生還者
赤羽誠子が去ってしばらくすると、今度は鐘捲雛子たちが戻ってきた。
怪我はないようだ。
しかし表情がゲッソリしている。
鐘捲雛子は生活スペースに入ってくるなり、いきなり餅を抱きしめた。というよりしがみついている。
餅は困惑顔だ。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない……」
なんでもないことはないだろう。人を斬ったくらいで動じない女が、こんなに他人を頼るなんて。
後ろから入ってきた佐々木双葉は複雑そうな表情だ。
「いやー、ちょっと派手にサイキック・ウェーブ使っちゃってさー」
耐性のない人間を巻き込んだのか……。まあ俺も何度かやってるから、人のことはとやかく言えないけれど。
餅も鐘捲雛子を抱きしめて、手でよしよしと叩いている。
ふたりがシャワーへ行くと、赤ん坊を抱きかかえた少女が近づいてきた。赤ん坊のほうが「23-NN」で、母親役のほうが「33-NN」。しかし俺たちは単に「赤ん坊」や「ママ」と呼んでいる。ママといってもまだ少女だが。
サイキック・ウェーブで声が飛んできた。
「相談がある」
そう切り出したのは赤ん坊のほうだ。ママは柔和な笑みを浮かべたまま無言。赤ん坊にとっては足代わりというわけだ。
ともあれ俺は会話に応じた。
「珍しいな。ご用は?」
「鐘捲雛子の消耗が激しい。人員の変更および戦力の補強を提案したい」
「えーと、変更と……補強?」
「鐘捲雛子を休ませるべきだ。サイキック・ウェーブの飛び交う現場は、あの娘には荷が重すぎる」
同感だな。しかし彼女が俺の言葉を聞くとは思えない。説得するなら別の誰かに頼るべきだ。
すると餅が近づいてきた。
「私が説得する」
「いいのか?」
「さっき抱きしめられたときね、鐘捲さん、少し震えてたの。きっと怖い思いしたんだ。お休みさせないと心が壊れちゃう」
「じゃあその件は君に任せるよ」
餅の提案なら聞くかもしれない。
俺は赤ん坊に向き直った。
「それで、補強ってのは? 誰かアテでもあるのか?」
この問いに、彼女はにこりと満面の笑みを浮かべた。
「愚問。ここには姉妹がおろう。なんなら我が同行してもよい」
シスターズを現場に出せと……。
たしかに彼女たちはサイキック・ウェーブへの耐性がある。耐性どころか、波の発生源でさえある上、俺たちじゃ太刀打ちできないほど強大な力を有している。
俺はしかしかぶりを振った。
「いや、ダメだ。赤羽はシスターズの力を欲してる。つかまったら大変だぞ」
「そこは汝が盾となりて守ればよかろう」
「俺が何人いてもダメだよ。別の敵ならともかく、赤羽の前には出せない」
「我も甘く見られたものよ……」
自分の足で移動もできず、ママにしがみついているような赤ん坊に言われたくないぞ。俺だって赤ん坊を背負いながら銃撃戦なんてイヤだからな。至近距離でサイキック・ウェーブを使われたら巻き込まれるし。
やがて佐々木双葉が戻ってきた。
まだ前髪を結んでいないから、でこが隠れている。
「少しいいかい?」
「お、なになに? シャワーから出たばかりの双葉ちゃんに興味アリ?」
「今日の現場について、詳しく教えてくれないか」
いつもの神々しいでこを拝めなくて寂しいよ、俺は。
彼女はすると「えー」と不満そうな態度を見せた。
「教えてあげてもいいけど……なんかねー」
「じゃあウラヌスに聞くよ」
どこにいるのかは不明だが。連絡先は分かっている。
佐々木双葉はまた「えー」と声をあげた。
「ちょっとは話に乗ってきてよ。そしたら教えるからさ」
「話? まともな用件なんだろうな」
「まともじゃないよ。サイキウムが欲しいの。そろそろ限界でさぁ。お願い! ちっこいのでいいから。刺激が欲しいの。ね? ダメ?」
キマりたいってわけか。
いっぺん依存症の治療を受けたほうがいいのでは。
「いや、手に入るわけないでしょ」
「入る。二宮さん、免許持ってたよね? ちょっと車出してさ、サクッと狩りに行こうよ」
以前ほどは見かけなくなったが、山に入れば野良のオメガ種と遭遇することがある。そういうのから回収したいということか。
「そんなことしてる暇はない」
「先に今日のこと教えるからさー。ね? いいっしょ? あたしらの仲じゃん?」
「……分かった。前向きに検討する」
「やった! 約束ね! 嘘つきはグランドクロスの刑だから」
それはやめろ。
俺がベンチに腰をおろすと、彼女は約束通り状況を説明してくれた。
本日の現場は、郊外の事務所――。
襲撃はいつものごとく一方的に始まった。
しかして赤羽側も、事前に警備ロボットを手配していたらしい。襲撃に気づいた職員が、薬剤を注入してマテリアルを変異させたのだという。
結果、例の怪物――ビーストが登場し、手当たり次第に職員を殺害し始めた。職員たちは、それがなんなのかも知らされていなかったようだ。
誕生したビーストはいびつで未完成な姿だったが、それでもタフだった。
なんとか弱体化させるため、佐々木双葉はウラヌスと協力してサイキック・ウェーブを放った。そのときに鐘捲雛子も巻き添えを食った。味方の攻撃を妨害しないよう、あえてキャンセラーを起動しなかったのだ。
ビーストはさらにいびつに変異し、身動きが取れなくなった。ラストは全員で取り囲み、なんとか殺害。いまへ至る。
「まあ鐘捲ちゃんには悪かったけどさ。でもあたしら凄くない? あのゴリラ、すっごいひしゃげちゃってさ。もっとうまくやったらマテリアルに戻せてたかもよ? いまにして思えば、これこそがグランドクロスだったんだなーって」
イミフと言ってやりたかったが、俺は苦情を飲み込んだ。
赤羽は、すでに自前の警備ロボットを各所へ配備済みというわけだ。今後、どこを襲撃するにしてもビーストと戦うハメになるだろう。
しかもそいつは敵味方問わず、見境なく殺してしまう。
これならアメリカに買わされたブツのほうがまだ人道的だった。体内に自爆装置を仕込むのはさすがにやりすぎだとは思うが。
じっと眺めていると、戻ってきた鐘捲雛子に餅が駆け寄った。会話までは聞こえないが、鐘捲雛子が反発もせずにうなずいているのが見える。餅が抱きつくと、鐘捲雛子も応じた。
本当の姉妹ではないけれど、彼女たちには違う形の絆があるのだ。
*
数日後、新たな作戦が回ってきた。
参加したのは、センターからは俺と佐々木双葉。もちろん赤ん坊は背負っていない。シスターズは置いてきた。
惑星からはウラヌスが来た。というか呼ばなくても必ずいる。
「殺戮を望む諸君には、残念なお知らせをせねばならない。本日の作戦は救出だ。ターゲットは『ディープスロート』。どうやら死んでいなかったようだな」
行きのリムジンの中で、彼はそう切り出した。
こちらを殺人鬼かなにかだとでも思っているのだろうか。まあ誤射してくれって言うなら相談に乗らなくもないが。
俺はクーラーボックスを横目に、こう尋ねた。
「野良犬は?」
「来るんじゃないか。今回の件は、あきらかに島田氏の管轄だからな」
「それは味方として?」
「敵対する理由もあるまい」
もちろんだ。しかしそれでもなお、青村放哉が俺たちと合流しようとしないのが気になった。まだ大統領の復活を望んでいるのだろうか。
*
到着したのは見覚えのあるボロアパートだった。前回、切断された腕を見つけた場所だ。
俺は車から降りる前にこう確認した。
「先に聞いておくけど、また罠ってことはないよね?」
「なにも聞かされていない。だが安心したまえ。今回は私も同行する」
ウラヌスは不敵な笑みを浮かべた。
それでも安心などできないが。
空は晴れ渡り、日差しも強いのだが、空気は涼しかった。まだ時間が早いせいかもしれない。
朽ちかけたアパートは大地へ濃い影を落としている。
雑草は伸び放題。
じつに荒涼とした景色だ。
野良犬のバイクはない。
俺はホルスターから銃を抜き、アパートの階段をあがった。一歩ごとに、錆びた金属がカツンと大袈裟な音を立てる。
黒の防護服は、あまり快適な着心地ではない。
今回も鍵は開いていた。
そっとドアを開き、慎重に中へ。
感知できるサイキック・ウェーブは三つ。そのうち一つはディープスロートこと早川秀俊のものであろう。残り二つには心当たりがない。
「入りなさい」
男の声がした。
どうやらただの救出作戦ではなさそうだ。
俺は奥へは入らず、玄関から応じた。
「いきなりぶっ放すのはナシにしてくれるとありがたいんですがね」
「警戒しなくていい。こちらは武装していない。それに、もし君たちを罠にハメるつもりなら、こんな回りくどい方法はとらない」
もちろんそうだ。そうなのだが、もしビーストが持ち込まれていて、その危険性を彼らが認識していなければ、かなりの被害が出る。
かといって警戒ばかりしていても時間をムダにするだけなのだが。
俺は銃を下へ向けながら、ゆっくりとリビングへ入った。
早川秀俊は縛られて床に転がされていた。目立った外傷はない。
男二名は背広にサングラス。薄暗い部屋でもサングラスを外さないということは、素顔を見られたくないのかもしれない。
初老の男がこう切り出した。
「先に条件を確認しておきたい。見ての通り、人質は解放する。その代わり、例の約束だけは絶対に守って欲しい」
「約束?」
対策本部は、彼らとなにか取引をしたのか?
振り返るが、ウラヌスは素知らぬ顔だ。
男は不審そうに眉をひそめた。
「聞いていないのか? 我々の施設を攻撃しないという話だっただろう」
「残念ながら、なにも。俺ら末端の作業員なんで。あ、でもご用件はお伝えしますよ」
「いいか。この男の解放は、こちらにとってもかなりの痛手なのだ。そのことをよく伝えておきなさい」
「はぁ。ちなみにお二人は、どのような……」
すると彼は不快らしく舌打ちした。
「末端が、詮索するな。君は私の話を上へ伝えればそれでいい」
「はい……」
誤射したら怒るかな。
まあこんなことで発砲するほど気は短くないが。
すると男たちは、期待外れだったとばかりに行ってしまった。
佐々木双葉は「ぶー」と頬を膨らましている。
「なんなのアレ、感じ悪ぅ」
心の底から同意する。こちらが末端だと自己紹介した途端、礼儀を払わなくなった。となると彼らはそこそこの社会的地位を有する人間、ということになるか。
俺は銃をホルスターにしまい、その場にしゃがみ込んで、早川俊英の拘束を解いてやった。手足の自由を奪われていただけでなく、口元を粘着テープで封じられ、目隠しまでされていた。
「はぁっ、はぁっ……こ、ここ、殺さないでっ!」
「殺しませんよ。助けにきたんですから」
すると彼はまじまじとこちらを見て、目をパチクリさせた。
「ああっ、二宮さんだ! よかった! 助かった!」
「心配しましたよ。腕も無事みたいで」
「ええ、はい。切り刻まれたのは私のクローンです。マテリアルだったのに、変異させられて……私の目の前で……」
目の前でクローンをバラされたのか。ということは、俺たちが発見したあの腕もクローンのものということだ。素人の仕事ではない。やったのは例の浪人だろうか。
俺は立ち上がり、彼に尋ねた。
「ちなみに、さっきの連中の正体はご存じで?」
「あれが所長と次長ですよ! ほら、例の! 私たちがいた研究所の!」
「ああ、フェスト治療の」
責任を主任に押し付けて、出張したまま帰ってこなかった所長たちだな。あの様子だと、現場の仕事よりも、自分たちが生き延びることに注力するタイプだろう。
早川俊英はようやく落ち着いたのか、身を起こし盛大な溜め息をついた。
「あのふたり、センターにいたころから赤羽さんに買収されてて……。主任とも対立してたんです。いまは赤羽さんのところで働いてて……」
「そういう自分だって買収されてたんじゃないの?」
「いや、私は……所長にそそのかされて……で、でも、ただの駒ですよ! 今回だってこんな扱いですし……」
「いつからです?」
「例の事件のあと……。どこもポストが空いてなくて、各所をたらい回しにされていたら、所長から『仕事をしないか』って誘われて……」
先に買収されていた所長と次長が、彼を仲間に引き入れた、という流れか。勤務していたセンターが業務を停止してしまい、彼も行き場に困っていたわけだ。
俺はもう引き上げてもよかったが、せっかくなので質問を重ねた。
「島田さんの協力者になった経緯を聞いても?」
「以前から面識はあったんです。阿毘須はフェスト研究の大手スポンサーでしたから。でも、そんな大胆なことはしてなくて……。ちょっと仕事上の相談をしていただけで……」
相談ねぇ。以前から情報を横流ししてたってわけか。
この温厚そうな人物が二重スパイとは。いや、温厚で押しに弱く、命じられればなんでもやるからこその二重スパイかもしれない。普段は真面目に勤務していそうなだけにタチが悪い。
ともあれ、所長と次長は、自分たちが襲撃からまぬがれるために、この人質を解放したというわけだ。いや、それさえ罠という可能性もあるが。
それに、仮に罠であろうと、俺たちは彼を連れて帰るしかない。
「歩けますか? 車を用意しています」
「ありがとうございます……」
グランドクロスが見られなくて残念だったが。
それはまたの機会に譲るとしよう。
(続く)




