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『勇者を謀殺した帝国に、ハッピーエンドなどいらない』  作者: 千石 かしる


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第二話:『地下闘技場の無敗王者』 第二節:無敗の拳姫と、蒼き闘気

「――死ねやァッ、ガキがァッ!!」

怒号とともに振り下ろされたのは、分厚い鉄板を何重にも溶接した巨大な両手持ちの戦棍(メイス)だった。振るったのは、身長二メートルを優に超える巨漢の重装戦士。分厚い鉄兜と甲冑に身を包み、スラムの賭け試合で何十人もの骨をへし折ってきた兇暴な賞金稼ぎだ。空気を引き裂く風切り音が、リングの乾いた土埃を濛々と巻き上げる。直撃すれば、人間など一瞬で挽肉と化す質量の一撃。

だが、その鉄塊の直下にいた小柄な影は、逃げるどころか、琥珀色の瞳を三日月形に細めて破顔していた。

「遅ぇよ、大男ッ!」

オレンジブロンドのショートボブに、耳元で弾む細い三つ編みと朱色の房飾り。

黒と藍を基調にした袖なしの拳闘ベストの隙間から覗くのは、日々の過酷な鍛錬によって刻み込まれた、見事な縦割れの腹筋。純白のさらしで固く締め上げられた胸元と、しなやかな小麦色の体躯。

リン――この地下闘技場で無敗を誇る、十六歳の少女だった。

メイスの切っ先が鼻先をかすめる刹那、リンの足元がぶれた。

大地を蹴った音すら置き去りにし、体内の生体気流を一瞬で足腰へと循環させる――『瞬歩・飛燕脚(しゅんぽ・ひえんきゃく)』。

振り下ろされる鉄塊の側面を、リンは実戦用拳法靴の爪先でトン、と羽根のように軽やかに踏みつけた。

「なっ……!?」

巨漢が見開いた視界の先、頭上を取ったリンが宙でくるりと一回転する。

見下ろす少女の口元には、強敵と相対した野生動物のような、無邪気で獰猛な笑みが貼り付いていた。

落下と同時に繰り出したのは、脳天への急降下打撃ではない。

相手の鉄兜の側頭部へ飛びつき、空中で軸を水平に倒しながら、相手の首筋と顎を捉える横方向への密着回頭。

バンデージを硬く巻き付けた右の掌へ、全身の血液と生体エネルギーが鋭く凝縮されていく。

パチリ、と皮膚の表面で青白い熱気が弾け、彼女の小さな掌を中心に、鋭利な渦――『蒼気功』が収束した。

技名を叫ぶ愚など犯さない。ただ、相手の急所へ最速で破壊を注ぎ込む。相手の外装を透過し、内部を直接揺るがす必殺の掌底――『浸透勁・砕霊掌(しんとうけい・さいれいしょう)』。

打撃の瞬間、空気が一度だけ不自然に収縮した。接触面の金属兜には傷ひとつ付かない。だが、直後に甲冑の継ぎ目という継ぎ目から、逃げ場を失った衝撃波が青白い白煙となって四方へ噴き出した。同時に、リングの乾いた土埃が二人の足元から同心円状に激しく吹き飛ぶ。

「ご、ふ……ッ!?」

巨漢の白濁した両目がカッと見開かれ、鼻と口から同時に鮮血が霧となって散った。横方向へ叩き込まれた浸透打撃の余波を受け、百キロを優に超える重装甲の巨躯が、まるで暴走する荷馬車に側面から跳ね飛ばされたかのように真横へと吹き飛ぶ。丸太と鉄線を編み込んで設えられたリングの防護柵が、巨漢の背中を受け止めた瞬間、耐えきれずに悲鳴を上げて弾け飛んだ。千切れたロープと木片を撒き散らしながら、男は観客席の最前列へと頭から突っ込み、土煙の中へ沈んでいく。ピクリとも動かない。完全な一撃昏倒だった。一瞬の静寂。そして――地下空間全体を揺るがすほどの、狂乱の怒号と歓声が爆発した。

「うおおおおおおおおっ!!」

「また一撃だ! 甲冑の上から中身だけブッ壊しやがったぞ!!」

「勝者ァ! 『パンツァー・ゲイル(装甲砕きの旋風)』――無敗の拳姫、リンだァッ!!」

熱狂した男たちが宙へ大量の賭け札をぶちまけ、金貨が土埃の上へ雨のように散らばる。

リングの中央、吹き飛ばした反動でふわりと着地したリンは、琥珀色の瞳を爛々と輝かせ、親指でツンと自らの鼻の頭を擦った。

額に光る汗を手の甲で無造作に拭い、まだ戦い足りないとばかりに肩を小さく回す。

「へっ、看板倒れの大男が。ちっとも骨が折れねえよ」

両手を腰に当て、引き締まった腹筋を誇示するように胸を張る。

観客を見渡しながら、八重歯を覗かせて不敵にニッと笑い飛ばした。

「おいおい、賞金首のゴロツキどもはこれで終わりかよ! もっと骨のあるヤツはいねえのかッ!」

リングを取り囲む荒くれ者たちが、ざわりと後ずさる。

腕自慢の傭兵も、兇刃を誇る賞金稼ぎも、あの華奢な腕から放たれる「装甲を貫通する蒼い衝撃」の恐ろしさに呑まれ、名乗りを上げる度胸を失っていた。

そんな狂乱と怯えが渦巻く客席の最前列で。アリアはフードを目深に被ったまま、腕を組んでその光景を見つめていた。

(……へぇ)

菫色の瞳が、夜の闇の中で面白そうに細められる。

ただの腕力任せの殴り合いじゃない。魔導の詠唱を介さず、己の肉体の中を流れる生体気流を直感で循環させ、衝撃を相手の体内へ透過させている。

あの足捌き、重心の低さ、そして何より――あの獲物を見据える野良犬のような澄んだ闘志。

(お城の着膨れした騎士たちより、よっぽどいい拳を打つじゃないの)

アリアの胸の奥で、押さえつけられていた武人の血が、チリチリと心地よい熱を帯びて沸き立ち始めていた。

(第二話 第三節へ続く)

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初登場、格闘娘のリンのイメージイラストです!(AI使用)

挿絵(By みてみん)


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