ビジネス 後編
そんなことがあった数日後、対策本部から依頼が回ってきた。もちろん赤羽の関連施設への襲撃だ。ターゲットはよく分からない。留守番の俺には詳細さえ回ってこない。
朝から蒸し暑かった。
生活スペースにはエアコンが入っているのだが、やや弱めに設定してある。俺は何度も水を飲み、そしてトイレへ行った。
留守番は退屈だ。
機械の姉妹は体育座りで無線LANにアクセスしている。アッシュはクッションを蹴ってひとりでサッカー。赤ん坊とその母親役は指人形ごっこ。その横では餅と五代まゆが、「林檎と梨はどっちが姉でどっちが妹か」で口論を始めていた。
ちょっとしたカオスだ。
本日の作戦は、サイキストと惑星による合同チームでの出動だった。うちからは鐘捲雛子と佐々木双葉が出た。向こうからは誰が出たのかさえ分からない。
ぼうっと眺めていると、アッシュの蹴ったクッションが餅の顔面に炸裂した。
「はぼわっ」
「あ、ごめん。大丈夫?」
「ちっとも大丈夫じゃない! 首の骨が折れたわ! いつもいつも危ないって言ってるでしょ!」
首が折れたわりにはピンピンしている。
アッシュは餅の苦言を聞き流し、ふたたびクッションでサッカーを始めた。まったく反省していない。
五代まゆはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「日頃の行いがよくないからそうなるのよ」
「はぁ? あんたそれ戦場でも言えるワケ? 死んだら生き返れないのよ!」
「普通はね。でも最近、生き返ってるのがいるらしいじゃない?」
「意味不明。自然の摂理に反してるわ。ここがアメリカなら訴訟モンよ」
妙なところで意気投合してしまう。
さて、次の犠牲者が出る前に、そろそろホットケーキでも作ってやろうか。アッシュはたまにこちらへもクッションを飛ばしてくる。
などと考えていると、内線が鳴った。
「はい、二宮です」
『各務です。急で申し訳ありませんが、いま執務室まで来られます?』
「すぐ向かうよ」
『じつは……』
彼女はなにか言いかけたようだったが、勢いで受話器を置いてしまった。
まあいい。行けば分かる。
*
執務室には来客があった。
赤羽誠子だ。
まさか本当に押しかけてくるとは。しかも単騎で。
こちらが困惑していると、各務珠璃が慌てて説明を入れた。
「あ、その、お近くまでいらしたとかで……」
よく言うよ。この付近にはなにもない。少し離れたところに工場や倉庫があるだけで。
テーブル上には、札束の詰め込まれたケースが置かれていた。現金でこれだけ用意するとは……。
赤羽誠子は俺のことを一瞥しただけで、各務珠璃へこう告げた。
「弊社は、オメガ種保護に取り組む貴センターの活動を高く評価しております。計一千万。少額で申し訳ありませんが、センターへ寄付させていただきます」
「あ、いえ、しかし寄付と仰られましても……」
「お気になさらず。社で持っていても、どうせ税金で持っていかれるだけですから」
赤羽にとってはハシタ金なんだろう。
俺は各務珠璃の隣に腰をおろした。
「ありがたく頂戴いたします。けど、本題はなんなんです? あなたがただ金だけよこしに来たとは考えにくいんですが」
「少々失礼では? たしかに、寄付だけが目的ではありませんが……。サイキック・ウェーブ関連の今後について、貴センターと意見交換できたらと思いまして」
「ずいぶん悠長ですね。いま俺の仲間たちが、お宅の関連施設を攻撃してるところですよ」
「もちろん知ってます。しかし、どのみち阻止できないでしょう。うちで契約している業者は、質に問題がありますから。もっと腕の立つ業者に切り替えたいところですが、そういった『プロ』は政治がらみの案件を忌避する傾向にありまして……」
そういう判断も含めてプロってことだな。危ない橋を渡るのは、俺たちみたいな事情を抱えた善良な市民か、あるいは金のためならなんでもヤるチンピラしかいない。
彼女は茶をすすり、ギロリとした目でこちらを見た。
「では本題に入らせていただきます。見たところ、こちらの施設はオメガ種にとってあまりいい環境とは言えないようです。早急に改善すべきなのでは?」
「うまいホットケーキが食えるのに」
「教育面はどうなってます?」
「まるでなっちゃいませんがね。けど、かわいいもんですよ。みんな素直だし」
「オメガ種は高次な知能を有しています。二宮さん、ちょっと想像してもらえますか? あなた一人が原始時代にタイムスリップして、原始人に囲まれて暮らす気分を」
「その想像ならしたことありますよ。きっとウンザリでしょうね」
俺はのらくら返事をしながらも、少し違和感をおぼえていた。
シスターズは、必ずしも高次な知能を有した存在ではない。なぜなら完成品ではないからだ。研究所では「失敗作」とまで言われていたくらいだ。
ともあれ、赤羽誠子がその事実を知らないわけがない。なにせ研究所を仕切っていたのは彼女の兄だ。成功例はたったの一件。その成功例たる「大統領」をめぐって、大規模な抗争さえ起きた。
すると赤羽誠子は、話の通じないガキを見るような目で溜め息をついた。
「たとえば、ここに原始人の描いた林檎の絵があるとしましょう。その原始人が子供に絵を見せ、『これが林檎だ』と教えているとしますね?」
「はぁ」
「林檎以外にも、牛や魚、焚き火の絵でもいいでしょう。そういう絵の描かれた石板がたくさんあるとして。私たちが最高峰の知識だと思っているものは、オメガ種から見るとこの程度だということです」
「そこまで知能に差がありますかね? あの子ら、俺のジョークさえ理解できてませんよ」
赤羽誠子は愛想笑いさえしなかった。それどころか額に青筋を浮かべ、いっそう目を血走らせる始末。
「そういう質の低い環境に彼女たちを置いておくことは、いわば拷問に等しい行為だと思いますよ。違いますか?」
「……」
俺のウイットに富んだジョークを、拷問レベルだって言いたいのか? さすがに問題発言だぞ。
各務珠璃が身を乗り出した。
「あ、あのっ! 赤羽さんには、なにかお考えが? たとえば、彼女たちの生活環境を改善するためのアイデアとか……」
「いま考えうる最高峰の教育を施すべきです。弊社にお任せいただければ、明日にでも専門家を手配できますよ。それすらオメガ種にとっては物足りないと思いますが」
だから赤羽に預けろって話か。
結局、タダでシスターズを連れ去りたいだけじゃないか。
俺は山積みのまんじゅうをつかみ、こう応じた。
「必要ない。あの子たちは、コミュニケーションを通じて互いに高めあってる。俺たちみたいな旧型が介入するより、彼女たちの自主性に任せておいたほうがいい」
「ナンセンスですね。知の大部分は外部に存在します。高次な知能を有する動物は、外部の知に触れて、後天的に発達するものです。子供に子供を育てさせるなんて、白紙に白紙をコピーするようなものです。さすがにお分かりですよね?」
「……」
いや、でも、さっき人知を超えた議論をしてたぜ。林檎と梨のどっちが姉かって……。
俺が黙り込むと、彼女は露骨に勝ち誇ったような表情を見せた。
「弊社なら、最適な学習環境をご用意できます。この付近にはずいぶん空き地がありますね。そこに学習用の施設を用意してもいいかもしれません」
これには各務珠璃が慌てた。
「ま、待ってください! ここに? ダメですよ……」
「なぜ?」
「あのー、だって、静かな環境で育てたいから」
「なら少し離れたところに建てましょうか? 送迎バスをご用意しますよ」
「で、ですからそれは……」
金にモノを言わせてきやがる。
俺たちはパワーゲームには勝てないのか……。
もういい。論理的にやろうと思うからイチイチ反論されるのだ。頭のおかしなフリをすれば、呆れて言葉を失うはずだ。
俺は意を決し、こう告げた。
「あの子たちは、いわば俺の娘です。俺の教育理念に従って、のびのびとした環境で育てたい。人の家庭に土足で踏み込むようなマネはおやめいただきたい」
彼女の回答はこうだ。
「あなた、さっきからなんなんですか? 頭のおかしなことばかり言って。少しは考えてから発言してもらえませんか?」
「さっきから!? いまからでしょ!?」
「来たときからずっと異常でしたよ」
さっきまでは普通だったよ!
こいつ……。
いや、冷静にならなければ。
俺は質問を変えた。
「じゃあ聞きますけどね、赤羽専務。林檎と梨、どちらが姉だと思います?」
「はい? まずは植物学における姉妹の定義を明確にしてもらえます? だいたい、いまの話となにか関係があるんですか」
「いえ、ありません……」
「私、確信しましたよ。一刻も早く、彼女たちをまともな大人の下で学習させるべきです。このままでは、せっかくの才能がムダになってしまいますから」
クソ、言い返せねぇ……。
各務珠璃が「あ、ああーっ」といきなり奇声をあげた。
「そうでした! 思い出しました! オメガ種を保護するためには、特別な認可がいるんでした! 私たちはその認可を受けてまして! 勝手に外出させられないんです! ですからバスで迎えに来られても、お勉強には出せません!」
そうだった。
しかも本件は対策本部の管轄。敵対している赤羽に認可を出すはずがない。
するとさすがに無理筋だと思ったのか、赤羽誠子もすっと素に戻った。
「ええ、存じております。しかし貴センターが許可を出せば、外出も可能なのでは?」
「ま、まあ許可すれば……」
「して頂けませんか? 彼女たちの知能を腐らせるのは、人類全体の損失です」
「いえ、でも外は危ないので……」
そうだ。外は危ないぞ。たまに車も通るしな。
赤羽誠子がなにか反論してくるより先に、俺は話題を変えた。
「とにかく許可できない。どうしても協力して欲しいってんなら、金だけじゃなく、判断したくなる情報もいただけると嬉しいんですがね。金は自分たちで稼げるが、情報はそうはいかない」
すると彼女はまた眼球をギロリと動かした。
「なるほど。守秘義務に抵触しない範囲でしたら構いませんが」
「そこはぜひ抵触して欲しいな。ホームページに書いてあるような情報なんかよこされても、こっちはちっとも得しないんだ」
「それで? お知りになりたいのはどの件です? 答えられるかはともかく、そちらがどんなことに興味をお持ちか伺いたいですね」
「あの洋館に持ち込まれたマテリアルはなんなんです?」
とはいえ、この件はすでに島田高志から情報を得ているし、機械の姉妹にも分析させた。答えは、赤羽メディカル工業が試作した警備ロボットだ。
俺が確認したいのは、赤羽誠子がどこまで事実を喋るのか、ということだ。
「通称『ビースト』。弊社で試作したプロトタイプです。アメリカの独占状態を打ち破るため、政府の意向で開発したものです。ああ見えて、純粋な人間なんです。他の動物は混ぜていません。ほとんどデザインだけであそこまで仕上げました」
事実を喋った、だと……。
俺が困惑していると、彼女はさらに続けた。
「プルートという個体はご存じですね? 彼女のサルベージを担当したのも弊社です。今回、ビーストの作成にあたっては、彼女のサイキック・ウェーブを採用しました。負の感情のみを抽出し、メッセージとして素体に与えたのです。面白いデザインになりました」
「プルートから?」
「もちろんバラしてはいません。身体に触れずともサイキック・ウェーブは抽出できますから。ただし、負の感情を引き出すために、少しばかり怖い思いをしていただきましたが」
悪寒が走った。
赤羽のやり口にではない。ビーストのデザインに、だ。
プルートの思い描いた怪物の姿――。それはきっと、自分を殺した男の姿だ。彼女には、俺の姿がああいう形に見えたということだ。
つまり俺は、洋館で、俺自身に襲われたということになる。自業自得だ。
「蘇生に使ったサイコ・バキュームというのは?」
「誰がそんな呼び方を? 私たちは単に抽出器と呼んでいます。詳細は企業秘密になりますが、死後なお人格を保っている場合に限り、吸い出すことができます。ただし受け皿を用意しておかないと、またすぐどこかへ行ってしまいますが。ともあれ、機材はすべて回収済みですし、貸し出す予定もありませんので、今後はどなたも蘇生しないと思いますよ」
ガイアや大統領が復活するのはしばらく先になりそうか。
いや、それでも赤羽との抗争に乗じて、機材を盗み出すバカ野郎が出ないとも限らない。なにが起きてもいいよう、備えておかねば。
しかしひとつ引っかかる。
オメガ種の知能が欲しくて、なおかつ技術があるのなら、赤羽はとっくに大統領を蘇生させていないとおかしい。
なのに、あえてシスターズにこだわる理由はなんであろう。
思い当たる可能性はひとつ。
赤羽が真に必要としているのは、知力ではなく暴力、ということだ。
わけても本命は、ガイアと同等の力を有する五代まゆではなかろうか。彼女のクローンを製造して使役すれば、仮に惑星がガイアを暴走させても止めることができる。のみならず、トーシロ同然のチンピラを雇う必要もなくなる。
大量生産すれば、アメリカに売りつけることさえ可能……。
きっと殺しの道具にするつもりだ。
絶対に渡すわけにはいかない。
(続く)




