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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
眩暈編

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19/42

生還者

 赤羽誠子が去ってしばらくすると、今度は鐘捲雛子たちが戻ってきた。

 怪我はないようだ。

 しかし表情がゲッソリしている。

 鐘捲雛子は生活スペースに入ってくるなり、いきなり餅を抱きしめた。というよりしがみついている。

 餅は困惑顔だ。

「ど、どうしたの?」

「なんでもない……」

 なんでもないことはないだろう。人を斬ったくらいで動じない女が、こんなに他人を頼るなんて。

 後ろから入ってきた佐々木双葉は複雑そうな表情だ。

「いやー、ちょっと派手にサイキック・ウェーブ使っちゃってさー」

 耐性のない人間を巻き込んだのか……。まあ俺も何度かやってるから、人のことはとやかく言えないけれど。

 餅も鐘捲雛子を抱きしめて、手でよしよしと叩いている。


 ふたりがシャワーへ行くと、赤ん坊を抱きかかえた少女が近づいてきた。赤ん坊のほうが「23-NN」で、母親役のほうが「33-NN」。しかし俺たちは単に「赤ん坊」や「ママ」と呼んでいる。ママといってもまだ少女だが。

 サイキック・ウェーブで声が飛んできた。

「相談がある」

 そう切り出したのは赤ん坊のほうだ。ママは柔和な笑みを浮かべたまま無言。赤ん坊にとっては足代わりというわけだ。

 ともあれ俺は会話に応じた。

「珍しいな。ご用は?」

「鐘捲雛子の消耗が激しい。人員の変更および戦力の補強を提案したい」

「えーと、変更と……補強?」

「鐘捲雛子を休ませるべきだ。サイキック・ウェーブの飛び交う現場は、あの娘には荷が重すぎる」

 同感だな。しかし彼女が俺の言葉を聞くとは思えない。説得するなら別の誰かに頼るべきだ。

 すると餅が近づいてきた。

「私が説得する」

「いいのか?」

「さっき抱きしめられたときね、鐘捲さん、少し震えてたの。きっと怖い思いしたんだ。お休みさせないと心が壊れちゃう」

「じゃあその件は君に任せるよ」

 餅の提案なら聞くかもしれない。

 俺は赤ん坊に向き直った。

「それで、補強ってのは? 誰かアテでもあるのか?」

 この問いに、彼女はにこりと満面の笑みを浮かべた。

「愚問。ここには姉妹がおろう。なんなら我が同行してもよい」

 シスターズを現場に出せと……。

 たしかに彼女たちはサイキック・ウェーブへの耐性がある。耐性どころか、波の発生源でさえある上、俺たちじゃ太刀打ちできないほど強大な力を有している。

 俺はしかしかぶりを振った。

「いや、ダメだ。赤羽はシスターズの力を欲してる。つかまったら大変だぞ」

「そこは汝が盾となりて守ればよかろう」

「俺が何人いてもダメだよ。別の敵ならともかく、赤羽の前には出せない」

「我も甘く見られたものよ……」

 自分の足で移動もできず、ママにしがみついているような赤ん坊に言われたくないぞ。俺だって赤ん坊を背負いながら銃撃戦なんてイヤだからな。至近距離でサイキック・ウェーブを使われたら巻き込まれるし。


 やがて佐々木双葉が戻ってきた。

 まだ前髪を結んでいないから、でこが隠れている。

「少しいいかい?」

「お、なになに? シャワーから出たばかりの双葉ちゃんに興味アリ?」

「今日の現場について、詳しく教えてくれないか」

 いつもの神々しいでこを拝めなくて寂しいよ、俺は。

 彼女はすると「えー」と不満そうな態度を見せた。

「教えてあげてもいいけど……なんかねー」

「じゃあウラヌスに聞くよ」

 どこにいるのかは不明だが。連絡先は分かっている。

 佐々木双葉はまた「えー」と声をあげた。

「ちょっとは話に乗ってきてよ。そしたら教えるからさ」

「話? まともな用件なんだろうな」

「まともじゃないよ。サイキウムが欲しいの。そろそろ限界でさぁ。お願い! ちっこいのでいいから。刺激が欲しいの。ね? ダメ?」

 キマりたいってわけか。

 いっぺん依存症の治療を受けたほうがいいのでは。

「いや、手に入るわけないでしょ」

「入る。二宮さん、免許持ってたよね? ちょっと車出してさ、サクッと狩りに行こうよ」

 以前ほどは見かけなくなったが、山に入れば野良のオメガ種と遭遇することがある。そういうのから回収したいということか。

「そんなことしてる暇はない」

「先に今日のこと教えるからさー。ね? いいっしょ? あたしらの仲じゃん?」

「……分かった。前向きに検討する」

「やった! 約束ね! 嘘つきはグランドクロスの刑だから」

 それはやめろ。

 俺がベンチに腰をおろすと、彼女は約束通り状況を説明してくれた。


 本日の現場は、郊外の事務所――。

 襲撃はいつものごとく一方的に始まった。

 しかして赤羽側も、事前に警備ロボットを手配していたらしい。襲撃に気づいた職員が、薬剤を注入してマテリアルを変異させたのだという。

 結果、例の怪物――ビーストが登場し、手当たり次第に職員を殺害し始めた。職員たちは、それがなんなのかも知らされていなかったようだ。

 誕生したビーストはいびつで未完成な姿だったが、それでもタフだった。

 なんとか弱体化させるため、佐々木双葉はウラヌスと協力してサイキック・ウェーブを放った。そのときに鐘捲雛子も巻き添えを食った。味方の攻撃を妨害しないよう、あえてキャンセラーを起動しなかったのだ。

 ビーストはさらにいびつに変異し、身動きが取れなくなった。ラストは全員で取り囲み、なんとか殺害。いまへ至る。


「まあ鐘捲ちゃんには悪かったけどさ。でもあたしら凄くない? あのゴリラ、すっごいひしゃげちゃってさ。もっとうまくやったらマテリアルに戻せてたかもよ? いまにして思えば、これこそがグランドクロスだったんだなーって」

 イミフと言ってやりたかったが、俺は苦情を飲み込んだ。


 赤羽は、すでに自前の警備ロボットを各所へ配備済みというわけだ。今後、どこを襲撃するにしてもビーストと戦うハメになるだろう。

 しかもそいつは敵味方問わず、見境なく殺してしまう。

 これならアメリカに買わされたブツのほうがまだ人道的だった。体内に自爆装置を仕込むのはさすがにやりすぎだとは思うが。


 じっと眺めていると、戻ってきた鐘捲雛子に餅が駆け寄った。会話までは聞こえないが、鐘捲雛子が反発もせずにうなずいているのが見える。餅が抱きつくと、鐘捲雛子も応じた。

 本当の姉妹ではないけれど、彼女たちには違う形の絆があるのだ。


 *


 数日後、新たな作戦が回ってきた。

 参加したのは、センターからは俺と佐々木双葉。もちろん赤ん坊は背負っていない。シスターズは置いてきた。

 惑星(プラネット)からはウラヌスが来た。というか呼ばなくても必ずいる。

「殺戮(さつりく)を望む諸君には、残念なお知らせをせねばならない。本日の作戦は救出だ。ターゲットは『ディープスロート』。どうやら死んでいなかったようだな」

 行きのリムジンの中で、彼はそう切り出した。

 こちらを殺人鬼かなにかだとでも思っているのだろうか。まあ誤射してくれって言うなら相談に乗らなくもないが。

 俺はクーラーボックスを横目に、こう尋ねた。

「野良犬は?」

「来るんじゃないか。今回の件は、あきらかに島田氏の管轄だからな」

「それは味方として?」

「敵対する理由もあるまい」

 もちろんだ。しかしそれでもなお、青村放哉が俺たちと合流しようとしないのが気になった。まだ大統領の復活を望んでいるのだろうか。


 *


 到着したのは見覚えのあるボロアパートだった。前回、切断された腕を見つけた場所だ。

 俺は車から降りる前にこう確認した。

「先に聞いておくけど、また罠ってことはないよね?」

「なにも聞かされていない。だが安心したまえ。今回は私も同行する」

 ウラヌスは不敵な笑みを浮かべた。

 それでも安心などできないが。


 空は晴れ渡り、日差しも強いのだが、空気は涼しかった。まだ時間が早いせいかもしれない。

 朽ちかけたアパートは大地へ濃い影を落としている。

 雑草は伸び放題。

 じつに荒涼とした景色だ。

 野良犬のバイクはない。


 俺はホルスターから銃を抜き、アパートの階段をあがった。一歩ごとに、錆びた金属がカツンと大袈裟な音を立てる。

 黒の防護服は、あまり快適な着心地ではない。

 今回も鍵は開いていた。

 そっとドアを開き、慎重に中へ。

 感知できるサイキック・ウェーブは三つ。そのうち一つはディープスロートこと早川秀俊のものであろう。残り二つには心当たりがない。

「入りなさい」

 男の声がした。


 どうやらただの救出作戦ではなさそうだ。

 俺は奥へは入らず、玄関から応じた。

「いきなりぶっ放すのはナシにしてくれるとありがたいんですがね」

「警戒しなくていい。こちらは武装していない。それに、もし君たちを罠にハメるつもりなら、こんな回りくどい方法はとらない」

 もちろんそうだ。そうなのだが、もしビーストが持ち込まれていて、その危険性を彼らが認識していなければ、かなりの被害が出る。

 かといって警戒ばかりしていても時間をムダにするだけなのだが。

 俺は銃を下へ向けながら、ゆっくりとリビングへ入った。


 早川秀俊は縛られて床に転がされていた。目立った外傷はない。

 男二名は背広にサングラス。薄暗い部屋でもサングラスを外さないということは、素顔を見られたくないのかもしれない。


 初老の男がこう切り出した。

「先に条件を確認しておきたい。見ての通り、人質は解放する。その代わり、例の約束だけは絶対に守って欲しい」

「約束?」

 対策本部は、彼らとなにか取引をしたのか?

 振り返るが、ウラヌスは素知らぬ顔だ。

 男は不審そうに眉をひそめた。

「聞いていないのか? 我々の施設を攻撃しないという話だっただろう」

「残念ながら、なにも。俺ら末端の作業員なんで。あ、でもご用件はお伝えしますよ」

「いいか。この男の解放は、こちらにとってもかなりの痛手なのだ。そのことをよく伝えておきなさい」

「はぁ。ちなみにお二人は、どのような……」

 すると彼は不快らしく舌打ちした。

「末端が、詮索するな。君は私の話を上へ伝えればそれでいい」

「はい……」

 誤射したら怒るかな。

 まあこんなことで発砲するほど気は短くないが。


 すると男たちは、期待外れだったとばかりに行ってしまった。

 佐々木双葉は「ぶー」と頬を膨らましている。

「なんなのアレ、感じ悪ぅ」

 心の底から同意する。こちらが末端だと自己紹介した途端、礼儀を払わなくなった。となると彼らはそこそこの社会的地位を有する人間、ということになるか。


 俺は銃をホルスターにしまい、その場にしゃがみ込んで、早川俊英の拘束を解いてやった。手足の自由を奪われていただけでなく、口元を粘着テープで封じられ、目隠しまでされていた。

「はぁっ、はぁっ……こ、ここ、殺さないでっ!」

「殺しませんよ。助けにきたんですから」

 すると彼はまじまじとこちらを見て、目をパチクリさせた。

「ああっ、二宮さんだ! よかった! 助かった!」

「心配しましたよ。腕も無事みたいで」

「ええ、はい。切り刻まれたのは私のクローンです。マテリアルだったのに、変異させられて……私の目の前で……」

 目の前でクローンをバラされたのか。ということは、俺たちが発見したあの腕もクローンのものということだ。素人の仕事ではない。やったのは例の浪人だろうか。

 俺は立ち上がり、彼に尋ねた。

「ちなみに、さっきの連中の正体はご存じで?」

「あれが所長と次長ですよ! ほら、例の! 私たちがいた研究所の!」

「ああ、フェスト治療の」

 責任を主任に押し付けて、出張したまま帰ってこなかった所長たちだな。あの様子だと、現場の仕事よりも、自分たちが生き延びることに注力するタイプだろう。

 早川俊英はようやく落ち着いたのか、身を起こし盛大な溜め息をついた。

「あのふたり、センターにいたころから赤羽さんに買収されてて……。主任とも対立してたんです。いまは赤羽さんのところで働いてて……」

「そういう自分だって買収されてたんじゃないの?」

「いや、私は……所長にそそのかされて……で、でも、ただの駒ですよ! 今回だってこんな扱いですし……」

「いつからです?」

「例の事件のあと……。どこもポストが空いてなくて、各所をたらい回しにされていたら、所長から『仕事をしないか』って誘われて……」

 先に買収されていた所長と次長が、彼を仲間に引き入れた、という流れか。勤務していたセンターが業務を停止してしまい、彼も行き場に困っていたわけだ。

 俺はもう引き上げてもよかったが、せっかくなので質問を重ねた。

「島田さんの協力者になった経緯を聞いても?」

「以前から面識はあったんです。阿毘須(アビス)はフェスト研究の大手スポンサーでしたから。でも、そんな大胆なことはしてなくて……。ちょっと仕事上の相談をしていただけで……」

 相談ねぇ。以前から情報を横流ししてたってわけか。

 この温厚そうな人物が二重スパイとは。いや、温厚で押しに弱く、命じられればなんでもやるからこその二重スパイかもしれない。普段は真面目に勤務していそうなだけにタチが悪い。


 ともあれ、所長と次長は、自分たちが襲撃からまぬがれるために、この人質を解放したというわけだ。いや、それさえ罠という可能性もあるが。

 それに、仮に罠であろうと、俺たちは彼を連れて帰るしかない。

「歩けますか? 車を用意しています」

「ありがとうございます……」


 グランドクロスが見られなくて残念だったが。

 それはまたの機会に譲るとしよう。


(続く)

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