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魔王VS召喚(強奪)勇者

「召喚勇者?」


 側近のイフが持ち帰った人間の国の情報は、魔王が心惹かれる物だった。今回イフが調べた情報は、どの国にどんな勇者がいるかというもの。

 勇者が来ないと嘆いていた魔王に、ヴォスカが偵察してみてはと提案したのが事の八反である。その話を聞いて面白そうだと偵察に名乗りを上げたのがイフだった。


「なんでもさー。魔王様があまりに強いからって、異世界から勇者を召還したんだってー」


 イフの報告によると、とある国の魔術師達が勇者なる者を召還したと騒ぎ立てているらしい。その召還された勇者は未知の力を持っており、現在は修行中。魔王を討伐出来る日まで力を高めているとのこと。

 優雅にお茶を楽しみながら、魔王の瞳は輝いていた。異世界からの勇者とは如何様な強さのか。もしかすれば、望み待ち続けていた死闘が出来るのではないかと、心踊らす。


「ただいま戻りました」


 執務室に入ってきたのはハーベニー。

 ハーレム勇者を打ち、乱れた髪を元通りにしたその姿は、戦いの後とは思えないほど整っていた。


「ハーベニー、お腹すいたー」

「自分の手でも食べていなさい」

「えー、俺の手まずいし」

「食ったことあんのかよ……」


 ハーベニーの冷たい態度にもヘラヘラとおどけた様子のイフは、真っ白な髪をしたマッシュ型。見た目は美少年で純粋そうに見えるが、純粋とは程遠い性格をしている。そして年齢不詳。本人曰く、心は十代らしい。


「早くその召喚勇者とやらが来ないだろうか」


 心弾ませながら紅茶を飲む魔王にハーベニーは微笑み、反対にヴォスカは眉間に皺を寄せる。果たして魔王を喜ばせるだけの強さを持っていてるのだろうか、と。

 強さとは決して力だけが凄いだけでは強いとは言えない。ハーレム勇者のように口先だけではなく、力だけの張りぼて勇者だったら、またガッカリするのでは? と魔王を心配していた。

 そしてヴォスカの予感は当たるのであった。



 謁見室にやって来た召喚勇者。この世界には珍しい、黒髪黒目の少年。彼は真っ黒の服装に金色に輝くボタンを付けた、不思議な服装をしている。


「あんたが魔王か。どんな選りすぐりの勇者でも倒せなかったらしいが、俺は神に特別な力を与えられた選ばれし勇者。他の奴とは格が違う。今までのようにいけると思うなよ」

「ほう」


 イフの報告通り、異世界から召喚されたらしい黒髪の少年。自信に満ち溢れた表情は、神によって選ばれ授かった力によるもの。

 いったいどんな力を持っているのかと、魔王は期待に胸を膨らませる。

 お互い睨み合い、いや一方的に召喚勇者が魔王を睨み付け隙を伺おうとするが、伺うもなにも魔王は隙だらけだった。国王からも国の賢者達からも、魔王は極悪非道の残忍な奴だと聞き及んでいたがその雰囲気もなく。

 しかし召喚勇者はハーレム勇者のように、魔王を軽んじなかった。何故なら彼は見た目に騙されると痛い目にあうという事を知っているからだ。

 召喚勇者の世界にある書物【漫画】による知識。

 召喚勇者の世界には、様々な空想を描く書物がある。その中で特に召喚勇者が好んでいたのが、普通の青年が異世界に連れていかれ、特別な力を得て世界を救うという話。そう、まさに今、夢中になって読んでいた書物と同じ状況なのだ。興奮しないわけがない。


(神は俺を見ていてくれたんだ。あんな糞みたいな世界に間違って生まれただけ。やっぱり俺は選ばれし者!俺は此処でやり直すんだ)


 自分の故郷を糞だと罵る召喚勇者。彼は俗にいう”中二病“だった。

 自分には特別な力があると信じて止まなく、いつの日かその力が目覚めると本気で信じていた。その為、友達はいなくいじめの標的になることもしばしば。彼の両親は引きこもりになった彼に、学校へ行くように言うと逆ギレされ、彼を恐れ近寄らなくなった。

 そしてますます広がる心の闇。自分を何故わかってくれないのか。自分を何故敬わないのか。その苛立ちが彼をこの世界に呼んだのかも知れない。


 神に与えられた特別なスキル。これさえあれば魔王とて倒せる。召喚勇者は自分のスキルに絶対の自信を持っていた。それもそのはず。この世界にはなかったスキルなのだから。


「いくぜ!」


 召喚勇者がどんな力を持っているのか。是非ともその力を見たいと思った魔王の油断。武器を持ってはいるがそれを使おうとせず、真っ直ぐに魔王へと向かい腕を掴む。


「スキル”強奪“発動!」

「っ!?」


 魔王は強制的に体から何かを抜き取られる感覚に陥った。勇者はすぐに離れ、まるで信じられないものを見るかのように自分の手を見つめる。


「勇者はいったいなにをしたんだ?」

「”強奪“って言ってたよね。聞いたことないスキルだけど、魔王様から何かを奪ったってことかなー?」


 いつも通り離れた場所で闘いを眺める三人。異世界の住人だった為か、勇者が特異な魔力を放っているのは感じ取れた。その能力は未知数だったが、どこか違和感を持つ。ハーレム勇者のような張りぼてでもなく、光の勇者のような威厳はない。

 その違和感に警戒心を強めるハーベニー。魔王が負けることは天地が逆さまになろうとありえないこと。されど、聞き覚えのない”強奪“というスキルに警戒しない者は此処にはいない。


「はは……はは、マジかよ。すげぇ……はははははっ!マジかよ、こいつはすげぇ魔法だ!!」


 自分の手を見つめていた勇者が突如笑いだす。


「さすがは最強といわれた魔王だ。こんな魔法を持ってるとはな。良いものありがとよ、くらえ!《終焉の稲妻》」


 魔法唱えた瞬間、魔王の足下に金色に輝く魔方陣が現れ、激しい稲妻が魔王を襲う。それだけではない。魔王の上空にも同じ魔方陣が現れ稲妻が降り注ぐ。目が眩む程の激しい点滅と、鼓膜を貫かんばかりの稲妻の音がその魔法の威力を物語る。


「魔王様!!」

「あれはっ、魔王様の技《終焉の稲妻》……なぜ勇者が」

「……なるほどねぇ、だから”強奪“。勇者は魔王様からあの魔法を奪ったってわけか」


 そう、勇者が神から与えられたスキル”強奪“とは、相手の持つ魔法や技、スキルを強制的に奪い取るというもの。人が長年修行して生み出した技を、勇者はあっさりと手に入れることが出来るのだ。

 このスキルの力のおかげで、国王軍に所属している騎士達がたくさんの魔法や技を奪われてしまい、召還勇者に恨みを持ち、卑怯者と影で罵られていることは仕方のないことだろう。

 終わりを見せない稲妻の攻撃。これは対象者の命が尽きるまで続くのだ。まさにその名の通り、終焉の稲妻。

 未だに攻撃を受け続ける魔王に、さすがの側近達も焦りを見せる。一介の魔物ならば直ぐ様黒焦げになる威力。しかもあの技は元々は魔王の技。常人が会得出来るようなものではない。最強魔王の技を自ら受けるとあっては、いくら魔王とて無傷ではいられないだろう。

 緊迫の雰囲気の中、自らの勝利を確信した勇者は高らかに笑いの声をあげる。

 しかし、それは突然消えることとなる。


「はははっ、ぐっ、う……」


 突如、勇者に目眩と吐き気が遅い掛かる。その場に座り込み息を荒くさせると同時に、稲妻の攻撃が終わりを見せた。


「………………」


 魔王はそこにいる。佇んでいる。

 俯き長い髪で顔に影を作り表情が見えないが、魔王のローブから黒い焼け跡の煙がたつ。


「……魔王、さま」


 初めて見る光景。未だかつて、魔王がこのような姿をした所をハーベニーは見たことがなかった。大抵は瞬殺なのだ。まさか魔王がダメージを受けるなんてことがあるのか、とハーベニーは息を呑む。今すぐにでも飛び出したい衝動を、なんとか踏み止まっている状態だ。

 まだ闘いは終わってはいない。魔王は生きているのだから。


「………うむ」


 静寂と緊迫の空気の中、魔王は軽く首を左右に倒し、肩を回す。何かを確認するように肩に触れ、驚きの声が。


「おおっ、肩こりが治っておる」




「………は?」


 声を出したのは勇者。何言ってんだこいつ、とぽかんと口を開けたまま魔王を見上げる。

 あれだけの威力の稲妻を受け続けていたのにも関わらず、まるで無傷。それどころか稲妻の攻撃のおかげで肩こりが治り、晴れ晴れとした笑顔に。体が軽くなったことに喜びのお礼を言われれば泣きたくもなるもので。

 目の前にいる魔王から異様な不気味さと、ジワジワと広がる恐怖心。何故? と何度も疑問が浮かび、震える唇からなんとか問いかけた。


「なんとも、ねぇのかよ。あれだけの魔法だぞ? 瀕死になるだろ普通!」

「ふむ。確かにその魔法は強力だ。しかし術者が未熟なのでそれほど威力はなかったようだな」

「なっ!? お、俺は勇者だぞ! 神に選ばれた勇者なんだ!」

「此処に来る勇者は大抵誰かに選ばれている。そなただけが特別なのではない」


 特別ではない。

 その言葉に、恐怖と困惑の勇者に怒りの火がつく。自分は選ばれた特別な存在なのだと。それは勇者の誇りであり、誰にも否定されたくない部分だった。

 怒りで恐怖心は消え去り震えは止まった。馬鹿にするな。ならば本気の力を見せてやろうと。

 終焉の稲妻を放っていた最中に目眩と吐き気が起きたのは、魔力が渇望したからだ。自分の魔力が底をつきかけていたことに気付き、勇者は携帯していたマナポーションを一気飲みする。


「本気の俺を見せてやるよ! ウォーターストリーム!」


 突如大量の水が現れ魔王を襲う。水は魔王を中心に渦を巻き、更に追い討ちを掛けるように勇者は次々と魔法を打ち込んだ。


「これはな、魔法隊隊長から奪った技だ。そこにこれも追加してやる! エアスラッシュ!」


 魔王の手によって、あっさり水の渦はなくなった。しかしその瞬間を狙っての風の刃。直撃したのを見て、勇者は喜びの声をあげる。

 しかしそれも直ぐに止まった。直撃した時の煙が収まり姿を見せた魔王に、あんぐりと口を開けるしかなかったのだ。

 何故なら魔王は無傷。水のダメージも風のダメージも見当たらなく、キョトンとした表情を見せる。


「体と服を洗い綺麗にしてくれたばかりではなく、乾かしてもくれるとは。そなた、余の世話をしに来てくれたのか?」

「はぁあ!?」


 水の渦によって綺麗に洗われた体と服。そのあとに風の刃で濡れた体と服を乾かす。まるで侍女のようにお世話をしているようで。離れて見ているハーベニーが嫉妬の歯ぎしりを。


「倒しに来たと見せ掛けて、まさかお世話をしに来たとはっ。あの勇者、執事の座を狙って来てきたのでしょうか」

「んな訳にないだろ」

「どんな技も威力は半減って感じかな。まさに見せ掛けだけだねー」


 他人から技を盗むスキルは確かに強力だ。然れど、術者が未熟では威力は低い。どんなに強力な技であろうと、鍛練してもいない勇者が使えば結果はわかっていたことだ。


「クソ、クソクソクソ! 俺は勇者なんだ。選ばれたんだ!」


 自分に言い聞かせるように何度も繰り返す言葉。それだけが存在理由。

 もう一度魔王から技を盗もうと飛び掛かるが、するりと避けられてしまう。


「そなたが相手の技を奪うには、対象者に触れなければならないようだな。ならば触れさせなければいいだけのことだ」

「くっ」


 痛い所を突かれ唇を噛み締める。勇者のスキル“強奪”は、対象者に触れなければ技を奪えない。しかも奪える技はランダムなのだ。

 強力な技を奪えれば良いが、中には初心者用の技になる場合もある。奪い方を知られれば警戒され、必要以上に近付けず奪えない。そのため勇者は国で孤立していた。

 奪えることに浮かれ、そのあとに待っている人間関係を考えていなかったのだから当然ではあるが。

 自分が持っている技では倒せないのならば、魔王が持っている技で倒せばいい。だが触れられない。そのジレンマから、怒りの言葉をぶつける。


「逃げるとは卑怯だぞ!」

「ひ、きょう? 余が卑怯とな?」

「そうだ。俺から技を奪われるのがそんなに怖いか! つまりそれは自分の技でやられるのが怖くて逃げてるんだろ? 本当の強者なら逃げない。お前も名ばかりの魔王じゃないなら逃げずに戦え!」


 他人から技を奪い続けている者が口にする台詞ではない。

 初めて卑怯と罵られ困惑する魔王の影で、じっくりとレイピアを眺めるハーベニー。崇拝する魔王を卑怯者と罵られ、どす黒い妖気を醸し出す。


「さて、今晩のコカトリスの餌は勇者のミンチにしましょう」

「待て待て。気持ちはわかるが落ち着け」

「そうだよハーベニー。あんな馬鹿のお肉なんて食べたらお腹壊しちゃうよ」

「それもそうですね。ではマンドラゴラの肥料にしましょうか」

「お前らな……」


 そんな会話をしているとは知らず、卑怯だ弱虫だと煽る勇者。それが自分の息の根を止める行為とは知るよしもないだろう。知らぬが仏とはこれ如何に。

 当の魔王は勇者の言葉に暫し考える。勿論勇者の攻撃を交わしながら。

 いくら自分の技であろうと、未熟な勇者が使っても威力は半減。しかし勇者のあの必死さから見ると、自分の用いる技の中でも最強の物を奪い取るのかもしれないと考える。

 数多ある技の中で最強なのはどの技なのか。魔王もよくわからなかった。しかし勇者のスキルならそれもわかるかもしれないと思い付き、攻撃を交わすのを止め立ち止まる。


「ふむ。それもまた面白かろう。来い勇者」


 腕を広げ勇者の手を受け止めようとする魔王。まんまと自分の煽りに乗った魔王を心の中で笑い、その体に触れる。その最中、強奪のスキルはランダムだが強く念じた。今まで最強の技が欲しいと。

 その願いが神に届いたのかもしれない。


「これは……っ、はははははっ! やったぞ、これならっ!」


 魔王から奪い取った魔法。いったいどの技なのかと、魔王だけではなく側近達も考える。


「あれじゃない? 《無限地獄》。俺が魔王様と戦った時に使われた炎系最強の魔法」

「いや、《ブラックホール》じゃないか? 全てが無に還る、正に究極の魔法だろ」

「何を言っているのですか家畜共。魔王様最強の技は《弔いの宴》でしょう」

「あー、それもあったな」


 各々が思う最強の技を述べ、改めて思う。


「こうして考えてみると、なんでもありだよね魔王様」

「さすがは魔王様」


 いくらなんでも最強過ぎるだろ、と思うヴォスカではあったが言葉にすることはなかった。今更の話である。

 暫くの間興奮状態だった勇者も、落ち着きを取り戻し全神経を手に集中させた。


「これで終わりだ。自分のまぬけさに悔いるんだな。《デス・ソウルドレイン》!!」


 その光景を見た者はこう述べるだろう。『この世のものとは思えぬおぞましさ』と。

 幾多もの黒き手が地面から伸びる。それは人なざる者の手か。悲痛にも似た悲鳴を聞こえ、黒き手は魔王へと襲い掛かる。それはまるで死者の世界へと取り込もうとしているようで。


「はははっ! すげぇ、身体中に魔力が満ち溢れてきやがる。これが魔王の魔力! 奪ってやるよ、魔王の魔力も命もな!」


《デス・ソウルドレイン》

 対象者の魔力と生命力を、命尽きるまで奪う非道な技である。常人なら即干からびてしまうだろう。

 そう、【常人なら】である。

 奪い続けられる魔力と生命力。最初こそは自分の体に満ちる力に歓喜していたものの、次第にその顔は苦痛へと変貌する。

 終わらないのだ。

 いつまでも経っても吸い続ける魔力と生命力。魔力が尽きれば自ずと魔法は終わるが、吸い続ける魔力のおかげで減ることはない。それどころか増えていく一方。己が肉体の限度を超える魔力と生命力を吸い続ければどうなるか。想像するのは簡単だろう。


「そういえば魔王様が魔力を渇望したことなんて見たことないよね」

「どんな技を使っても平然としている。あの方の魔力は底なしだろうな」


「クソッ!」


 十分過ぎるほどの魔力と生命力を奪ったのだ。殺すことは出来なかったがもういいだろうと、魔法を途中で止めることにした。すると、魔王を掴んでいた黒き手が勇者へと襲い掛かったではないか。


「なっ! なんだこれ!? クソッ、離れろ!」


 必死に手を振りほどこうともがくも、黒き手は勇者を離さない。身体中に巻き付き、足下の影が広がり少しずつ勇者を飲み込んでいく。


「やめろ! なんでこんなっ!?」

「反動だ」


 膝辺りまで影に飲み込まれた勇者を見下ろす魔王。その目は失望とも言える冷たい眼差しで、勇者の体が震え上がる。

 実際はただ見ているだけなのが。


「この技は相手が死に至るまで止めてはならない。途中で止めてしまえば技の反動が術者を襲う。強い魔法にはそれ相応のリスクがあるのも至極当然。反動を凪ぎ払うだけの力を持っていないそなたは、闇に呑まれるしかあるまいて」


 氷るような底冷えする声で告げられる死刑判決。こんな技だと知っていたら使わなかった。否、これほどの魔力と生命力を持つ魔王だとは思わなかった。何故あれだけの攻撃を受けて平然としているのか。

 底が見えない強さに恐怖するも、既に後の祭り。いつの間にか腰まで影に呑まれてしまっている。脱出しようと技を放とうとするが、黒き手により魔力は吸い取られていくばかり。


「他人の能力を奪い続けていた男の最後は、自らの技にて溺れ死ぬ……ですか。愚か者には相応しい末路ですね」

「めちゃくちゃ嬉しそうだな、おい」


 口元を緩ませ、端から見れば邪悪な笑みに見えるだろう、ハーベニーの笑顔。

 魔王を愚弄した罪は死より重い。甦ることの出来ぬ深き闇へと呑まれてしまえ塵虫が、と心の中で勇者に罵声を浴びせる。

 最早首まで闇に呑まれ、目の前にいる魔王に助けを求めるも、黒き手に口を押さえられ、それすらも出来ず。死への恐怖で涙する勇者になにを思ったのか、魔王は戦いを挑んだ勇者に微笑む。


「そなたのスキルは珍しい物だった。しかし使えるのは余が知っている技ばかり。目新しくもなく威力も未熟でつまらなんだが、勇者として戦い死ねることを誇りに思うがよい」

「…っ! ……っ、っ!」


 最後の最後で魔王につまらなかったと言われ、それでも勇者と死ねて誇りに思えとは。止めを刺したであろう言葉に、勇者は涙と声に出せぬ叫びを残し、深い闇へと落ちていった。


「笑顔でつまらなかったとか言われたら、死ぬにも死ねないねー、俺だったら」

「……あれで嫌みではなく本心なのだから恐ろしい方だ」


 消え行く闇を見届け、魔王の記憶にも残らぬであろう召還勇者。彼が望んだ世界で死ぬのだから、それもまた仕方のないことであろう。

 静寂に包まれる謁見の間。そこに近付く2つの気配。召還勇者の力は期待していた分、落胆も大きかったが、近付く気配に気分は急上昇。


「さて、準備運動は終わりだ。次の勇者を迎え入れようではないか」

「では、このまま続けて戦われますか?」

「勿論だ!」


 戦闘の疲れも見せずやる気満々。苦笑いするヴォスカの隣で一人、目元にハンカチを当てるハーベニー。ウキウキとさせ、楽しそうに勇者達を待つ姿に涙する。


「つまらぬ戦いを見せた勇者を慰め、尚且つ無謀にも挑んでくる勇者を快く迎え入れるとは……なんとお心の広いお方」

「ははは、ハーベニーの脳みそも大概イカれてるよねー」


 和む空気を掻き消すように、謁見の間の扉が勢いよく開けられる。現れたのはガタイのいい青年と、小柄な女性。青年は白い布の上着に紺色のズボン、女性は召還勇者と似たような生地の服に、チェックのミニスカート。どちらもこの世界では見たことがない服だ。


「鈴木!」

「……ダメよ。もう彼の生命反応はない」

「クソッ、遅かったか!」


 最初に来た召還勇者がもう存在しないことを悔やみ、壁に拳をぶつける。巨大な音と共に砕ける壁。その怪力に側近達は目を見開く。

 なにしろこの謁見の間は、魔力の籠ったこの世界で一番硬いと言われている鉱石で作られているのだから。


「ほう」

「許さねぇぞ魔王! 散々人間を苦しめるだけじゃ飽きたらず、俺と同じ地球から召還された鈴木を殺すなんてな……神が許しても俺が許さねぇ! 尋常に勝負だ!」




「……なんとも暑苦しい勇者だな」

「やだやだ。今時熱血なんて流行らないって」


 パタパタと手を団扇代わりにし、面倒くさそうに見るイフ。ししその二人に反して、魔王は目を輝かせていた。


「ふむ、そなたは強いな! 尋常に勝負しようではないか」



 召還勇者との戦い第二幕が開かれる。




長い間停滞して申し訳ありませんでした。

お休みしていたにも関わらず、感想を頂き本当にありがとうございます。

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