるいは……。

 室内を見回していると、壁のプレートが目に入った。赤い文字で「緊急避難装置」と書かれている。矢印が誘導しているのは廊下。

 俺は敵に正面を向けたまま後退し、廊下まで出た。壁に、カバーのかけられたレバーが設置されている。なにかに使えるかもしれない。

「アッシュ! こっちだ! 廊下に出ろ!」

「なんで!? ダメだよ! こいつ、絶対に殺さないと!」

「いいから来るんだ! そいつを殺せるかもしれない!」

「……」

 アッシュはしばらく骨にしがみついていたが、渋々といった様子でこちらへ来た。

 ウラヌスはすでに逃亡しているし、佐々木双葉も廊下でうずくまっている。

 室内には怪物しかいない。骨だけは廊下まで伸びているが。

 俺はカバーを開き、中のレバーを引き下ろした。途端、赤色ランプが点灯し、ブーブーと警報が鳴り始めた。

『緊急避難装置が起動します。危険ですので、ドア付近に近寄らないでください。緊急避難装置が起動します――』

 緊迫した空気の中、上下から鋼鉄のドアが出現した。

 途中の骨をへし折ってくれると助かるが……。

 しかしドアは骨にぶつかり、あっさりと動作を停止してしまった。

『異常を感知しました。緊急避難装置を停止します。すべての職員は上長の指示に従い、すみやかに避難を開始してください』

 このポンコツが……。

 アッシュもしびれを切らし、ふたたび骨にしがみついた。

「やっぱりボクたちでやらないとダメだよ! 二宮さん、手伝って!」

 しかし人がぶらさがったくらいで折れるとは思えない。なにせドアの荷重にも耐えているのだ。

「アッシュ、俺たちの体重じゃムリだ。もっと別の手を使おう」

「なにするの?」

「さっきの見ただろ。サイキック・ウェーブだ。俺たちもアイツを変異させられるかもしれない」

「あっ! 分かった! やろう!」

 どうやるのかは不明だが。

 ひとつハッキリしているのは、佐々木双葉とウラヌスの力だけで破壊したのではないということだ。地中のガイアにアクセスし、その力を利用していた。

 目を細め、集中を開始する。

 意識をチューニングし、現実と夢の狭間を見るのだ。そこにはいつも誰かがいる。


 映像ヴィジョンの発生。

 俺はしかしそこに予想外の存在を見た。出現したのはガイアではなく、マネキンのような白い女。大統領――テオだ。


 彼女が湿った骨の花をなでると、花の表面から艶めきが失われた。かと思うと、壁に刺さっていた骨がボロッと崩れた。

 ドアが動き始めた。

『緊急避難装置が起動します。危険ですので、ドア付近に近寄らないでください。緊急避難装置が起動します――』

 室内が密閉されると、シューと音がしてガスが満ちた。

 間もなく怪物のサイキック・ウェーブが消失。死を確認。


 俺は言いようのない虚脱感をおぼえ、どっと壁に寄りかかった。アッシュも床にへたり込んでいる。

 なんと説明したらいいのか分からないが、命を吸引されるような感覚だった。こちらの生命を差し出す代わりに、死者に手を貸してもらう、という感じだろうか。なんだか、手を出してはいけない行為のように感じられた。


 *


 施設を出ると、所長は頭をぶち抜かれて死亡していた。

 やったのは青村放哉だ。

「おー。戻ったか。すげぇ量の波が出てたから、ひとりくらい死んだかと思ったぜ」

 気楽なものだ。

 俺は極度に疲労していたこともあり、顔をしかめた。

「殺す必要が?」

「バイトの俺に聞くんじゃねーよ。客が殺れって言えば殺る。そんだけだ」

 つまり島田高志は、所長らと取引しておきながら、約束を守る気はなかったということだ。しかしいくら違法な戦いをしているとはいえ、最低限守るべきルールはあると思うのだが。

 まあいい。

 俺はぐったりしたアッシュを背負い直し、慎重にリムジンに乗り込んだ。

 たぶんこの状態でビールを飲んだら吐く。


(続く)

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