第十七話:『焦熱の号砲と進軍の進路』第三節:炉壁都市の黒煙と、焦熱の地鳴り
カルデラの外輪山を越えた尾根の頂。吹き付ける強烈な上昇熱風に白銀のポニーテールを煽られながら、アリアは息を呑んで眼下を見下ろした。
盆地状に広がる巨大な火口原の中央に座していたのは、四角錐の威容を誇る漆黒の要塞――軍需都市ヘパイストスだった。
街全体を取り囲むのは、黒曜石と高炉スラグを積み上げて築かれた二重の巨大防壁。
その周囲には、山頂の火口から引き込まれた本物の溶岩が灼熱の朱泥となって渦巻く、文字通りの『溶岩濠』が外敵の侵入を拒絶するように赤く脈動している。都市の内部には、天を突き刺すように数十本もの長大な煙突が林立し、昼夜を分かたず重油と火薬の混ざり合った真っ黒な噴煙を天蓋へ向けて吐き出し続けていた。
「……あれが、火の門閥の本拠地……」
アリアが呟いたその瞬間、カルデラ全体の大気が一変した。
ドォン――ッ!
耳朶を打つ音よりも先に、足元の巨大な火口原の岩盤が下から突き上げられるように跳ね上がった。
大気の圧力が一瞬で跳ね上がり、四人の鼓膜と肺胞を不可視の鉄槌のように直接殴りつける。
尾根の斜面に堆積していた黒曜石の砕石が一斉に浮き上がって砂塵を巻き上げ、数キロメートル離れた場所からでも皮膚に熱風の衝撃波が突き刺さる。
要塞の北側斜面に据え付けられた、長大な巨砲の砲口から、目も眩むような白熱の火焔と膨大な白煙が噴き上がっていた。
数秒の遅れを伴って、遥か遠方の岩山が半ばから粉々に吹き飛び、赤褐色の土煙が天へと吹き上がる。
遠くの居住区では、煤煙に塗れた粗末な長屋の屋根が衝撃で激しく軋みを上げ、耳を塞ぐことすら許されない工員たちが、重い鉄鉱石の荷車を引きずりながら怯えたように背を丸めていた。
「有効射程15キロメートル」
ルシアンが右手中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、照準器の焦点をカシャリと合わせた。レンズの内側に着弾点の被害半径と弾道力学のグラフを投影しながら、青年は淡々と告げる。
「神樹結晶でコーティングされた重徹甲榴弾は、防壁はおろか山体ごと穿ち抜く破壊力を持っています。最新型の要塞攻城魔導砲『グラン・ブラント』の試射演習ですね。ブラント家は、あの規格外の破壊火力を背景にして、帝都の元老院に絶対的な発言力を誇示してきたのです」
「……あんな物騒なもんを四六時中ぶっ放してるのかよ。頭の芯までガンガン響いてきやがるぜ」
リンが耳を小指でほじりながら苦々しく顔をしかめた。豪華絢爛なブラント家の私邸宮殿と、奴隷同然に酷使される下層民の生活。エスチュアリーのスラムとはまた異なる、乾いた暴力と搾取の構図がそこにはあった。
「アリア様、あそこをご覧ください」
フィリアが聖杖の先端を向けた先――ヘパイストスの西門へと続く軍用道路には、物々しい武装を施した私兵部隊が二重三重の検問を敷いていた。全身を黒鉄の耐火装甲で覆った重装甲兵たちが、出入りする荷車や労働者を徹底的に検問している。
「ポルト・ヴェルデが破られた影響ですね」
ルシアンは再び眼鏡を押し上げ、レンズの光を冷徹に反射させた。
「ブラント家も魔王軍の襲来を予期し、すでに迎撃態勢に入っています。厳戒態勢の正規関門から堂々と潜入するのは、いかに身分を偽ろうともリスクが高すぎます」
「大丈夫よ。あたしたちには、ガラさんからもらった抜け道の地図があるわ」
アリアが腰のホルダーから古い羊皮紙を取り出し、指先で弾いた。ガラが示してくれた旧導水路のバイパスは、溶岩濠の地下深くを通り、かつての工員たちの隠れ酒場が集まる裏通りの地下へと繋がっているはずだった。
「裏から潜入して、まずはあの街の地下へ潜るわよ。あの黒鉄の柱の秘密……あの異常な装甲を解き明かすための手がかりを探すのよ」
「了解だ。あのカチカチの装甲を叩き割るヒント、絶対に拝んでやるぜ」
リンが拳を強く打ち鳴らした、まさにその時だった。
「……っ!? 皆さん、空を……!」
フィリアが息を呑み、空を指差した。四人の足元に落ちていた陽炎の光が、ふっと冷たい巨大な影によって遮られる。ルシアンが即座に眼鏡の数理照準を東の空――黒煙山脈の稜線上空へと跳ね上げた。
濁った赤褐色の天蓋。立ち上る濃密な黒煙の層を引き裂くようにして、遥か彼方の雲海から、巨大な影の群れが滑空してきていた。
音もなく気流を捉えて旋回する、灰色の長大な翼。鳥のそれではない。硬質な蝙蝠の被膜に、金属質の鱗がびっしりと生え揃った異様な巨影――。
六大部族が一角、空爆と急降下襲撃を司る【灰翅族】の尖兵たちだった。
「魔王軍の先遣航空隊です……! 予測進路、ヘパイストス中央溶鉱炉直上!」
ルシアンの切迫した声に、アリアの全身の毛穴がキュッと引き締まった。首元の『原初の勇者の聖痕』が、ジリジリと焦げるような熱を帯び始める。あの青年――二代目魔王が率いる、更地化のための絶対の鉄槌が、すでにこの街の頭上へと到達しつつあった。
「もう来たってわけ……!? ガラさんの言った通り、本当に帝都を素通りしてここを狙ってきたんだわ!」
アリアは左腰の『蒼水直剣アルビオン』の鯉口をカチリと親指で切り、仲間たちを振り返った。菫色の瞳には、焦燥を焼き尽くすほどの強い闘志が燃え盛っている。
「急ぐわよ! 魔王がこの街を更地に均す前に、あの柱の秘密を突き止めて、巻き込まれる人たちを逃がす道を作るのよ!」
「おうっ!」
「僕の数理で、最短の潜入ルートを割り出します! 走ってください!」
「主の御加護が、皆さんの足元にありますように……!」
火の粉と火山灰が激しく舞い散る中、四人は岩肌を蹴り、黒煙渦巻く巨大要塞ヘパイストスへと一気に駆け下りていった。
世界の欺瞞を暴き、冷徹なる更地化の号砲を止めるための、第3幕の過酷な戦いが、いま幕を開ける。
(第十七話 完 / 第十八話へ続く)




