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『勇者を謀殺した帝国に、ハッピーエンドなどいらない』  作者: 千石 かしる


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第四十四話:『四重奏の攻防』第二節:天貫く黒杭

 青年の右手中指が、虚空へ向けて垂直に立てられた。


「――『黒杭(グラビティ・パイル)』」


 宣告と同時に、神殿の天井を形成する黒曜石の巨岩が、何の前触れもなく爆砕した。


 落ちてきたのは、岩の瓦礫ではない。

 高密度に圧縮された超重量のマナ塊――直径二メートル、全長十メートルを超える巨大な漆黒の角杭だった。


「なっ……! 質量攻撃だと!?」


 ルシアンが目を見開いたのと、その極大の黒杭が音速を超えて着弾したのは同刻だった。


 重低な衝撃音とともに空気を押し潰す強烈な衝撃波が吹き荒れ、黒氷の床が激しく跳ね上がる。

 ルシアン、リン、フィリアの三人が陣取る後衛ラインの真上へ、容赦なく振り下ろされた絶望の質量。


「させるかよッ!!」


 寸前に反応したリンが、両足を床へ深々と踏み込んだ。

『緋金剛の重推進器(ブースター)』から朱色の爆炎を噴射し、爆発的な跳躍力で三人分の頭上へと滑り込む。


「アリアの背中は……あたしたちが守るって決めたんだッ!」


 跳ね上げられた両腕の重装甲『緋金剛・砕霊甲』が、強烈な摩擦音とともに噛み合わさる。

 衝撃吸収フレームを全開にし、真上から落下してくる数千トンの質量を、頭上で正面から受け止めた。


 寺院の鐘を打ち鳴らしたような凄絶な重低音が響き渡り、リンの足元の黒氷が放射状に砕け散る。

 膝が激しく軋み、胸甲の隙間から朱色の高圧蒸気が噴き出した。


「ぐあぁぁっ……! 重い……なんだこのバカみたいな質量はッ!?」


「リンさんッ! 今、加護を――!」


 フィリアが瞬時に手甲の『祈誓の翠玉環』を光らせ、六基の『リリィ・ファンネル』を起動した。

 リンの頭上に八角形の重層結晶結界『セラフィック・シールド』を三重に展開し、落下圧力を減鎖する。


「『数理解析(アナライズ)』……ッ! これはただの岩石ではありません!」


 ルシアンが右眼のモノクルを明滅させ、青ざめた顔で叫んだ。


「超高圧の重力魔法で局所的に密度を十倍以上に高めた『崩壊物質』です! 一度着弾すれば、周囲の空間ごと圧殺される……!」


「ウンチクはいい……ッ! これ、どうやって叩き落とせばいいんだいッ!?」


 リンの腕骨が悲鳴を上げ、歯の隙間から鮮血が伝う。

 圧倒的な超質量の前には、生体金属の剛力すらじわじわと押し潰されていく。


 だが、レンの容赦のない追撃は止まらない。


 青年は左手を水平に翳し、十指の手甲から十本の『黒骸の糸』を虚空へ放った。

 頭上の黒杭に糸を括り付けると、巨大な吊り橋を巻き上げる揚陸クレーンのごとく、さらなる重圧を加算していく。


「――第二杭」


 冷徹なボイスとともに、二本目の黒杭が天井の闇を破って襲いかかった。


「しまっ……!?」


 ルシアンの顔から血の気が引く。

 一本目の黒杭を耐え抜くだけで限界を迎えているリンとフィリアの陣形へ、容赦なく叩きつけられる二重の絶望。


「死なせ……ない……ッ!!」


 フィリアが悲鳴に似た叫びを上げ、すべてのファンネルを頭上へと集結させた。

 自らの生命力を削りながら、光の障壁を限界を超えて肥大化させる。


 だが、衝撃の物理エネルギーは障壁を突き抜け、少女たちの華奢な身体を容赦なく圧迫した。

 後衛の三人が、完全に黒杭の直下に足止めされ、圧砕の恐怖に晒される。


 それは――アリアを単身で孤立させるための、レンの完璧な戦術配置(ポジショニング)だった。


「リン! フィリア! ルシアン!」


 振り返ったアリアの視界で、仲間たちが必死に悲鳴を飲み込みながら持ちこたえている姿が映る。

 自分が救われるために、三人全員が盾となり、押し潰されそうになっている。


(あたしを一人にするために……仲間を潰す気なの……!?)


 アリアの胸の奥で、激しい怒りと焦燥が炎となって吹き荒れた。

 白銀のポニーテールを激しく揺らし、アリアは脚力を全開にして玉座のレンへと肉薄する。


「レン――ッ!!」


 腰の『蒼水神刀 アルビオン・レガリア』に手をかけ、無傷抜刀の神速の一閃を解き放とうとした、その瞬間。


 玉座に腰掛けたままのレンの視線が、初めてアリアの正面と真っ直ぐに交差した。


「――遅い」


 アリアの視界の端で、背後に浮遊する『黒骸の断罪柱』が不気味に回転を始めた。

 内部の極密魔導リールが、キーーーンと耳を刺す高周波の摩擦音を奏でる。


 アリアの踏み込んだ足元――黒氷の床から、無数の黒い影の糸が津波のように立ち上がり、少女の全身を絡め取った。


「な……っ!?」


 刃を抜くことすら許されぬ、絶対の拘束。

 仲間を守るために孤立した少女へ、魔王の冷徹な一撃が迫る。


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