46 お隣さんのお客さんは竜らしい
テオが勇者と賢者の世界へ旅立ってからというものの、ロディは真面目に仕事をこなしていた。とはいっても、彼に割り振られた仕事というのは、普段であればテオと一緒に見まわっていた町の外壁や、魔物が多く出る森の入り口へと変わらずに巡回することだった。
そして、万が一にも有事があれば速やかに対応することだけだったので、いつも通りと言えばいつも通りとも言える。
(でもなー、テオが居ないとつまんないんだよなあ)
そもそも、テオが面白いと思って人間などと契約を交わしたのだ。その本人が居ないと言うのはこんなにも味気ないものなのだろうかと思う。
「カティみたいに寂しいわけじゃないけどさー。やっぱヒマだよね」
テオの執務机に座って足をプラプラとさせる。少年の姿を取った彼の竜族伝統の服から下がったビーズの付いている飾り紐が揺れてシャラシャラと音を立てる。ロディはその音を聞くのが好きだ。
今日の見回りも終わってしまってヒマだ。そろそろ竜舎にでも戻ろうかなと思い……。
「!」
ロディの体がピクリと跳ねた。縦長の瞳孔が入った金色の瞳が驚きに見開かれる。
「テオ?」
自分の相棒はまだ異世界に居るはずだけれど、でも間違いなくテオの宿舎近くで自分の魔力が行使された。そしてそれをできるのは契約者たるテオドール・ファイエット以外には有り得ないのだ。
ロディは執務机からぴょんと飛び降り、事の真偽を確かめる為に足早に詰所を後にした。
◇◇◇
「へー。足袋タイプになっている長靴もあるんですね」
「本当、色々種類もあるんだね。これってスーパーとかに普通に売ってるものなの?」
「どうでしょう。農業系のホームセンターとかですかね」
白いノートパソコンを操作する夏帆。その隣から画面を覗き込むテオ。二人が見ているのは次郎吉へのプレゼント候補の長靴だ。
「ホームセンターもたくさんあるんだね。本当、こっちの世界は便利だよね」
「一か所でお買い物が済むのは助かりますよね」
「あっちこっち回って買い物してると、お腹も空いてくるしね」
テオの言葉に夏帆が笑い出す。この短時間でなんだかテオとの距離が随分と縮まったような気がして、夏帆は嬉しかった。でも、少しだけくすぐったくもある。
長靴はもうネット通販した方がいいのかな、そう思って夏帆が提案してみようとした時だった。
「テオ! テオ、いるのかー?」
ドンドン! とドアを叩くような音と、少年らしき声がクロゼットの方から聞こえてきた。
「あれ? テオさん、お客さんみたいですけど……」
どうしましょう、と夏帆がテオを振り返る。
「あ。さっき魔法使ったのも感知できたんだ。この穴、本当にすごいな」
「?」
テオが感心している間にもドアを叩く音と声は苛立っていく。
そして……なんだかすごい爆発音が聞こえた。
「うっわ。あのバカロディ……」
「テ、テオさん!?」
ドアを破壊した音だとすぐに気付いて溜息を吐くテオと、音に驚いて飛び上がり……思わず、テオにしがみついてしまう夏帆。
「わ、カホちゃん!?」
「ああああ! ごめんなさい、びっくりして、つい!」
夏帆が今度は大慌てで離れていく。残念そうに見るテオだったが、クロゼットの方から聞こえる声に立ち上がる。
「ロディ。落ち着いて」
「あ! やっぱりテオだ! お前、異世界に居るんじゃないのか?」
クロゼットの奥から聞こえる声は大きい。けれどやっぱり少し小さいのでテオはクロゼットへと入っていく。その後ろ姿を見てどうすべきか考えあぐねる夏帆を見て、テオは笑いかけて手を伸ばした。
「おいで、カホちゃん。面白いものが見れるよ」
「!」
夏帆の手を取り、布のかかった穴の前まで連れてきてくれた。
(あ、テオさんの手。大きくて、あったかい)
自分の手は冷たくはないだろうか。せっかく温かい手なのに冷やしてしまう。
そんなどうでも良いことを考えながらも、夏帆の心臓はドキドキと音を立てている。テオと手を繋いだからなのか、先ほどのすごい音にまだびっくりしているのか。どっちだろうと思いながら、煩い心臓を宥めた。
テオは布を開けて、穴の中に呼びかけた。
「ロディ。こっちこっち。クロゼットに来てみて」
「なんだってクロゼットなんかに……」
ぶつぶつ言いながらも少年は律儀にクロゼットの扉を開き、中へ入ってきて……。穴越しにテオの姿を認め、ぽかんと口を開いた。だって、この部屋のこの方角には何もないはずだからだ。
しかし、そこに穴が開いていて、部屋が広がっていて……テオが居た。
「あっはは、ロディ。口が開きっぱなしだよ」
「テ、テオ……そこって異世界、なのか?」
(綺麗な男の子。氷像みたい)
緩く結んで後ろに垂らされている薄い水色の髪の毛。初めて見る金色の瞳とすごく合っていると思う。着物のような和風の衣装も彼にとっても似合っている。
人間離れした整った容姿をしているけれど、不思議なことに冷たい印象は受けない。元気いっぱいな感じがする不思議な男の子だと思った。
整いすぎている程に整った少年は、驚いたような、呆れたような……なんとも形容しがたい表情を浮かべた。
「……テオ、お前は異世界に番を見つけに行ったのかよ?」
「いや、調査だけどね」
(ツガイって、なんだろう?)
ツガイ、ツガイ、チョウツガイ……しばし考えて番に思い至って夏帆はぼっと赤面した。
(鳥とか動物の、番のこと!?)
そうだ、まだテオと手を繋いだままだからそんな勘違いをさせてしまったに違いない。テオさんに要らぬ恥をかかせてしまったと慌てて手を離そうとする。
「!?」
その手ががっちりと握りこまれていて離れなくて、夏帆は目を白黒させる。そんな夏帆にテオはにっこりと笑みを向け、手はぎゅっと握ったままでテオは少年を夏帆に紹介する。
「この頭の悪い竜がオレの相棒の、ロディ」
「頭は悪くない。ちょっと面倒臭がりなだけだ」
「で、こちらはカホちゃん。ミノルさんの娘さんだよ」
「へえー」
それまで、珍獣を見る様な視線だったロディだったが、興味深そうに夏帆を見てくる。珍獣から幻獣を見る目に変わったくらいの違いだが。
「ロディ。お前さー、扉壊したでしょ」
「だって、鍵かかってたから」
「非常用の合鍵、机の棚に入ってるって知ってるよね」
「……人間の鍵の習慣は面倒くさい」
実の所、鍵を差し込むのが面倒くさかっただけだという。テオは空いている方の手を額に当てて溜息を吐いた。そんなテオに、彼の相棒は得意げに頷いて胸を張った。
「大丈夫、部屋を出る時には氷の扉を付けといてやるから!」
居なければ寂しいけれど、居れば憎まれ口を叩いてしまうロディくん。
次話、ロディくんやらかす。(物理)