二十話 斜陽
【楓視点】
執務室に、洸介君が走ってきた。
「睦月さん、お待たせしました!」
結構な距離だと思うが、息が切れていない。
この若さが羨ましい。
「そんな急がなくても良かったのに」
「いえ、あなたを待たせられません」
「そういうことにしておくよ。さあ決着をつけようか」
床に両手をついている皐月雄介を見た。
既に顔色は悪く、呆然自失といった様子になっている。
「父上、僕に家督を譲って引退して下さい」
「……洸介に家督? 無理だ! 睦月に食われてしまう」
「皐月さん、何を言ってるんですか。俺が皐月家を? あり得ない」
「睦月さんもこう言ってます。父上、あなたは負けたんです」
「ま、まだ負けていない。ヴィクトリアは何処に行った!」
「俺が捕らえましたが?」
皐月さんは目を見開いて俺を見た。
またお前か、という感じだろうか。
「嘘を言うな! 彼女はレッドラインの訓練を受けた正規の――」
慌てて口を噤むが、俺は既に知っている。
「暗殺者なんでしょう。網走さんから聞きました」
「あばしりいいいいいぃぃぃ! なぜだあああああぁぁぁ! なぜうらぎるううううぅ!?」
「あなたに人望がないからじゃないですかね」
「やかましいいいいいいいいいいいいい」
皐月さんが胸ポケットに手を入れた。
そして黒い金属製の武器を構える。
拳銃だった。
「父上!?」
「もしもに備えてレッドラインから買っていた。本当に母子そろって詰めが甘いな、睦月楓。お前の母も魔道具まで手に入れていたのに、俺を落とせず焼け死んだのだからな」
皐月さんがトリガーを引いた。
俺は横に数センチズレると、後ろの壁に着弾する。
顔を強張らせながらトリガーを次々と引いた。
俺は全て躱していた。
部屋に火薬の匂いが充満し始める。
皐月さんの視線が固定されていて、どこを狙っているのかが丸わかりだ。
これならヴィクトリアさんの方が、まだマシだと思った。
「あああああぁぁぁぁっなぜだあああああぁぁっ」
「知ってました? 別に避けなくてもいいってこと」
俺が止まると、一発だけ当たった。
月隠に。
皐月さんが絶望に打ちのめされる。
「あなたに勝ち筋はもうありません。夜も遅いので、負けを認めて洸介君に家督を譲って下さい」
「父上、皐月家は任せて下さい。僕がしっかりと守っていきます」
「ワカリマシタ」
皐月さんは床に手をついて、魂が抜けたような声を出した。
何となく身体も真っ白に燃え尽きたように感じた。
☆
ちょうど日付が変わる頃、雄介さんから洸介君に、皐月家の代表が代わったとメッセージが届いた。
それは洸介君が皐月コンツェルンの会長になったということだ。
色々とやらないといけないが、それは明日からでもいいだろう。
睦月邸には全員が戻ってきていた。
リビングに集まってテーブルを囲いながら、談笑に興じている。
「楓さん、どうして一人で向かったんですか!」
「いや、イケるかな〜と思って」
「今後は絶対に許しませんからね!」
「分かったよ。凛に言われると従うしかない」
近くで、睦月が負けたとか、尻に敷かれてるとか、ダメ旦那とか聞こえてくるが無視だ。
俺は凛さえいれば、他はどうだっていい。
「明日は洸介君と今後のことについて話し合う予定だから、みんな早く寝てくださいね」
「今度は付いていっても良いという意味ですか?」
「あたしもいいのかしら?」
「未成年は無理だよねえ」
「あ、あたしは行ってあげてもいいけど」
「俺はいかねえぜ。まだやる事があるからよお」
全員が同時に口を開けた。
聖徳太子じゃないので聞き取れない。
「来たい人は来たらいいと思う。人が多いほうが意見が出やすいからね」
全員で一気に盛り上がる。
再び話に火がついた。
俺は全員の顔を眺めながら、今の幸せを噛み締める。
今までは一人が好きと思っていたが、気の合う仲間と一緒にいる方が楽しいと気がついた夜だった。
☆
翌日、理事会に俺達は集まっていた。
これから今後の学術院のシステムを、どうしていくのかを決めないといけない。
公聴席は完全に埋まっている。
それほど学術院の住民にとって、重要な議題だと理解しているのだろう。
「まずは区というシステムはなくす方がいい」
「それだと序列がハッキリしなくなるのではないか」
「序列とか身分をつくるからおかしくなるのです」
「それだと人は従わない」
「魔力回路持ちを従わせる必要がありますか」
「旧月家の歴史をないがしろにするのか」
「この際、それでもいいんじゃないですか」
「トークンはどうしますか」
「そのままの運営の方が混乱が起きない」
「昨日まで辛酸をなめたのに、まだそんなことを言ってるんですか」
「それはあなたが特殊な方法を使ったからです」
「今後、特殊な方法が使われないという根拠を教えて下さい」
「そんなものはありません」
「学術院から外へ自由に出入りできるようにするべきです」
「それだと以前と同じで魔力回路持ちを保護できません」
「魔力回路持ちを特別視するからおかしくなるんですよ」
「それでも希少性は変わらないでしょう」
意見が色々と出たが会議は全く進まなかった。
学術院に住む人々には個人の生活があり、それに沿った思惑がある。
それでも、昨日起こった暴動を踏まえて、絶対に変えないといけないことがある。
母がこの閉塞感に嫌気を差したのが理解できた。
昨日までのことを学習せずに、全く変わろうとしない保守的な思考にウンザリする。
このままだと、魔術回路持ちの発展はこの先見込めないような気がしてきた。
(こんな時に頼りになるのは、あの人だよな)
この学術院は日本にある。
一度、お義祖父さんにお願いしてみよう。




