第2話 魔王、ただいま分娩中。
「ほら、真央、夜ご飯食べないとぉ」
俺は健へ全力で首を振った。
なぜなら…得体のしれない食い物がテーブルに提供されたからだ。
「魚の煮付け美味しそうだよ?」
俺の顔が引きつる。
「食えるか! いらん!!」
「わがまま言わないの! 赤ちゃんの栄養なんだから」
「食う気にならん!!」
「プリンなら食べる?」
健は小さなカップを俺へ見せてきた。
「プリン…これは! なんだ!!」
「もー」
それの封を開け、俺へ嗅がせてきた。
(甘い。 乳の匂いだ)
「牛乳プリン好きでしょ?」
健は俺の顔を覗き込んでくる。ついつい視線が重なり、俺は匂いにつられ唾を呑み込んだ。
「食う」
奪い取るように受け取りスプーンでそれ、を救った。
(俺様が大事に頂く!)
一口、ちゅるん! ―― 俺の口内を甘く満たす。
(ああ…… し・あ・わ・せ…♡ )
俺の満足そうな表情を見ていた健は、四角い物体で カシャ! カシャ! と音を鳴らしておった。
(こやつ満足そうなに笑っておるな…美味いものでも食ったのか?)
「おい」
俺はスプーンを咥えたまま健へ声をかけていた。
「ん? どうしたの?」
「さっきから、なににそんなに喜んでおる」
「記念の写真 いいのが撮れたなぁって」
「記念の写真とは なんぞ?」
プリンを 口に運びながら 首を傾げた。
「ほら」
健は そう呟きながら、四角い物体を 俺に見せてきた。
「こやつは誰じゃ…健の顔も映っとるぞ…」
健へ視線を向けた。 画面のオナゴも同じように動いた。 思わず顔を画面へ戻した。
自分の手で頬に触れ撫でる。
「鏡か…ほう…なかなかの若いオナゴだこった」
―― カシャ!
「先から この音は なんぞ」
「ん? 写真だってば」
「だから、写真とは…」
「はいはい、ご飯食べようねぇ」
手を伸ばしかけたところで、四角い物体を隠されてしまった。
「嫌じゃ!」
(ん?………腹が…またじわじわと痛く)
「健!! 嫌じゃあ〜!! 帰る! 帰りとうぞぉぉ!!」
痛みによるものなのか、理由もわからず、恐怖というもので、涙が溢れてくるでわないか。
次第に痛みが増してくる。俺の声は、叫びというよりも、まるで獣へと変貌していた。
「ぅぅぅぅぅううぅうううううゔゔ……!!!」
「サイレンかな?」
隣から笑い声。
(我をバカにしおって……っ)
「貴様ぁぁぁあ!!!」
「はいはい、ごめんなさい」
健は 慌てて 俺の 背中を 擦った。 たった、それだけで 俺の怒りが 収まると 思っているのが…腹立つ。
「あ…っいいいい゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙いあ゙あ゙あ゙っ!!!」
まるで、波を打つようなリズム的な痛みだ。 にしても…耐え難い。 勇者に剣で貫かれたあの痛みよりも ―― 痛すぎる!
健は俺の異変に気付いたようで、ナースコールというものを押した。
「我を殺せえぇえ!!」
俺の美声が裏返る。
慌てた様子で、部屋へ駆け寄ってきた助産師。
「狩野さん! 大丈夫…じゃないわね」
助産師は胎児の心拍モニターへ視線を落とした。何やら機器を操作している。
「すぐ先生呼びますね! 狩野さーん! まだいきまないでくださいね!」
(いきむなと言われても…無理。 …って…いきむってなんぞや! でも、踏ん張ってしまうのはどうにかならんのか! これでは…! これでは…!! 男が汚れてしまうぞよ!! ○ん○が漏れる!!)
「ぅぅゔあああぁああ゙あ゙あ゙!!!」
健は黙って心配そうに俺の背中を擦る。 そんな横で、俺はベッドの手すりをぶっ壊す勢いで握っていた。
「破水はしたんだよな? すぐ子宮口確認する」
さっきとは別の男が 俺の股間へ 有無もなしに 手を伸ばしてきた。 怒りなんて感じられん。 もうどうにかしてくれ!! 痛いとかもうどうでもよかった。
「頭出かかってるよ! 急いで分娩台へ移動!」
「はい! 狩野さーん! いま赤ちゃん出かかってるから移動しますよ!」
「ゆっくりでいいですからねー!」
(歩けと……この状態で……ふざけてんのか?)
俺は寒気で体がガタガタと震えていた。 ゆっくり床をスリッパなんぞ無視して素足で歩いた。
「ゔああっ!!!」
途中で痛みに耐えいきれず、いきんでしまった。
――ビチャビチャ…
「大丈夫、赤ちゃんじゃないよ。 頑張って〜」
助産師はさっと床を掃除した。
(俺の○○こ……)
そんな俺の後ろ姿を四角いあの物体で……健が録画していたことは後から知った。
必死な思いで分娩台へあがり横になる。 俺は…もう意識が飛びかけておる。
腹にカラフルなものを巻つけ、あの奇妙な音が再び鳴り始めた。
「狩野さん! いきんで!!」
「いーっぱい!!」
「いいよ!! そうそう!!」
この時、俺の股間がなにかで切られたことは、微かに気づいていた。
「ご主人様、傍にいますからね!!」
「頭でてきましたよ!!」
「深呼吸。 ひっひっふぅ〜」
脳に血が渡らないのか、ぼんやりとしてきた。 声が遠くなる。
「狩野さん!! まだ寝ちゃ駄目!!」
助産師が俺の肩を叩き、眠りから起こされた。
「いま! いきんでっ!!」
俺は言われるがまま、腹に力を込めた。
「そうそう!! あと、ちょっと!!」
にゅるん! ああ…なにか…うん。 …大きな○ん○がでたようだ。 俺は…力が抜けた。
――ペチン! ペチン! …オギャー!!
「おめでとうございます!! 元気な男の子ですよ!!」
我の荒い息、霞む瞳の先に…
―― 人の子が泣いておる。
力なく伸ばす腕の中に小さく蠢く…
―― 温かい我が子。
なんと、か弱い生き物なんだ…
―― 壊れそうで怖い。 でも、世界一美しかった。




