↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/94

十九話 暴動

  【楓視点】


 午後八時、タブレットに全住民あてのメッセージが届いた。


『【緊急告知】学術院にお住まいの皆様へ

現在、学術院全域で発生している異常な物価高騰について、皐月家の跡取りとして、皆様に真実をお伝えしなければなりません。

この物価は、皐月コンツェルンによる商品供給の意図的な操作によって引き起こされています。皐月家は自らの失策を隠すために価格を吊り上げ、皆様の生活を犠牲にしてきました。

わたしは、この状況をこれ以上、看過することができません。

今をもって、わたしは皐月家当主に対して、この理不尽な政策に終止符を打つべく、宣戦布告を行いました。

皆様も、これまで積み重ねてきた理不尽への声を、皐月本邸まで届けてください。

今夜、二十一時。学術院を共に変えましょう。

学術院は、一部の家のためにあるのではありません。

あなた方、魔力回路を持つ人々のためにあるのです。

                      ――皐月洸介』


 俺と洸介君は、皐月家本邸の近くまで来ていた。

 このメッセージで、どれくらいの人が集まるのかは分からない。

 仮に集まらなくても、二人だけで皐月家に乗り込むつもりだった。


「住民は来るでしょうか?」


「どうかな。ここ数日の状況はかなり酷かったと聞いているけど」


「もし来なかったら」


「俺が突撃するよ。多分、どうとでもなるから。でも、それだと意味がないんだよな」


 これは、学術院に住む人々の意識改革という側面も含んでいた。

 今までは四区が被害者だったが、それが別の区になってもおかしくない仕組みだった。

 皐月の言う「家畜」は、ここに住んでいれば誰もが対象になりうる。


「楓さ〜ん」


 遠くで凛の声が聞こえたような気がした。


(いや、それはない。家にいるように言ってきたし。俺って相当、凛スキーだな)


 タタタという軽い足音が近づいてきた。

 その音は、普段の朝練で聞き慣れた――


「どうして凛が来てるんだ!?」


 ――凛の足音だった。


「どうしてですって? あんなメッセージが届いたら、誰だって心配になるわよ」


 宮司さんは呆れたとばかりの声。


「ホント、おっさんは分かってないな〜」


 遊のおどけた口調はいつも通りだ。


「俺も連れて来てもらったぜえ」


 的場さんはどうやって天の壁を通ったのだろう。


「あ、あたしもいるんだから! べ、別におじさんを心配して来たんじゃないわよ!」


 詩織も安定のツン全開だ。


「楓さん……心配で来てしまいました」


 あ〜、俺って最高に幸せ者だな。


「みんな……どうして、とは言わない。来てくれてありがとう」


 弛緩した空気が周囲に漂う。


「あの……メッセージを見たのですが、今からでも間に合いますか?」


 少し遠慮がちな声で顔を上げた男性がいた。

 そこには、疲弊の色が濃い表情があった。

 俺は洸介君の背中を押す。

 住民との会話は、リーダーにしてもらった方が良い。


「はい。え、と。大丈夫です、よ」


「良かった。おい、まだ間に合うってよ。みんな!」


 この人はまとめ役だったのだろう。

 後ろに向かって大声を出すと人が集まってきた。

 更に後ろへ声のリレーが行われていく。

 それは次第に大きな円へと変わっていった。


「え、え? え?! どうなってるのよ。すごい、たくさんの人いる」


「ホントだ。でも最近の状況だったら仕方ないかもね。あの時、おっさんにトークンを借りれなかったら、僕たちもどうなっていたか分からない」


「遊、アレは返さなくていいからな」


「は? 何言ってるんだよ」


「泡銭だからいいんだよ」


 俺は遊の肩を軽く叩いて立ち上がる。

 時計は二十一時になろうとしていた。


「俺が正門を破壊する。洸介君、号令は任せた」


 手のひらに漆黒の刃を通す。

 薄く血が滲んで、腕から虹色の膜が全身を覆った。


(門を破壊する時に狙撃されたらバカらしいからな)


 俺は門に向かって歩き出した。


 皐月本邸の正門は、霜月家よりも豪奢な造りをしていた。

 皐月雄介は建築物の造形にこだわりがあるのかも知れない。


 俺は右手で門に触れる。


 イメージするのは門を消し去る漆黒の空間。

 詩織の暴走を止めた、あの闇の帳。

 重量ではなく無属性魔法の特性――虚空で処理をする。


 手のひらから黒い靄が門を包んでいく。

 金箔のように薄く広く引き伸ばしていく。


 門の向こうが騒がしい。

 どうやら相手は待ち伏せをしているようだ。


 闇のマントで正門を包み込んだ。

 それを圧縮していく。

 マントの中で破砕音が響く中、徐々に門は形を維持できなくなっていった。


 時間にして数分で正門があった場所は、整地された大地に変貌を遂げた。


「ば、化け物め。各人、得意魔法を撃ち込め!」


 門が消えうせた正面から、色とりどりの魔法が飛来していた。

 轟音を上げて俺の周囲に着弾している。

 魔法の威力はかなり高い。

 本気で攻撃しているのだろう。


 だが俺が足を止めることはない。

 一歩一歩、ゆっくり前に進んでいけば良いだけだ。


「うおおおぉぉぉっ! いくぞおおおぉぉっ!!」


 後ろから怒号が聞こえてきた。

 振り返ると土煙を上げながら、人々が雪崩のように向かってきていた。

 しかも速度がかなり出ている。


(風魔法で後ろから押しているんだろうな)


 どれだけ優秀な魔術師を揃えても、圧倒的な数には敵わない。 

 こうなると結果を予測するのは簡単だ。


 あとは怪我人を出さないように動くだけ。

 俺はできるだけ標的になるように、中央を真っ直ぐ進んだ。


   ☆

【三人称視点】

 後方で洸介達は息を呑んでいた。

 正門を消して魔法を一身に浴びても、前に突き進む姿。


「アレに僕は勝負を挑んだのか」


 今になって思い出す。

 魔術祭の時のことを。


「あの子、飄々としてるから分からないのよね」


 全員が深く頷いている。


 その時、タブレットに音声が流れる。


『こちらC班。食堂を制圧しました。どうぞ』


『こちらB班。娯楽室を制圧しました。どうぞ』


 次々と報告が届き始める。


「こちら本部。怪我人は大丈夫ですか? どうぞ」


『現状、怪我人はゼロです。どうぞ』


『門を壊した人が魔法を全て受けてくれています。何なんだあの人は!? どうぞ』


「あの方は、睦月当主です。神のような方です。どうぞ」


『神ですか。了解しました。どうぞ』


 楓を神とのたまった洸介に、ドン引きの視線が集中する。


「な、なんですか皆さん。僕にとっては神様よりも現実的な救世主ですよ」


 どん底にいた洸介が、手を差し伸べた楓を尊敬するのは必然だった。


『洸介君。こっちに来れるかい?』


「睦月さん! はい! 今すぐに! 向かいます!!」


 洸介は立ち上がると、本邸に向かって走り出した。

 ご丁寧に風魔法まで使って。


   ☆


 皐月雄介は、正門が崩落するのを目の当たりにして、ショックを受けていた。

 人が使う魔法で、建築物を破壊できる道理はないからだ。

 人体で生成される魔法では、魔力が圧倒的に不足する。


 頬に冷たい汗が伝う。

 背中は冷や汗で気持ち悪い。


「どうして、こんな事になったんだ。一体、何が!?」


 一時間前に届いたメッセージ。

 それは探していた皐月家の跡取りからの宣戦布告だった。

 その内容も、学術院の物価高騰と失政が謳われている。


 商品がすぐに売り切れるのであれば、物価を上げるのは当然の方法だ。

 だが最近、外からの融資が止まり、円を入手できず、学術院内に物資を供給できなくなっていたのも事実だった。


 それによって二区や三区で買い占めが起こり、住民の不満が膨れ上がっていたことを、雄介は気づいていなかった。


 そうしている内に、タブレットから音声が聞こえた。


『こちらC班。食堂を制圧しました。どうぞ』


『こちらB班。娯楽室を制圧しました。どうぞ』


『現状、怪我人はゼロです。どうぞ』


 戦況は悪化の一途を辿っていた。

 食堂や娯楽室が制圧されたという事は、雇っていた上級魔術師が瓦解したということだ。


『門を壊した人が魔法を全て受けてくれています。何なんだあの人は!? どうぞ』


 その時、扉が消えた。

 正門と同じよう跡形も無くなっていた。


「久しぶりですね。皐月雄介さん。二月の理事会以来ですか」


 雄介は右手を前に出して風魔法を構築した。

 空気が渦巻いて風の槍が形成される。


「序列五位の皐月をなめるな!」


 その槍を楓に向かって投擲するが、月隠はユラリと漂いながら弾いた。


「ば、化け物め!」


「失礼な人ですね。今回、俺は付き添いなんで、洸介君を呼びますね」


「洸介君? どうして、洸介を知っている」


「俺が保護していましたから。今日の為にね」


「それは、どういう……」


「この結果は、一月から決まっていたということですよ。あなたが優秀だったら、気づけたと思いますけどね」


「何だと」


「皐月家のシステムに侵入したり、四区で品物を買い占めたり、お義祖父さんに外からの融資を止めてもらったり。特にシステム侵入は一度、エラーを吐かれたのでバレたと思いました」


 雄介は網走が言っていたことを思い出した。

 あの時の話には意味があったのだ。


「網走がいれば……」


「網走さんがどうかしましたか? 俺が捕らえましたけど」


「網走が? 捕えられた、だと?」


「はい。今は拘束具をつけてマンションで預かっています。ちゃんと三食出しているので安心して下さい」


 安心とかの問題ではなかった。


「……網走さえいれば」


「なるほど。網走さんって優秀な方だったんですね。それは残念でした。時間も時間ですし、そろそろ決着をつけましょうか」


 楓がタブレットで呼びかけた。


『洸介君。こっちに来れるかい?』


「皐月さん。どうして俺が先頭に立たなかったか分かりますか?」


「分かるわけがないだろう!」


 楓はポケットから蒼い石の指輪を取り出した。


 ゴクリと、雄介の喉が鳴った。


「ま、魔道具? どうしてソレを」


「あなたと冷静に話ができると思えなかったからですよ」


 室内の明かりを受けて、宝石が怪しく光る。

 それは――人柱になった魔力回路持ちの輝きだった。

おはようございます。

お読み下さりありがとうございます!

まずはお礼から。

昨日も本当にたくさんの評価とブクマをして頂けました。

もう感謝しかありません! ありがとうございます!!

またリアクションもたくさんして頂けて、とても励みになっています。

明日も朝八時二十分に投稿します。

引き続き月隠の魔術師を宜しくお願い致します!

また ぱられる×ぱらだいむ の投稿を再開しました。

方向性は全く違いますが、よろしければ手に取って頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。