第3話 魔王、ただいま授乳中。
「狩野さん、おはようございます。 よく寝れましたか?」
「はい」
「それはよかったです。 検温、お願いします」
体温計を受け取り脇に挟んだ。 完全に無意識の動作であった。
「血圧測りますね」
―― ふぎゃー ふぎゃー ふぎゃぁぁー ふんぎゃぁぁー
(赤子の泣き声の中… 俺は よだれを垂らして 熟睡していたとは… 魔王の威厳は いったい どこへ いきおった…)
「問題ないですね」
「あの…」
「どうされました? あ…」
(胸板がクソ痛いぞ。 腫れ上がっておる。 岩のようにカチカチに…熱いものが溢れとる!)
「まっまさか!! 奇病か!?」
「搾乳しましょうね」
助産師に肩を擦られた。 まるで、落ち着けと言わんばかりに安心させてきおる。 タオルを渡され、俺の胸板に当てた。
「狩野さん。 漏れちゃったって? まあ! あらあら、もったいない」
なにやら 慌てた様子で ベテランそうな助産師が やってきた。
俺は 小瓶を 渡された。
「硬いねー。 マッサージしてからの方がいいわね」
ベテランそうな助産師が 俺の岩のように 硬く 腫れ上がった 胸板に 触れたと 思いきや、ゴリゴリと 削ってくるではないか!
「ぎぇあぁあ! いだぁああああ!!!」
俺は… 情けなく 泣き叫んでしまった。 こうして、魔王の胸板から 見事な二つの 噴火ならぬ 噴水が見られたとさ。
(俺様の世界征服は まだ終わっておらぬ!! 勝手に終わらすでない!!)
入院着を着替えた。 そこへ 新生児用コットに 寝かされた 小さな命と共に 助産師がやってきた。
「おお! 待っておったぞ!」
「ほら、ママですよぉ」
「我が胸に来るがよい」
「…ふんぅ…んんっ…」
優しく抱き上げる。 ふんわり温かく柔らかい。 胸がじんわり湿る。 母乳パッドが足元に落下した。
「あら! すぐタオル持ってきますね」
助産師が 早足に部屋を出て行った。 赤子は 俺の胸板に 顔を寄せ なにかを探っておる。
「んっぐっんんっ」
赤子の息が荒い。 次第に…顔が真っ赤になりおった。
「っ…ふぎゃっ あっ んぎゃ んぎゃああ!!」
「なにに泣いておる?」
俺は慌てて 立ち上がり 赤子をあやす。
泣き声が激しくなる度に、胸板からの噴水が止まらない。
どちらを止めるべきか……俺は "助産師" が戻ってくるのをひたすら 待つしかなかった。
「おまたせ………なんと羨ましい光景なのかしら」
床はミルク浸し、服はびっしょり、赤子はミルク風呂に入ったかのように甘〜い香り。
俺は きょとんと "助産師" を見つめる。
(見つめておらんで 我を救え)
「狩野さん、一回 座りましょう」
俺はゆっくり頷いた。 泣き続ける赤子へ視線を下ろす。
「ママのおっ◯◯飲みたいのよ」
助産師に 誘導されるように 俺の胸板へ赤子の口元を寄せた。 赤子は 俺の胸板を ハムハムと探り 吸い付いた。
(……なんというか… なんだ この軽くなる感覚は… 吸われておる。 我の魔力を?)
片乳からの噴水を タオルで押し当てる。 そのタオルは みるみるずっしりと重くなった。
次第に 俺は、赤子を見つめながら "うっとり" ならぬ "ウトウト" していた。
「狩野さーん」
助産師に 優しく肩を揺すられた。
「我… 一体何を」
はっと 赤子を抱き直し 我に返る。
「よく飲む子ですね。 きっと 大きく立派に 育ちますよ」
助産師は 俺の顔を 覗き込みながら、小さく微笑む。
「よかったね。 ママのおっ◯◯ いっっぱい飲むんだよ!」
助産師は 我が子の頬に そっと触れた。
「寝ちゃいましたね。 このまま寝かせられないんですよ。 ゲップさせてあげてくださいね」
「ほう…」
(気持ちよさそうに 寝とるのに 起こすとは なんというか 心が痛むのう…)
「ごめんね」
そう 助産師がつぶやいた瞬間。
抱き方を変え 背中を ―― パン! パン! パン! パン!…とんでもなく、荒い音で叩き始めたではないか。
さすがに 俺は慌てた。 息が詰まるかと思った。
「お主っ! なにをっ!」
我が子を 取り上げようと 助産師へ 立ち向かった。
「なにをしておる!!」
「げぇぇぇ!!」
「ふふっ、いいゲップ」
「はい、ママのところに戻ろうねぇ」
「うぐぅ…きゅっ…んんぅ」
我が子の瞳はクリクリに開いておる。 可哀想に、起きてしまったではないか。 助産師から ゆっくりと 俺の腕の中に 戻ってきた。
「狩野さん、シャワー浴びてきてください。 赤ちゃん見てますので」
「うむ… だが……」
赤子の顔を覗き込む。 無性に…無性に! 赤子の腹に 顔を埋めたい気持ちが 芽生えた。
小さき命の 腹部へ 顔を埋めた。
――ぶっ! ぶりっぶりぶり!!
「ふぅ…んぎゃ! んぎゃ!」
我は、口を半開きにし 何とも言えぬ顔で 助産師へ視線を合わせた。
(顔が臭い……)
「おむつ交換しましょう」
そっと 新生児用コットへ 我が子を 寝かせた。
助産師に 教わりつつ 我が子のおむつを 取り替える。
(みずみずしい ◯んこだこった。…臭い …臭い?…ん?)
外したおむつへ 鼻を近づける。
(ん゙っ! 臭い!)
俺は思わず 顔を背けた。
隣でくすくす笑う 助産師は 新生児用コットを 動かし始めた。
「シャワー ごゆっくりと」
「ふむ」
俺は 我が子へ 無意識に 手を振っておった。どうやら 俺は、小さきものには めっぽう弱いらしい。
新しい 入院服等を片手に持ち、我は 水浴びでも することにした。 移動中、動く度に ベッタリ 服が体に貼り付いて 気持ちが悪い。
今まで申しておらんかったが…… 股間が 擦れても 座っても 何しても 痛いの どうにかならんか!!




