十六話 四区の行方
【楓視点】
「長旅ご苦労さま。とりあえず上がってよ」
俺は門を開けると、みんなを中に呼んだ。
「旦那、俺は業務に戻るッス」
「山田君、助かったよ。ありがとう」
「いえ。とんでもないッス。失礼するッス」
何度も頭を下げて立ち去る山田君。
こっちが頭を下げないといけないくらい、よく働いてくれている。
「さあ、どうぞ」
俺が再度案内すると、全員が門をくぐった。
四区は二区や三区みたいな、手をかざすだけでロックができるシステムを構築できない。
それは四区という場所が、他の区域と同じインフラが設置されていないからに他ならない。
それが、ある意味で安心だと言えた。
誰もが等しく少し不便な暮らしをしているが、学術院の監視から逃れられている。
「睦月様」
「文さん、どうした?」
「儂ら、写真をどうやって撮ったのかえ」
「以前から皐月家のデータベースにアクセスしててさ」
「データベース?」
「アクセス?」
詩織と遊は、揃って頭の上に疑問符を浮かべている。
「そう、パソコンでデータベースに侵入してたんだ」
「おいおいおいおいおい! おっさん、それって!?」
「ん。どうした、遊」
「ヤバいんじゃないか?」
「俺は旧月家の人間だ。何をしても許されるのが学術院じゃないのか」
「確かにそうだけど」
「俺なんかザコザコの中のザコザコ。世の中にはもっと酷いヤツがいるんだ」
「マジか」
「マジだ」
そうこうしている間に家の扉に到着した。
引き戸になっていて、抵抗なくスライドする。
「俺も昨日、越してきたばかりだから慣れてないけど――」
中に入ると、凛が待っていた。
「睦月家にようこそ」
全員をにこやかな笑みで迎える。
その場にいた男連中が、揃って胸を押さえてうずくまった。
☆
全員がリビングに集まって座っている。
給仕さん達は忙しく動き回っていた。
「別に急がなくても大丈夫ですからね」
「わたし達にも給仕としての矜持があります!」
フンスと息を巻いた返事が返ってきた。
俺はそれ以上、何も言わないことにした。
「とりあえず、みんなには学術院で起きていることを共有しておく」
全員が真剣な表情で頷く。
俺が皐月家のネットワークにアクセスして何をしたのか。
ネットワークを介して何を手に入れたのか。
学術院とは何を目的に造られたのか。
何故、強烈なインフレが起こっているのか。
何故、四区がこの状況の中で平穏を保てているのか。
それら全てを包み隠さずに話した。
歴戦の勇者、文さんは顔色を変えずに頷いている。
しかし、他の面々は明らかに顔色が悪くなっていった。
「とりあえず休憩にしよう。その後で次のステップを共有したい」
予め聞いていた好きな飲み物が、全員に配られる。
一息つくことで、部屋の緊張感が少し和らいだ。
「睦月様」
「どうした、文さん」
「何故、長月や師走に手を差し伸べたのですか?」
「元々、詩織や遊と交流があったのもある。だけど母の手助けをしてくれた文さんの存在が大きいかな。母の仇を討とうと霜月に挑んだんだろ?」
「はい? それ本当なの、ばあちゃん!」
「やかましい! あの時、儂がどれだけ悔やんだか分かるまい」
「あたしは霜月がいなければとか、霜月が長月を貶めたとか聞いていたんだけど!」
「そうじゃろうが! 霜月がいなければ決闘なぞせんかったし、霜月が勝たねば堕天などせんで済んだんじゃ」
「えーーーーーー!?」
詩織はバタバタと凛の横に移動した。
「長月さん。どうしました?」
奇妙な雰囲気に凛が引いている。
「スサノオの件、スミマセンでしたあ!!」
詩織が床に額を当てて、土下座を始めた。
俺には何の話か見当がつかなかった。
だが凛がこちらにウィンクしてきたので、心当たりがあるのだろう。
「気にしていませんよ。それより顔を上げて下さい」
「許してもらえるまで上げません!」
凛は詩織の頭を撫でた。
「許しました。これで終わりにしましょう」
「うわ〜〜ん。本当にごめんなさい」
彼女は凛に抱きつきながら泣き出した。
何があったのかは知らないが、このタイミングで何かが氷解したのであれば、それで良かったと思えた。
☆
「これからのことですが――」
リビングが落ち着いてきたところで切り出した。
全員が俺の方を向く。
「洸介、いや皐月洸介君を、四区のリーダーに据えようと思っています」
「なぜじゃ! 睦月様がリーダーならいざ知らず」
「なんで、おっさんじゃないのさ」
「おじさん、カッコイイ」
何か聞こえた気がするが、聞こえなかったことにする。
「洸介君を推す理由があるんだ。まず洸介君は、上にいた人間でもあり、下に落ちた人間でもある。二区や三区の人間と四区の人間、その両方の気持ちを理解できるのは、彼しかいない。そして皐月の帝王学を学んでいること。人を率いる手法は、一朝一夕ではどうにもならない」
俺は一息ついて続けた。
「それと、全ての崩壊を食い止める必要がある。このままだと、皐月家と一緒に学術院が崩壊してしまう。雄介さんに退いてもらって、洸介君が跡を継げば、崩壊リスクは最小限に抑えられる。何より四区を変えるなら、皐月に奪われた人間だからこそ、皐月を変える側に立たせる意味がある」
最後は一番大切な部分。
俺がリーダーになってしまうと、最終的にレッドラインに手が届かなくなる。
「これらを踏まえると俺は適任じゃない」
「確かに。ですが皐月家がそう簡単に沈むとは思えません」
「そうでもないと思うよ」
俺は時計を見た。
そろそろ帰ってきそうな時間だ。
その時、シャラララと玄関のチャイムが鳴った。
この人はいつもタイミングが良い。
「帰ってきたみたいです」
俺は立ち上がって玄関に向かう。
戸を引くと、スキンヘッドの巨体が立ち塞がっていた。
「待ってましたよ。宮司さん」
「はあい。あんたの宮司さんよお〜。外と四区以外の状況、持って帰ってきたわよ〜。本当に大変だったわ」
オネエな男前が帰ってきた。




